王都が危ない?(危なくならない)
あちこち寄り道しながら、ティナは大通りへとやってきた。
道幅が今来た道の三倍はあり、人や荷車がごった返している。
その中を、衛兵が列をなして駆けてきた。訝る人たちを威嚇するように見やりながら、方々へ散っていく。
「なにかあったのかな? あ、例の放火魔がまた出たとか?」
『……』
呆れた風な沈黙が頭の上から降りてくるも、ティナは気にせず辺りを見回す。
「亜人の人たちもちらほらいるね。さすがに魔族や獣人はいないけど」
後者の二つはどちらも王国からみれば敵性国家の住民たちだ。王都の往来を歩いていたら騒ぎになるどころではないだろう。
『赤い目をした其方は真っ先に疑われるがな。先ほどのように』
「疑われても平気だったでしょ? 先祖返りって珍しいけどいなくはないんだし、目が赤いだけなら大丈夫だよ」
それに、とティナは楽しそうに続ける。
「そのうち魔族のひとたちとも仲良くなったら、気にならなくなるでしょ?」
『あの傲慢な魔王が人に与する未来など想像もつかぬ』
「代替わりすれば変わるかもよ?」
『排除する前提か……』
「いや、そこまでは言って……ないよ?」
言葉を濁しつつ、「あ、見て。あの制服!」と声を弾ませて指差した。
雑踏の隙間から、そろいの制服をまとった学生が二人、並んで歩いているのが見えた。
純白を基調とした詰襟のワンピース。襟元から胸にかけて銀のボタンが並ぶ。胸元には学院の紋章。襟と袖口には薄紫の縁取り。腰には細い黒革のベルトが巻かれ、儀礼用の短剣が下げられていた。
肩を寄せ合い談笑しながら、見るからに仲睦まじく大通りの向こうへ消えていく。
『王立リュミエール聖導学院の、聖女科の制服だな』
「もうちょっとしたら、あたしも着られるかな? 楽しみだなあ」
『その前に入学試験を突破せねばなるまいがな』
「うっ、まあ、そうだけど……」
『さらに言えば全寮制のはずだが、毎夜抜け出す算段を立てておるのか?』
「さすがに毎日じゃ……ない、と、思う」
『……夜更かしはほどほどにな』
「えー? 寝るのなんて週一でよくない?」
会話を切り上げて、ティナはまた跳ねるように歩き出す。
だがこれまた彼女のあずかり知らぬところで刻々と、よからぬ事態は進んでいた――。
――大聖堂、その最奥。
『大光聖殿』の中央に、乳白色の宝玉が鎮座していた。
正式名は『聖宝玉』。
高い円形の天井から差しこむ光を受けて、薄い膜のような模様が緩やかに変化している。
王国を守護する大結界へ魔力を注ぐための魔法装置とされている。
だが――。
パァァンッ!
音はなかった。強烈な光が弾け、第二王子リュシアンにはそう感じられたのだ。
目の前の光景が理解できない。
次期聖女候補として推薦された子爵令嬢ミレーユ・クレールが、大光壁への魔力供給の儀式に恐らく失敗したのだ。ただ軽く試すだけ。なんの問題もない、はずだったのに……。
ミレーユは白目を剥いた。その場にくずおれる。
「お、おい!」
リュシアンは駆け寄ろうとしたものの、まだ薄く光を放つ彼女に躊躇ってしまう。
どうしていいかわからず立ち尽くすリュシアンの肩に誰かが手を置いた。
「どけ!」
強い力で押され、リュシアンはよろけて倒れる。
長身の男がミレーユを抱き起こした。この場にいないはずの男。いつもは引きこもって公務でもなければ部屋から出てこない、怠惰な男。
「あ、兄上……」
リュシアンのつぶやきは果たして男に届いているのか。
「……どうやら気絶しているだけのようだな。宝玉の中身には触れていない、か。おい、誰かいるか! この娘を控えの間へ運んでやれ」
男――第一王子ロランが叫ぶと、聖殿に侍女がひとり恭しく礼をして入ってきた。栗色の髪をきっちりまとめ上げている。
侍女はミレーユを背に負おうとする。
ロランは眉をひそめ、尋ねた。
「ずいぶんと華奢だな。ひとりで背負えるのか?」
「問題ございません。こう見えて力仕事もこなせますから」
言葉のとおり、侍女は軽々とミレーユを背負い、足取りも確かに聖殿を後にした。
ロランは睨むように見送ってから、倒れたままのリュシアンに大股で歩み寄る。
「顛末を話せ。仔細にな」
深紫の瞳に見下ろされ、リュシアンは肝をつぶした。
いつもは無感情で無気力な兄が、まるで父王のように威圧している。
「み、ミレーユは次期聖女、候補です。聖殿で宝玉に触れておくのはよい経験に――」
「もっと前だ」
「ひっ!?」
「今日の定例報告会で何があった? 要点のみの報告は受けているが、お前の口から仔細に話せ」
リュシアンはごくりとのどを鳴らし、ぽつりぽつりと語り始めた――。
なんと愚かな男だ、とロランは嘆息を呑みこんだ。
(あいつめ、国王が地方視察中の今を狙ったか。よくもここまで準備したものだ)
セレスティーヌの用意周到さに舌を巻く。
だがなぜ、二十年も待ってから自由を求める?
