第54話 雑用令嬢、神殿探索をする⑦
……ご、ご主人様?
予想外のワードに、私と旦那様がそろってキョトンとする。
(え、旦那様のことですか?)
(違うが……アイカじゃないのか?)
(いやいや、そんなまさか……)
私たちはどちらからともなく顔を見合わせると、互いに指をさし合っては首を振るなり、手を振ったりして否定する。
どうやら二人そろって、全くもって“ごしゅじんさま”などと呼ばれることへの覚えはないらしい。
……というか、なにこのジェスチャー会話。
けれどその妙なやり取りの間も、毛玉ちゃんは嬉しそうに身体を弾ませている。
結局、旦那様が困ったように口を開いた。
「その……すまないが、人違いではないだろうか」
「人違いではないですキュル!」
……キュル?
「申し遅れました! キュルルは“キュルル”と申しますキュル。人族のみなさまは、みーんなキュルルたちがご奉仕する“ごしゅじんさま”なのですキュル!」
「……ご奉仕?」
「はいですキュル!」
どういうことだろう?
そう思って私は首をひねるが、旦那様は何かに気づいたようにキュルルを見つめた。
「なるほど。つまり、君は“使い魔”の類か」
……使い魔?
「それって、モンスターとはまた違う生き物ということですか?」
「生物の性質としてはかなり近い。どちらも身体が大量の魔力で構成されているという点ではな。だが、自然に生まれるモンスターとは違って、使い魔は人間が魔法によって生み出した存在だ」
「魔法……」
「ああ。だから人間に敵意はなく、むしろ従うように定められている。それと瘴気もない」
旦那様が説明するたび、キュルルは「そうですキュル」と言うように、ぽんぽんと身体を弾ませている。
「へ~」
そんな生き物がいたとは……初耳だ。
私は改めてキュルルを眺める。
小さくまんまるな身体に、ふわふわとした白い繊維。
たしかにこれで人間を襲う姿など微塵も想像できない。
「だからこんなに愛くるしい見た目なんですね」
「ありがとうございますキュル!」
褒められたことが嬉しかったらしく、キュルルが先ほどよりも高く跳ねる。
近くで見ると、身体を覆う白い繊維は羽毛よりも柔らかそうだった。
……さ、触ってみたい。
じっと見つめているうちに、どうしても気になってしまう。気づけば、私はゴクリと唾を飲み込みながら尋ねていた。
「えっと……キュルちゃん、って呼んでもいいのかな?」
「はいですキュル」
「その、あなたの身体、とっても柔らかそうよね? 触ってもいいかしら? ちょっとでいいんだけど……」
「どうぞどうぞですキュル」
キュルちゃんはその場で身体を低くし、こちらへ差し出すように寄ってきた。
「ではお言葉に甘えて……」
私はそっと手を伸ばし、白い繊維へ指先を触れさせる。
「わ……」
フワッフワなんですけど!?
指先がふわりと沈み込み、温かな繊維に包まれる。優しく撫でれば、手の動きに沿って柔らかく形を変え、するりと元へ戻った。
「……き、気持ちいい」
「よろこんでもらえて光栄ですキュル」
撫でられるたび、キュルちゃんも嬉しそうに小さく身をよじる。
このまま抱きかかえてしばらく堪能……といきたいところだったけれど、そこで旦那様が軽く咳払いをした。
「アイカ」
「あ、すみません。つい夢中になってしまって……」
「いや、いいんだ。ただ、そろそろ本来の目的の方も確認しておきたくてな」
いけない、いけない。危うく神殿へ来た理由を忘れるところだった。
私は名残惜しく思いながら手を離すと、旦那様がキュルちゃんへ向き直った。
「なあ君。実は俺たちがここに来たのは、この神殿に祀られていたという聖剣を探しているからなんだ。どこにあるか知らないだろうか」
「せいけん、ですキュル?」
キュルちゃんは考え込むように、身体を右へ左へと傾ける。
この子が神殿に残っていた使い魔なら、きっとすぐにピンときて保管場所を案内してくれるだろう。
私たちとしては、そう期待していたのだけれど。
「“聖剣”という名前のものは、知らないですキュル」
「え……」
そ、そんな……。
まさかの空振り。せっかく折れてしまった旦那様の愛剣の代わりが見つかると思ったのに。
「でも、よく似た名前のものなら、あったと思いますキュル」
「似た名前?」
「はいですキュル。《聖なる刃》――“ディバインスライサー”ですキュル!」
「「それだ!」」
落胆の気配から一転、私と旦那様の声が重なる。
……あーよかった。なんだ、ちょっと呼び名が違っただけか。なんて紛らわしい。一瞬、もしや伝承が嘘っぱちだったのかもと思って焦ってしまった。
「して、キュルル。その《聖なる刃》は、今どこにあるんだ?」
「宝物庫に収められていますキュル」
宝物庫……うん、名前からして、いかにも聖剣が保管されていそうな場所だ。
