青春を燃やしたい(違うそうじゃない!)
ティナは騒ぎを振り切って、別の通りに出た。
道すがら、頭に戻した小フクロウに気づいた幼児が、母親の手を引っ張って寄ってきた。ティナとはすこし距離を空けて立ち止まり、不思議そうに彼女の頭の上を見ている。
「この子が気になるの?」
ティナが頭の上を指差すと、幼児は母親の方へ視線を向けた。
母親は困ったように「迷惑だから、ね」と諭す。
「ちょっとだけ撫でてみてよ。大丈夫、噛みつかないからね」
ティナはフクロウをひょいとつかみ、幼児の前に差し出した。
幼児は目を輝かせつつも、おっかなびっくり手を伸ばす。
なでりなでり。
控えめにフクロウの頭を撫でたあと、ぱあっと笑みを咲かせた。
「ありがとう! おねえちゃん!」
元気よく声を出した幼児はとても満足そうだ。
それを遠巻きに眺めていた他の子どもたちも、「ぼくも!」「わたしも!」「なでていい?」と駆け寄ってきた。
小フクロウはたちまちもみくちゃにされる。
『勘弁してくれ……』
半眼で漏らしたぼやきは、きゃっきゃっとはしゃぐ声に埋もれるのだった。
子どもたちとひとしきり遊んでも、ティナは飽きることがない。
露店をひやかし、荷馬車に並んで走りながら御者との会話を楽しむ。
そうこうするうち、陽が大きく傾いた。
「た、楽しい。楽しいけど、もうお金が……」
服のポケットに用意していた銀貨銅貨は底をついた。さんざん食べ歩いたのに、遊び回ったせいでお腹がくぅと鳴る。
『明日からの生活はどうするつもりだ?』
「いやまあ、なんとかなるんじゃない? 軽くバイトとかして。てかほら、新築の! 共同住宅に入居者が決まれば手付金がけっこう入るはずだし。それまでの辛抱だよ」
『……無計画にもほどがあろう。よもや一棟買いも衝動の果てではあるまいな?』
呆れた声に何も言い返せない。
さらにマズいことに。
「まだ見つからんのか」
「全城門には通達しております。今のところ通過した形跡はないとのこと」
「王都上空に張られた結界にも異常はありません。ただ……」
「あのお方なら結界に感知されず通り抜けることができるかもしれんな」
王宮付きの衛兵たちが通りのど真ん中で額を寄せていた。
ピリピリした空気に道行く人は遠回りする。だが当の衛兵たちの肩はわずかに落ち、どこか諦念をにじませていた。
『元大聖女を探しておるようだな。む?』
衛兵の一人と、ティナの目が合った。
驚いたように目を見開き、眉間にしわを作ってずんずん歩み寄ってくる。
見知った顔だ。王宮で何度となくすれ違った記憶がある。
『さすがに走って逃げるわけにはいくまい。どうする?』
ティナは応えない。
衛兵は彼女の前に立ち止まった。見下ろし、じっとティナの瞳を覗く。
「君はどこの子だ? 両親は近くにいるかね?」
「あたしは王立学院の入学試験を受けるために田舎から一人で出てきました。王都についたのは今日です」
なに? と衛兵は片眉を吊り上げる。
「怪しいな。赤い目をした子どもが、王立学院にだと? 嘘をつくならもっとマシな嘘を――」
「嘘じゃないです。ほら」
ティナはポケットから無造作に封書を取り出した。
「これは……ッ!? ベルヴァリエ伯爵家の蝋印? いや、しかし……」
衛兵は目をぱちくりさせつつ、封書とティナの顔を交互に見やる。
「推薦状なので封は解けませんけど、なんなら伯爵さまにお伺いしていただいても構いません。今からお屋敷に行きますか?」
「い、いや、伯爵は今ご領地にいらっしゃるはずだ。にしても、そうか。失礼した。王国貴族の推薦があるなら、受験の資格を疑う理由はない」
衛兵は封書をティナに返すと、頭を下げた。
「どうやら先祖返りのようだね。いろいろ苦労するだろうが、がんばりなさい」
最後はそう励まして、仲間のところへ戻っていった。
ティナは小さくこぶしを握る。
