第45話 雑用令嬢、かつての取引先を訪問する⑤
王国側の面々が逃げ去ったあとも、広場にはしばらくドルイ族の歓声が響いていた。
正直、まだちょっと信じられない気持ちはある。
さっきまであんな風に寝込んでいた人たちが、武器を持った冒険者を素手で吹っ飛ばすなんて普通に考えたらあり得ない。
けれどそれは私以上に、彼ら自身のほうが意外だったようで。
「まさかオラたちに、こんな力があったとは……」
アドーさんは自分の手を見下ろしながら、目を丸くしていた。
周囲でも、同じようにざわざわと声が上がっている。
「あれ、オラがやったんだべか?」
「わがらん。でもたぶん……」
「途中からもう記憶がなぁ。テンションがぶち上がりすぎて、とりあえずおもっきし拳をぶん回してたのはなんとなく覚えてっけども……」
皆が地面に転がった盾や、遠くで倒れている木箱を見比べている。
さっきの勢いのまま喜んではいるけれど、いざ我に返ってみると自分たちがやったことに驚いているようだった。
そんな中、アドーさんがふっと息を吐く。
「ま、とにかくみんな無事でよかったべ」
それからこちらへ向き直り、笑顔で頭を下げた。
「それもこれもアイカちゃんのおかげだ。アイカちゃんがここに来てご飯を食べさせてくれなかったら、こうはならなかったべ」
「いえ、そんな……」
私も自分の料理の効力は知っていたけど、さすがにこんな展開までは想像してなかったですし。
「いやいや、昔からそうだっただよ。アイカちゃんのくれる食べ物を食べると、なんでか身体の底からいつも以上に元気が漲ってくるんだべ」
アドーさんがしみじみと言うと、周囲の人たちも「ああ」と頷き始めた。
「そういやそうだ」
「不思議なもんだよなぁ」
「さっきも食べたら急に力が戻った感じがしたべ」
「それどころかモリモリっぺよ。今ならほんとに二十四時間働けそうだべ!」
いや、それはさすがにやめたほうが……。
けれどよくよく考えてみると、彼らが不思議に思うのも当然だ。
これまでの私は自分の作る料理がモンスターを素材として使っていることについて、特に説明はしてこなかった。
もちろん別に悪意があったとか、ダマそうとしたとかそういうわけではない。
あえて説明するタイミングもなかったというか、当時はもうある程度調理法が確立されていた時期だったので、すでに自分の中で当たり前に使える食材という感覚だったのだ。
だから普通に職場に手作りお菓子を持ってくる感じで配っていた。
でも今にして思えば、魔物はやはり魔物。
知らないまま食べさせられていたと聞けば、嫌な気持ちになる人もいるかもしれない……。
「あの、皆さん。実は今さらで申し訳ないんですけど……」
私は少し気まずくなりながら、これまで出していた料理や差し入れがモンスター素材を使っていたものであることを話した。
無論、きちんと瘴気は抜いていること。その上で、食べると身体の回復や強化のような効果が出ること。
なお今回の鮭茶漬けにも、ゴーストサーモンというモンスターを使っていたことも。
かくかくしかじか説明すると、アドーさんは目を丸くした。
「モンスターを料理に!?」
「はい……。今まで黙っていてすみません……」
一応、怒られる覚悟はしていた。
けれど返ってきた反応は、私が思っていたよりずっと軽かった。
「なーんだ、そんなことだべか。そったらこたぁ、オラたち気にしねぇべ。むしろそのおかげで王国の連中を追い返せたんなら、ありがてぇくらいだ」
アドーさんは拍子抜けしたように笑う。
隣では族長さんも腕を回しながら頷いてくれた。
「うむ、アドーの言う通りじゃ。謝る必要なんかなかよ。むしろおかげでワシもスッキリしたしのぅ」
他にもこんな声が次々と。
「あいつら、ここへ来るたび誰か捕まえてはビシバシやってたもんよぉ」
「ああ、そうだべ。オラもいつか絶対やり返してやろうと思ってただ」
「見てけろ。オラなんてここんとこに痣ができちまって……あれ?」
一人の男性が腕をまくってきょとんとする。ああ、それはあれですね。たぶん私の料理で傷が消えたのかと。
ともあれ、誰も気にしていないのは確かなよう。
私は和やかに笑い合う彼らの姿にひとまず胸をなで下ろした。
……ただ残念なことに、いつまでも笑ってばかりもいられない。
さっきは結果的に追い返す形になったけど、これで王国側との縁が切れたわけではない。ここが王国における魔石流通の重要拠点である以上、彼らは絶対にまた来るはず。
しかもそのときは今回の一件を踏まえ、もっと大勢で来る可能性の方が高い。
「たしかに……」
アドーさんがそう沈んだ声で呟くと、みんなの顔にも現実が戻ってくる。
