第46話 雑用令嬢、かつての取引先を訪問する⑥
私がパチンと手を叩くと、全員の視線が集まる。
「まず、お金はやはり折半です。こういうのはきっちりすべきです」
「Booooo!」
なぜかすごい勢いでブーイングされた。
え、どうして。
しかしここで押し切られるわけにはいかない。お金の取り分は、一度曖昧にすると後々面倒なことになる。王国側が好き勝手していたあとだからこそ、なおさら最初に線引きしておいた方がいい。
「ですが代わりと言っては何ですが、みなさんには魔石以外にも提供してほしいものがあります」
私の言葉に、アドーさんたちは互いに顔を見合わせた。
「はて、うちに魔石以外になにかあったべか?」
「さあ……」
ふむ、まあそういう反応にもなるか。
彼らにとっては昔からそこにあるだけのものだし、むしろ近づかないようにしてきたはずのものだしね。
「それで? そのほしいものってなんだべ、アイカちゃん?」
「その前にみなさん。さっきご飯を食べたところですし、食後のデザートなど欲しくないですか?」
「え、デザート?」
突然話が変わったせいか、アドーさんたちは揃ってきょとんとした顔になった。
「そ、そりゃまあ、食べられるなら食べたいだが……」
「では、あの実を少し分けてください。それでさっきの話はチャラにしましょう」
そう言って、私は集落の外れにある一本の木を指さした。
枝の先には、ラグビーボールのような形をした青い実がいくつもぶら下がっている。ずっしりと重そうで、遠目にもかなり存在感があった。
けれどその瞬間、ドルイ族の人たちの顔色が一斉に変わる。
「ちょ、ちょっと待ってけろ、アイカちゃん」
アドーさんが慌てたように一歩前へ出た。
「あ、アレをくださいって……いったいもらってどうする気だか? もしやアレをそのデザートにするつもりだか……?」
「はい、そのつもりです」
「だ、だめだべ! あれは“死神の木”だ! 食ったら死ぬだよ!」
周囲の人々もうんうんと同調する。中には怯えたように顔を引きつらせている者もいた。
「死神の木?」
明らかに不穏な呼び名に、旦那様も首を傾げる。
ただ、私としてはあの木がそう呼ばれていることは知っていた。知ったうえであえて要求したのだ。
死神の木。正式名称、“クリオロ”。
食べれば即死すると言われている魔草の一種で、ドルイ族の集落でも決して近づいてはいけないものとして扱われていた。
ただ、私は昔からここへ来るたびに、どうしてもその実が気になっていた。
なぜなら形や雰囲気、通りすがりに漂う匂いも、前世で言うところのカカオにどことなく似ていたからだ。
でもってもしそうなら、中の種を使ってアレが作れる。
「アレ?」
「はい。“チョコレート”です」
私は旦那様に向かって力強く頷いた。
そうとも。あれがもしカカオの代わりになるなら、絶対美味しいチョコになるはず。
とはいえ、かつては可能性を感じたまでで実現に至らなかった。瘴気があまりにも強すぎて、何度か方法を変えて試してみても完全に抜けきらなかったのだ。
危険が残っている以上、無理に料理へ使うわけにはいかない。それこそ食べたら死んでしまう。
でも今は違う。
火山での一件以来、私の手元には聖水がある。
フロストーレ様とアグニール様のぶつかり合いで生まれた、瘴気抜きの切り札とも言うべきあれなら、きっとこの実にも太刀打ちできるはず。
「大丈夫です。すぐに食べたりはしませんし、ちゃんと瘴気抜きもします。まずは一つだけ試させてください」
「う、うーん……アイカちゃんがそう言うなら……」
アドーさんはまだ不安そうだったけれど、最終的には一つだけ実を取ってきてくれた。
作業台代わりの平たい石の上に置くと、改めてかなり大きい。厚い外皮に包丁を入れて割ると、白っぽい果肉の中に豆のようなものがいくつも詰まっていた。
近づいたドルイ族の人たちが、少し距離を取ったまま息を呑む。
「ひぃいいい」
「ほ、本当に大丈夫だべか……?」
私は怯える彼らをよそに、魔法袋から聖水の小瓶を取り出した。
正直なところ、こんな貴重なものをまたすぐに使うのはちょっと気が引ける。けれど目の前に極上のカカオが……チョコレートになり得る食材があるのに、黙って見過ごすなんて私にはできなかった。
豆の表面へ、聖水をほんの少し振りかける。
すると黒っぽい靄のようなものがふっと浮き上がり、空気に溶けるように消えていった。
「やった!」
思わず声が出た。前はどんな薬草をブレンドしてもうまくいかなかったのに、やっぱり聖水ってすごい。
無事に瘴気が抜けたことを確認し、豆を軽く炒っていく。
「なんか、いい匂いがしてきたべ……」
「あの死神の実が……」
「信じられねぇだ……」
ドルイ族の人たちが不思議そうに鼻をひくひくさせる。
うん。やっぱり、これはカカオに近い。
最初にあった青臭さは、火が入るにつれて少しずつ薄れていった。その代わりに立ち上がってきたのは香ばしくて、どこかほろ苦い香り。
炒った豆の薄皮を外し、細かく砕く。それをさらにすり潰していくと、少しずつ油分がにじみ、やがてなめらかなペーストへ変わっていった。
そこへ砂糖などを加えて練る。
香ばしさの奥に甘さが重なった瞬間、ようやくはっきりとそれらしい香りになった。
私はほんの少しだけ指先に取り、味見してみる。
「……っ!」
こ、これは……!
