SIDEラインハルト 絶体絶命 1
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班のみんなを率いて森を進みながら、ラインハルトは妙な焦燥感に駆られていた。
この焦燥感は、夏休みから――正確には、これまで存在自体知らなかった異母兄ウルリッヒが我がグレックヒェン公爵家に引き取られてから続いていた。
ラインハルトはこれまで、自分がグレックヒェン公爵家を継ぐと信じて疑わなかった。
いずれ即位し王になるルーカスを支え、グレックヒェン公爵家を盛り立てていく。それが自分の未来であり役割だと、ずっと信じて生きてきた。
その未来が今、揺らいでいる。
ラインハルトは幼いころから剣術を学んで来た。
魔法を学んで来た。
研鑽を積み、常に高みを目指し続けた。
ゆえに気づいた。
剣術はいい。父も、教師たちも才能があると言っていたし、それなりの腕であると自負もしている。
だが魔法は……、たぶん、才能がない。
いや、ないわけではない。
貴族の中でも中級魔法が使えるものは半分にも満たない。
魔法とは生まれ持った魔力量と才能、そして努力がものを言い、努力を続けたラインハルトはそれなりに優秀な魔法師と言えた。
だが、恐らく上級魔法を習得するまでには至らないだろう。
努力を続けたからこそわかるのだ。才能がない自分は、いくら努力を続けても、高みに至ることはできないのだと。
けれど、ラインハルトはこれまで、それでもかまわないと思っていた。
たまたま同じ時代に、公爵家に麒麟児が多いだけ。
ジークハルトやアレクサンダーと自分を比べて卑下する必要はない。
貴族として、次期公爵として、ラインハルトの能力値は充分に及第点だ。
これからも研鑽を積めば誰も文句は言わないだろう。実際、父も中級魔法までしか使えない。
大丈夫。
自分はこれまでもこれからも、揺らぐ必要はない。
未来は明るいのだ。
そう自分を励まし努力を続けたラインハルトは――ウルリッヒと言う異母兄の登場で窮地に立たされた。
父が、よりにもよって、跡継ぎをどちらにするのかはこれから決めると言い出したのだ。
自分が跡を継ぐと信じていた。
嫡男と言われて来た。
その、確定された未来が一瞬で消えたのだ。
それはラインハルトにどうしようもないほどの動揺と焦燥を生んだ。
何故ならウルリッヒは、教師についていないにも関わらず独学で上級魔法まで習得したというのだ。
明らかに才能が違う。
――このままではだめだ。
このままでは自分の地位が奪われる。
焦ったラインハルトは母に頼み、ナルツィッセ公爵家へ婚約を打診してもらった。
ナルツィッセ家のアグネスはルーカスの婚約者候補だったが、わけあってそれを外れている。ナルツィッセ公爵家が王家に嫁がさないと宣言したと言うのだ。
ならば、ラインハルトが望んでも問題ない。
ナルツィッセ公爵令嬢と婚約し、ナルツィッセ公爵家の後ろ盾があれば、ラインハルトが我が家を継ぐ未来は確定するはずだ。
貴族社会は権力社会。
ナルツィッセ公爵家の令嬢を娶って、グレックヒェン公爵家を継がないなんてあり得ない。ナルツィッセ公爵家が認めないはずだ。
ナルツィッセ公爵も娘を嫁がせるならばよりよい家に嫁がせたいだろう。
その点グレックヒェン公爵家以上の嫁ぎ先は王家しかない。王家との縁を結ばないと決めたのなら、我が家に嫁ぐのが妥当だろう。
けれど、結果は保留。
しかも、断られる可能性が濃厚な、保留状態だ。
もしかして、ナルツィッセ公爵はウルリッヒがグレックヒェン公爵家を継ぐと思っているのだろうか。
だからラインハルトと縁を結びたがらないのだろうか。
わからない。
わからないが、不安と焦燥が疑心暗鬼を生み、ラインハルトは世の中のすべてが敵になったような錯覚すら覚えた。
ルーカスだって――、ラインハルトがグレックヒェン公爵家を継がないとわかったら離れていくかもしれない。
(実力を示さなくては。俺が優れていると、公爵家を継ぐべき人間だと、示さなくては……)
ウルリッヒが学園に編入した。
きっと彼なら学園でも好成績を残すだろう。
四学年にはアレクサンダーがいる。
彼がいる限り成績一位は難しかろうが、それでも上位に食い込むのは間違いない。
それだけ、優秀なのだ。
父が褒めていた。嬉しそうに。
――ならば、ラインハルトは、ウルリッヒに負けないくらい、いやそれ以上の成績を残さなくてはならない。
母は無理をするなと言っていた。
母だってウルリッヒには思うところはあるだろう。
けれども、愛人の子だからと言って冷遇するような人ではない。
思うところはあっても父の意思を尊重し、跡継ぎについては平等に、冷静に判断するだろう。
困った顔で微笑み、「あなたが我が家を継ごうと継ぐまいと、わたくしの大切な息子よ」と母は言った。
つまりそれは、ラインハルトがグレックヒェン公爵家を継がない可能性が高いと思っているからではなかろうか。だからそんなことを言うのだ。
急がなくては。
早く結果を出さなくては。
ウルリッヒにラインハルトの居場所を、未来を奪われる前に、早く――
そんな焦りが、判断を鈍らせたのかもしれない。
冷静な、これまでのラインハルトならば、指定された範囲のギリギリ奥まで進もうとは思わなかったはずだ。
常に冷静に分析し、危険を回避する。
功績を求めて突っ走ったりしない。
だというのに、今日、彼は功を急いでしまった。
より強い魔物を討伐し、自分の能力を見せつけようと、余計なことを考えてしまった。
ゆえの失敗だ。
そして、失敗に気づいたときはもう遅い。
班のみんなで食事をとっていたときに聞こえた、咆哮。
顔を上げ、目の前の切り立つ崖の上を見上げたラインハルトは――、思わず、手に持っていた弁当箱を取り落とした。
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