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第43話 雑用令嬢、かつての取引先を訪問する③

「え、え~っと……」


 男性はなおも私の肩を掴んだまま離さず泣き続ける。

 さすがの私も自分より二回りは年上であろう男性にここまで全力で泣かれると、さすがにどう反応していいか分からない。


 ただ、至近距離で顔を見ているうちに、ふと引っかかるものがあった。


「あれ……もしかしてあなた、“アドーさん”、ですか?」

「んぅ?」


 男性が涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げる。


 ああ、やっぱりそうだ。


 かつて私が視察に来るたび気さくに声をかけてくれていた、採掘チームのリーダーであるアドーさん。


 あの頃はいつも泥だらけで顔を真っ黒にしながらも、にかっと快活に笑っていた。肩幅も広くて腕も太く、いかにも鉱山夫といった人だったはずなのだけど、今は頬がこけて前よりずっとやつれて見える。

 どうりですぐに気づけなかったはずだ。


「ゴホッ、ゴホゴホッ!」

「アドーさん!?」

「うぅ、いかんいかん。久々に喜びすぎて喉がビックリしちまっただ……」


 笑おうとして、また少し咳き込む。


 私は慌ててアドーさんの背中をさすった。


「ま、まずはいったん落ち着きましょう。いったいこの集落で何があったか聞かせてください」


 とはいえ、この状態ですぐに話を聞くのは難しそう。


 改めて見たアドーさんの顔色はとても悪い。唇も乾いているし、身体にもうまく力が入ってないように感じる。

 ちょっとした脱水症状……たぶん水も飲まずに、相当長く眠っていたのだろう。まずは少しでも回復してもらわないと。


 あ、そうだ。


「ところでアドーさん。起きて早々であれですけど、ご飯は食べられますか? もしよろしければ、私に何か作らせてください」

「ご飯……?」


 アドーさんは一瞬ぼんやりと首をかしげたが、すぐに嬉しそうに頷いた。


「いいんだか? そりゃ食わせてもらえるなら、もちろんありがてぇだ。なんせこちとら、もう三日も飲まず食わずだったもんでよ……腹が減って減って……」

「三日!?」


 思わず声が裏返る。ちょっと想像以上だった。


 隣では旦那様も真剣な顔で驚いている。


「そ、それはまた……。俺なら三回は餓死しているぞ……」


 それはそれで空腹耐性がなさ過ぎるような……。


 しかしそういうことであれば、なおのこと少しでもお腹に入れないと。


「わかりました。でしたら私にお任せを。ちょっとだけ待っててくださいね。――あ、台所お借りします」

「ああ、食材なら好きに使ってけろ。たしかお米なら大量にあったはずだべ」

「わかりました。ありがとうございます」


 私はお礼を述べつつ、台所にある調理台の前に立つ。


「さて、何を作ろう」


 アドーさんは腹ペコだと言ってたけれど、とはいえこの状況でいきなり重たいものは避けた方がいいだろう。

 どちらかと言うと弱った状態の人でも食べやすく、かつ胃に負担が少ないものがいい。


「そうね。だったら、アレにしましょう。さらさらとすんなり食べられるし」


 私はまずお米を研ぎ、炊きあがるのを待っている間に薬草を刻んでいく。


 普段なら瘴気抜きのために使うことが多い薬草だけど、今回は少しでも滋養を足したいので具材としても使うことにする。


 続いて取り出したのは、先日アグニール様が釣ってきてくれたゴーストサーモン。余った分を干物にしておいたのがちょうど魔法袋に入っていた。


 干物をお湯で戻し、細かくほぐしていく。それと骨は別鍋で煮て出汁を取る。


 そうしてふわりと魚の香りが立ち昇ってくる頃、台所の外から小さくざわめく声が聞こえてきた。

 調理の間に起きてきた他の家の住民たちの声だ。もし動けそうならせっかくなのでいっしょに食べてもらおうと、旦那様が声を掛けにいってくれていたのだ。


「まあ、起きたのは俺の声じゃなくて料理のニオイのおかげだがな」


 なるほど。

 どうやら他の人たちもアドーさんと同じく相当お腹がペコペコだったらしい。


 最初はぼんやりとしていた人たちも、お出汁の香りに吸い寄せられるようにふらふらとこちらへ集まってくる。


 そんなこんなでお米が炊き上がり――。


「できました!」



 ――《ゴーストサーモンの“あらだし”鮭茶漬け》の完成です!



