第53話 雑用令嬢、神殿探索をする⑥
私と旦那様は二人で協力して小さな竈を組み上げると、その上に大鍋を乗せた。
「では旦那様。まずはその斧を、この鍋へ入るくらいの大きさまで砕いてもらえますか?」
「わかった。まかせろ」
旦那様は巨大な斧を持ち上げると、刃の部分を両手で握りしめて力を込めた。
バキッ、と硬い音が響く。
「おお。たしかにこれは普通の金属と違うな」
す、素手で……。
……ま、まあ、並の冒険者ならハンマーを使ったりするところだけど、旦那様にかかればこんなものか。
そんな驚きの光景を横目に眺めつつ、私は大鍋へ水を張って魔石を沈める。
「魔石? 薬草ではなく?」
「はい。その方が余計な味が移らないので」
「ああ。いつぞやのブリリアのミルクと同じ……」
「そうです」
これもかつての経験則に基づくもの。
もっとも、もちろん普段の料理であればこの程度の差は全く気にならない。
が、一方で微差は大差とも言う。今回のように純粋に食材として抽出する場合は、やっぱり使えるなら魔石の方がいい。
「それに、今日はドルイ族の皆さんからもらった高純度の魔石もありますしね」
かつてギルド職員だったときに使っていたのもドルイ産ではあったけど、今回は彼らを助けたお礼として、その中でも特に質のよいものを分けてもらっている。
魔石の質が高ければ、武器が溶けるスピードも速くなって時短になる。
あとはなんらかの相乗効果でもあるのか、甘さもより増す気がする。
私は鍋に火をかけ、旦那様が砕いてくれた斧の欠片を入れていく。
温度が上がるにつれ、硬かった斧の表面が柔らかくなって輪郭が崩れ始める。
「おお……たしかにあっという間だ」
「はい。さすがアドーさんたちが厳選してくれた魔石だけありますね」
そして欠片が完全に形を失うと、鍋の中には透き通った蜜だけが残った。
私は匙ですくった少量を冷まし、味を確かめる。
「……うん」
良い感じだ。
ちなみにこの世界で一般的に使われている砂糖とは、前世にあったサトウキビから作られるものではない。似たような甘い樹液を持つ木が原料とし、そこから汁を採って作っている。
ただし質としてはサトウキビより一段劣り、わずかなクセや雑味が混じるのが難点なのだが……。
「でも、この蜜にはそれが一切ないんです」
そう、これこそこの斧砂糖の特徴。甘さそのものはしっかりしているのに、後味は驚くほど澄んでいる。
しかも高品質な魔石を使った効果もあり、以前に作ったものより明らかに上等な仕上がりだった。
「旦那様も味見してみますか?」
「ぜひ」
旦那様も匙ですくった蜜を口へ運ぶ。
「おお……。甘い……それになんとも上品だ。これがあの斧から……」
旦那様は若干目を丸くしながら、鍋の中の蜜と残っている斧の欠片を何度か見比べた。
「さてと」
砂糖が問題なく仕上がったことを確認した私は、今度は探索用に持参したバゲットを魔法袋から取り出した。
それを厚めに切り、ブリリアのミルクとサンダーコッコの卵を混ぜた卵液へ沈めていく。
中心まで十分に吸わせたところで、鉄板へバターを落とす。
泡立って香りが立ったところへパンを並べ、表面だけが先に焦げないよう火加減を調整しながら、両面をじっくりと焼いていった。
焼き色がついたところで、斧から取れた蜜の一部を小鍋へ移して煮詰める。とろみを増した蜜をパンの表面へ薄く塗り、火で十分に熱した平たい鉄べらを近づけた。
蜜が細かな泡を立てながら焦げ、やがて薄い飴の膜となってパンの表面を覆っていく。
あとは少し冷まし、飴が固まれば――。
「できました!」
――《焦がし蜜のブリュレフレンチトースト~ミノタウロスの斧砂糖仕立て~》の完成です!
