第50話 雑用令嬢、神殿探索をする③
「聖剣?」
鍛冶屋の店主さんの話によれば、遥か昔のここら一帯にて、地下から噴き出した瘴気によって川や井戸が汚染される大災害が起きたらしい。
濁った水を飲んだ人々は次々に病へ倒れ、畑は枯れ、いくつもの集落が放棄された。
「当時の人々は、土地の水を司る女神がお怒りになったのだと考えたそうです。そして女神の怒りを鎮めるために、当時もっとも優れた剣を供物として捧げました」
その剣は清らかな水のように澄んだ刀身を持ち、どれだけ使っても刃こぼれしないと謳われた名剣だったという。
人々は剣を水源近くの洞窟へ納め、夜通し水の女神へ祈りを捧げた。
「すると、それまで土地を蝕んでいた瘴気が少しずつ薄れ、濁っていた川や井戸も元の清らかな水へ戻ったそうです」
人々は女神が供物を受け取り、怒りを鎮めてくれたのだと信じた。
そこで剣を捧げた洞窟に《水鏡の神殿》という神殿を建て、剣を聖剣として水の女神とともに祀ったらしい。
以来その聖剣は、土地へ再び大きな災いが訪れたとき、女神に認められた者だけが手にできると伝えられているのだとか。
「……ただ」
そこで店主さんの顔がやや曇る。
「今から数百年ほど前に大地震があったそうで。その影響で周辺の川筋が変わり、水鏡の神殿も地中へ沈んでしまったとされています」
結果、今では神殿があった大まかな山域と、かつて川が流れていた場所しか分かっていないそうな。
「もちろん古い伝説です。本当に神殿や聖剣が残っている保証は正直ありません。ですが、もしも実在するなら……今の領主様に耐えられる可能性があるのは、もうその聖剣くらいかと」
話をすべて聞き終え、旦那様も頷く。
「……なるほど。この地にそんな伝承があったとは」
たしか旦那様がここに赴任してきたのは数年前と聞いている。さすがに数年と数百年……あるいはもっと昔の話だけあって初耳だったらしい。
「どうしますか、旦那様?」
「ほかに有力な候補もない。探してみる価値はあるだろう」
「そうですね。では準備ができ次第、行ってみましょうか」
「ああ」
そんなこんなで今後の方針は決定。私たちは店主さんから大まかな神殿の場所を聞くと、鍛冶屋をあとにした。
屋敷へ戻る前に、せっかく町まで来たのだからと屋台へ立ち寄ることにした。
香ばしく焼けた匂いに引かれて買ったのは、店主さんおすすめのみたらし団子。表面に軽く焼き目のついた団子には、艶のあるタレがたっぷり絡んでいる。
口へ入れると、柔らかな団子の甘みに醤油の塩気を含んだ甘じょっぱいタレがよく合う。
「うむ、うまいな」
「ですね。できたてだから食感もモチモチでおいしいです」
「ああ。さすがオススメしてくれただけある」
そう頷く旦那様の両手には、それぞれの指の間にクシが一本ずつ――計八本のお団子が握られていた。
……あれ、いつの間に?
