第44話 雑用令嬢、かつての取引先を訪問する④
それから数分後。
やってきた王国側の人間によって、集落の住民たちは強制的に広場へ招集させられていた。
「――よし、全員いるな」
点呼を取り終え、彼らの前に立った男性が広場を見回して満足そうに頷く。その様子を、私と旦那様はアドーさんの家の窓からそっと覗いていた。
今の私はすでに帝国側の人間。不用意に姿を見せれば、ドルイ族の人たちを助けるどころか事態を余計にこじらせるかもしれない。
だから私たちはひとまずバレないように身を隠しつつ、様子を窺うことにした。
「……よかった。ガルドじゃない」
やってきた男性の顔を確認しながら軽く胸をなで下ろす。
この集落の管理はブラッケスのギルド。抜き打ち検査に来るとすればギルドの職員が来るはず。
だからもしかしたらとちょっとだけ嫌な予感がしていたのだけど、どうやら外れてくれたみたい。
とはいえホッとしたのも束の間、状況は決して楽観視できない。
広場には武器を持った冒険者たちもずらりと並んでいた。ざっと見ただけでも数十人はいるだろうか。逃げ場を塞ぐようにドルイ族の人たちを取り囲んでいる。
しかも全員漏れなくガラが悪そう。恐らくあえてそういう人たちだけを選別してきたのだろう。
いったいなんのために?
……というのは、考えるまでもなかった。
「あ、あの……本日は、いったいどのようなご用件で……」
そうおずおずと前に出て尋ねたのは、ドルイ族の族長であるお爺さん。足取りはややおぼつかないけれど、それでも代表として皆の前に立ち、どうにか声を絞り出す。
が、そんな族長さんに対する職員の対応はあからさまだった。
「ああ? 決まっているだろう。お前らがサボってないか確かめに来たんだよ」
吐き捨てるような言い方。
職員はさらに手に持っていた鞭をだらりと垂らす。
「前回の徴収のときに言ったよな? もしまたノルマを達成できなかったら、そのときは罰を与えてやる……ってよ」
ピシッと乾いた音が広場に響き、ドルイ族の人たちが一斉に肩を震わせる。
窓の内側で見ていた私も、思わず息を呑んだ。
「ひどい……」
あんなの脅し以外のなにものでもない。
本来なら王国とドルイ族の立場は対等のはず。お互い利益を与え合う共存関係にあり、共に尊敬したり尊重したりすべき仲のはずなのに、職員の態度には微塵もそういう気配がなかった。
「お、お待ちくだされ。どうか、もう少しだけご慈悲を。元に戻してくださいとまでは言いませぬ。ただ、せめて三倍ではなく二倍なら、まだ我らも……」
「黙れじじぃ! 交渉の余地なんてないっつっただろ!」
職員は族長さんの言葉を遮ると、ふんと鼻を鳴らした。
「そもそもたかが一部族の長ごときが、大国の代表である俺たちに意見するなんて百年早ぇんだよ!」
「ぬぉっ……!」
勢いよく振るわれた鞭が族長さんの背中を打つ。
「なっ……!?」
周囲からは悲鳴が上がり、私も思わず窓枠を掴む手に力が入った。
「いいからお前らは黙って魔石を掘って掘って掘りまくればいいんだよ! そのためにわざわざ俺らがお守りしてやってんだからな! ひゃははっ!」
そう下卑た笑い声を上げつつ、職員の男は再び鞭を振り上げた。それも一度どころか、何度も何度も。
「うぐっ……うあぁっ……!」
激しい鞭打が族長さんの身体を襲う。その度に苦しそうな呻き声が漏れた。
いけない……!
ここまで来たら、もう自分の立場がどうのなんて言っている場合じゃない。そう思って身体が動きかけた瞬間、旦那様が私の袖を掴んだ。
「待て、アイカ。ここは俺たちの出番ではない」
「でも、このままじゃ……!」
旦那様の言いたいことは分かる。
ここで私や旦那様が飛び出せば、王国内の問題に帝国が介入したという事実が生まれてしまう。
そうなれば、たとえこの場を凌げたとしても後々大きな禍根を残すことになる。新たな混乱の火種にも。
……けれどそれでも、あのままでは族長さんが死んでしまう。
しかし、旦那様はなおも首を横に振った。
「いや、そうじゃない。俺が言いたいのはそういう意味ではなく、俺たちの出る幕ではない……という意味だ」
「え?」
「見てみろ」
促されるまま、私はもう一度窓の外を見た。
「ほらほらっ! 痛いか!? 痛いよなぁ! 嫌ならとっとと穴蔵に戻って魔石を取ってこいや!」
職員は相変わらず気持ちよさそうに鞭を振るっている。まるで日頃の関係ない鬱憤をここで晴らしてやろうとばかりに。
が、そこで彼の手が急に止まる。
「……へ?」
いや、正確には止まったのではない。
族長さんが、片手で鞭を掴んだのだ。
「…………調子に乗るなよ、若造が」
ぞ、族長さん……!?
