第42話 雑用令嬢、かつての取引先を訪問する②
「あそこか」
山道を抜けた高台で、旦那様が足を止めた。
眼下には山肌を切り開くように広がる鉱山地帯が見えている。灰色の岩肌にはいくつもの坑道が口を開け、その麓には小さな集落が寄り添うように作られていた。
周囲は帝国と王国の境に連なる山脈の一角。かつて通い詰めたルートとは別だったので道中はなかなかピンと来なかったけど、見下ろした景色にはきちんと見覚えがあった。
私は集落と坑道の位置を何度も見比べてから頷く。
「はい、間違いありません。あそこが“ドルイ鉱山”です」
ドルイ鉱山。大陸でも有数の採掘量を誇る魔石の生産地。
そして、かつて私が王国側でギルド職員だった頃の取引のあった鉱山でもある。
もっともこのドルイ鉱山だが、別に地図上は王国側にあるからと言っても、決して“王国領”というわけではない。
いったいどういうことか。
この世界では前世の現代みたいに、すべての人や集落が国によってきっちり管理されているわけではない。大国の支配が届きにくい境界や山奥には、さまざまな部族の集落が点在している。
特にこのあたりの山脈は帝国と王国のちょうど境目にあるうえ、モンスターの出没数も多い。国が人を派遣して隅々まで管理するには危険すぎる場所である。
だからこそどこかの国に属することなく、ただ自分たちの暮らしを守りたい者たちにとっては格好の棲み処にもなっていた。
ここに住んでいる人たちも、まさにその一例。
魔石はただ掘ればいいというものではない。普通の鉱石よりもずっと扱いが難しい。下手に力を加えると割れて価値が落ちたり、含まれている魔力が抜けてしまったりする。
その上でこの地に暮らす彼らは古くから採掘能力に長け、それを生業にすることでこの鉱山に根差していた。
その能力はまさに並の一般人からすれば別格で、品質の良い魔石の見極めやそれを傷つけない掘り出し方など、どれをとっても超一流。
彼らの技術なくして、この鉱山の豊富な採掘量はありえないと言われるほどなのである。
「超一流……か。それはたしかにすごいな」
「はい。ちなみに鉱山の名前も、もともと彼らの名乗るドルイ族という名称から取られたものなんですよ」
一方で、ドルイ族は決して人口の多い部族ではない。
いくら採掘の技術に優れていても、モンスターの多い山間で暮らし続けるには危険がある。そのため彼らは採掘した魔石を王国へ優先的に卸す代わりに、王国側から防衛戦力を回してもらっていた。
何かあれば王国から即座に応援が駆けつける。そういう手はずになっていたのだ。
「そしてその役目を担っていたのが、アイカの元職場というわけか」
旦那様が眼下の集落を見ながら言う。
かつて王国にいた頃に私が住んでいたブラッケスは、帝国との国境沿いにある町。この山脈からは王国側で一番近い場所にある。
でもって当時の私は、ご存じギルドの雑用係。
魔石の納入量の確認、卸売り業者との連絡、輸送の日程調整、護衛依頼の手配――それらはすべて私の仕事。
現地の視察にも定期的に赴き、だから集落の人たちとも顔見知り。
少なくとも、当時はかなり良好な関係を築けていたと思う。
「なるほど。たしかにそれならば、昔のよしみで交渉の余地はあるかもしれんな」
「はい……きっと」
とはいえ、不安が全くないわけでもない。
今の私はもう王国のギルド職員ではない。それどころかガルドが釈放されてしまったことにより、今なお王国内では汚職で追放された人間という扱いのはず。
その辺りを踏まえると、実際のところどこまで話を聞いてもらえるか……。
ちなみにそれもあって、今日の私たちはいつもと服装も変えている。
普段の遠征では帝国製の騎士服を纏う旦那様も、今回ばかりはなるべく目立たない私服姿。私も屋敷で働く時の服ではなく、地味めの外套を羽織っている。