「よし、気づかれなかった」
『たしかに効果的だな。大聖女どうこうよりもまず瞳に目が行く』
でしょー、とティナは得意げに胸を張る。
『しかし「伯爵に確認するか」は余計だったのではないか? 実際に行くとなれば面倒になる』
「王都にいないの知ってたし。ま、いたとしても嘘でもないし、『初めましてー』で伯爵は困っちゃうかもだけど」
『大聖女の依頼だと露見せぬよう、幾重にも人を介しておったからな。もはや我も正確に把握できておらぬ。よくもあれほど手の込んだ工作をしたものよ』
「ぶっちゃけ一番面倒だったよ」
ティナはげんなりと肩を落とす。
「暗くなったらますます声をかけられそうだし、いったん拠点に隠れてやり過ごそうか」
大通りを南へ向かった。
購入した共同住宅は、目的の王立学院からそう遠くない場所にある。
足取り軽く通りを進む。
陽は城壁の向こうへ隠れ、反対側の空は暗い青に染まっていた。
『なにやら騒々しいな』
通りはいまだ人であふれていた。
喧騒は続いている。だがそこに、妙な緊張感というか、慌てふためくようなざわめきが混ざっていた。
「大聖女さまでも見つかったのかな?」
軽口の出る余裕が、まだこのときにはあった。
しかし――。
「おい、また出たってよ」
「今月で何件目だよ?」
「五件目だよ。てか前回と間隔がずいぶん短いな」
「とにかく早く火を――」
続く言葉を聞き、ティナの正義感に火がついた。
「急ぐよ、ルーちゃん」
『何をするかは知れているが、目立つ行動は控えた方がよいのではないか?』
「そこはうまくやるってば」
ティナは駆けていた。
すでに目的の場所には目星がついている。立ち並ぶ建物の向こう側で、もくもくと黒煙が昇っていた。
――とにかく早く火を消さないと。
逃げ遅れた人はいないだろうか?
消火活動は始まっている?
助けを呼ぶ声は聞こえない。だが中で煙に巻かれているかもしれない。
水魔法の気配も感じない。消火隊は到着していないようだ。
知らず、音を置き去りにするほど速く走っていた。
角を曲がる。知っている道だ。
不意に――本当になぜだかわからないけれど、何度も夢想した新たな生活が脳裏を駆け抜けていく。
友だちをたくさん呼んで、手料理を振る舞って、でもちょっと失敗したりして、夜遅くまでおしゃべりして、大きなベッドにみんなで転がって、朝は大慌てで身だしなみを整えて、それから中心街へ繰り出して……。
直進し、さらに十字路を折れた。
「ぁ――」
絶句する。
三方が通りに面した大きな建物が、激しく燃えていた。石造りがこの勢いで燃えるのは、間違いなく魔法によるものだ。
ティナはただ、呆然と立ち尽くしていた。
炎の熱が頬に届く。
「放火だってよ」
「例の連続放火魔か」
「しかし妙なところに火をつけたもんだな」
「新築で誰も住んでないんだろ?」
「隣も空き地で他に被害は出なそうだからよかったな」
「ま、持ち主は気の毒だろうよ」
燃え盛る石造りの建物は、新築三階建ての共同住宅。
やじ馬たちの緊張感がどこか薄れる中で、
「あたしの青春がぁーーーッ!」
ティナの絶叫が、黒煙とともに昇っていく。
放火?
連続?
姑息で卑劣で大迷惑な犯人にティナは、
「ぜったいに見つけて、罪を償わせてやる……」
静かなる怒りを燃やすのだった――。
(この魔力……ティナは気づいておらぬか。無理もない。此奴にとって他者の魔力なぞ、羽虫の羽ばたきと嵐の咆哮が等しく『そよ風』と感じるがごときもの)
だが、と。
赤々と燃ゆる炎を見つめ、フクロウは思う。
(そこらの犯罪者が扱える魔力量ではない。隠蔽も巧い。衛兵程度では、まず辿れまい)
偶然か、それとも大聖女が秘密裏に購入した物件だと知ってのことか。
いずれにせよ。
「ぎったんぎったんにしてやるんだから! 殺さない程度にね!」
死んだ方がマシ、とならぬことを祈るばかりだ――。




