第48話 雑用令嬢、神殿探索をする①
アルグレイン領内にある牧場。
数日前から異常な鳴き声が続いているとの相談を受け、私と旦那様、それに騎士団の皆さんは現地確認に訪れていた。
「毎朝、夜が明ける前になると始まるんです。もう、雷が落ちたんじゃないかってくらいの声で……」
そう話す牧場主さんの目元には、濃いクマができている。
他にも鳴き声に怯えて暴れた家畜が、小屋の柵に何度も体当たりした跡が残っていた。床には桶や道具が転がり、歪んだ柵は応急処置として縄で固定されている。
旦那様は壊れかけた留め具に触れ、眉を寄せた。
「これはまた……騒がしい、で済む状態ではないな」
「はい。このままだと、いつ家畜が怪我をするか……」
牧場主さんが肩を落とした、そのときだった。
丘の方から、凄まじい鳴き声が響き渡った。
「ピシャァアアアアアアアアアッッ!!」
声というより、空気そのものを殴りつけられたような衝撃だった。
母屋の窓枠がびりびりと震え、家畜小屋から馬のいななきが上がる。私も思わず両手で耳を押さえた。
「どわぁあ……!」
「いたたた……み、耳が! こりゃあ、毎朝やられたら気が狂っちまいますね……」
隣にいた団員さんたちも顔をしかめる。
「たしかに……これは想像以上だな」
旦那様も短く漏らす。けれど、問題は音だけではなかった。
鳴き声が途切れた直後、曇り始めた空の奥で白い光が走った。
「旦那様。急いだ方がいいかもしれません」
「どうした、アイカ?」
「あの鳴き声と、今の稲光のような輝き……恐らくですが十中八九、みなさんを悩ませているモンスターの正体は“サンダーコッコ”かと」
「サンダーコッコ……なるほど、あの“雷鳴鳥”か」
「はい。とすると、このまま放っておけば、いずれここいら一帯に本物の雷が落ちてくる可能性も……」
サンダーコッコ。別名、雷鳴鳥。
落雷のごとき鳴き声が特徴で、その鳴き声に込められた魔力が上空に溜まることで、雷雲を発生させることができるモンスター。
しかも、巣があるらしい丘は母屋や家畜小屋からほど近い。落雷が起きれば、火事や怪我人が出てもおかしくない。
旦那様はすぐに牧場主へ向き直った。
「ご主人、家族を母屋から離れた場所へ避難させるように。家畜も可能な限り丘から遠ざけてくれ。それと周辺の住人にもこのことを伝えてほしい」
「は、はい!」
「俺たちは丘へ向かおう」
私たちが牧場の裏手にある丘を登ると、頂上近くに大きな巣が見えてきた。
その前に立っていたのは、大型の鶏によく似たモンスター。
黄色みを帯びた羽毛に、首回りを覆う派手な飾り羽。その隙間では、細い火花がぱちぱちと弾けている。
そして巣の中には、灰色がかった卵がいくつも転がっていた。どうやら産卵期で相当気が立っているらしい。
「ピシャァアッ!!」
こちらに気づいたサンダーコッコが翼を広げる。
再び鳴き声が響くと、羽毛がさらに激しくバチバチと鳴った。
「全員、下がっていろ」
旦那様は剣を抜くと、一人で前へ出た。
サンダーコッコが地面を蹴り、雷をまとった脚を振り上げる。
けれど、その蹴りが届くより先に旦那様の姿が消えた。
「――ハァッ!」
横をすり抜けながら、首元へ一閃。
サンダーコッコの鳴き声が途中で途切れ、その巨体が地面へ倒れ込んだ。首回りに残っていた火花が消えると同時、曇りがかった空がパッと晴れる。
「お疲れさまです、旦那様」
「はは。これぐらい、どうってことないさ」
これにて無事に討伐完了。そして例のごとく、私たちは倒したばかりのサンダーコッコを食べる流れに。
「さてと」
まずは食材としてのサンダーコッコの品定めから。
肉は雷属性の魔力によって筋肉がかなり締まっている。普通の鶏肉より弾力が強そうだけど、下処理さえすれば十分美味しく食べられそうだ。
ただ、問題は卵のほうだった。
「ふんっ!」
団員さんの一人が振りかぶった斧を卵に向かって振り下ろす。
カンッ、と乾いた音が響いたものの、殻にはほとんど傷がついていない。
「か、かってぇ……! これ、本当に卵か……?」
涙目を浮かべながら、団員さんがじんじんと痺れる手を振る。
「そ、そんなにですか……?」
「はい。とんでもないっす……。姉御もやってみます?」
……いえ、遠慮しておきます。
でもどうしましょう。まさかサンダーコッコの卵がここまで硬いなんて。
ただ割るだけなら、いっそ高い所から落とすという方法もあるけど……ただ、それだと逆にぐしゃっとなって肝心の中身まで台無しになっちゃう可能性もあるのよね。
「俺に任せろ」
「旦那様?」
「普通にやって割れないなら、俺の剣で斬り落とすだけだ」
旦那様が進み出て、地面に置かれた卵の前で剣を構える。そしてズバッと刃がきらめいたかと思えば、卵の先端だけがころんと地面へ落ちた。
切り口は驚くほど滑らかで、中身も一滴すらこぼれていない。
