不届き者には鉄槌を(そっちが言う?)
ティナがわずかな魔力の痕跡をたどってみれば、目的の人物は見知らぬ少女を人質に取っていた。なんで? いや、今はやることをやるだけだ。
「あたしの青春を燃やしたこと、ぜぇーーったいに! 許さないんだから!」
心からの叫びに、やじ馬が大通りからわらわらと集まってきた。
『あまり派手にはするな。この先、暮らし辛くなるぞ』
「燃えちゃったもん! 幸せに暮らすはずだった場所、燃えちゃったんだもん!」
『そ、そうだな。だが生かしておけばいくらかは賠償させられるやもしれぬ』
「もちろんそのつもりだよ。でも、うん、ありがと。ちょっと冷静になれた。ここで暴れたら学校生活も危うくなるかもだもんね」
ティナはすーはーと息をして、放火犯をにらみつける。
(人質の子の安全が最優先。防御魔法をかけちゃえば、ナイフくらい絶対に通らなくはできるんだけど……)
問題がひとつ。
(放火犯とくっついてるのがなー)
攻撃魔法にしろ防御魔法にしろ、ティナは威力や範囲の細かい調整が苦手だった。
大光壁に魔力を流すのに遠慮はいらないし、外敵と戦うときにきめ細やかな手加減なんていらない。
生まれてこの方、大雑把な魔法行使で事足りていたのだ。
(うん、防御があっちにも流れるのは仕方ないと割り切ろう。人質の子を守りつつ、あいつを吹っ飛ばせばいいんだから)
算段がつけば行動は速い。
ティナは片手を突き上げた。
「みなさん! まぶしいですから目をつむっててください! とくにそこのあなた!」
もう一方の手でずびしっと指差したのは人質の少女だ。
「それ言っちゃっていいやつですか~……? もうどうにでもしてください~……」
聞くからに諦めきった哀れな少女に笑みを送るや、ティナの突き上げたこぶしが、暮れかけた路地に真昼を呼び戻すほどの輝きを放った。
「うおっ、まぶし!」
「目が、目がぁーーっ!」
「どんな威力だよこれーっ!?」
やじ馬たちは大混乱。
人質の少女は律儀にも目をつむっていた。
(よしよし。さすがに目の前に魔法弾が飛んで来たらびっくりするもんね。恐怖で暴れられても困るし、これで怖い思いはさせないで済む)
やじ馬さんたちには悪いことしたかな、と内心で謝りつつ、人質の子を中心に防御魔法をしっかりかけた。
(正面からだとあの子に当たっちゃうかも。防御してるから大丈夫だとは思うけど、念のため)
ティナは魔法弾を二発、右手側へ撃ち出した。
白一色に染まった世界の中、光弾はぐるーんと弧を描きながら放火犯と少女の側面に回りこむ。
(ほい、と)
ぐっとこぶしを握りこんだ。
光弾が勢いを増し、まっすぐ目標へと疾走した。
一撃目。ナイフが砕け散る。
二撃目。男が吹っ飛んだ。
同時に、ティナが跳ぶ。
放火犯が壁にぶつかる直前、上から襲いかかって組み伏せた。
光が収まって辺りが薄暗さを取り戻す。
呼吸も止めていたのか、人質だった少女がぶはっと大きく息をついた。
「今ものすごい衝撃があった気がするんですけどなんでわたし生きてるんですか!? え? あれ? 暴漢さんがなんでそっちに? あの子もいつの間に……え~~?」
ひとまず少女は無事みたいなので横に置き、ティナは放火犯を押さえつけたまま冷ややかに見下ろす。
が、内心では焦りまくっていた。
(あっっっぶなー。これ防御魔法がこいつにも影響してなかったら死んでたかも)
『相変わらず威力調整は大雑把だな。学校でよく習ってくるとよい』
今後の課題だなーとティナは反省しつつ、眼下の男を見やった。
息はある。薄目を開けているが、意識は完全に失っているようだ。ナイフを持っていた腕は、防御魔法の影響が薄かったため骨まで砕かれていた。そしてなぜか内臓までズタボロだ。
