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第38話 雑用令嬢、妖精に友だちを紹介してもらう③

「このマグマはオレの寝床でもあるが、目的はあくまで自然界への魔素の供給にある。さっき自然界の調整者と言ったのもそのためだ」

「魔素の供給……」


 そっか、そういうことか。


 この世界の大気中には、魔素と呼ばれる魔力の源のような物質が存在する。

 それはこの世界の生き物にとって欠かせないものであり、それこそ酸素や、あるいは水のような立ち位置に近い。枯渇すれば命に関わる。


 そしてその魔素は、火山や雷雨、潮流、雪原の冷気といった自然現象から生じるとされていた。


「ゆえに大妖精には自然活動をほどほどに活発化させ、魔素の発生源を整える役目がある」

「なるほど。だからこうして火山を作ったんですね」

「そういうことだ。もっとも、本物の火山を無理やり生み出したわけではない。山の一部に熱と魔力を集め、マグマのような状態を保っているだけだ。ちゃんと火力も調整してある。噴火して麓に被害が出るようなこともない」


 アグニール様がそう言うと、隣の旦那様がやや苦笑交じりに肩の力を抜いた。


「ああ、それを聞いて安心しました。正直いきなり領内に見知らぬ火山ができていたものですから、これは非常事態宣言でも出した方がいいのかと焦っていました」

「それについてはすまなんだ。許せ」

「いえ、別に報告の義務はありませんから。こちらで、あとで地図に書き足しておきます」


 たしかに。

 必要なのは理解できましたけど、さすがに突然あるはずのない火山が生まれていたらビックリじゃ済まないですものね。


 そもそも、今回の私たちはフロストーレ様同伴だったから無事だったけど、これがただ山登りに来ていた領民の誰かだったらどうなっていたんだろう。

 あ、そのときは途中で暑すぎて引き返すか。


 ――と、そこでアグニール様の視線がまた鋭くなる。


「そういうわけで、オレは決して暇ではない。それなのに、お前はいつものらりくらり。大妖精としての自覚が足りないのではないか」

「な、なんじゃ急に」


 突然の糾弾めいた指摘にフロストーレ様がたじろぐ。


「前から思っていたことだ。たしかにオレはお前に誘われ移住したが、いざここに来たときは驚いたぞ。氷山もなければ雪原の一つもない。魔素の調整はどうした」

「うぐ……」

「わかっているのか。お前がサボればサボっただけ、真面目にやってるオレとの差が生まれる。それはひいては自然界のバランス崩壊だ。そのことをどう考える。それとも、何か言い訳があるなら聞いてやるぞ?」


 淡々とした口調で言葉を重ねるアグニール様に、みるみると追いつめられるフロストーレ様。正直ちょっとかわいそうになってきた。


 けれど傍から聞いていても、どう考えても正論は向こうにある。さて、どう言い訳するのだろうと私と旦那様は見守っていたのだが……。


「いや、それはその……」

「その?」

「そ、それは…………アイカの作るご飯がおいしすぎるのが悪いのじゃ」


 え、私のせい?