 ふと気づけば、私たちのいるアドーさん宅の前には行列ができていた。


「熱いのでお気をつけてくださいね。おかわりもありますから」


 私は器を持って並ぶ住民の方々に次々と出汁を注いでいく。隣では旦那様もせっせとご飯の盛り付けを手伝ってくれていた。


 こうなると、もはや現場はある種の炊き出しのような様相に。


「うまぁあああ……!」

「ああ、身体に染みるだぁ……」

「生き返るぅ~……」


 そこかしこから聞こえる歓喜の声。

 訪れた直後はそれこそ死んだように静まり返っていた集落に、瞬く間に活気が返り咲いていく。


「むほぉ……! こりゃたまらんべ……!」


 周囲と同じくアドーさんも幸せそうに声を上げる。


 で、そのさらに横では。


「いやぁ、本当ですね。出汁と具による鮭のダブルパンチで、箸を動かす手が止まらないです」


 あれ、旦那様? さっきまでご飯をよそっていたはずでは……。


 気づけば私の隣から忽然と姿を消していた旦那様が、アドーさんと共に食の喜びを分かち合っていた。どういうわけか二人はすっかり意気投合している。いつの間に?


「おかわりだべ!」

「おかわり!」


 そして二人して空になった茶碗を掲げる。

 ……まあよく分からないけど、とりあえず食欲があるのは良いことか。


 結局、アドーさんは三杯、旦那様は五杯をきれいに平らげた。


「ふぅー、食った食った。いやー、うめがったー」


 ひとしきり食べ終え、アドーさんは満足そうにお腹をさする。先ほどまでとは別人のように顔はふっくら。よかった、私の知ってるアドーさんだ。


「さて、では人心地ついたところで……」


 そこでようやく、旦那様が改めてアドーさんへ向き直る。


「それでアドー殿、どうしてあなた方は三日も食事を取らずに寝込む羽目に? この集落でいったい何があったんです?」


 その問いかけに、先ほどまで明るかったアドーさんの表情がすっと曇る。周囲のドルイ族の人たちも同様に。


「実は……」


 アドーさんはしばらく言いよどんでから、ぽつりぽつりと話し始めた。




「「――週休0日で24時間働きづめ!?」」


 話を聞き終えた私と旦那様の声が、辺り一帯に響き渡った。


「んだ……。だいたい、二ヶ月くらい前からだったべかな。急に王国側から、魔石の供給量を今までの”三倍”に増やせって言われただ」

「三倍……!?」

「理由を聞いてもなんも教えちゃくれねぇ。ただ、『とにかくやれ』って。それだけだべ」

「そんな……」


 そんなこと、急に言われても対応できるはずがない。資源の量だけならドルイ鉱山であれば不可能とも言い切れないけど、まず作業する人間側の体力がもたない。


 ドルイ族の人たちにとっては到底受け入れられない要求。当然、直接王国側にも難しいと伝えたらしい。


「だどもヤツら……」


 アドーさんが悔しそうに唇を噛む。


「できねぇなら契約を切る。今後は一切この集落を守らねぇ。そう言ってきただ。それだけじゃねぇ。もしそのあと他の国と契約しようもんなら、その時はこの集落を襲って廃坑に追い込んでやるって……そう脅してきただよ」

