【序論】概要資料
『可能と可能度の差分について』
——未分割の現在性と、直線的可能総量としての実在——
【序論】
◼︎本論文が問う根本問題
本論文の中心問題は、単なる「可能/不可能」の区別ではない。
本論文が問うているのは、
「世界は、本当に“できること”と“できないこと”を、現在の内部で既に二つへ分けているのか」
という問題である。
通常、私たちは世界を結果によって理解する。
サイコロを振れば、一が出るか、一が出ないかである。
粒子はここにあるか、ここにないかである。
選択は成功したか、失敗したかである。
しかし、本論文はこの理解そのものを問い直す。
なぜなら、「一が出た」「一が出なかった」という結果の区別は、すでに世界を一回ずつ切断した後の理解だからである。
つまり通常の理解では、
* 世界は最初から分割されている
* 可能性は最初から複数の候補へ分岐している
* 現在はその分岐のうち一つを選ぶ瞬間である
という構図が暗黙に前提されている。
しかし本論文は、この前提そのものを疑う。
本論文の立場では、現在とは「結果へ分割される前の保存領域」である。
したがって、世界は最初から「Aができる」「Aができない」へ二分されているのではない。
むしろ現在とは、
「Aがまだ直線的に可能であり続けている有限接続領域」
として理解される。
ここから、本論文の中心命題が導かれる。
【中心命題】
本論文の全体を貫く中心命題は、次のように整理できる。
◼︎中心命題(整理版)
直線的に「1つのことができる」と「1つのことができない」が、まだ固定的な1点として存在していない限り、AからAを行えないという“不可能性”は、現在の内部にはまだ1個として存在していない。
あるいは、
「サイコロの目を1にできない“1%目”」が現在内部に固定されていない限り、世界はまだ“一回目”を完全に分裂させていない。
さらに整理すれば、
世界は、有限時間内において、なお“一対一”の未分割接続を保持している。
という命題になる。
【この命題が意味していること】
この命題は、「すべてが可能である」という意味ではない。
また、「結果が決まらない」という意味でもない。
重要なのは、
「不可能性が、現在の内部で既に固定境界として存在しているのか」
という点である。
本論文では、この問いに対して次のように答える。
◼︎本論文の基本立場
不可能性とは、
* 最初から存在する固定点ではない
* 現在内部に存在する絶対境界ではない
不可能性とは、
「接続可能性が失われていく過程」
として現れる。
したがって、
「Aができない」という状態は、現在内部で最初から“一個の断絶点”として存在しているわけではない。
ここが、本論文の最重要点である。
【「可能」と「可能度」の違い】
本論文では、「可能」と「可能度」が厳密に区別される。
◼︎可能
「可能」とは、
Aが排除されていないこと
である。
これは論理的可能性に近い。
たとえば、
* サイコロで1が出る
* 粒子がある位置へ現れる
* 未来状態へ到達する
といったことは、「可能」である。
しかし、この段階ではまだ、
* どの程度接続されているか
* どこまで保持されているか
* どの範囲で保存されているか
は問われていない。
◼︎可能度
これに対し「可能度」とは、
Aが現在からどこまで直線的に接続され続けているか
を示す。
つまり可能度とは、
* 保存構造
* 接続強度
* 判定可能性
* 未分割性
* 連続保持性
を含んだ概念である。
ここで重要なのは、
可能度は「確率」ではないという点である。
◼︎確率との決定的違い
確率は、
* 既に分割された結果
* 既に数えられた選択肢
に対して与えられる。
たとえば、
「サイコロで1が出る確率は6分の1」
と言うとき、既に世界は、
* 一
* 二
* 三
* 四
* 五
* 六
へ分割済みである。
しかし本論文が問題としているのは、その分割以前である。
サイコロを振る前の現在において、本当に世界は既に六分割されているのか。
ここが重要である。
本論文の立場では、
現在は、まだ“六つの結果”へ分割されていない。
現在には、
「一が出る可能度」
「二が出る可能度」
