第52話 雑用令嬢、神殿探索をする⑤
ミノタウロス。牛の頭と人間の身体を持つモンスター。
古来より迷宮などの番人として知られ、その両手には身体に負けないほど巨大な斧が握られている。
「グルルルル……!」
ミノタウロスは低い唸り声を上げると、石門を背にして私たちの前へ立ち塞がった。
「さしずめ、神殿を守る門番といったところか。……アイカ、下がっていてくれ」
「はい!」
私が急いで近くの岩陰まで退く中、旦那様は剣を抜いて立ち塞がる。
「グオォォォッ!」
ミノタウロスは躊躇なく踏み込むと、そのまま大斧を頭上へ振り上げた。旦那様はそれを素早く横へ跳んでかわす。
直後、巨大な刃が乾いた川床へ深く食い込み、辺りに岩の欠片と砂が飛び散った。
「旦那様!」
これがいつもであれば、きっと旦那様は今の攻撃を堂々と真正面から受けて弾き返していたに違いない。
でも、今日に限ってはそれができない。
なぜなら、今の旦那様が手にしているのは予備の剣。まともに打ち合えば剣が耐えられないことは、先日の試し斬りで分かっている。
ゆえに旦那様はすぐに仕掛けようとはせず、ミノタウロスが大斧を地面から引き抜く動きを見ながら間合いを取る。
けれどそんな事情を知ってか知らずか――。
「グルァッ!」
ミノタウロスは斧を引き抜いたそばから、その勢いのまま横薙ぎに振るった。凄まじい速度の一撃が旦那様を襲う。
――危ない!
思わず身を乗り出してしまう私。
しかし。
「……フッ」
旦那様は逃げなかった。
それどころか斧の軌道を見切ってその場で身を沈め、巨大な刃が頭上を通り過ぎるのと同時に、一気に懐へ踏み込む。
ミノタウロスもすぐに身体をひねり、斧の柄で旦那様を打ち払おうとした。けれど、大斧を振り切った直後では反応が遅い。
旦那様は迫る柄をかわすと、剣を首元へ一度だけ振り抜いた。
「――ハァッ!」
ミノタウロスの巨体がぴたりと止まる。
そして一拍の間を置いたのち、その手から大斧が滑り落ち、首から下の肉体も地響きを立てながら川床へ崩れ落ちた。
「すごい……」
つい見惚れてしまった。
まともに打ち合えないなら、一撃で仕留めてしまえばいい。言うは易しだけど、簡単にできることじゃない。
なのにそれをあっさりやってのけてしまうあたり、さすが旦那様だ。
「ふぅ。案外、予備の剣でもなんとかなるものだな」
旦那様は刃に欠けや歪みがないことを確かめ、軽く息を吐く。
「お見事でした。お怪我はありませんか?」
「ありがとう、大丈夫だ。さて無事に障害も取り除けたことだし、あとはいざ神殿に乗り込むだけだな。はてさて、いったい中はどうなっているのやら……正直少しワクワクしてきた」
「私もです。なにせ数百年前ですからね」
そう考えると、これはもはやちょっとした歴史的発見なのではないだろうか。いや、ちょっとどころではないかも。
と、そうして私たちが意気揚々と門へ向かおうとしたところで。
――グゥウウウウウウ……!
えっ、今度はなに!?
