大聖女、辞められたら困る(知らんがな)
王都リュミナールの片隅。
人気のない裏路地に降り立ったティナは、さあ出発だと鼻息も荒い。
が、虚空からの声に足を止めた。
『……其方にひとつ、要望があるのだが』
「珍しいね。ルーちゃんがお願いするなんて。なになに? 言ってみて」
『そう大したことではない。ただ――』
次なる言葉に、ティナは目を輝かせた。
『実体化は、できぬものだろうか』
「できるできる! どんな姿がいいの?」
『話が早すぎて困惑が先に立つな。理由は聞かぬのか?』
「それも気になる。どうして?」
『市井で生活するうえで、虚空に話しかけるのはいささか『変人』と思われるのではと危惧してな』
「え、あたしへの配慮なの? そっかー、まあ、たしかにねー。ルーちゃんと話すのってたいてい自室や大聖堂の図書室だったし、一日のほとんどそこで一人だったし」
言ってて哀しくなってきた。
「で、どんな姿になりたいの?」
任せる、とぶっきらぼうに言われ、しばらく腕を組んでうなっていた。
やがてパッと幼い美貌をほころばせる。
「よし、決めた」
片手を前に、手のひらを上に。
金髪が躍る。
風は小さな渦となり、ティナの手のひらの上へ集まって旋風を起こした。
吐息がそよぐ。
やがて渦巻く風は消えていき、手のひらの上には小さな生き物が乗っていた。
「じゃーん、フクロウです。知の象徴よ。ルーちゃんにぴったり。可愛いでしょ」
白を基調としながら、翼は淡い金に染まっている。
まさに手のひらサイズの、愛らしいフクロウだった。
『我は装飾品を想定していたのだがな。よもや生き物であろうとは』
「む、たしかに動物を連れて行けないところってあるよね。装飾品かあ……」
ティナは小フクロウを頭に乗せ、しばらく考えていた。が、「これでいっか」とフクロウをむんずとつかんで意識を集中すると。
手の中の小フクロウが輝きを放つ。
光に縁取られてその輪郭を変えていった。一部は細く伸びて銀の鎖となり、残りは塊と化す。
そうしてそれらは、透明な宝石が嵌められたひとつのペンダントを形作った。
『ふむ、なるほど。感覚としては無形のときに近い。この姿でも俯瞰して其方が窺える』
宝石は無色透明に見えて、光を反射して虹を弾く。
「フクロウにも戻せるから、ふだんはパタパタ飛んでればいいよね」
ティナはうんうんとうなずいて、ペンダントを首にかけた。
「それじゃあ、自由気ままな生活へ~、しゅっぱーつ!」
改めて一歩踏み出そうとして、今度は明確な邪魔が入った。
通りに続く道を折れ、足取り覚束ぬ二人組が大声で笑いながらやってきたのだ。かなり近寄ってようやくティナの存在に気づく。
「なんだ嬢ちゃん、こんな人気のないとこにいちゃ危ねえぞ?」
「そうそう、こいつみたいなのに襲われちまう」
ぎゃはははは、と何が可笑しいのか腹を抱えて笑っている。
「冗談を言ったんじゃねえぞ? 最近は物騒だからな。こないだも北地区で放火魔が出たって話だ」
「今月三件……四件目か? 人通りの少ないとこでばったり、なんてことになりゃ口封じにぐさり!」
「うぎゃー!」
二人してなにやら小芝居が始まったが、酔っ払いは案外いい人みたいだ。
いつしかティナの存在すら忘れたのか、肩を組んで歩いていった。
「なんか水を差された気分だね」
『人が多ければ犯罪も自ずと増えよう。気に病むことでもない』
それはそうだけど、とティナは首元のペンダントに嵌まる宝石に手を触れた。
ペンダントは淡い光となって解け、ティナの頭上で一羽の小さなフクロウに姿を変えた。
『いきなりだな。この姿にはまだ慣れぬのだが……』
「だから今のうちに慣れちゃいなさいよ。ほらルーちゃん、飛んで飛んで」
半眼のフクロウはやれやれとでも言いたげに、羽をパタパタさせてみた。
ふわふわ浮いて、あっちへこっちへ。
「ふはぁ~、癒されるぅ……」
『それはなにより』
言って、フクロウは上機嫌のティナの頭にふわりと戻ってきた。
「もう終わり?」
『往来ではぐれてはたまらぬからな。そら、通りへ出るぞ』
ティナは口をとがらせるも、裏路地から一歩足を踏みだして目を輝かせた。
通りは荷車がすれ違えるほどの幅で人が行き交っている。小さいが露店もちらほら。これでも目抜き通りからは一本外れている。
「ね、お腹空かない? なにか食べようよ」
