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第37話 雑用令嬢、妖精に友だちを紹介してもらう②

 アルグレイン領内の山奥。


 私と旦那様はフロストーレ様の言う“お知り合い”の方を紹介してもらうため、それが誰かもわからないまま険しい山道を登っていた。


 もちろん、最初からまったく無警戒だったかと聞かれるとそうではない。


 ガルドたちが釈放された以上、戦力を増やせるなら増やした方がいい。そういう話だったし、フロストーレ様の知り合いという時点で、「まあ、きっとただ者じゃないんだろうなぁ」くらいには予想もしていた。


 ただ。


「……え?」


 辿り着いた先は、私の想像とは少し、いや、だいぶ違っていた。


 山道の奥にぽっかりと開いた岩場。


 その中心には火口のような窪みがあり、底では赤いマグマのようなものが蠢いている。裂けた岩肌の隙間からは熱気がゆらゆらと上がり、景色そのものが少し歪んで見えた。


「すごい。こんなところに火山があったなんて。私、マグマって初めて見ました」


 思わず身を乗り出してしまう。


 赤く煮えたそれは、怖いくらい綺麗だった。どう考えても規模が違うのだけど、ぐつぐつという音がまるで鍋の中で煮えたぎるシチューのよう。

 どことなく現実感がないのも相まって、つい目が吸い寄せられる。


 けれど隣の旦那様は、感動するどころかあからさまに怪訝そうに眉を寄せていた。


「いや、ちょっと待て。そもそもうちの領内に火山なんてないぞ」

「え」


 私は火口と旦那様を見比べ、それからフロストーレ様を見る。


 フロストーレ様は当然のように頷いた。


「うむ、リスティンの言う通りじゃ。ここはもともとただの山で、火山などではない」

「そ、そうなんですか? え、ではなぜこんなにもぐつぐつとマグマが……」


 沸いているのだろうか。


 そう思いながらもう一度火口を見下ろすと、隣でフロストーレ様がなぜか得意げに胸を張った。


「ふふ、まあ見ておれ」


 そう言うと、火口の縁から小さな身体を乗り出し、マグマの方へ向かって声を張る。


「おーい、“アグニール”! ワシじゃー!」


 アグニール? それがお知り合いの名前かしら。


 ……って、まさか。


 フロストーレ様の声が火口の奥へ吸い込まれてから、少しの間を置いたあとだった。


 マグマの表面が大きく盛り上がる。

 ぼこり、と泡が弾けるような音がして、炎をまとった小さな影が赤い熱の中から現れた。


 大きさはフロストーレ様と同じく手乗りサイズ。どこからどう見ても妖精に間違いない。

 けれど、まとっているものが違う。


 周囲の熱気そのものを従えているような、近づけばそれだけで燃えてしまいそうな存在感があった。


「……誰かと思えば、フロストーレか」


 その炎の妖精はフロストーレ様を見るなり、面倒くさそうに顔をしかめた。


「おー久しぶりじゃな。それにしてもここは熱いのぅ。いったい何度なんじゃ?」

「だいたい摂氏七百度といったところだな」

「あーそりゃまたどうりで。ったく、相変わらず暑苦しい奴じゃ。ワシが広域の寒冷魔法を展開していなければろくに息もできんわい」

「ふん、別にこの程度熱くもなんともなかろう。これでもよく抑えている方だ。マグマそのものはもっと熱い」


 な、七百度……。


 それは果たして暑苦しいという言葉の範疇に収めていいレベルなのかしら? というかさらっと言ったけど、フロストーレ様はいつの間に寒冷魔法を?


