二学期と特別実習 6
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「ちょっと待てマリア! いきなり走り出してどうした‼」
衝動的に走り出したわたしを、ヴォルフラムたちが追いかけて来る。
だけどわたしはそれに返事をしなかった。正確にはできなかった。
頭の中は、早くニコラウス先生に合流することでいっぱいだったからだ。
……急がないと間に合わなくなる‼
ゲームのラインハルトルートでのイベントの一つ。
キマイラとの二度目の戦い。タイトル「未来を向く」というイベントだ。
その時にラインハルト様が語っていた言葉。後悔。苦悩。
ラインハルト様は今日、実習で同じ班だった女生徒をキマイラに殺される。
ラインハルト様とルーカス殿下は仲がいいが、実習の班分けにそんなことは考慮されない。
ラインハルト様は五人の班のリーダーとして、魔物討伐の実習をしていた。
三年生は、魔物討伐の結果も成績に含まれる。
ラインハルト様は班のみんなと相談して、できるだけ強い魔物を狩ることにし、教師から指定された行動範囲のギリギリまで向かう。
そこで、本来なら森の中腹にはやって来ないはずのキマイラと遭遇するのだ。
キマイラはすばしっこく、見つかれば逃げるのは難しい。
さらに言えば、ラインハルト様たちを敵としてロックオンしているキマイラは、彼らが逃げれば追って来る。他の生徒たちと合流すれば彼らも被害に遭うかもしれず、今日実習に参加している中にはルーカス殿下もいる。
ルーカス殿下至上主義なラインハルト様は、殿下に危害が及ばぬよう、キマイラをその場で倒してしまおうと決断するのだ。
けれどもラインハルト様と班のみんなは、上級魔法は使えない。
一番成績が優秀なラインハルト様も中級魔法まで。
中級魔法のみでキマイラを相手にしなければならないから、当然苦戦した。
そして、一人の女生徒が大怪我を追う。
ラインハルト様は怪我をしながらもなんとかキマイラに止めを刺すが、女生徒は助からず、そのまま命を落としてしまう。
そのことがラインハルト様の胸に大きな傷を残し、彼はずっと、自分のせいでその女生徒が死んだと苦しみ続ける。
そんな苦しみを癒すのがヒロインであるのは言わずもがなだろう。
これは、異母兄の存在を知る前の、ラインハルト様の最初のイベント。
ヒロインのリコリスとラインハルト様の前にキマイラが現れ、ラインハルト様は過去を思い出して狼狽える。
けれどもリコリスがラインハルト様を補助しながら励まし続け、彼はリコリスを守ってキマイラを打ち倒すのだ。
ゲームの進行には重要なイベント。
けれども、そのイベントを起こすには……今日、一人の女生徒が犠牲にならなくてはならない。
……そんなのだめ!
わかっている。これも、ゲームのストーリーを改変してしまうことだと。
だけど、誰かが死ぬとわかっていて傍観することなんてできない。
「マリア!」
ヴォルフラムがわたしに追いつき、ぐっと腕を引いた。
「だから待て! 何を急いでいるんだ」
「ニコラウス先生に早く合流したいの! ええっと、うまく言えないけど……なんか嫌な予感がするのよ!」
まさかこれからラインハルト様の班がキマイラと遭遇しますとは言えない。
ヴォルフラムはわたしの曖昧な説明に怪訝そうな顔をしたが、何かに気づいたようにハッと息を呑んで、小声でささやいてきた。
「もしかしてそれは、資格持ち特有の直感的なものなのか?」
……資格持ち特有の直感?