旦那様の表情にも先ほどまでの期待が戻っている。
「よし。では、ぜひその宝物庫まで案内してもらえないだろうか」
「もちろんですキュル! ごしゅじんさまをご案内するのが、キュルルのお仕事ですキュル!」
キュルちゃんは嬉しそうに高く跳ねると、来た道とは別の通路へ向かって弾み始めた。
「こちらですキュルー!」
白い身体をぽんぽんと弾ませ、キュルちゃんが通路を進んでいく。
「それにしても……本当に広いですね」
歩き始めてからすでにしばらく経つが、いまだに宝物庫へ着く気配はない。
道行く先には階段や広場があり、そこを抜けたと思えば、今度は左右にいくつも枝分かれした通路が現れた。
もしキュルちゃんがいなければ、とっくの昔に迷子になっていた気がする。
「私、神殿って礼拝堂と、あとはせいぜい管理用の小さな部屋がいくつかある程度かなって思っていたんですけど……」
「ここはかつて、ごしゅじんさまたちが暮らすための場所でもありましたからキュル」
「え、そうなの?」
キュルちゃん曰く、この《水鏡の神殿》は水の女神を祀る場所であると同時に、災害やモンスターの被害によって家を失った人たちを受け入れるための施設でもあったらしい。
そのため、神殿の奥には大勢の人間が長く生活できる居住区が作られ、必要な設備もいくつも用意されているという。
「そうか。だからこうして街に近い造りになっているのだな」
「はいですキュル! いつごしゅじんさまが増えてもいいように、キュルルたちには区画を増やし続けるよう命令されていますキュル!」
「それでは、さっきからあっちで聞こえるあの音は……」
言いながら、旦那様が遠く離れた先へと目を向ける。
響いてくるのは、ゴッ、ゴッ、という何かを打ちつけるような音。続いて、硬い石をガリガリと削るような音も。
「はい! 今もぼくの仲間たちが絶賛作業中ですキュル!」
「……なるほど。どうりでここまで広いわけだ」
たしかに。伝承によれば、この神殿ができて最低でも数百年は経っている。それからずっと作業しているとなれば、こんな規模になるのも頷ける。
一方、私が引っかかったのはそこではなかった。
「ねえキュルちゃん。そのお仲間さんたちって、みんなあなたと似たような見た目をしているの?」
「そうですキュル! 違うのはこの胸の光の色くらいですキュル!」
「へ~、そうなんだ」
……よし、あとで絶対に見に行こう。
私は再び工事の音が聞こえる方向へ視線を送りつつ、大量のモフモフたちに囲まれる自分の姿を思い浮かべた。
「昔はここにも、たくさんのごしゅじんさまたちが住んでいましたキュル。毎日とっても賑やかでしたキュル」
どこか懐かしむようにキュルちゃんが続ける。
「でも、大きな地震が起きてからは、新しいごしゅじんさまが来なくなりましたキュル」
「それまで住んでいた人たちは?」
「ここは頑丈なので無事でしたキュル。でも、それからみなさん寿命を迎えてお空に旅立ってしまいましたキュル。だから、今ここにいるのはぼくらだけですキュル」
旦那様が言うには、魔力を糧とする使い魔には寿命がないらしい。たとえ召喚した人が亡くなったとしても、誰かが解除するまで生き続ける。
そしてこういう神殿が作られるのは昔から魔力の豊富な場所と相場が決まっており、魔力切れを起こすことはない。
「それでも、あなたたちはずっと増築を?」
「はいですキュル! やめろと言われるまで命令を続けるのが、キュルルの“しめい”ですキュル!」
「そっか……」
返ってきた声は相変わらず明るい。けど、私はなんだか無性に寂しい気持ちになってしまった。
「仕方ないさ。使い魔とはそういうものだ」
「そう……ですよね」
そっと慰めてくれた旦那様の言葉に頷きつつも、やっぱりどこかでキュルちゃんのことを不憫に思ってしまう。
ただ、そこで旦那様はこうも言ってくれた。
「それに今日の目的はあくまで聖剣の発掘だが、これほどの施設だ。こうして俺たちが見つけた以上、今すぐでなくとも、いずれ何かに活用できる機会はあるだろう」
「あ、そっか」
たしかに数百年間も眠っていたからと言って、この先も同じように眠らせておく必要なんてない。せっかく見つけたんだもの、むしろ使わなければ損だ。
誰か家がなくて困ってる人のために貸してもいいし、広さを生かしてイベントを開くのもいい。もしくは単純に観光名所とするとか。
でもってもしそうなれば、またこの場所へ大勢の人がやってくることになる。
使い魔という存在にどれだけ感情が備わっているのかはわからないけれど、出会ったときのキュルちゃんの反応を見る限り、きっとこの子たちだって喜んでくれるはず。
「いいですね。ぜひそうしましょう!」
私は気を取り直して前を向いた。