「お~」
やっぱり旦那様はすごいなぁ。私もさっき軽く叩いてみたけど、鋼みたいな感触だったのに。
「すんげぇ~。さっすが団長だぜ」
「ここんとこ、さらに剣の速さに磨きがかかってません?」
「これも姉御の料理でパワーアップしてるおかげか」
周囲の団員さんたちも感嘆する。
「ありがとうございます、旦那様。でも大丈夫ですか? 卵は他にもありますけど。続けたら刃こぼれとかしてしまうのでは……」
「なに、心配するな。この剣は貴族学校を卒業した際、俺の剣における師匠みたいな人から祝いにと貰った業物だ。そんじょそこらの剣とはわけが違う」
「へ~。そうだったんですね」
それはそれは。どうりでいつも暇さえあれば大事に手入れしていると思いました。
「ああ。これまで何年も苦楽を共にしてきた愛剣だ。だから残りも任せておけ」
そうしてドンと胸を張ると、旦那様は残った卵の殻を同じように切り落としてくれた。
やがて全ての卵とお肉の処理が終わったところで、私はさっそく料理に取りかかる。場所は牧場に併設された調理場を借りて。
「今日は何を作るんだ?」
「そうですね……卵の数が予想以上に多かったので、せっかくなら三品は作りたいなと思うのですが」
覗き込む旦那様に答えつつ、私は切り落とされた殻の口から卵を器へ移す。
黄身の色は普通の卵よりずっと濃く、箸で混ぜると重さを伴って絡みついてきた。
「ほぉ。あまりに硬いから中身も金属なんじゃないのかと心配したが……大丈夫そうだな」
「はい。むしろとっても美味しそうです」
私は下味をつけたサンダーコッコのもも肉に薄く粉をまとわせ、溶いた卵にくぐらせてから油の中へ。じゅわっと勢いよく泡が立ち、表面がこんがりと色づいていく。
揚げた肉は熱いうちに甘酸っぱいタレへさっとくぐらせ、刻んだタマネギとゆで卵、お酢などを混ぜたタルタルソースをたっぷりと添えた。
別の器では、サンダーコッコの骨からとった鶏ガラの出汁と合わせた卵液を布でこす。
今度のお肉はさっぱりと胸肉を使う。小さく切って一緒に器へ入れ、その他の具材とともに蒸し器に並べて火をかける。
しばらくして蓋を開けると、表面がふるりと揺れ、湯気と一緒に出汁と卵の甘い香りが立ち上った。
そして最後は、余った出汁に塩コショウで味を調え、溶いた卵を細く流し入れていく。
鍋の中で卵が絹のようにふわりと広がったところで――。
「できました!」
――《サンダーコッコのチキン南蛮&茶碗蒸し&卵スープ》の完成です!
「うまいっ! 噛んだ瞬間に肉の旨みがジュワっと染みて一気に押し寄せてくる! 衣もカラッと揚がっていて申し分ない! ジューシーな鶏肉に絡む甘酢の酸味も絶妙だ!」
真っ先にチキン南蛮を口へ運んだ旦那様が叫ぶ。
続けて、そこかしこからも歓声が沸く。
「このタルタルすっげぇな! シャキシャキした歯触りが気持ちいい上に、タマネギのさっぱりさが卵の濃厚なコクとベストマッチだぜ!」
「茶碗蒸しも食ってみろ! 舌の上でとろっとほどけて、出汁の香りがぶわっと広がりやがる!」
「くぅ~! このスープもいいなぁ! 鶏ガラの旨みがしっかり出てるし、ふわふわの卵がその出汁をたっぷり吸ってる!」
「ああ! 肉も卵も骨も……何から何まで全部うめぇ!」
団員さんたちは興奮したように叫びつつ、それぞれの料理を貪るように食べ進めていく。
つい先刻まであれだけ鳴き声がうるさいと言っていたのに、それと同じくらいの騒ぎっぷりだった。
でも裏を返せば、それだけサンダーコッコが美味しいということでもある。
特に、やっぱりこの卵はすごい。硬い殻で覆われているおかげか、栄養を余さず閉じ込めていて味の濃さが市販の鶏のものとは段違い。
ソースにしても、スープにしても、しっかりと主役級の存在感を放ってくる。
う~ん、今度はもっとシンプルにオムレツや卵焼きも試してみたいかも。
「それにしても、まさかこんなかてぇ卵の殻があるなんてなぁ」
「いっそ兜の代わりにコイツを被った方が強ぇんじゃないか?」
私が考えていると、団員さんたちが冗談めかして笑った。
一方、旦那様はそれに対し真顔で同意する。
「いや、正直アリかもしれんぞ。これだけの硬度があれば、加工すれば充分に優秀な防具となるかもしれん」
調理場の端には切り落とした卵殻がまとめて置かれていた。旦那様はその一つに近づき、興味深げに内側と外側を見比べている。
実際、私としても悪くない案な気がした。
なんだったら防具だけじゃなく、フライパンや鍋みたいな調理道具にも使ってもよさそう。
――が、悲劇はそこで起こってしまった。
「ふっ。まあそうは言っても、やはり俺の腕とこの愛剣にかかれば敵ではなかったがな」
おもむろに剣を抜いた旦那様が、手近にあった卵の殻を軽く叩く。
ポキッ。
「あ」
……え?