なんだそれ、と首を傾げかけたわたしは、ハッとして、ぶんぶんと首を縦に振った。
資格持ち。
それすなわち、妖精が見える人のことを指す。
資格持ちは文献でしか知られていないほど珍しい存在だ。適当なことを言っても信じてもらえるはず。
「そ、そうなの! なんか胸騒ぎがするのよ!」
よし、ニコラウス先生と合流してもこの方法で乗り切ろう。
ヴォルフラムは表情を引き締め、わかったと頷いた。
「すまないみんな、このまま走ろう。急ぐ案件が起きたようだ!」
ヴォルフラムが班のみんなに声をかけ、わたしの手を繋いで走り出した。
……あのヴォルフラム。わたしの手を繋ぐ必要はないと思うんだけど。
もしかして、一人で走らせると転ぶと思われているのだろうか。
何もないところで躓いたことのある前科持ちのわたしは否定できない。
そして手を繋ぐ繋がない問題で押し問答している暇もないので、わたしはヴォルフラムと手を繋いだまま走る。
森の中をしばらく走っていくと、木の幹に背中を預けて本を読んでいるニコラウス先生を発見した。
「ニコラウス先生‼」
わたしたちが息を切らせてかけていくと、ニコラウス先生は本から顔を上げ、目を丸くする。
「おや皆さん、そんなに慌ててどうしました? 何か問題でも?」
わたしはすぐにでも説明したかったんだけど、走ったせいで息が苦しくて、すぐに口を聞けなかった。
かわりにヴォルフラムが、ニコラウス先生にこそっと耳打ちする。
「それが、マリアが胸騒ぎがすると。資格持ちにしかわからない直感のようなもののようです」
「資格持ちの直感!」
ニコラウス先生が目をキラキラさせるけれど、先生、今はそれどころじゃないんです。
ぜーぜーと息を吐いて、吸ってー。よし、少し呼吸が落ち着いてきた。
「先生、三年生が……ラインハルト様の班が危ないかもしれません。強い魔物と遭遇して、このままだったら犠牲が――」
最後まで言い終わる前に、ニコラウス先生がさっと表情を強張らせる。
「それは本当ですか⁉」
「胸騒ぎがするんです。この勘が当たらなかったらいいんですけど」
本当に、当たらなかったらいい。
わたしがゲームで知っていた内容と違うならそれでいいのだ。
けれどももし知っている内容の通りになったら――
「わかりました。本当に何かが起こってからだと遅いですからね。……マリアさん、場所はわかりますか?」
「な、なんとなくですけど」
さすがに地図は覚えていないのよ。
だけど、ゲームのラインハルトのスチルで、過去にキマイラと遭遇した時のものがあった。あれは確か――
「崖が、あると思います。五メートルくらいの、切り立つ崖。ラインハルト様たちは崖の下にいて……」
「なんとなく覚えがあります。……ヴォルフラム君はほかのみんなを連れて戻ってください。私はマリアさんを連れて三年生たちの元へ向かいます。マリアさん、すみませんが一緒に来てください。あなたでなければわからないこともあるでしょう」
「は、はい!」
もちろんそのつもりですけど……、わたしの肺はもつだろうか。
まだ完全に息が整わないわたしは不安になったけれど、どうやらそれはヴォルフラムもだったようだ。
「先生、マリアはこのまま走っていくのは無理だと思います」
するとニコラウス先生はわたしを見下ろし、すぐに頷いた。
「そのようですね。ですが緊急事態です。本来であれば生徒とはいえ既婚者女性であるマリアさんにこんなことをすべきではないと思うのですが……あとでジークハルト君には謝っておきましょう。失礼!」
そういうや否や、ニコラウス先生がひょいっと横抱きにわたしを抱え上げた。
「ではヴォルフラム君は皆さんのことを頼みます! それから他の教師たちと合流したらこのことを伝えて、誰かこの場の監督者をよこしてください。この奥に誰かが入ったら危険ですからね!」
そして、ニコラウス先生はわたしを抱えているとは思えない速さで走り出す。
たぶん魔法で補助もかけているのだろうけど、どちらかと言えば細い方のニコラウス先生がわたしを抱えて走っているのは不思議な感じがするわね。
落とされないようにニコラウス先生の首に腕を回して、わたしは必死に前世の記憶を探る。
時間は確か――
「先生、あんまり時間がないかもしれません!」
そう、キマイラと遭遇する直前、ラインハルト様はこう言っていた。
――もうすぐ正午だな。このあたりで食事にしようか、と。
あと十五分で正午だ。
わたしたち二年生の実習は正午までだけど、三年生はお昼を挟んで三時まで実習なのだ。ゆえにお弁当持参である。
魔物がいる中で食事ってと思うけれど、たぶんそれも実習のうちなんだと思う。
魔物が生息している森の中で、いかに安全を確保して食事をとるかという。
「わかりました、スピードをあげますよ。しっかりつかまっていてくださいね!」
「はい!」
ニコラウス先生の走る速度がぐんと上がる。
わたしはニコラウス先生にぎゅうっとしがみつきながら、必死に祈った。
どうか、間に合って……‼
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