(あいつが他国に流れれば、その時点でこの国は終わる。大光壁はもはやあいつの一部なのだからな)
そしてこれほどの好機を、他の五大国家が見逃すはずがない。
「すでに大聖女の捜索を始めている。貴様は何もしなくていいが、邪魔だけはするな」
「は? 待ってください、兄上!」
リュシアンは立ち上がって反論する。
「あの詐欺師を追放した判断はこの私、聖王大光壁管理庁の総括担当が下したのです。国王陛下より一任されている以上、私の決定は国王陛下の――」
「黙れ!」
「ひぃぃ……」
一喝され、腰を抜かしてその場に尻もちをつく。
「国王不在時の非常事態だ。この場合の最上位権限は第一王子の俺にある」
ロランはそう告げると、以降はリュシアンに見向きもせず聖殿を出て行った――。
――南のオアシス、魔女は妖艶に謳う。
「あらあら……あらぁ? 壁が、わずかだけど掠れたわねぇ」
乾いた砂が吹く水辺。
歓喜に酔いしれる声が震える。
「油断した? それともわざと? わからない、わからないわね。でもだからこそ、あたくしのそばに置いておきたいのよぉ!」
狂気に染まる笑い声。
「ええ、逃さない、この隙、けして逃しはしないわぁ。さあ、あたくしの可愛い可愛い子どもたち、ついにこのときが来たのよぉ!」
聞く者すべてに不快と嫌悪を振りまく声音は妖しく続ける。
「目覚めなさいな、咲きなさいな、踊りなさいな。壁の内側で、存分にね!」
手ごたえがひとつ、またひとつと肌をくすぐる感覚に、魔女は恍惚の中に溶けていった――。
酸味は強いが甘さの加減が絶妙な果実。
ティナはそれをかじりながら歩いていた。
頭には愛らしい手のりサイズのフクロウが乗っている。
うきうきの少女に対し、フクロウは思考に埋没していた。
(侵入を許したか。二十……五十……く、まだ増えている。精神異常を引き起こす類の術か。おそらくは南の魔女。この規模で暴動が起きれば、王都が火の海になりかねぬ)
先ほどまでの、大人のくせに子どもみたいにはしゃいでいた女の姿を思い出す。
そして今、実際に子どもの姿になって目を輝かせている様を見た。
ティナに伝えれば、何を差し置いても即、行動に移す――青春を、後回しにして。そういう娘だ。
(とはいえ、伝えぬわけにはいかぬか……)
苦悩の中で、言葉を紡ごうとしたとき。
「ねえ、ルーちゃん。見て見て」
浮かれた声に目を向けて、ぎょっとした。
ティナがぴんと立てた人差し指のすぐ上――空間が、揺れている。
『それは……魔力体、か?』
魔力を凝縮したもので、本来は魔法を発動する前段階で錬成する。無色透明なため判別しづらいが、直径で人の頭ほどあった。
『相変わらずデタラメな魔力量だな。魔力体を形を成して長くとどめておけるとは』
呆れる中で、疑問も浮かぶ。
『なぜ今、そんな真似を?』
ティナはにっこりと笑みを作ると、
ぱぁあぁんっ!
魔力体が弾けた。
輝きを撒き散らしながら無数に分かれ、ものすごい速さで四方八方へ散っていく。
『ティナ、其方は気づいて……』
「まあね。壁をすり抜けてこられたら、さすがに気づくよ。何が入ってきたかはわからないけど、ひとまず消しとこうかなって」
数は百八。中途半端だね、と悪戯っぽく笑う様から、この瞬間には掃討されたと確信する。
『精密射撃は不得手ではなかったか?』
我ながら気の利かない言葉だと、フクロウは小さく肩を竦める。
「いやー、いまだに細かい調整とかはいろいろ……。でもでも、入った瞬間に印をつけたんだー。自動追尾するようにしたんだから!」
えっへんと胸を張る少女に、それもまた簡単な話ではない、と乾いた笑いが出てしまう。
ところで。
「い、今の光ってなんだ?」
「めちゃくちゃ眩しかったんだが!」
「あの子のところから、だよな?」
周囲がざわめき、ティナに注目が集まっていた。
「しまった! 目立ちたくなかったのに!」
ティナは叫ぶや、フクロウをむんずとつかみ、
「なんでもないですぅ~~っ!」
一目散に逃げ出した。
どこか抜けている元大聖女は、まさか遥か南の砂漠のオアシスで、
「はあぁァア~~~~~~~ッ!?」
そんな大絶叫が起こっているとは、さすがに知る由もなかった――。




