第51話 雑用令嬢、神殿探索をする④
「“探知魔法”を使う」
そう言って旦那様は片膝をつくと、地面へ手をつきながら集中するように目を閉じた。
淡い光が掌の下から輪のように広がり、乾いた川床の上を走っていく。けれど光はすぐに地面へ吸い込まれ、代わりに足元の細かな砂粒がかすかに震え始めた。
なるほど、その手がありましたか。
たしかに魔法を使えば、わざわざ馬鹿正直に探す必要もない。これなら労力も時間もだいぶ節約できるはず。おまけに穴を掘るのと違って身体も汚れないし、まさに良いことづくめだ。
……が、そこで私はすぐに思い至る。
いかに魔法が便利な代物と言っても、決してその効果は万能ではない。
調べられる範囲には限りがあるし、この広大な峡谷すべてを一度に賄えるようなものではない。
結局は一定の範囲を探知しては移動し、また探知しての繰り返しになるだろう。
今日中に見つかればいいけど、この広さだと何日か野宿することになるかも。幸いそのつもりで食料はいろいろ魔法袋に入れて持ってきたけど、旦那様の食欲的にどうなるか――。
などと私が考えていた、その時だった。
「見つけた」
「へ?」
旦那様が薄く目を開く。
魔法を使い始めてから、まだほんのちょっとしか時間は経っていない。
「み、見つけたって……神殿をですか?」
「ああ」
「すごいです旦那様! でも、まさか一発でなんて……」
「正直俺も驚いている。以前までの俺なら、ここまで遠くの反応を拾うことはできなかったはずだ」
「? 以前なら?」
「この間鍛冶屋で俺の力が以前より増しているという話があっただろう。あれはどうやら腕力だけではなかったらしい」
旦那様は地面から手を離し、自分の掌を確かめるように眺めた。
「どうやらアイカのモンスター料理には、魔法の効果を上げる効能もあるようだ。もしくは単純に俺の魔力量が増大したか。いずれにせよ、探知魔法の範囲が拡大したのはそのおかげだ」
旦那様によれば、峡谷の奥にかなり大きな空洞があるらしい。そのすぐ近くには、今も地中を流れている細い水脈の反応もあったという。
「断定はできんが、そこが跡地である可能性は高い。店主が言うには、当時の神殿は地形と一体化しているタイプが多いということだったからな」
「たしか技術的に巨大建築が難しかったのと、あとは自然崇拝の観点からでしたっけ」
「そうらしいな」
今でこそ建築技術が発達したおかげで立派な教会やお城といった巨大建造物が生まれているが、当時はまだその辺が未発達の時代。
それに加えて自然を重んじるからこそ、いたずらに木を切ったりするのではなく、あえてその自然と溶け込ませる形の建築が主流だったそうな。特に神殿のような神を祀る場所であれば尚のこと。
「こうなると案外、跡地どころか神殿そのものがキレイに残っているかもですね」
そしてもしそうなら俄然、聖剣発掘の期待も高まってくる。
「あり得るな。当初は大地震で地中に埋もれたと聞いていたので半分諦めていたが、ここまで大きな空洞があるなら話はだいぶ変わってくる」
旦那様がどことなく興奮した様子で頷く。私もなんだかワクワクしてきたかも。
「それにしても、まさか私の料理が戦闘以外にもこんな形で役に立つとは思いませんでした」
「ああ、実は俺もだ。ここ最近、魔法そのものを使う機会がめっきりなかったので気づかなかった」
たしかに言われてみると、私の前で旦那様が魔法を使う場面を見たのはこれが初めてだったはず。戦うときはいつも剣だけで充分だったし。
あとは騎士団の人たちだけど、こちらはそもそも魔法を扱える人自体がいない。
この世界における魔法とは、一部の素養ある人間しか会得できない代物。魔力自体は誰しも内包しているが、それを魔法という形で発現できるのはほんの一握りなのだ。