が、そこで旦那様が一歩前に出て言った。
「それについてなんだが。もしドルイ族の方々さえよければ、この鉱山を帝国で管理させてもらうのはどうだろうか」
広場がざわりと揺れ、全員の視線が集まる。
私も旦那様を見て繰り返した。
「帝国で……ですか?」
「と言っても、やること自体はこれまでの王国と変わらんがな。集落を守るための戦力をこちらから派遣し、その代わりに採掘した魔石を帝国へ卸してもらう。もちろんその際は、無茶なノルマを課すようなことは絶対しない」
旦那様ははっきり言い切った。
「それと聞くところによると、今までは魔石の販売額は王国とドルイ族とで“七対三”だったとか。それも今度からは折半にしよう。帝国とドルイ族で互いに半々、きっちり等分だ」
その言葉に、周囲がまたしてもざわつく。
今度はさっきよりも喜びの色が強い。
「でもよろしいのですか? そんなことをしたら、王国側が黙っていないのでは……下手したら外交問題になりませんか?」
「間違いなくなるだろうな」
私が問うと、旦那様はあっさりと頷いた。
が、すぐにフッと笑って続ける。
「なに。そこは中央の連中がうまくやるだろう。連中にしても貴重な魔石が手に入るんだ。『そもそもの原因は王国側の圧政だ』という大義名分も今回で充分すぎるほど明らかになったし、もろもろ天秤にかけても利益の方が大きい。あとはフレットあたりに根回しもしておく」
「ああ、なるほど」
フレット様は旦那様の親友。そして中央の文官。
裏で話を通しておけば、よりスムーズに事が進む。
「それに今回の場合なら、他にも東側のだいたいの領地がバックについてくれるだろうからな。より安泰だ」
……たしかに。
旦那様曰く、帝国の魔石事情は西側に大きく偏っているという。
とすると東端にあるアルグレイン領が新たな魔石確保の拠点となれば、その恩恵は東側全土に波及する。
支持してくれる人も大勢いるに違いない。
「ま、もちろん勝手に動いたことについては、多少の叱責は免れないかもしれんけどな」
最後にそう肩をすくめつつも、旦那様に悪びれる様子はない。
むしろドルイ族が圧政から解放されることに比べれば、些末なこととでも言いたげだった。
旦那様は改めて私の方を向いた。
「それとアイカ。君にも頼みたいことがある」
「私に、ですか?」
「ああ。昔の経験を生かして、今後のドルイ族との橋渡し役をしてもらいたい。それと魔石の販売ルートや、卸し先の調整も手伝ってもらえると助かる」
なるほど、そういうことですか。
たしかにそれなら私にもできることは大いにある。
ギルドにいた頃の私はドルイ族の人たちと直接やり取りしていたし、魔石の納入量や卸売り業者との調整も担当していた。
「もちろんです。私でお役に立てるなら」
旦那様は頷くと、今度はドルイ族の人たちへ向き直った。
「というわけで、いかがでしょう? もちろん無理にとは言いません。もし皆さんさえ問題なければ、そういう方向で話を進めようかと思うのですが」
「もちろんだぁ!」
真っ先に声を上げたのはアドーさんだった。
「むしろありがてぇ話だべ。もう王国の連中なんぞに任せてられねぇし、アイカちゃんが間に入ってくれるなら、オラたちとしては願ったり叶ったりだ」
周囲のドルイ族の人たちも、口々に賛同するように頷いている。
族長さんも杖をつきながら、一歩前に出た。
「わしも異存はありませぬ。アイカ殿を追放した王国なんぞ、こちらから願い下げですじゃ」
「そうだそうだ!」
「王国側の出口に塩まいてくるべ!」
どこからかそんな声まで上がり、広場のあちこちで賛同の声が続いた。
ただ、話はそれだけでは終わらなかった。
「それにしても、アイカちゃんが管理してくれるなら、取り分は折半じゃなくて元の七対三でもいいよな」
「んだな。アイカちゃんには世話になったし」
「なんなら八対二でも構わんべ」
「えーい、こうなりゃ全部持ってけ!」
いやいやいやいや。さすがにそれはどうかと……。
でも思えば、昔からドルイ族の人たちにはこういうところがあった。人が好い上に、欲もあまりない。
それでいて、言い出したらちょっと頑なところもある。
たしか私が初めて差し入れを持って訪れた時も、あるおばあちゃんが感動しすぎて家宝の宝石を渡そうとしてきたことがあった。あのときも断るのに苦労した覚えがある。
さて、どうしたものやら。
私は盛り上がる彼らを眺めつつ、どうやって鎮めようかと思いを馳せたところで。
「あ、そっか。差し入れと言えば……」
思い出したのは、ここへ来る前に通った集落の外の光景。
それはギルド時代から私がずっと気になっていたものだった。
「わかりました。ではみなさん、こうしましょう」