つい顔が緩んでしまう。
ああ、これは間違いなくチョコレートだ。おいしい……もういっそこのままスプーンですくって食べちゃいたいくらい。
……いやいや、でも我慢しないと。せっかく辿り着いた味だからこそ、もう一手間かけて良い物に仕上げたい。
私は出来上がったチョコにバターを合わせて溶かし、卵や砂糖、少量の小麦粉を混ぜて生地にしていく。
あとはそれを小さな型へ流し込んでからオーブンへ。
「…………」
慎重に火加減を調整しながら見守る。ここで失敗したら元も子もない。
「……よし、完ぺき」
焼き上がったものを皿に移し、仕上げに生クリームを添える。
「できました!」
――《デスチョコレートのフォンダンショコラ》の完成です!
「デス……?」
差し出されたお皿を前に、旦那様が微妙な顔で聞き返してくる。
まあ、そこはノリで……ほら、もとは死神の木ですし。あとは言うなれば、死ぬほどおいしい的な。
お皿の上に乗っているのは、一見すると素朴な茶色い焼き菓子。けれど旦那様がフォークを入れた瞬間――。
「おお! 中から溶けたチョコレートが!」
切れ目からつややかなチョコがとろりと流れ出した。
「す、すげぇだ……!」
「外はスポンジみてぇにちゃんと焼けてるのに、なして……?」
ドルイ族の人たちも、皿を覗き込みながら目を丸くしている。
これこそがフォンダンショコラというお菓子の最大の魅力。
フォンダンとは、フランス語で「溶ける」「とろける」を意味する。
外はしっとりふっくらとした生地が覆う一方、その中にはとろとろで艶やかな半熟のチョコレートで溢れ返っている。
一つの素材から生まれる全く異なる二つの味わいは、まさに絶品。
ちなみに本格的なお店などであれば、外のケーキ生地と中のガナッシュ――生クリームなどを合わせたチョコクリーム――で、それぞれ別々にチョコを用意することもある。
けれど今回のように材料と焼き加減を調整することにより、一息で焼き上げることも可能なのだ。
「では、温かいうちにどうぞ」
私が促すと、旦那様もアドーさんたちも一斉にフォークを口に運んだ。
……で。
「「「あっっっまぁ……♡」」」
ふにゃり。
しっとりした生地の中から広がる、ほどよい香ばしさと濃厚で芳醇な甘さ。
そこへ添えた生クリームのまろやかさが重なり、まるでチョコと同じように顔面を崩れさせる一同。
「う、うんまぁ……」
「すげぇべ……こんなん“デス”じゃなく、“エンジェル”だべ……」
「いや、いっそ美味すぎて死にそうだぁ……」
「なーんか王国のこととかどうでもよくなってきたべぇ……」
「オラもだぁ……」
さっきまで怒れる暴君のようだった彼らとは思えない。
旦那様も目を閉じながら天を仰いだまま、しばらく余韻を味わっていた。
「……素晴らしい。これはもはや、魔石以上の価値があるかもしれないな」
ドルイ族の人たちも、その言葉に大きく頷く。
「間違いないべ! リスティンさんの言う通りだ!」
「これならお金の代わりっちゅう話も納得だべ!」
「んだんだ! こったらうめぇお菓子になるっつーなら、いくらでも持っていってけろ!」
ふぅ、よかった。どうやら私の主張は受け入れてもらえたみたい。これでお金の件も無事解決ね。
それにクリオロの実がちゃんと食べられることも分かったし、次に来る時はまた別のチョコ菓子を差し入れに持ってくるのもいいかも。
クッキーに混ぜてもいいし、ケーキならオペラやザッハトルテなんかもいい。もちろん、そのまま冷やして固めるだけでも充分美味しそう――。
けれどそんなことを考えているうち、旦那様の表情がふと真顔に戻る。
「……それにしても」
「旦那様?」
「いや、今回の急なノルマ引き上げについてな。ブラッケスのギルドということは、間違いなく“あの男”絡みだろうなと」
あの男――言うまでもなく、ガルドだ。
「……そうですね」
たしかに元々ドルイ族と王国側で直接やり取りしていたのはブラッケスのギルドであり、ならば今回の件にマスターである彼が関わっていないはずがない。
あるいは間接的どころか、王国側の意向などとは関係なしに彼自身が主犯の可能性もあり得る。
……しかし、だとしたらなぜ? いったい何のために?
少なくとも、それがよからぬ企みなのは間違いないだろう。
「…………」
私は口に残ったほんのわずかなチョコの苦みを味わいつつ、王国側の空を見上げた。