あまりの迫力に一瞬別人かと思ってしまった。
そこにいたのは、先ほどまで怯えながら何度も鞭を受けていたお爺さんではない。
俯いたまま鞭を掴む族長さんの腕には、岩でも握り潰せそうなくらいの力がこもっていた。
しかもそれだけではない。
さっきまで青ざめた顔で身を寄せ合っていた周囲のドルイ族の人々までも、いつの間にか強く拳を握りしめている。
よく見ると採掘で鍛えられた腕や足の筋肉が、服の上からでも分かるほど盛り上がっていた。
「おう、そーだそーだ! いい気になるでねぇ!」
「いい加減にしろこの野郎!」
広場の奥から何人かの声が上がる。
「な、なんだと!? き、貴様らぁ、この俺に逆らう気か!?」
鞭を掴まれたままの職員が、ギョッとしたように叫ぶ。
元来、ドルイ族は温厚な人柄の種族だ。きっと反論されるなど思いもしてなかったのだろう。
しかし、続いて返ってきたのはもっと多くの怒号だった。
「うるせぇ! おめぇらなんかに従ってられっか!」
「ああ、もうアッタマきた!」
「さっきから好き放題言いやがって!」
「なにが王国じゃい!」
職員は顔を引きつらせ、慌てて周囲の冒険者たちへ視線を向けた。
「おい、お前ら! 何をしている! さっさと取り押さえろ! 抵抗するようなら、何人か見せしめに殺しても構わん!」
「はっ! やれるもんならやってみろ!」
誰かがそう叫んだのとほとんど同時に、ドルイ族の人たちが冒険者たちへ殴りかかった。
そこから先は、私の想像を完全に超えていた。
盾を構えた冒険者がその盾ごと殴り飛ばされる。別の冒険者は下からアッパーのように拳を叩き込まれ、二階建ての家屋の屋根上まで飛び上がっていた。
しかもそれをやっているのは、体格のいい鉱山夫の人たちだけではない。老若男女問わず、誰もが武器を振り上げる冒険者たちを真正面から押し返している。
「こ、これはいったい……」
「恐らく、アイカの料理の影響だろう」
旦那様が窓の外を見ながら呟く。
その声はあきらかに私よりも落ち着いている。まるでこうなることを予見していたように。
「もともと日々採掘に勤しんでいるだけあって、彼らの肉体はとても強い。そこにアイカの料理で回復と強化の効果も加わった――まさに鬼に金棒だ。そのうえ怒りで理性のタガも外れたとあっては、パワーだけで敵を圧倒できてもおかしくはない」
「でも、だからってあそこまで……相手は一応冒険者なのに」
「そうでもないさ。実際、あの程度の冒険者どもならいくら束になろうと俺一人で片づけられるし、いざとなればそうするつもりだった。しかし今となっては、ドルイ族を抑える方がよっぽど骨だ」
そ、そうなんだ。それはすごい。まさか旦那様にそこまで言わせるほどなんて……。
「ま、待て! 待て貴様ら!」
「待つかぁ!」
「今までの分、まとめて返してやるだ!」
そうこうしてるうちにも、あちこちから鈍い音と悲鳴が聞こえてくる。
冒険者たちはすでに完全に腰が引けていた。
いずれも頭に大きなたんこぶを作っていたり、鼻血を流して尻もちをついていたり、鉄製の鎧が大きく凹んでべこんべこんになっていたりとボロボロな様子。
あれを素手でやったのだとしたら、とんでもない力だ。
……まあ、その半分は私のお茶漬けのせいでもあるわけらしいけど。
「ひ、ひぃっ! やめろ! やめろぉ! こっちに来るなぁ!」
職員の男は冒険者の後ろに隠れつつ、半べそをかきながら鞭をぶんぶん振り回している。けれどその冒険者たちも逃げるのに必死で、もはや彼を守る余裕なんてなさそうだった。
族長さんは飛んできた鞭を再びパシッと掴むと、ぐいっと引っ張った。
「うわっ!?」
職員の身体が前のめりになる。そこへ族長さんの拳が一発。
「……ふん!」
「ぐえっ!」
職員は見事に吹っ飛び、広場の地面を転がった。
それを見て、冒険者たちの戦意が完全に折れたらしい。
「た、退避だぁー!」
誰かが裏返った声で叫ぶと、冒険者たちは気絶した職員を抱えて広場から一目散に逃げ出していった。中には慌てすぎて転んでしまう者もちらほら。
「うぉおおお!」
「へへっ、一昨日きやがれ!」
そんな彼らの背中を眺めつつ、ドルイ族の人たちは一斉に拳を突き上げた。