「ひどい……」


 ……なんて横暴な。


 いくら採掘で身体を鍛えられているとはいえ、ドルイ族は戦闘のプロではない。武装した冒険者に大勢で押し寄せられたら抵抗するのは難しいだろう。


 そのためアドーさんたちは渋々ながら、なんとか生産量を上げようとしたらしい。

 大人たちは交代で夜通し坑道に入り、さらには女性や子ども、老人までもが石の選別や運搬に駆り出された。


 けれどどれだけ努力したところで、従来の三倍という量を賄うなど無茶に決まっている。


「そんで一人、また一人と過労で倒れていって……」

「この状況に至る、というわけか」


 旦那様が険しい表情で呟く。領主として多くの民を預かる立場からすれば、やはり王国側の所業は許しがたいことなのだろう。


「ところで一つ聞きたいのですが、集落には王国側の人間が常駐しているわけではないのですよね? それなら、全員でどこかへ逃げることは考えなかったのですか?」

「考えただよ。だども、行く宛がねぇ……」


 アドーさんは家の外へ目を向けた。


「それにどこへ行くにしても森を通り抜けなきゃならんし……だったら、ここに残った方がまだ安全だと思ってよぉ」


 ……そうかもしれない。


 この集落の周囲には魔除けの結界が施されており、中にいる限りは滅多なことでもなければモンスターは入ってこられない。

 それでもたまに迷い込んできたときには、王国に緊急出動を要請して対応するという仕組みになっている。


 そういう意味では、下手に移動するよりここに残った方が安全という考えはわかる。


 ……でもその安全も、王国側の無茶な要求の前ではほとんど意味を失っている。


 現に住民たちは倒れ、次の回収までに必要な魔石を揃えるどころか、起き上がることさえ難しい状態だった。


「アイカちゃんが担当してくれてた頃が、一番平和で幸せだっただよ」


 そう呟くアドーさんの瞳は、過去を懐かしむかのようだった。


「無茶なノルマを押しつけてくることもねぇし、市場の様子と鉱山の状況を見ながら、業者との間もうまく取り持ってくれてただ。おかげで仕事がしやすかっただよ。……あとは、あの差し入れだな」

「差し入れ?」


 旦那様がピクリと反応する。


「手作りのお菓子とか、そういうのだべ。アイカちゃん、ここへ来るたびに人数分持ってきてくれて。それがもう、うめぇのなんのって……」

「ああ、あんりゃおいしかった」

「子どもらも毎回楽しみにしてただよ」


 周囲の人たちも、うんうんと頷く。


 そういえば、そんなこともあったなぁ。私なりに一生懸命働く彼らに対する労いというか、感謝というか。

 そこまで大層に恩を売ろうとかそういう気持ちでやっていたわけではないけれど、こんなにも喜んでもらえていたならよかった。


 けれどアドーさんは、すぐにまた肩を落とした。


「……けど、その差し入れももう食えなくなっちまったんだよなぁ」


 場の空気がまた少し沈む。


「くそっ、王国の奴らめ! なんでアイカちゃんを追放なんて……!」

「ああ、許せねぇべ……!」


 あちこちから憤る声が上がる。


「そういえば、新しい担当者はどういう人なんですか?」


 私はふと気になって尋ねてみた。


「んあ? ああ、ありゃ鬼だべ」


 お、鬼……?


「鬼っちゅうか悪魔だなもう」

「アイカちゃんとは似ても似つかん」

「少しでも手を止めると、鞭で殴ってくるだ」


「ひどい……」


 今日一日で、もう何度その言葉を呟いたかわからない。私は耳を疑いたくなるような惨状に若干の頭痛を覚えた。


 なんとかしてあげたい……。


 けれどそうしたいのは山々だけど、この件はあくまで王国とドルイ族の間だけの問題。

 今となっては帝国側の人間となってしまった私が不用意に首を突っ込めば、余計にこじれる可能性の方が高い。無論、旦那様も言わずもがな。


 ……ただそれを踏まえてなお、目の前の彼らを見捨てることはしたくない。


「旦那様……」

「そうだな」


 私の視線に応えると、旦那様は改めてアドーさんへ尋ねた。


「アドーさん。次に王国側が魔石の回収に来るのはいつですか?」

「え~と、最後に来たのがオラが倒れる四日前とかだったから……ちょうどあと一週間後ってとこでさぁ」

「なるほど。それだけあるなら充分です。でしたらそれまでの間、私どもの方でも今後についてどうすべきか検討してみましょう。きっと良い解決策が見つかるはずです」


 旦那様の力強い返答を受け、周囲も一斉に沸き立つ。


「ほんとだべか!?」

「よ、よがったぁ……」

「ありがたや……」


 皆の表情に力が戻る。それは紛れもなく希望によるもの。



 けれどその直後だった。


「おーい、大変だ!」


 慌ただしい叫び声と足音が近づいてくる。場所は集落の入り口の方から。


 その若いドルイ族の男性は、息を切らしながら続けた。


「王国の連中が来ただ! 抜き打ち検査だってよ!」


 な、なんですって!?


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