などが存在するが、それらはまだ独立した選択肢として固定されていない。
それらは、
未分割の可能総量
として存在している。
◼︎現在性とは何か
本論文における「現在」は、通常の意味での瞬間ではない。
現在とは、
有限時間内に保存される未分割の接続可能領域
である。
したがって現在は、
* 点ではない
* 静止ではない
* 境界ではない
むしろ現在とは、
「まだ切断されていないこと」
そのものである。
◼︎現在性の本質
現在性の本質は、
* 未分割性
* 保存性
* 接続性
* 有限性
にある。
ここで重要なのは、
現在は「無限」ではないという点である。
もし現在が無限ならば、Aと非Aの区別は失われる。
しかし、完全固定でもない。
完全固定された現在は、未来への接続を失う。
したがって現在とは、
有限でありながら、なお未分割である領域
として成立する。
◼︎「一回」の再定義
本論文では、「一回」という概念も根本的に再定義される。
通常、
* サイコロを一回振る
* 測定を一回行う
* 選択を一回する
という理解では、「一回」は世界の基本単位として扱われる。
しかし本論文では、
一回とは、連続した現在性を後から切り出した判定形式
にすぎない。
つまり世界は最初から、
* 一回目
* 二回目
へ分割されているわけではない。
むしろ世界は、
未分割のまま連続している。
ここから、
「世界はまだ二回目のサイコロを振っていない」
という命題が導かれる。
◼︎「二つ目の選択」の不成立
本論文の極めて重要な命題の一つに、
「二つ目の選択は、現在内部ではまだ成立していない」
というものがある。
これは、
* Aか非Aか
* 成功か失敗か
* 存在か非存在か
といった二分法が、
現在内部ではまだ固定されていないことを意味する。
つまり現在では、
Aはまだ、
* Aとして固定されていない
* 非Aへ切断されてもいない
Aは、
「なおAとして接続されている」
のである。
◼︎「直線化」とは何か
本論文では、「選択」は通常の意味で理解されない。
通常、選択とは、
「複数の候補から一つを取ること」
である。
しかし本論文では、
選択とは、未分割の可能総量を、一つの方向へ直線化すること
である。
ここでいう直線化とは、
* 排他的決定
* 固定化
* 結果化
ではない。
むしろ、
「未分裂のまま接続を保存すること」
である。
つまり、
Aを直線にするとは、
Aを他の可能性から完全に切断することではなく、
Aへの接続を未分割のまま保持すること
なのである。
◼︎不可能性は本当に存在するのか
ここで本論文の最大問題が現れる。
もし現在内部に、
「Aを絶対にできない一点」
が存在するならば、
世界は既に分裂していることになる。
すると、
* Aが可能な領域
* Aが不可能な領域
が現在内部に固定される。
しかし、本論文はこれを否定する。
なぜなら、
もし不可能性が現在内部に“一個の境界”として存在するならば、
現在性そのものが未分割ではなくなるからである。
したがって本論文では、
不可能性とは、固定点ではなく、接続の減衰過程である
とされる。
つまり、
Aは突然“不可能”になるのではない。
Aは、
* 接続を弱め
* 判定可能性を失い
* 保存構造を崩し
ながら、不可能へ近づく。
だが、その減衰が完全固定されない限り、
Aはなお現在内部に属している。
◼︎「1%目にない」とは何か
本論文で繰り返される
「サイコロの目を1にできない1%目にない」
という表現は、単なる比喩ではない。
ここでいう「1%」とは、
世界が既に可能性を離散的確率単位へ分割してしまった状態
を意味している。
つまり、
「1%不可能」
と言うためには、
既に世界は、
* 可能
* 不可能
を分離済みでなければならない。
しかし、本論文では、
現在内部には、まだその“1%目”が固定されていない
と考える。
だからこそ、
「AからAを行えない」
という不可能性は、
現在内部ではまだ“一個”として存在していない。
◼︎実在とは何か
以上を踏まえると、本論文における「実在」は、通常の意味とは大きく異なる。
通常、実在とは、
* 固定されたもの
* 現実化したもの