『この体は其方の魔力により編まれたものだと忘れたか? 食事の必要はない。そもそも其方、財貨はあるのか?』
「ふっふっふ、抜かりはないよ。この服にそれなりな額を忍ばせてるの。そ・れ・に~」
ティナはいやらしい笑みを作る。
「貯めこんだお金は資産に変えてあるんだー。拠点用に一棟買いした共同住宅! しかも新築! 石造りで頑丈!」
『このところ我に隠れて何をしていたかと思えば……待て。其方が目指す学校生活は、寮暮らしではなかったか?』
「いやふつうに抜け出すでしょ。学校と寮の往復って大聖女やってたときとそんな変わらないじゃない」
『それはそうだが……。にしても一棟買いか。奮発したな』
「ちょぉっとお値段は張ったけどね。おかげですっからかんだよ。でも! すぐに入居者を集めるから、今後お金に困ることはない、はず」
『其方、隔絶された環境で育ったわりには世俗臭が濃いな』
それ褒めてるの? と訝りつつも、美味しそうな露店の果物を見つけてすぐ表情を崩した。
「おじさん、これひとつ!」
瑞々しい果実を手にし、ポケットから銅貨を出す。
「お、毎度あり。そいつは南方から取り寄せた――って、お前……」
陽気な店主の表情が、ティナの顔の一点を見て険しくなる。
「赤い目……お前、魔族か?」
声が一段低くなった。
ぴりっとした冷たい雰囲気が周囲にも伝播する。
ところがティナはまるで気にした風でもなく、
「ご先祖様にそういうのがいたかもね。はい、お金はこれでいい? もらっていくねー」
「お、おぅ……」
かぶりついて「すっぱ! でも美味しい!」と幸せそうなティナを見て、店主は苦笑いをこぼすのだった――。
――リュミエール王国、王宮内。
広い廊下を長身の男が大股で歩いていた。
長い黒髪は後ろで無造作にひとつに縛っただけで、無精ひげを伸ばす様はとても王宮を歩く人物には思えない。しかし顔つきは端正で深い紫の瞳は色気を醸し、装飾を削ぎ落としてはいても、王族の正装だ。
すれ違う衛兵は慌てて姿勢を正した。
リュミエール王国第一王子、ロラン・ド・リュミエール。
ふだんは引きこもりで公務もろくにしない男が鬼気迫る表情で闊歩する様は、なにかよくないことが起きているのでは、と見た者を不安にさせた。
ロランはとある扉の前で立ち止まる。
ノックもせず、勢いよく扉を開け放った。
「ッ!?」
愕然とする。部屋の中はひどい有様だった。
真っ先に頭に浮かんだ考えをすぐさま否定する。
(あいつが物盗りごときに後れを取るものか。寝ていても返り討ちにする奴だ)
あらためて室内を見回した。
家具や調度品は横転したりひっくり返ったり。しかしそのすべてが部屋の端に寄せられていた。入り口から部屋の中央にかけては広々としていて、かすかに魔力の痕跡がある。何かしら儀式を行ったようだ。
(儀式……)
その言葉が頭に浮かぶと、肌を刺すような魔力の気配に気づく。
出所を手繰り、無造作に壁へ寄せられていた鏡台に大股で近づいた。引き出しを開ける。
奥に、古びた銀のペンダントが残されていた。
白濁した宝石が嵌められている。
ロランは眉をひそめた。
(なんだ、この魔力量は)
長年セレスティーヌの傍に置かれ、その魔力を吸い続けたのだろう。今や並の聖具を遥かに凌ぐ代物になっている。
(それなりに値の張るものであったが、ついぞ興味が湧かなかったというわけか)
ロランは自虐的な笑みを一瞬浮かべるも、乱暴にペンダントを懐に収めた。
開け放たれた窓へ目を向ける。
(あいつめ……)
嫌な想像が、確信に変わる。
こぶしを強く握りしめ、叫んだ。
「逃げたな!」
ロランは踵を返した。
先ほどの定例報告会で何があったのか、当事者に問い質さねばならない。
だがその前に、と大声で近くの者を呼びつける。
怯えたようにやってきた侍女に、「第一王子の厳命である」と前置きしたうえで告げた。
「すぐに大聖女セレスティーヌ・ラ・サンクレールを見つけ出せ。あいつは王宮の外にいるはずだ。しらみつぶしに捜せ。絶対に王都から逃すな!」
最後は怒鳴るように叫ぶと、すぐさま王宮を後にした――。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
プロローグ的なお話はこれで終わりです。
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