第41話 雑用令嬢、かつての取引先を訪問する①
火山での一件から、幾ばくかの時が流れた。
「……おい」
「あらアグニール様。いらっしゃいませ」
あれからというもの、アグニール様は時たま山を下りてアルグレイン邸に顔を出すようになっていた。
表向きの理由は、どうせ協力するなら領内の防衛状況や警戒すべき場所をきちんと共有しておくため、というもの。
それ自体はたしかに大事なことだと思うのだけど。
「今日は“ゴーストサーモン”を釣ってきた」
「まあ、いつもありがとうございます」
ひとつ気になることがあるとすれば、それは毎回なにかしらの魚系モンスターを持ってくる点。
今日の獲物は銀色に透けるような鱗を持った、大きな鮭のような魚だった。名前の通り、どことなく半透明で光の加減によって身の内側が淡く青白く揺れて見える。
「……アグニール様。もしかしなくてもお刺身、かなりお気に召されました?」
「召してない。他人の家を訪問するのに手土産は基本というだけだ」
そうは言うものの、アグニール様の耳のあたりからはチロチロと小さな炎が揺らめいている。
「人をわざわざ保冷剤代わりに呼びつけておいてよく言うわい。素直に捌いてもらいに来たと言えばよかろうに」
隣で腕を組んでいたフロストーレ様が呆れたように肩をすくめる。
彼の言う保冷剤代わりとは、ゴーストサーモンの周囲に薄く張られた氷の膜のことだろう。
ただでさえ体温の高いアグニール様では、獲物をゲットすることはできても運搬ができない。だから鮮度を保つためにはフロストーレ様の存在が必要不可欠だった。
炎と氷。一見すると犬猿の仲のように相反する性質。
でもこの二人、意外と相性がいいのかもしれない。聖水の抽出も二人の協力あってこそだし。
もっとも、当の本人たちは少しもそんなことを思ってないようで。
「う、うるさい。仮にも大妖精のオレが人間に媚びるなどあってたまるか」
「めんどくさ。どうせ食べたらまたへにゃるくせに。このツンデレ妖精め」
「貴様っ……!」
アグニール様の周囲に、ぼっと火の粉が散った。
対するフロストーレ様の背後にはきらきらと冷気が舞い始める。
あ、この流れは……。
そっと近くの窓を開ける私。二人はそこから睨み合ったまま外へ飛んで行く。
そしてほどなくして、少し離れた空の向こうで、どん、と低い音が鳴った。
「う~ん……また始まっちゃった」
ちなみにこれも毎度のこと。もはやすっかりお決まりの展開。
……まあ、さすがに二人とも屋敷や町に被害が出ないよう場所は選んでくれてはいるみたいだからいいけど。
それに、おかげで聖水の補充もできるから一石二鳥でもあるしね。
ちなみに事情をまったく知らない周辺住民の間では、二人のドンパチは「季節外れの花火」として認識されていたりするらしい。
最近では遠くで光が弾けると子どもたちが嬉々として外へ飛び出してくる。あるいは大人たちでさえ空を眺めながらお酒を飲んだりなんてことも。
こうなるともう、ある種のお祭り感覚ね。
それはさておき、これで当面の目標であった戦力アップは果たされた。
一時的な助っ人扱いみたいなものとはいえ、さすがに加わったのが大妖精ということもあり、アルグレイン領の防衛体制はかなり厚くなったと言っていい。
これでこの先の未来も万事安泰――と、思ったのだけれど。
「……まずいな」
ある日の朝。
屋敷の執務室で書類を確認していた旦那様が珍しく深刻な顔で呟いた。
「旦那様? どうかされましたか?」
旦那様は書類から顔を上げると、少しだけ眉間を揉んだ。
「騎士団の倉庫にある“魔石”の在庫が、思ったより減っている」
「魔石、ですか」
魔石とは以前、私がブリリアのミルクから瘴気を抜く時に使った鉱石だ。ただし、それはあくまで例外的な使い方。
魔石は魔力に反応する特殊な鉱石であり、その主な用途は武器や魔道具の素材である。騎士団でも剣や鎧といった各種装備に使用されている。
ゆえに決して欠かすことのできない資源なのだが、それがどうやら不足気味らしい。
「最近は日々の任務に加え、訓練の頻度も上がっているからな。致し方ないと言えば、そうなのだが……」
訓練が増えている理由は分かっている。ガルドたちへの警戒からだ。それがあって、団員さんたちがみんな自主的に訓練量を増やしているらしい。
そのため装備の消耗も激しくなっているのだ。
「皆、アイカを奪われてなるものかと必死なのだろう。だからこそ俺も訓練をするなとは言えん。むしろどんどんやってくれるに越したことはない」
旦那様はそこで、書類の束を指先で軽く叩いた。
「とはいえ装備は消耗品だ。特に魔石の場合は鉄なんかよりもずっと補充が難しい……」
たしかに魔石は鉄や銅に比べても、ごく限られた鉱山でしか採掘できない。そのぶん希少価値も高く、市場に出回る数も少なくなりがち。
「なんとか追加で仕入れることはできないのでしょうか」
「資金だけならどうにかできる。ただ、問題はやはり流通面だな」
流通?