「すまん。俺の腹だ」
「ああ……」
何かと思えば……。
「……まあでも、ここへ来るまでも結構移動しましたしね。本格的に内部を探索する前に、いったん腹ごしらえをしておきましょうか」
「ああ。ぜひそうしよう」
神殿の内部がどれほど広いのかもわからないし、もしかしたらさっきみたいに他にも仕掛けやモンスターが残っている可能性だってある。
そう考えると、休憩するには割とベストのタイミングかも。
「それに……」
幸いなことに、“食材”ならたった今手に入ったばかりだし。
私は調理道具を用意する前に、倒れたミノタウロスへ目を向けた。
「ちなみに旦那様。ミノタウロスのお肉の中で、一番おいしい部位はどこだかわかりますか?」
「? いや、分からんが」
「正解は肩です」
「ほう。その心は?」
「そりゃもう、あれだけ大きな斧をぶんぶん振り回していますからね。必然的に肩回りの筋肉が発達するんですよ。弾力があって食べ応えがある割に、かといって筋張っているわけでもなく噛み切りやすい」
「そうなのか。いつぞやのヒュドラを思い出すな」
「ええ。こちらも最高の赤身肉です。ステーキなんかにもってこいですね」
「なるほど」
旦那様が倒れたミノタウロスの肩を見つめる。その瞳はすでに期待感に満ちていた。
しかし、私はそこに待ったをかける。
「さて、ここで追加の問題です。ではミノタウロスというモンスターにおいて、一番おいしく食べられる場所はどこでしょう?」
旦那様が眉を寄せる。
「ん? それは今言ったとおり、やはり肩の肉じゃないのか?」
「いいえ、違います」
私ははっきりと首を横に振った。
「正解は……ズバリ、“斧”です!」
「斧!?」
旦那様の視線が倒れたミノタウロスの肩から、その傍らに転がった巨大な斧へ移る。
「そんな馬鹿な……。だって武器だぞ。刃は金属だし、柄も木なのに」
「そうですね。見た目はたしかにそうです。ですが、それが実は“罠”なんです」
「罠……?」
「はい」
私が自信ありげに頷くと、旦那様の表情がさらに怪訝なものに変わる。これまで何度もモンスターを食材として食べてきた旦那様でも、さすがに今回ばかりは俄かには信じがたいようだ。
が、もちろん私とて大真面目で言っている。
「そもそも旦那様。ミノタウロスのようなモンスターが、どうやってこんな立派な武器を用意したと思います?」
「どうやってと言われても……どこかで手に入れたんじゃないのか?」
「でも、人間から奪って使っているなんて話は聞いたことがありませんよね。そもそもあきらかに普通のサイズじゃないですし、人間が振るうには大きすぎます」
「……まあ、たしかにな」
「しかしだからといって、まさか自分で鉱石を掘って、炉を作って、斧を鍛えたとも思えません」
いくら人型とはいえ、あのミノタウロスが鍛冶場で黙々と斧を打っている姿は想像しづらい。
……まあ、もしできてたらそれはそれでちょっと面白いけど。
「そこで考えてみたんです。あれが外で調達した武器でないなら、果たしてなんなのか。それで試しに薬草を浸したお湯をかけてみたところ……」
なんと、武器の表面がぬるりと溶けたのだ。
それでもしやと思って今度はしっかりお湯に漬け込んで煮込んでみると、今度は完全に跡形もなく消えてなくなった。
「で、ここからがおもしろいところなのですが、なんとそのお湯が甘かったんです」
「なに!? そ、それはなんでまた……?」
「理屈についてはよくわかりません。ただ一つ分かったのは、ミノタウロスの斧にしろ他の武器にしろ、普段モンスターたちが扱っている武器というのは普通の武器ではなく、“彼ら自身の魔力を具現化したもの”――だったということです」
そしてだからこそ、薬草で煮るといった瘴気の除去と同じ方法で分解される。しかも魔力が高い純度で固められているからなのか、余計なクセや雑味も極めて少ない。
結果として、市販の砂糖や蜂蜜よりもずっと質のいい甘味料になるというわけなのだ。
「し、知らなかった……」
旦那様は改めて斧を見つめたあと、こちらへ顔を向ける。
「いやはや、さすがアイカだな。よくそんなことに気づいたものだ」
「そういうわけなので、武器持ちの魔物は総じて狙い目です。倒したら武器は必ず拾ってきてください」
「心得た」
そう旦那様がキリッと頷いたところで、私たちは調理の準備へ移る。




