第47話 一方その頃、かつての職場は……⑧
ソルヴェイン王国、ブラッケスの町外れ。
朽ちかけた古い倉庫では、その夜、表の市場には決して並ばない品々を扱う競売が開かれていた。
いわゆる、“闇オークション”と呼ばれるものである。
薄暗い室内に漂う陰湿な空気。
集まっている客の中にもまともな者は一人もいない。
誰も彼も、表の商談ではまず顔を合わせない類いの連中ばかりである。
「皆様、本日もよくお集まりくださいました」
その中央で、にこやかに声を張っている男がいた。
裏取引の仲介人、オルベンである。
人好きのする笑みを浮かべてはいるが、その目は客の懐と機嫌だけを正確に測っている。こういう場所で長く生きてきた男の目だった。
そのさらに奥。出品者用に用意された控え席で、ガルド・バルディオスは腕を組んで座っていた。
(ふん。相変わらず胡散臭い連中ばかりだ)
そう思いながらも、口元は自然と緩む。なぜなら今夜この場で最も値がつく品は、間違いなく自分が出すものだから。
ドルイ鉱山産の高純度魔石。
本来ならば、魔石は国の管理を通して扱われる重要資源だ。まとまった量が個人の手で市場に出ることなどそうそうない。だからこそ、こうした闇市では高値がつく。
ガルドはここ二ヶ月、ドルイ族に魔石の供給量を三倍に増やすよう命じていた。
表向きは王国側の国境防衛とギルド再建のため。だが実際には違う。
あの小娘――アイカ。そして、アルグレインの若造。
憎むべき彼ら二人へ報復するための資金を作ること、それがガルドの目的だった。
モンスター料理で強化されたアルグレイン騎士団を正面から破るのは難しい。ならば傭兵を雇い、数の暴力で押せばいい。
そう考えたガルドは、ドルイ族から搾り取った魔石を正規の納入とは別に闇市場へ流し、費用を捻出していたのだ。
ただし、そのためにはまだまだ金が足りない。
(まったく、傭兵風情が足元を見おって……!)
すでに手付金は払った。けれどそれだけでは終わらず、奴らは「装備は雇い主側で用意するのが筋だろう?」と、武器、防具、薬、携行食、予備の魔道具まで、あれも必要これも必要と次々に上乗せしてくる。
思い出すだけで腹立たしい。
「……ふん、まあいい。どうせ今夜の競売でまた魔石が高く売れれば、穴は埋まる」
しかもその魔石もすぐに補充できる。ドルイ族ごとき辺境の一部族など、所詮は大国の実力者である自分にとっては奴隷みたいなものだ。脅しさえすれば、奴らはいくらでも働く。
余裕を取り戻したガルドは椅子にもたれ、競売の様子を眺めた。
「ではまず、こちらの魔道具から参りましょう。古代の遺跡から発掘されたものを窃盗団が強奪した品ですが、きちんと動作は確認済みでございます」
小型の魔道具。珍しい薬草。どこかの屋敷から流れたと噂される宝飾品。
オルベンの口上に合わせ、競売品がひとつずつ競り落とされていく。客たちの声も少しずつ熱を帯びていった。
そして何点目かの品が落札されたあと、オルベンはわざと声を落とした。
「さて……皆様。本日の品々はどれも粒揃いですが、やはり今夜の目玉はこちらでございましょう」
会場の空気が露骨に変化し、客の姿勢が若干前のめりになる。
「国の管理が絡むため、本来なら市場でお目にかかることはまずないと言っていいでしょう。武器にも魔道具にも使え、質が高いものほど軍や貴族が真っ先に押さえてしまう。ええ、そうです」
オルベンはそこで一拍置き、にやりと笑った。
「――ドルイ鉱山産、高純度魔石でございます」
ざわめきが広がる。
顔を隠した商人が隣の男へ何か囁き、マフィアの幹部らしき男がゆっくりと身を乗り出す。貴族の裏使いと思しき人物も、外套の奥で指を組み直した。
ガルドは、その反応を見て喉の奥で笑った。
(そうだ。食いつけ。もっと食いつけ)
やがて会場中央へ黒い布をかけられた展示台が運び込まれ、オルベンが芝居掛かった手つきでその布の端を掴む。
「それでは、とくとご覧あれ。こちらがその商品でございます!」
勢いよく剥がされた布が宙を舞い、歓声が沸き起こる。
だが。
「「「…………え?」」」
そこには、あるはずのものが一切なかった。
品物を収めるべき箱はある。だが中に詰まっていたのはきらめく魔石などではなく、そこらの道端にでも転がっていそうな石の山だった。
歓声が瞬く間に困惑のどよめきに変わる。
誰もが予想外の光景に唖然とする中、いち早く正気に戻ったガルドが控室を飛び出して箱に駆け寄った。
「ど、どういうことだこれは……! なんで魔石が石ころに……!」
