第55話 雑用令嬢、神殿探索をする⑧
と、今度は旦那様が思い出したように尋ねる。
「ところでキュルル。一つ聞きたいのだが」
「なんでしょうかキュル?」
「入口に現れたミノタウロスは、いったい何だったんだ? あれもこの施設に備わっているものなのか?」
「あれは侵入者防衛プログラムの一つですキュル」
「侵入者防衛プログラム……?」
これまた物騒な名前ね。
なんでもキュルちゃんが言うには、外敵の侵入を感知すると発動する魔法の一種らしい。
過去にこの神殿に住んでいた人の中に魔法使いがいて、その人が遺産として残していってくれたそうな。
「ですのでこの神殿の内外には、まだまだいろんな防衛装置がたくさん設置されていますキュル!」
「へ、へ~……」
あんなのが、あと何個もあるんだ……。
先ほど戦ったミノタウロスの巨体と、大斧を振り下ろす姿が脳裏に浮かぶ。
私は思わず、通路の左右に並ぶ扉を見回した。
今まで何も考えずに歩いていたけれど、迂闊に開けたら壁から槍が飛んできたり、床が抜けたりする可能性もあるのだろうか……。
「ご安心くださいキュル。ぼくといっしょにいる限り、装置は作動しないようになってますキュル」
「え、そうなの?」
「はいですキュル! それと正式に神殿の居住者となった場合も、プログラムの防衛対象になるので作動しませんキュル。お二人もあとで関係者として登録しておきますキュル!」
よかった。それは非常に助かる。
「だからいつでも遊びに来てくださいキュル!」
「うん、ありがとう」
なるほど。つまり、これからはいつでも安心してキュルちゃんたちをモフモフしに来られるということね。
そんな話をしながら進んでいると、やがて私たちは一際大きな扉の前へ辿り着いた。
「こちらが宝物庫ですキュル!」
ほかの部屋のものと比べても、扉は二倍近い高さがある。表面には水の流れや剣らしきものを組み合わせた細かな彫刻が施され、左右には青白い魔石が埋め込まれていた。
キュルちゃんが扉へ近づくと、身体を覆う白い繊維の一部が細長く伸び、リボンのような腕へと変わる。
その腕で扉に触れた途端、埋め込まれた魔石が強く輝いた。
ゴゴゴゴゴ……。
重たい音を立てながら、左右の扉がゆっくりと開いていく。
「おお……」
「わあ……」
扉の先に広がっていたのは、目のくらむような光景だった。
宝石の散りばめられた首飾りや古びた杯など。とにかく神殿という名称に相応しい、様々な供物が所狭しと飾られている。
「この中に聖剣が……」
私たちは期待を胸に、キュルちゃんのあとへ続いて室内へ。
キュルちゃんはそのまま宝物庫の一番奥まで進み、壁際に設けられたひと際立派な台座の前で止まった。
「これが“聖なる刃”ですキュル」
「おお!」
私と旦那様は揃って身を乗り出す。
そして、台座の上に置かれているものを見た。
「……って、あれ?」
結論から言うと、そこにあったのは剣ではなかった。
ガラス細工のような、縦長の透明な容器をした“何か”。
下部は金属製らしき土台へ固定されており、容器の底には複雑にねじ曲がった数枚の刃が取りつけられている。切れ味は鋭そうだけど、あまりにも小さい。
少なくとも、これが武器でないことはひと目で明らかだった。
「な、なあキュルル。本当に、これが“聖なる刃”で間違いないのか?」
旦那様は台座の周囲や、その後ろまで念入りに見回した。
「はいですキュル! 間違いないですキュル!」
「そ、そうか……」
旦那様の肩が目に見えて落ちる。
無理もない。
せっかく自分の力に耐えられる新しい剣が手に入ると思ったのに……。
それがまさか聖剣どころか、ただの剣ですらない謎の物体だったのだからガッカリするのも当然と言えるでしょう。
けれど私は、旦那様とは別の意味で台座から目が離せなくなっていた。
この形状、この佇まい。細かな造りこそ記憶にあるものとは違うけれど、私はこれに見覚えがある。
「こ、これってもしや……でも、どうしてこんなものがここに?」
「アイカ?」
旦那様が不思議そうにこちらを見る。
「どうした? もしかして、これが何か知っているのか?」
「はい、たぶん……」
私は透明な容器へ顔を近づけ、底の刃と台座を改めて確認した。
