もふもふ冷え冷え(魔法のおかげ)
騒ぎに駆けつけた衛兵に放火犯を引き渡し、あれこれ事情を聞かれて、すっかり時間を食ってしまった。
それでも住処と職場が同時に手に入ったのだ。幸運と思っておこう。
(そもそも新居が燃えなきゃよかったんだけど、この際、置いといて)
なぜか小フクロウに興味津々なリゼットに促され、詳しい話はひとまず店の中で、と落ち着いたとき。
「あ、あのー、すみません……。声をかけるタイミングを逃してしまって今さらですけど」
人質だった少女がおずおずと進み出た。
「わたしはクレール子爵家の次女、コレットと申します。この度は危ないところを助けていただき、感謝の言葉を尽くしても足りません。まことにありがとうございました」
コレットはスカートを上品に持ち上げ、恭しく頭を下げる。
ティナはにこやかに応じた。
「そんな気にしないでいいよ。ついでだったし」
「ついで!?」
「と、ともかく、ケガがなくてよかったね」
「それなんですけど、具体的に何をしたんですか? ものすごい衝撃のようでいて、ぜんぜん立っていられました。それに後ろにいた暴漢さんだけ弾かれたように感じて、目を開けたらはるか遠くで……。しかもあなたの位置からだと、飛んだ方向もおかしいですよね?」
「え? えーっと……、目くらましをした隙に近づいて殴っただけだよ?」
じーっと、コレットはティナの顔を覗きこむ。
ティナはたまらず目を逸らして仰け反った。
「って、すみません。命の恩人を問い詰めるなんて失礼なこと……」
コレットは慌てて身を引いた。
「わたしはもう行きますね。家の者に叱られちゃいますから」
最後に名前を尋ねられ、ティナと答えた。
「ティナさん、いいお名前ですね。またお会いできたら嬉しいです。そのときは改めて、お友だちになれるといいですね」
「へ? おとも、だち……?」
「ええ、では失礼します」
優雅な会釈をしてから、コレットは大通りへと駆けて行った。
「お友だち……」
ティナはその背を見送りながら、
「珍妙な顔つきだな。にやけているのか?」
小フクロウを抱えたリゼットにまじまじと見られ、慌てて頬をむにむにするのだった――。
リゼットに連れられて、勝手口から『白鹿の灯火亭』へ入った。なお彼女は小フクロウをいまだがっちり握りしめている。
扉を開いたとたんに喧騒が押し寄せてくる。
「リゼット、どこへ行っていたの? この忙しいときに貴女は」
ホールから戻ってきたエプロン姿の女性が、腰に手を当て呆れ顔を寄越した。
同じく鹿人族の耳と角。リゼットほどではないが、女性にしては背が高い。すらりとした妹とは対照的に丸みを帯びた体つきだ。呆れてはいても、どこかおっとりして見えた。
「あら? その子は?」
ティナに気づき、膝を曲げて視線を合わせてくる。
「この子はティナだ。例の連続放火魔が隣の店を狙っていてな。ともに戦い、見事捕らえたというわけだ」
「え? あなたは何もしてませんでしたよね?」
「いや! 自分は君が現れる前にだな――」
パンッ! とエプロン姿の女性が手を叩く。
「貴女が話すと長くなりそうね。ひとまず自己紹介。私はマリエル。リゼットの姉で、ここの店主をしているわ」
よろしくね、と握手を求められ、手を握る。「手短に話してもらえるかしら」との要請に、ティナは顛末を話した。
「――なるほど。大変だったわね。ええ、リゼットが勝手に決めたことだけれど、宿の一室を貴女に用意するわ」
「本当にいいんですか? あたしが言うのもなんですけど、このお姉さんってたぶん何も考えてないですよ?」
「うはっ、手厳しいな」
「いつものことよ。でも結果的に正しい選択をしているのよね、不思議なことに」
そうなんだー、とティナは感心する。
ただ宿代なしはやっぱり気が引ける。交渉の末、長期割引(それでも破格)で部屋を借りることで落ち着いた。
「それじゃあ、しっかり稼がないとね。今この瞬間、人手が足りなくて困っていたの」
マリエルは人差し指を立てて微笑んだ。
対してリゼットは居心地悪そうに小フクロウを手の中でもみもみする。
(ルーちゃん、めちゃくちゃ迷惑そうだけど、今ペンダントに戻すのもなー)