「ところで、実際のところ旦那様は聖剣の存在についてどう思いますか? あると思います?」
「正直なところ分からん。なにせ数百年以上も昔のこととあってはな。鍛冶屋の店主のお爺さんとて、誰かから伝え聞いた話でしかないだろうし」
旦那様は団子を一つ頬張ってから続ける。
「ただ、伝説そのものが突拍子もないとも思わん」
「そうなんですか?」
「ああ。帝国では古くから、神々の恵みが自然を通じて人や土地へ届くと考えられている。中でも水は、命と魔力を運ぶ特別なものとされているんだ」
新しい井戸を掘る際には、水の女神へ祈りを捧げる。
井戸や噴水、水路の起点には女神を示す紋章を刻み、旅立つ前に清水を口にして道中の無事を願う者もいる。
地域によっては、水源へ花や小さな供物を捧げる風習も残っているらしい。
「へぇ……」
改めて街を見回してみる。
これまであまり気に留めていなかったけれど、広場の噴水には水滴をかたどった意匠が彫られていた。
井戸のそばにも小さな女神像が置かれ、その足元には摘んだばかりらしい花と小さな杯が供えられている。
「なるほど。前々から私も帝国の街並みってオシャレだなぁとは思って見ていましたが、あれはただのアンティークというわけではなかったのですね」
少し先を流れる水路の起点にも、同じ水滴の紋章があった。
水の女神は古い伝説の中だけの存在ではない。
今もこうして、帝国の人たちの暮らしの中に根づいているらしい。
「でしたら、なおさら一度確かめに行ってみた方がよさそうですね」
「ああ。神殿が沈んだとされる峡谷も水場であるし、どことなく伝承ともつながりを感じる」
――と、そんな風にちょうど話がまとまったところだった。
少し先にあるベンチに腰掛ける若い男女が目に入る。そしてその彼らの手には、私たちが買ったのと同じ屋台のお団子が握られていた。
ただし、種類は少し違う。
片方はこれまた私らと同じみたらしだったが、もう片方は小倉あんを纏ったオーソドックスなタイプのお団子だった。
「はい、あ~ん♡」
「ん。おいし♡」
楽しそうに互いの団子を食べさせ合う二人。どうやら二つの味をシェアし合い、食べ比べしているみたいだ。
その仲睦まじい光景に、私も思わず釣られて笑顔になる。
「ふふ。若い子同士、いいですね」
って、さすがにちょっとおばさんクサかったかな。私も一応二十代なんだけど。
そんなことを考えながら振り返る。
「そ、その手があったか……!」
しかし、聞こえてきたのはなぜか絶望の呟き。
旦那様はまるで「しくじった」とでも言いたげに、手元に残った最後の団子をじっと見下ろしていた。
「? どうしたんです、旦那様?」
「いや…………なんでもない」
旦那様はそう言うものの、なぜかずいぶんと悔しそうだった。
なんだろう。もしかしてアンコのほうも食べてみたかったのかな? たしかに私たちも別々の種類を買っていれば同じことができただろうけど。
ともあれ、それからさらに数日後。
私と旦那様は準備を整え、《水鏡の神殿》が存在したと伝えられるアルグレイン領内の山岳地帯を歩いていた。
鍛冶屋で聞いた話によれば、かつての神殿の所在地は大地震が起きる以前まで大きな川が流れていた峡谷とのこと。
ただし、分かっているのはそれくらい。あとは行ってみて現地でどうなるか。
「……っと。よしアイカ、先に通ってくれ」
「あ、はい。ありがとうございます」
山道を塞いでいた低い枝を、旦那様が片手でぐっと押し上げる。
普段だったら剣で軽く払っていそうな場面だけど、今日は柄へ手を伸ばす様子すらない。
その後も足元に大きな岩が転がっていれば、剣で砕くことなく脇へ蹴り出す。蔓が絡んでいれば、わざわざ手で引きちぎる。
「旦那様、今日はずいぶん剣を大事になさっていますね」
「さすがに神殿へ着く前に、これまで折るわけにはいかんからな」
「ああ、なるほど」
チラッと旦那様の腰元に視線を送ると、そこには折れてしまった愛剣の代わりに屋敷から持ち出してきた剣が下げられていた。
先日は鍛冶屋にあった剣が軒並み曲がるか折れるかしていたわけだし、この剣もどこまで旦那様の力に耐えられるかは分からない。
もしここで予備の剣まで折れたら、いざモンスターに襲われた際に対処できなくなってしまう。扱いが慎重になるのも当然か。
それから山道をしばらく進み、私たちは目的の峡谷へ辿り着いた。
左右にそびえるのは、切り立った白い岩壁。その間には、かつて川底だったと思われる乾いた窪地が山の奥まで長く続いている。
岩肌には水に削られたような跡が残っているものの、肝心の水は一滴も見当たらない。乾いた風が吹くたびに砂埃が舞い、周囲にあるのは白い岩と枯れた草ばかりだった。
「水の女神を祀った神殿がある場所にしては、見事にからからですね……」
「ああ。地震で川筋が変わったという話は本当らしいな」
「……はたして、こんな場所で神殿の残骸なんて見つけられるのでしょうか?」
ましてや、たった一振りの聖剣なんて……。
周囲には建物があった痕跡すらなく、見渡す限り同じような景色が続いているだけ。地面を掘って確かめてみるにしても、どこから手を付ければいいのやら……。
「たしかに。まともに探していたら、何日かかるか分からんだろうな。だが目印が地上にないなら、地中を探せばいい」
「地中を? と言いますと?」
「“探知魔法”を使う」