* 結果化したもの
である。
しかし本論文では、
実在とは、未分割のまま保存されている可能度の接続構造
である。
したがって、
実在とは「結果」ではない。
実在とは、
「なお未来へ接続されていること」
である。
◼︎実在量とは何か
ここから「実在量」という概念が導入される。
実在量とは、
Aが現在内部でどれだけ接続を保持しているか
を示す。
つまり実在量は、
* 存在/非存在
* 0/1
ではない。
実在量には、
* 強度
* 幅
* 接続範囲
* 判定保持力
がある。
したがって、
Aは、
* 強く実在する
* 弱く実在する
* 消えかけながらなお実在する
という形を取りうる。
◼︎連続可能総量
本論文の最終的中心概念は、
連続可能総量
である。
これは、
未分裂のまま保存されている接続可能性全体
を意味する。
重要なのは、
連続可能総量は、
* 無限ではない
* しかし分裂していない
という点である。
つまり、
世界は有限である。
しかし、その有限性は、
「最初から細かく分割済み」
という意味ではない。
世界は、
有限でありながら、なお未分割
なのである。
◼︎自由とは何か
本論文における自由も独特である。
通常、自由とは、
「複数の候補から選べること」
である。
しかし本論文では、
自由とは、未分裂であり続けること
である。
つまり、
自由とは、
* 分岐数
* 選択肢数
ではない。
自由とは、
接続がまだ閉じていないこと
である。
◼︎決定論と偶然論を超えて
本論文は、
* 決定論
* 偶然論
のどちらにも属さない。
決定論では、
世界は既に固定されている。
偶然論では、
世界は根源的ランダムである。
しかし本論文では、
世界は、
「保存されている」
のである。
つまり世界は、
* 完全固定でもない
* 完全無秩序でもない
世界とは、
未分裂接続の保存場
なのである。
【今後の課題】
1. 数学化
現在、
* 可能度
* 実在量
* 接続強度
* 連続可能総量
などは哲学的定義段階にある。
今後は、
* 位相空間
* 接続写像
* 保存測度
* 連続変形
* 境界作用素
として定式化する必要がある。
2. 「接続不能性」の厳密定義
本論文は、
「不可能性=接続喪失」
としている。
しかし、
* どの程度失われれば“不可能”か
* 接続減衰をどう測るか
は未整理である。
3. 量子論との対応
本論文は、
* 重ね合わせ
* ユニタリー性
* 不確定性
と極めて近い。
今後、
波動関数を、
「未分割可能総量」
として再定義できる可能性がある。
4. 時間論
本論文では、
時間は点列ではない。
時間とは、
接続保持形式
である。
この時間論を、
* ベルクソン
* フッサール
* ハイデガー
* ホワイトヘッド
などと比較する必要がある。
5. 情報論との統合
本論文では、
情報とは、
AをAとして保存する形式
である。
これは現在の情報理論とは異なる。
今後、
エントロピーや情報保存則との接続が必要になる。
【現状整理】
以上を総合すると、本論文の核心は次のように整理できる。
◼︎最終中心命題(現段階)
世界とは、
「できること」と「できないこと」が、
現在内部で既に一個の断絶として固定されている場ではない。
世界とは、
有限でありながら、
なお未分割のまま保存されている
連続可能総量である。
Aとは、
結果ではない。
Aとは、
未来へ向かってなお接続されている方向性である。
可能とは、
分割済み候補ではない。
可能とは、
まだ“一個の不可能性”が固定されていないことである。
現在とは、
その未分裂性が保持されている有限接続領域である。
自由とは、
複数候補から選ぶことではない。
自由とは、
世界がまだ二つ目の選択へ分裂していないことである。
したがって、
「直線的に1つのことができて、1つのことができない1点」
は、
現在内部にはまだ存在していない。
そしてその意味で、
「サイコロの目を1にできない1%目」
もまた、
現在内部ではまだ固定されていない。
世界は、
可能と不可能へ分裂した後に存在するのではない。
世界とは、
分裂以前の接続保存そのものなのである。