ちなみに、かくいう私も魔法の才能はない。だからこそ自分の料理が魔法に与える影響についてはよく知らなかった。
もっとも《金の盾》のアマンダ然り、ギルドには魔法使いとして活躍する人もいたわけで。だからこの結果を予想できなかったのはちょっと不覚……。
ともあれそれはさておき、見つかったのなら結果オーライ。
私は旦那様先導のもと、かつての神殿跡地と思われる空洞を目指して歩きだす。乾いた川床を進むと、やがて大きな岩壁の前へ辿り着いた。
「ここですか?」
「ああ、この奥だ」
「見たところ、ごく普通の岩壁にしか見えませんけど」
「いや、この先に空間があるのは間違いないはずだ。問題は、神殿の入り口らしきものが見当たらないことだが……」
私たちは揃って下から上までなめ回すように岩壁を眺めてみる。
が、どこを見ても白い壁面が続くばかり。
「う~む。地震の影響で崩れたか、もしくはもっと別のところから入るのか」
「もう一度“探知”をしてみるのは?」
「どうだろうな。あれは大まかな地形探査で、細かい異変などを見つけるためのものではないからな」
「……そうですか。となると、やっぱりここは手探りで探すしか――」
ん? ちょっと待って。
「そうだ」
そこでふと、私の中に閃きが舞い降りる。
「あの、旦那様。旦那様は魔法が使えるのですよね。では、“水魔法”はどうです?」
「水魔法? ああ、ある程度であれば使えるが……急にどうしたんだ?」
振り返った旦那様が若干怪訝そうに尋ねてくる。
それに対し、私は自分の中に生まれたアイディアを整理するように語った。
「いえ、思ったんです。言い伝えによれば、ここはかつて大地震で地形が変わった土地。であれば、たとえ神殿そのものは無事だったとしても、入り口に関しては土砂などで埋もれてしまった可能性はありますよね?」
「たしかに」
で、問題はここから。
「岩壁そのものなら、水を流しても表面を伝うだけです。ですが、入り口を塞いでいるのが土や崩れた石なら、その辺りだけ隙間が多くて水が染み込みやすいんじゃないかと」
旦那様は一度岩壁を見上げ、それから足元へ視線を落とした。
「なるほど。流した水の消える場所を探すわけか」
「はい。その通りです」
もちろんこれで見つかる保証はない。
ただ少なくとも、片っ端から歩いて探し回る前に試す価値はあると思ったのだ。
「妙案だ。よし、早速試してみよう」
旦那様が岩壁の前へ手をかざす。
次の瞬間、宙に生まれた水が地面へ落ち、岩壁の根元に沿って左右へ流れていった。大半は白い岩の上を薄く広がっていく。
けれど、少し離れた一角だけ様子が違った。
「あっ」
崩れた石が積もったその場所では、流れ込んだ水が表面に残らず、土砂の奥へ次々と吸い込まれていく。
「どうやら、あそこらしいな」
二人で石と土を退けていくと、ほどなくして自然の岩とは違う、平らで滑らかな石の表面が現れた。
さらに周囲を掘り出していく。
やがて姿を見せたのは、水滴を象ったような紋章が刻まれた石造りの門だった。でもってその紋章は、先日町の井戸や噴水で目にした水の女神の意匠ともよく似ている。
私と旦那様はそろって喜びの声を上げた。
「やりましたね、旦那様!」
「ああ。どうやら伝説は本当だったらしいな」
――けれど、その直後だった。
旦那様が近づいて門を開こうとした瞬間、地面から突然青白い光が溢れ出した。
「旦那様!?」
「これは……!」
光は渦を巻きながら一箇所へ集まり、私たちの目の前でひとつの影を作り上げていく。現れたのは、旦那様を大きく上回る巨体を持った人型のモンスターだった。
その名も……。
「“ミノタウロス”か!」