 それって要するに、そうして守ってもらってなかったら、今頃私はこの場に立っているだけで焼け死んでたかもしれないってことよね……。


 なんだかものすごくスケールの大きな会話に、つい一歩後ずさりしてしまう。


 そこで炎の妖精が、ようやく私たちに視線を向ける。


「で、今日はまた何の用だ。……というより、なぜ人間がここにいる」


 低くとげとげしい声。

 少なくとも、歓迎されている感じではない。


 が、そんな気配など一切気にする素振りなどなく、フロストーレ様は思い出したように手を打った。


「おお、そうじゃった。紹介しよう。この二人はリスティンとアイカ。このアルグレインの領主とその従者で、ワシの友人じゃ」


 そして今度はこちらに向き直り、マグマの上に浮かぶ炎の妖精を示した。


「でもって、こやつは“炎の大妖精アグニール”。知っているじゃろう?」


 旦那様はすぐに姿勢を正した。


「もちろん存じています。まさかこの目で四大妖精のうちのお二人と同時に対面できる日が来るとは」


 四大妖精……名前でピンとは来ていたけれど、やっぱりそうだったのね。


 正直こうしてフロストーレ様と仲良くしてもらっているだけでも十分にすごいことなのに、今はその隣にアグニール様までいる。

 火口の熱気の中で氷と炎の大妖精が並んでいる光景は壮観だった。


 ともあれ紹介も済んだところで、フロストーレ様が早速用件を切り出す。


「実はな、とある厄介者たちのせいでこの者たちが困っておっての。ぜひおぬしの力を貸してほしいのじゃ」

「厄介者?」


 アグニール様が眉を寄せる。


 そこで旦那様が一歩前に出た。


「改めまして。アルグレイン領を預かるリスティン・アルグレインと申します」


 旦那様はそう名乗ったうえで、今の状況を簡潔に説明した。


 相手はソルヴェイン王国で冒険者ギルドを率いているガルドであり、私怨によって私を狙っていること。

 場合によっては手段を選ばない行動に出て、領民が巻き込まれる可能性もあること。


 そのため、今は防衛戦力の拡充を図ろうとしていること。


「――というわけなのです」


 旦那様が説明を終えると、隣ではフロストーレ様が同情するように頷いた。


「な、ひどい奴らじゃろう? だが相手がどんな悪漢だろうと、ワシとおぬしが加われば百人どころか千人……いやいや万人力じゃ。というわけでアグニール、いっしょに手伝ってくれ」


 しかし。


「断る」


 アグニール様の返事は早かった。


「む。なぜじゃアグニール。おぬし、ちゃんと話を聞いておったか? 悪い奴らがここに攻めてくるかもしれんと言っておるのじゃぞ?」

「なぜ? それはこっちのセリフだ」


 フロストーレ様が少し責めるように言うと、アグニール様は火の揺らめく瞳でこちらを見た。


「妖精は代々、自然界の調整者として存在してきた。言わば中立者だ。人間同士の争いに踏み込むべきではない」

「それはそうかもじゃが、しかし今回は事情が事情じゃろう」

「事情なんてものは、いつの時代にもある。だいたい、強大な妖精の力は人間にとって魅力的すぎる。安易に加担すれば、奴らはすぐにつけあがってその後も都合よく使おうとする。必ずな」


 アグニール様は厳しい口調で言い切った。


「過去にも妖精が人間のどちらかへ肩入れしたことはあったが、そのたびにろくなことにならなかった。今回もどうせ然りだ」


 けれどそんなアグニール様の言葉に対し、フロストーレ様はむっとした顔で腕を組む。


「やれやれ、そう固いことを言うでない。そもそも王国側が不安定になった時、こちらへ移るよう誘ったのはワシではないか。だったら少しくらい手伝え。どうせ暇じゃろう」

「その点は感謝している。ここは居心地がいいからな。が、それとこれとは別だ。あと暇でもない――見ろ」


 そう言って、アグニール様は足元のマグマに視線を向けた。


「オレはここできちんと妖精としての()()を果たしている。お前と違ってな」


 役目? このマグマが?


 私がどういう意味だろうと首をかしげると、それに気づいたのかアグニール様が解説してくれた。


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