「ご飯、だと?」


 アグニール様のこめかみがピクリと動く。


「仮にも大妖精に名を連ねる存在がメシごときで懐柔されるとは、なんたる体たらくだ。お前はそれでも――」

「え、ええい、黙るのじゃ! 食べてもないくせに何を言う! おぬしとて一度でも食せばわかる!」


 フロストーレ様が勢いよく私の方へと振り返る。


「アイカ! 何か今出せるものはないか!?」

「す、すみません。今日はお知り合いをご紹介いただくだけと聞いていたので、すぐ食べられるようなものは……」


 しまった。こんなことなら手土産の一つでも用意して来ればよかった。


 魔法袋には調理道具や小麦などの食材は入っているけど、完成した料理やお菓子まではない。


「ぐぬぬ……」


 フロストーレ様が悔しそうに唸る。


 アグニール様はフンと鼻を鳴らした。


「残念だったな。さあ、わかったらとっとと帰れ。そして二度とここに人間など連れて来るな」


 ……ダメか。


 仕方ない、これ以上こじれる前に今日のところはいったん諦めましょう。次こそはちゃんとお土産を持って。


 恐らく旦那様も同じ考えだったのだろう。私たちは互いに視線を交わしあうと、フロストーレ様へ声をかけた。


「あの、フロストーレ様。今日のところは帰りませんか? お時間さえいただければ、私も次はちゃんと準備をして参りますから」

「ええ。敵もすぐに攻め込んでくるわけではありませんし、また折を見て――」

「いーや、このままおめおめ帰ってはそれこそ大妖精の名折れよ」


 が、フロストーレ様は小さな身体でぐっと胸を張る。


「よしわかった。こうなったらもう力づくじゃ!」


 あ、これヤバいやつかも。


 そう思ったときにはもう、フロストーレ様はアグニール様に向かってビシッと指を突き立てていた。


「おいアグニール、今からワシと勝負じゃ! ワシが勝ったら素直に従え!」

「ほう、大きく出たな。いいのか? オレは炎で、お前は氷。どちらに分があるかは明白だと思うがな」

「ワハハ、雑魚が吠えよる! ワシはこれでもおぬしの先輩だぞ! おぬしのコスい炎ごとカチンコチンにしてやる!」


 次の瞬間、アグニール様の周囲で炎が膨れ上がった。同時にフロストーレ様の背後には白い冷気が渦巻く。


 こ、これは……。


 反射的に一歩下がると、旦那様がすぐに腕を伸ばして私を庇った。


「アイカは俺の後ろへ」

「は、はい!」


 炎と氷がぶつかる。


 岩肌が震え、白い蒸気が火口の上へ噴き上がった。

 本人たちにとっては口喧嘩の延長かもしれないけれど、人間から見ればこれはもう小規模な自然災害だった。


 熱いのに冷たい。寒いのに汗がこぼれる。


 何がどうなっているのか分からないまま、私は旦那様の背中越しに二人を見つめていた。


「まずいな。このままでは山が崩れかねん」


 旦那様は呟き、剣の柄へ手をかける。ただ、そうして二人の間へ割って入ろうとした直後だった。


 炎と氷がひときわ強くぶつかり、細かな水滴が周囲へ飛び散った。


「っ」


 その一つが、私の顔にかかる。


 熱いとも冷たいともつかない感触。

 私は目を瞬かせ、反射的に唇に触れた水滴を舌で舐める。


 そして動きを止めた。


「これは……」


 ただの水じゃない。


 まるで余計なものが一切なくなったような。

 妙に澄み切った感覚だけが舌の上に残っていた。


 これってもしや――。


「お二人とも、ストーーーップ!!!」


 気づけば、私は自分でも驚くほど大きな声で叫んでいた。


「む」

「なんだ」


 さすがに何事かと思ったのだろう。フロストーレ様とアグニール様が同時に動きを止める。

 炎と氷のぶつかり合いが途切れ、火口の上には白い蒸気だけが残った。


 旦那様も剣を抜きかけた姿勢のまま振り返る。


「ど、どうしたんだアイカ?」

「すみません、でもどうしても気になってしまって」

「気になる? 何がだ?」

「お二人の炎と氷がぶつかってできたお水です」

「水?」


 旦那様が首を傾げる。

 フロストーレ様とアグニール様もきょとんとしている。


 だが続く私の言葉で、彼らは一斉に驚いた。


「そうです。このお水……もしかすると、“聖水”かもしれません」

「聖水だと!?」


 旦那様の瞳が大きく見開かれる。


 無理もない。この世界における聖水とは、前世のマンガやゲームで聞くようなちょっと便利な道具とはまるで違う。

 紛うことなき伝説級のアイテムの一つだ。


 だからこそフロストーレ様とアグニール様も、最初はまさかという顔で私の指先についた水を覗き込んだ。


「……これが、聖水じゃと?」

「馬鹿な……いやしかし、言われてみればたしかに」

「うむ。神聖を感じる。これは聖水じゃ」

「だが、いったいなぜ……」


 二人の大妖精にも、どうしてそれが生まれたのかは分からないらしい。


「もしや我々の魔力が強く衝突した結果、ただでさえ純正だった氷からさらに余分なものが削ぎ落された……とでもいうのか」

「あり得るかもしれんのぅ。聖水とは、一切不純物を含まぬ究極の水。ワシもおぬしも大妖精。体内で生成される魔力の純度は人間の比ではない」


 あれこれと意見を出し合う。


 純度の高い魔力の塊でできた氷と、同じく純度の高い魔力の炎。

 両者が激しくぶつかった結果、普通の水ではないものが生じたのではないか。


 旦那様はまだ半信半疑のまま、それでもはっきりと表情を明るくする。


「もし本当に聖水なら、これはすごいことだぞ。古来より多くの魔法使いや錬金術師たちが精製方法を模索してきたが、誰も見つけられなかった。まさに世紀の大発見だ」

「はい」


 たしかにこれまでの歴史上でも、聖水はごく稀に自然界で少量が見つかる程度だった。


 もちろん、これはあくまでフロストーレ様とアグニール様というお二人の大妖精の存在あってこそ。

 毎回こんな災害みたいな喧嘩をしてもらうわけにもいかず、だから安定供給にも程遠い。


 それでも狙って生み出せるとあれば、やはり人類にとって革命的出来事である。


 ――そしてなによりも。


 もしそんな貴重なアイテムをある程度自由に使えるようになるのであれば、それはつまり……。



「“お刺身”が食べられるということです!」


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