「帝国にも魔石の採掘拠点はいくつかあるんだが、そのどれもが国土の西側に偏っていてな。対して、ここアルグレイン領は東端に位置する」
「なるほど。つまり真逆も真逆、と」
「ああ。ゆえに運搬コストが高く、業者も積極的に卸したがらない。国が国力のバランスを考えて介入し、ようやくしぶしぶ回ってくるような状況だ」
旦那様の指が書類の数字をなぞる。
「このままのペースで消費が続けば、あと三ヶ月も経たずに騎士団で保有している分の在庫は尽きるだろう」
「三ヶ月……」
思っていたより短い。
一瞬、私の中で「ならば領民の人たちから余っている分を融通してもらうというのは?」という考えがよぎる。けれどすぐにそれは無理だと思い直した。
魔石はなにも騎士団だけに必要なわけではない。火炎魔法を使えない人が火を起こす時にも使われるし、灯りや暖房、生活用の魔道具にも使われている。
それだけ生活に根差したものを、みんなの暮らしから取り上げるわけにはいかない。
あとはせめて訓練の時だけでも、装備を別のものにするとかだけど……。
「しかし、かといって魔石を使わず木刀や木の盾で訓練するとなると、さすがに実戦の緊張感から離れすぎてしまう」
旦那様の言う通りだ。
いざという時に本物の装備と感覚が違いすぎては困る。
せっかく皆さんが頑張って訓練しているのに、その効果が半減してしまうのももったいない。
どうしよう、私にも何かできればいいのだけど……。
しかしながら、こればかりはいつもみたく料理でどうこうできる話でもない。
むしろ私だってその料理で魔石を使うことはあるのだから、ある意味では問題の当事者でもある。そもそものキッチン周りの道具だってそう。
となると強いてできることと言えば、せめて自分が使う分を抑えるくらいか。
私が悩んでいると、旦那様は疲れたように息を吐いた。
「はぁ。どこかでまだ見ぬ魔石の鉱山が発掘されたりしないものか。それがダメなら、いっそその辺の畑から野菜の代わりにぽこぽこ生えてくるとか……」
「あはは……」
たしかにそうなったらどんなにありがたいでしょうね。
とはいえ、そう都合よく魔石が手に入る場所なんて――。
「あ、ありました」
「なに!? 本当かアイカ!?」
「はい。一つだけ」
思い出したのは、私がまだギルド職員だった頃に取引のあった魔石鉱山。
あそこは大陸でも有数の産地で、採掘量も品質も申し分ない。
それに当時の私はギルドの業務をほとんど一手に引き受けていたため、鉱山とは直接やり取りもしていた。現地の人たちとも顔見知り。
昔のよしみで相談すれば、少しは工面してもらえるかもしれない。
……ただ、ここでひとつだけ問題が。それも決定的な。
「問題?」
「はい……」
私がギルドで働いていた頃ということは、それすなわち帝国に来る前ということ。
つまりは――。
「……その鉱山があるのって、王国側なんですよね」