仕方なくまとめて直した、ところ。
ティナは気づいていない。
頭の上のフクロウだけが、感じ取っていた。
(今、此奴が治癒を施した際、何かが同時に消滅したな)
微細でありながら、禍々しい気配をまとった何か。
(精神感応魔法の残滓、か? 何かに憑かれたような顔でもあったな。であれば魔女の所業と考えられるが……)
先に侵入した術はすべて排除したのは間違いない。であれば、以前から壁の内側で用意していたものか。
確証はない。
だが魔女の手がこうも近くまで伸びているとなれば……いや。
「ちょっと起きなさいよ。弁明くらい聞いてあげるから」
ぺちぺちと放火犯の頬をたたくティナの目は据わっている。
(寄ってくればこのようにつぶされる。今のところは静観でよいか)
と、ここで。
「いやすごいな。眩しくて何も見えなかったから何がすごいかはわからないのだが、とにかくすごい」
ポニーテールを揺らし、鹿人族の女性が目をつむったまま明後日の方を向いて話しかけてきた。
「とくに執念がすごい。君のような年端もいかぬ少女があれほどまでの殺気を放つとは……そいつとは何か因縁があるのか?」
「あたしが住む予定だった家が燃やされました」
「なんと! やはりそいつは、このところ巷を騒がす放火魔だったか。災難だったな……ん? もしかして、住む家がないのか?」
ティナはこくりとうなずいた。けれど相手がまだ目をつむったままなので、「そうです」と声でも答えた。
「ならば話は早い。見知らぬ少女を危険に晒した我が失態を帳消しにしてくれたのだ。新居が見つかるまでうちの店の一室を貸そう。むろん宿代は必要ない」
「本当ですか!?」
ティナの胸に、温かいものがじわりと広がる。
「なんならそのまま働いてくれてもいいぞ? 人手はいくらあってもいいからな」
「そっちもお願いします!」
「うむ、元気があってよろしい」
あっはっは、と二人で笑い合うのを、
「あの、わたしの心配は……いえ、いいんですけどね、おかげさまでぴんぴんしてますから」
人質になった少女――コレットは乾いた笑いで見守るのだった――。
――同時刻。大聖堂の控えの間。
意識を失って数時間、次期聖女候補のミレーユ・クレールはようやく目を開いた。
ベッドのすぐそばに立つ人影を見つけ、声を絞り出そうとするも、かすれた息しか出なかった。
「ミレーユ様。ご気分はいかがですか?」
栗色の髪をまとめ上げた痩躯の侍女が優しく尋ねる。
ミレーユは小さく首を横に振った。
「もうすこしお休みになってください。治癒魔法師の見立てでは、精神的な負荷が大きく眠るのが一番の治療になる、とのことでしたので」
ミレーユは安心したように息をつくと、そのまま寝息を立て始めた。
そのときだ。
薄く笑みを浮かべていた侍女の表情が一変する。端正な顔立ちがいびつに歪んだ。
(なんて、なんてひどい……。あたくしの可愛い子が、どうしてあんな目に……。あの子の目に映っていた、あのフクロウを乗せた小娘のせいで!)
紫がかった青い瞳もまた、光のない濃紺へと染まった。
「こんな屈辱を、日に二度も味わうなんて……。許さない、絶対に許さないわ。思い知らせるのよ、あたくしの可愛い子どもたち。あの小娘に、あたくしに逆らったらどうなるかをねぇ!」
寝ている女に、あるいは部屋の外の誰かに聞かれたならば殺せばいい、とばかりの絶叫だ。
だというのに直後、すました元の顔に戻り、瞳も紫がかった青を取り戻す。
「承知しました。ちょうど件の少女の近くに同胞がおりますので」
侍女は淡々と告げる。
――必ずや、不届き者に鉄槌を下しましょう。




