第49話 雑用令嬢、神殿探索をする②
翌日。私と旦那様の姿は町の鍛冶屋にあった。
店の奥に設けられた作業台に置かれているのは、見事なまでに途中からぽっきり折れた旦那様の愛剣である。
「…………」
鍛冶屋の店主さんは折れた断面へ目を凝らし、残った刀身を窓から差す光へかざす。続いて柄に近い部分まで確認し、何度か角度を変えてから静かに剣を作業台へ戻した。
そして、重たそうに息を吐く。
「残念ですが……この剣を直すことはできません」
「……そうか」
「一般的に、折れた刀剣を再度元通りにつなぎ合わせるのは不可能です。仮に熱して溶接したところで、様々な要因から強度が戻らないからです。特にこの剣の場合、すでに相当なダメージが蓄積されていましたから……」
「そもそも寿命だった……ということか?」
「ええ」
店主さんが刀身の中ほどを指でなぞる。
「ここを見てください。刀身の内部に細かな亀裂がいくつも走っています。長年の衝撃が重なり、少しずつ負担が溜まっていたのでしょうね。きっと遅かれ早かれ、こうなっていたかと」
そう告げる店主さんの表情はとても厳しかった。ただ、それは決して使い方を責めているわけじゃなく、むしろ旦那様……あるいは剣そのものへの労いや同情の念に感じた。
「これは気休めになるかわかりませんが……」
そう前置きしつつ、店主さんは続ける。
「僭越ながら申し上げますと、刀匠の身としてはよくぞここまで使い込んだものと感動さえしております。この剣も、きっと領主様と出会えて本望だったのでは……」
旦那様は作業台の上の剣へ視線を落としたまま、すぐには言葉を返さなかった。
……さぞやショックだろう。この剣は旦那様が貴族学校を卒業したとき、剣のお師匠様から祝いとして贈られたもの。これまで何年も苦楽を共にしてきた愛剣だと、つい昨日聞いたばかりだった。
しばらくして、旦那様が折れた刀身へ手を伸ばす。
「……仕方ない。剣とはいつか折れるものだ。それに師匠も、『この剣が折れるくらい精進しろ』と言っていたしな」
剣の腹を軽く撫でながら、旦那様は続けた。
「今までありがとう。よく支えてくれた」
「旦那様……」
「いいんだ。気にすることはない」
そう言って剣から指先を離すと、旦那様は顔を上げた。
「時に店主よ。代わりに使えそうな剣はないか?」
「そうですね……ここにあるものはどれも私が丹精込めて打った品ですから、どうぞお好きなものを選んでください。いくつか試し斬りしてみますか?」
「頼む」
「わかりました。少々お待ちください」
店主さんはすぐに店内を回り、壁や棚に並んだ剣の中から数本を選び出した。そのまま私たちは店の裏手にある試し斬り場へ案内される。
「どうぞ実戦のつもりで、遠慮せず思いっきり振ってみてください。強度には自信がありますゆえ」
「承知した。では――」
試し斬り用の丸太を前に、旦那様が一本目の剣を構える。
そして一振り。
「む?」
――ぐにゃり。
丸太に食い込んだ剣の刀身が、ゴムのように真横へ曲がった。
「…………」
「こ、これはなにかの間違いでしょう……! さ、ささ、今度はこちらをどうぞ!」
二本目。
こちらは丸太を両断することには成功したものの、その代償として刃がボロボロになっていた。
「ファッ……!?」
三本目は丸太に触れる以前の、振り下ろしの途中で刀身が根元から折れた。
「ひぇ……!」
その後も何度剣を入れ替え試してみても、結果は変わらない。
曲がる。欠ける。折れる。
結局、店主さんが選んでくれた代替候補は、一本残らず使い物にならなくなってしまった。
「し、しょんな……」
地面に並んだ剣の残骸を前に、店主さんがへたり込む。どうやらすっかり自信を喪失してしまったみたい。ちょっとかわいそうになってきた。
それにしても、まさか旦那様のパワーがこれほどとは……。
強いのはもちろん知っていたけど、並の剣ではまともに扱うことも叶わないなんて。なんか以前に増して磨きがかかってるような……。
旦那様も折れた刀身と自分の手を交互に見比べ、困ったように眉を寄せた。
「むぅ……以前なら、ここまでではなかったと思うんだが。まあでも、最近は聖水を得たことで料理の幅もグレードも増したからな」
ああ、なるほど。
クリムゾンフィッシュにゴーストサーモン。もっと言えばそれ以前にしても銀星茸など、旦那様はかなり強力なモンスターを素材にした料理を食べ続けている。
モンスター料理の効果は、素材となったモンスターの強さにも左右される。
もともとの鍛錬に加えて、それらの効果が積み重なった結果、私が思っていた以上に旦那様自身の力も強くなっていたらしい。
「くっ……領主様に見合う剣を用意できず、誠に申し訳ありません」
店主さんが肩を落として頭を下げる。
「いや、謝る必要はない。むしろこちらこそ、店の商品をすべて壊してしまってすまなかった。代金はこちらで弁償しよう」
「そ、そんな。試し斬りを勧めたのはこちらですし……」
「だからといって領民に損をさせるわけにはいかん。――アイカ、頼めるか?」
「はい」
振り返った旦那様に頷きつつ、私も店主さんへ向き直る。
「あとで請求書を屋敷まで送ってください。確認でき次第、こちらで処理しますから」
「あ、ありがとうございます」
ちなみに私の立場はあくまで給仕だけれど、今では料理や掃除だけじゃなくアルグレイン家のお財布管理まで一任されている。
それどころか騎士団の会計係の職まで担っているため、実質的に騎士団の活動を財務面から管理する立場となっていてちょっと大変。
ま、とはいえギルドで働いていた頃に比べればかわいい仕事量だけど。
なにより、それもこれもすべては信頼の証。そう思えばやりがいも湧いてくる。
「しかし、実際のところ参ったな。まさか全滅とは」
「ええ、困りましたね」
ここは領内でも随一の腕を持つと評判の鍛冶屋。
他の店へ行ったところで、ここ以上に頑丈な剣が見つかる可能性は低い。新しく特注品を打ってもらうにしても、使える素材が同じなら強度にも限界があるでしょう。
かといって、剣を壊さないよう常に力を抑えて戦うわけにもいかない。危険なモンスターを相手にした際、旦那様が本来の力を出せないのは困る。
この先、もしかしたらガルドとの戦いも控えているかもしれないのに……。
「う~ん……」
腕を組んで考え込む旦那様。
と、そこで同じように思案していた店主さんがふと顔を上げた。
「あ、そういえば」
「何か心当たりが?」
「ええ。実は昔、私の祖父から聞いた話なのですが……なんでもこの領内には、《聖剣》が眠っているという伝承があると」
聖剣?