「いただきます」
旦那様は切り分けた一片へフォークを入れる。
「おお……!」
表面の飴がぱりっと割れ、その下から卵液を吸った柔らかなパンが現れた。
そのまま大きく切り取り、口へ運ぶ。
「うまいっ! 表面のパリパリがたまらん! それでいてパン自体はふわふわで、じゅわっと溶けたバターとの相性も抜群だ!」
さらに続けて、もうひと口。
「しかし、なんと言ってもやはり際立つのはこの甘さだ! 舌を包み込むようにふわっと広がりつつ、卵やバターの味をぐっと引き立たせている!」
そのまま旦那様は勢いよく食べ進めていき、そのたびにぱりぱりと小気味よい音が聞こえてきた。
なんだかこっちまで楽しくなってくる。
「ちなみに、味変にと思ってこんなものも用意しました」
「? なんだそれは……」
「先日のクリオロで作ったチョコソースです」
「チョコソース!?」
ちなみに言うまでもなく、このチョコを作る際にも今回の斧砂糖を使ってある。
さらには具材として食感を残すためそのまま荒く砕いたものと、逆により細かく砕いてパウダー状にした――いわゆるカカオパウダー化したクリオロも別に用意した。
旦那様は小さな容器の中身を確認すると、放心したように固まっていた。
「こんな贅沢が……許されていいのか」
「ええ、もちろんですとも」
むしろ心ゆくまでご堪能ください。
やがて食事を終えると、残った斧の蜜を容器へ移し、使った鍋や鉄板を片づける。
倒したミノタウロスもそのままにはせず、肩を中心に食べられる肉を切り分けて回収した。
こちらも斧に負けず、絶品なのは間違いない。あとで美味しくいただかせてもらうことにしよう。
「ふぅ……満足した」
旦那様が腹をさすりながら、封印の解けた石門へ向き直る。
「よし。では、そろそろ行くとするか」
「はい、旦那様」
そうして後片付けを終えた私たちは、そのまま《水鏡の神殿》の中へ足を踏み入れた。
「わぁ……」
石門をくぐった先には、まるで別の世界が広がっていた。
外にあったのは、草木もほとんど生えていない乾いた峡谷。けれど神殿の中では、青白い光を帯びた透明な水が壁に沿って縦横無尽に流れている。
さらには一定の間隔で並んだ柱も淡い光を放ち、その光と水面の揺らめきが、磨き上げられた床へ映り込んでいる。
まるで壁の内側でありながら、水の中に立っているかのようだった。
「すごいですね……。何百年も放置されていたとは思えません」
「ああ。まさかこれほど綺麗に残っているとはな。《水鏡の神殿》とはよく言ったものだ」
おまけに広い。広すぎて反対側の壁がよく見えない。しかも目を凝らすと、なんとその壁にも薄っすら階段のようなものがあるような……。
どうやら今いるこの空間さえ、この神殿のまだ一部でしかないらしい。
「これ、本当に神殿なんでしょうか。なんだか町の中へ迷い込んだみたいです」
「外から想像できる規模ではないな。どこまで続いているのかも分からん」
まるでテーマパークみたい。
私は眼下に広がる光景に、つい圧倒されてしまった。
「でも、人の気配はまったくありませんね……当たり前ですけど」
「まあそれこそ何百年だからな。ここで暮らしていた人がいたとしても、とっくにだろう」
そう、生きているはずがない。だから誰もいない。
……と、思っていたんだけど。
私たちはひとまず、正面に延びている一番大きな通路を進むことにした。
鏡のような床へ目を奪われながらも、曲がり角や柱の陰には注意を払う。もしかしたら入り口のように何か仕掛けがあるかもしれない。
そうしてしばらく歩いたところで――。
ぽんっ。
「え」
静かな通路の奥から、何かが軽く弾むような音が聞こえた。
続いて、ぽんっ、ぽんっ、と同じ音が近づいてくる。
「何か来る」
旦那様が足を止め、片腕を伸ばして私を背後へ下がらせた。剣の柄へ手をかけ、通路の先を睨む。
私も旦那様の後ろから、そっと顔を覗かせた。
やがて曲がり角から現れたのは――。
「白い……毛玉?」
両手に収まりそうなほど小さく丸い身体。
真珠のように淡く輝く細い繊維が集まり、ふわふわの球形を作っている。身体の中央には、水滴の形をした青い光が透けていた。
毛玉は白い身体を弾ませ、ピョンピョンと跳ねながらこちらへ近づいてくる。足も尻尾もないのにどうやって? まるでボールみたいだ。
「モンスター……でしょうか?」
「……わからん」
一応、見た目だけなら危険そうな気配はまったくない。けれど正体が分からない以上、念のため油断はできない。
旦那様も剣へ手を添えたまま、その白い生命体――とりあえず毛玉ちゃんとしておこう――の動きを見守っていた。
そんな私たちの警戒など気にも留めず、毛玉ちゃんは目の前までやってくると、中央の青い光をぱっと明るくした。
「おかえりなさいませ! おひさしぶりです――“ごしゅじんさま”!」
「「はい?」」