「恐らくですが、これは“ミキサー”といって、中に入れた物を細かく砕くための道具です。私の前世にも似たようなものがありました」
「アイカの前世にも? 砕くとはどうやって?」
「はい。スイッチを入れると、中の刃がぎゅるぎゅる~って高速で回転しまして。それでどんどんみじん切りみたいになるんです」
私が指先で刃の回転を表すように円を描くと、旦那様もすぐに仕組みを理解したらしい。
「ああ、なるほど。それでこんなおもしろい形の刃をしているのか」
けれど感心したように頷く一方、その表情はまだ冴えない。
「とはいえ使い道がわかったところで、これが聖剣でないことに変わりはない。やはり今回はとんだ無駄足だったということか……」
「いいえ旦那様。そんなことはありませんよ。たしかに生憎ほしかったものは手に入りませんでしたが、これはこれで大発見です。いえ、ある意味では聖剣よりも価値のある発見かもしれません」
「聖剣より価値がある……?」
あまりにも大それた私の発言に、「そんな馬鹿な」とでも言いたげに容器を見つめる旦那様。
やはり今の説明だけでは、まだこのミキサーの価値には気づいていないらしい。
……よろしい。ならばここは従者として、はっきりと教えて差し上げなければ。
「ええ、そうですとも」
だって、これさえあれば――。
「毎朝“スムージー”が飲めるじゃないですか!」
「す、“スムージー”だとぉ!?」
私と旦那様、二人の声がそろって神殿内に響き渡る。
けれど私の勢いにつられ驚いてみたものの、すぐにそれが聞き慣れない言葉だと気づいたらしい。旦那様はキョトンと首を傾げた。
「って、なんだそれは?」
「飲み物です。とっても美味しいんですよ」
「……ほう」
瞬間、旦那様の目の色が変わる。
どうやら私の告げた「美味しい」というワードがトリガーとなり、あっという間に意識が “領主モード”から“食いしん坊モード”へ切り替わったらしい。
「スムージーというのはですね。果物などの材料を細かく液体になるまで砕いて飲み物にしたもので、組み合わせ次第でさまざまな味を楽しめるんですよ」
「なるほど。複数の果物を混ぜるのか。それはまたおもしろそうだな!」
旦那様は嬉しそうに頷くと、《聖なる刃》――改めミキサーを見つめた。
しかし、焚きつけておいてなんだが、そこには一つ問題もある。
「まあと言っても、今は手元に果物がないので試すのはお屋敷に戻ってからになりますが」
「え」
旦那様の表情が再びピシッと固まる。それから目に見えてがっくりと肩を落とした。
「そんな、馬鹿な……」
「ま、まあまあ。逆に言えば、材料さえ揃えばすぐにでも試せますから……。あ、そうだ! 帰りに市場の青果店へ寄っていきましょう! うん、それがいいです!」
「うん……」
なんて弱々しい返事……。
ダメだ。完全にテンションがどん底だ。しまった、こんなことなら屋敷に持ち帰ってから説明すればよかったかもしれない。
「くっ! ここへ来るまで、俺たちは長い山道を歩いてきたんだぞ。この疲れた身体には間違いなく、今すぐにでも充分なビタミンとミネラルが必要不可欠だというのに……!」
旦那様が悔しそうに奥歯を噛みしめる。
「聖剣は手に入らず……スムージーも飲めない……世界はどれだけ俺を拒絶する気なんだ!」
せ、世界?
ちょっと大げさすぎる気もするけど、とはいえ言われてみれば私も喉が渇いている。冷たくて甘い果物の飲み物を想像してしまったせいで、余計に飲みたくなってきた。
でもここに果物がない以上、やっぱりどうすることもできないわけで……。
「ご安心くださいませ、ごしゅじんさま! 果物がご所望でしたら、神殿の果樹園にたくさんありますキュル!」
「果樹園?」
え、そんなものまであるの?
私が視線を向けると、キュルちゃんの白い身体がぽんっと高く跳ねた。
「はいですキュル! 神殿内は外に出ないでもずっと暮らし続けられるよう、ごしゅじんさまたちのごはんを作る場所もたくさんありますキュル。今もぼくたちが育てていますので、好きなだけ使ってくださいキュル!」
「本当か!」
旦那様がガバッと顔を上げる。今日は一段とテンションの移り変わりが激しい。
ともあれ、そうであるなら善は急げだ。私たちは早速キュルちゃんにもう一度道案内を頼み、ミキサーを持って果樹園へ向かった。