どうしたものかと悩むうち、
『そろそろ助けてはくれまいか?』
「ふはぁ~、もふもふ、あったかい、かぁいいねぇ……」
熱に浮かされたように、リゼットは小フクロウをこねくり回していた――。
ティナは『白鹿の灯火亭』従業員の制服――茶系の裾長衣装に着替えた。その上からエプロンをつける。「ぴったりね」とはマリエルの評だ。
「ティナにはホールを担当してもらうわね。とはいえ初めてだし、料理を運んだり空いたお皿を下げたりでいいわ」
「変な客がいたら自分を頼れ。店の用心棒、このリゼットにな!」
「まずは話し合いから入りましょうね? それより今は裏でお皿を洗っていなさい」
リゼットは肩を落として厨房へ向かう。実のところフクロウを取り上げられて意気消沈もしていた。今ティナの首にはペンダントがかけられている。
ティナはマリエルに連れられホールへと入る。
「さっそくこれを運んでもらえるかしら。あそこのテーブルよ」
木製のジョッキが三つ乗ったお盆を渡される。泡がぷちぷち弾け、麦の香りにつんとしたアルコールの匂いが混じっていた。
「これってエールですよね?」
「そうだけど……なにか気になることでもあるの?」
気になると言えば気になる。
「これ、冷えてませんよね?」
触ってはいないが見た感じ、ひんやり感が伝わってこない。
「? そりゃあ、うちはふつうの酒場だもの」
ティナはそういうものか、と納得したものの。
(ま、今回は初回サービスってことで)
お盆を運ぶ間に、こっそり冷却魔法でエールを冷やしてみた。
『余計なお節介とならねばよいがな』
声は首元の宝石から。
気にしすぎじゃない? とティナはのんきにエールのジョッキを運ぶ。
「お、来た来た。んじゃ、今日もお疲れってことで」
体格のいい若者がジョッキを掲げると、他の二人もそれに倣った。
「「「かんぱーい、んぐ、んんんッ?」」」
三人ともに目を丸くする。
「なんだこれ!?」
「めちゃくちゃ冷えてやがる!」
「おい嬢ちゃん、いつからこんなサービス始めたんだよ!?」
予想外の反応に、ティナは困惑する。
実際のところ、氷系統の魔法を扱える人族や亜人種は少ない。お酒を冷やすために使ってもらうには、相当なお金がかかるのだ。冷たいエールが出るのは王宮や高級店くらいなもの。
(――ってことなのかなあ!?)
正しく状況分析はできたものの、後の祭りだ。
「冷えたエールだって?」
「おい、こっちにも追加だ!」
「こっちには四つくれ!」
店中が色めき立つ。
マズい、とティナは配膳スペースへ駆け戻った。
「すみません、エールはあたしが全部運びます」
店内の異様な盛り上がりを訝しんだマリエルが、ティナの顔をじっと見た。
「貴女、魔法が使えるの? しかも冷却魔法をお気軽に、だなんて……」
応えたのは、いつの間にか話に入ってきたリゼットだ。
「彼女はさっき閃光魔法を使っていた。この目をつぶさんばかりの強烈なやつだ。その後、放火魔を撃滅したのもなんらかの魔法だろう。さらに破壊されたはずの奴のはらわたが、衛兵に引き渡すときには治っていた。あれも君だろう? 正直、早く治療せねばと冷や汗ものだったから助かったよ」
洗い物はどうした? との感想はさておき。
ティナは一瞬、呆けた。
閃光魔法はいいとしても、とくに治癒魔法は誰にも気づかれないようこっそりやったはずなのに。
「まいったなあ」
マリエルが額に手を当てる。
勝手なことをして怒られるかな、と思ったのだが。
「これでティナちゃんを手放せなくなったわね。でも無理はしないで。疲れたら遠慮なく言うのよ? 『今日の冷え冷えエールサービスは終了』って言えば、みんな納得してくれるんだから」
「ぇ? ぁ、はい。がんばります!」
「だから必要以上にがんばらなくてもいいの。ほどほどに、ね?」
マリエルはウィンクで応じてくれたのだった――。
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次回は明日11:00に公開予定。
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