ガルドは一瞬、魔石だったものが石に変わったと勘違いした。だが、実際はそうではない。魔石など最初からなかったのだ。
その証拠に――。
「……ん?」
ガルドはふと、石の上に乗っかっていた一枚の封筒に気づく。
そしてその表には、でかでかと二文字でこう書かれていた。
「……『辞表』?」
読み上げたガルドの頭に疑問符が浮かぶ。
周囲にいたオルベンや観客たちも同様である。
「な、なんだこれは……! どういうことだいったい……!?」
ガルドは封筒をひったくるように手に取ると、乱暴に封を破った。
中に入っていた紙に書かれていたのは、「出品予定だった魔石がドルイ族の反乱により回収できなかった」という部下からの報告だった。
でもって怒られるのが嫌なので、今日限りで退職しますというもの。あとはちょっとした謝罪と、ギルドにある自分の荷物は実家に送ってほしいことも添えられていた。
「な……! な……!」
手紙を掴むガルドの手がわなわなと震える。
ちなみにこの辞表を書いた部下とは、先日ドルイ族の族長に鞭を振るっていたあの職員である。
「あ、あの軟弱物がぁ……!」
怒り心頭でガルドが叫ぶ。しかし職員の逃亡など、今ここでは二の次だった。
「ガルド殿、これは……」
「い、いや、違うんだ! これはその……す、少し手違いがあっただけだ!」
控えていたオルベンに低い声で話しかけられ、ガルドは慌てて取り繕うように声を張った。
「この職員は前から頭の弱いアホで、ちゃんと後で締めあげておく! それと魔石も大丈夫だ! ドルイ族ごとき、改めて命じればすぐに掘らせられる! 今夜の品は後日必ず補填するから競売を続けようではないか!」
ガルドはさらに周囲へ向かって手を広げる。
「さぁ、皆さんもどうぞどうぞ! まずはいくらから始めましょう!」
けれどその言葉は会場の熱を戻すどころか、かえって客たちを白けさせた。
裏の取引に集まる連中は、口約束に期待して大金を出すほどお人好しではない。むしろ常に危険と隣り合わせな世界に身を置くからこそ、いつだって取引にはシビアだ。
顔を隠した商人の一人が、鼻で笑う。
「現物なしで目玉とは、ずいぶん景気のいい話だ」
他にも客席のあちこちから不満の声が届く。
「まさかその石ころに値を付けろとでも?」
「とんだ茶番だ。話にもならん」
「おい! 誰が魔石を用意できんと言った! 少し予定がズレただけだろうが! 後日ちゃんと届けると言っているだろう!」
ガルドは声を張り上げるが、すでに客たちの目は展示台ではなく出口へ向き始めていた。中にはすでに椅子から立ち上がっている者までいる。
その状況を見て、オルベンが再びガルドに近づく。
「ガルド殿」
「な、なんだ」
「商品がないのであれば、今夜の競売は成立させられません」
「待て、オルベン! 今まで誰のおかげで魔石を扱えていたと思っている!」
「ええ、その点は私も感謝しています。だからこそ、現物の確認は済んでいるものと思っておりました」
オルベンが低い声で呟く。先ほどまでの愛想のいい口調はもうどこにもない。
「うぐっ……!」
思わず言葉に詰まるガルド。
オルベンはそんな彼から視線を外すと、客席へ向き直った。
「皆様、この度は大変申し訳ございませんでした。こちらの確認に不備がございました。今回の目玉商品は取り下げとさせていただき、本日の競売はお開きとさせてください」
その一言で、客たちは遠慮なく席を立ち始める。
やがて会場からはオルベンを含むすべての人間がいなくなり、倉庫の中央には布の落ちた展示台と魔石の代わりに詰められた石ころだけが残った。
「くそ……くそ、くそ、くそ……!」
握りしめていた辞表をぐちゃぐちゃに破り捨て、ガルドはその場で地団駄を踏んだ。
今夜入るはずだった金が消えた……だけではない。
今回の一件で、傭兵団との本契約もご破算となる。奴らとて闇商売のようなもの。さっきまでの奴らと同じく、期日までに金を用意できなければ容赦なく手を切ってくるだろう。
すでに払った手付金も戻らないし、武器も防具も薬も携行食も……今まで用意した分の金が無駄になる。
「なぜだ……なぜこのタイミングで反乱など……!」
ガルドは知らない。
ドルイ族がどうして回収に向かわせた冒険者たちを追い返せたのか。あの集落で何が起き、誰が彼らを立ち上がらせたのか。
なぜなら逃げ出した職員からすれば、ただ突然ドルイ族たちが蜂起したようにしか見えなかったから。
ガルドは真っ赤な顔で展示台を睨みつけた。
しかし当然ながら、石の山は何も答えない。
「なぜだぁあああああ!!!」
行き場を失った叫びだけが、空っぽの競売会場に響き渡った。