そうして私たちは淡い期待を胸に抱きつつ、高台を下ったわけなのだけれど。
「……あれ?」
集落の入り口が近づくにつれ、私は小さく眉を寄せた。遠目では分からなかったけれど、近づけば近づくほど様子がおかしい。
「やけに静かだな。もともとこういう場所なのか?」
「……いえ、そんなことは。というか明らかに様子がおかしいです。前はもっと活気があって賑わっていたはずなのに……」
かつての集落は坑道へ向かう鉱山夫の人たちや採掘道具を運ぶ若者たちが行き交っていた。他にも家の前では女性たちが洗濯物を干していたり、その近くを子どもたちが走り回っていたり。
なのに今は誰の声もせず、風が山肌を抜ける音ばかりが耳につく。
いったいなぜ……。
「とりあえず、もう少し歩いてみよう」
「はい」
私たちはゆっくりと集落の中へ入っていった。
が、やはりいくら進んでも誰とも会わない。
おかしい……まさか全員が鉱山に入っている、なんてことはないはず。昼間に誰一人姿を見せないなんて、どう考えても普通ではない。
「仕方ない。こうなったら、直接確認してみよう」
旦那様はそう言うと、近くの家に目を向けた。私も小さく頷き、その扉の前に立つ。
「ごめんくださーい。どなたかいらっしゃいませんか~?」
ノックをしながら声をかける。返事はない。
もう一度叩いてみたけれど、やはり中からは何も聞こえてこなかった。
少しためらってから、私は扉を開けてみることにした。
「……失礼しまーす」
そして中へ入った瞬間、息を呑む。
「……っ」
室内には数人の住人がいた。……ただし、全員が布団や床に横たわった状態で。
「大丈夫ですか!?」
私は慌てて近くの人に駆け寄る。試しに軽く肩を揺すってみるが、それでも目を覚まさない。
「これはいったい……」
「俺は他も見てくる。アイカはここにいてくれ」
「は、はい」
旦那様はそう言い残すと、すぐに家の外へ出ていった。
私は残された住人たちを見回す。
「もしかして、何かの疫病……?」
明らかな異常事態に、つい最悪の想像が頭を過ぎってしまう。
でも見たところ、彼らに発熱や発疹といったような分かりやすい症状はない。現状はとにかく全員衰弱しきったように眠っているだけ、といった感じ。
私は迷いながらも、ひとまず一人ずつ呼吸と脈をはかってみる。一応、やはり表立った病気の気配はなさそう。その点はちょっとだけ安心した。
でも、そうなると余計に「なぜ彼らは起きないの?」という疑問がわく。
ほどなくして旦那様が戻ってくる。
「ダメだ。どこも同じだ。みんな寝込んでいる」
「そうですか……」
……どうしよう。こうなるともう、とりあえず医者を呼んでもっと深く診断してもらうしか――。
と、考えたところで。
「うぅ……。だ、誰かいるんだべか……」
布団に横たわっていた鉱山夫の一人が小さくうめいた。
私は慌てて、起き上がろうとする彼の身体を支える。
「大丈夫ですか? 無理をせず……そのままで結構ですから」
「あ、あんたは……」
ひどくかすれた声。それに目の焦点も合ってない。
「アイカです。アイカ・フランベル。以前までブラッケスのギルドでお世話になっていた……覚えていますか?」
「あいか……?」
彼はうわ言のように繰り返し、私の顔をぼんやりと眺める。
で、急に何かを思い出したようにハッとした。
「あ、アイカって……あのアイカちゃんか!?」
「えっ、は、はい」
飛び起きた男性に両手でガッシリと肩を掴まれ、思わず仰け反ってしまう。あまりの勢いに、旦那様もほぼ反射的に剣に手をかけていた。
けれどその直後に見せた彼の反応は、さらに私たちを困惑させるものだった。
「うわぁ、本物だぁ……! うぅ……うぅうううう……!」
噛みしめるように呟くと、男性の目からは滝のような涙があふれだした。




