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<9> その場しのぎでも、大切な巡り合わせ


 私は目的地を、ベルサーネス公爵領都に定めて移動していた。


 今が夜のどのくらいの時間かがわからなかったけれど、その街道は王都と故郷を行き来するために何度も馬車で行き来した記憶があった。日が出た際には、都市間を行き交う馬車に見つかることを避けなければいけないけれど、その街道沿いに良く知ったルートをたどるだけで良い。

 最初は南に、それから南西に伸びる道をひたすら道なりに進む。感知や感覚の魔法はできるけれど、それで魔法力を浪費して隠密系の魔法を要するときに魔力切れをしていたら目も当てられない。ただ常に隠密魔法をかけ続けられるわけではないから、できるかぎりそれ以外での迷彩を心がけるようにした。

 きれいごとなど言っていられないと、生い茂る木々の中にある蔦や小枝を編んで頭や肩にかけた。野営痕のような木炭を見つけたときには、顔にその炭を塗った。しばらくは体を洗えないどころか、まともに水を飲めないとは思うけれど、それよりも生き残って『帰る』ことが最優先事項だった。

 街道を利用して行軍しつつ、馬車の車輪の音が聞こえたり、不穏な足音が聞こえてきたら認識阻害などを活用して藪に隠れる。その1週か、10日かともいえる工程において、馬車はその日数の倍程度巡り合ったがやり過ごした。5日目か6日目付近に、起伏のある地形の頂上付近に差し掛かったときのこと。見下ろしたところにある、木々に囲まれたあたりで野盗と護衛付き馬車の集団が相対したのを見かけた。認識阻害だけで注意がこちらに向かないようにしながら、戦いの様子を伺った。


 護衛が5人か6人に対して、野盗は20から30人くらいの人数を揃え、しかも射撃武器もそろえていた。ただ野盗側はなぜ、そういった射撃武器を持って潜んでいたのにあえて姿を見せてから襲うのだろう? 御者を奇襲で射倒して足を止めてから、注意を分散させるように包囲して、幌を焼いてあぶり出して、ソフトターゲットの護衛の魔法使いから仕留める。あえて言葉をかけて脅し、命を助けたところでどれほどのメリットがあるか? 何が襲ったかの偽装すらできないから、野盗は野盗を抜け出せないのだと思う。

 案の定野盗側が使う矢は魔法で阻まれたり、近接者によって切り払われるようになり、護衛側の射手に野党側の射手が仕留められていた。護衛側は全員結構なやり手らしいことも、相手の悪さという点に結び付いていた。結果として野党側は壊滅し、その運命は殺害されるか、逃走するか、そのどちらも許されなかったものは捕らえられ、縄にかけられて、彼らの手に落ちた。捕まった野盗は裁きによって贖罪奴隷となるだろうけれど、それは然るべき罰として与えられるものだ。マスク化した布地の上から、奴隷印をなぞって彼らの運命に思いを馳せる私がいた。

 戦闘が終わった後は、彼らが私に気づかないことを祈りながら息をひそめていた。認識阻害は「気づかれていない」場合と「生命探知の魔法」に対して絶対的な隠ぺいを発揮する。でももし残党探知に魔力感知をされた場合、認識阻害の技量が相手の魔法使いの技量を下回ったら気づかれてしまう。またすべての五感や風の流れまでは封じないので、手探りに掴まれたら終わり。だから、意識を集中し、相手の魔力感知を避けられることを祈った。

 相手の魔法使い含めて護衛側は丁寧に残党を感知していたが、それらの目をごまかせた。

 雑音避けで聴覚強化していないから、どんな会話をしているかわからない。護衛たちは、安全を確保できたことを確かめて、本来の進行方向に戻っていった。


 馬車への野盗の襲撃に巡り合ったのは幸運だった。しかも射手付き。さらに護衛の方々が戦闘後野盗の持つものすべてを回収していかなかったのもまたしかり。

 死んだ射手の持っていた弓を手にし、引いてみる。何も持たないことに比べたらまし程度の、軽くて品質の粗い丸木弓だった。今まで私が使ってきた弓に比べたらあまりにも物足りなかったけれど、丸腰でなくなったことはとても心強かった。右手指の保護具に矢筒まで託されることに感謝する。

 また他の野盗の遺品で得た剣は、自分が使うには長すぎた。振ると重くて、具合が良くない。でも今は、選りすぐりをしている余裕がない状況だ。その中で武器となる刃物を得られたのは僥倖でしかない。

 あとは、もっと道具として使えそうなものを持っていないかを探り、ナイフと携帯食料と、水筒を確保できた。水筒はそのまま使ったら下衆な野盗と間接キスしてしまう。嫌悪感が背筋を走ったので、水辺を見つけたときに念入りに洗って使うしかない。

 あとは、死んだ一人がフードをかぶっていたが、切り倒されたときに受けた損傷があり、また傷ついて流した血にまみれていて、そのままではとても使う気になれなかった。

 確認できて、使えそうなものは以上だった。それらを勘案して、ここに野盗が足を伸ばしてきた点から、彼らの野営拠点というかがこの付近。およそ半径半日以内の範囲にあるかもしれないことを悟る。もっと本格的な装備をそろえて、できればきちんと鎧を身に着けてこられたら、潜入作戦をしても良かった。そうすれば、彼らが集積している物資や資財の恩恵にあやかれる。本来の持ち主をたどれない以上、倒したもの持ちは暗黙のルールだったはずだから。だが今はそのような余裕はない。一刻も早く「帰らないと」いけないから。

 そう、最低限の武具は得ても、お金がない。

 強盗のようになってしまうことは申し訳なく思いながらも、亡くなった方のそれを活用させてもらって生き延びさせてもらうことから、しのびなさを堪えて死体の蓄えを改めた。全員総合して、さすがに金貨はなく銀貨が数枚、銅貨が十数枚程度だった。それでも、一晩くらい宿を得られるくらいのお金は得られた。

 ただ、実家の領都のセキュリティを思うときっと、ここで得たうちの武器類は回収されてしまうかもしれない。なので、せめてたどり着くまで私の身を守ってくれるよう、あるいは万にひとつの見逃しの可能性にかけて、売却用にさらに3本ほど剣を確保した。

 あとはいくら野盗といえど、正しく罰せられずに命を落としたことに冥福を祈って、その場を後にした。


 そうしてさらに1週間ほど、街道を徒歩で歩く。最低限生き延びるために必要なだけの小動物を、罠で捕えたり、罠ではなく素手やナイフなどで倒して捌いて、火を通して食べた。野草や果実、種実は覚えのあるものを選んで口にした。途中で湧き水を見つけたときは、過ごしやすい季節とはいえ渇ききっていた自分にとっての癒しそのものだった。

 身を隠し、気づかれにくくなるよう試みながら夜の闇にうとうととし、まともな眠りも得られぬまま過ごしたその期間。覚えのある道をひた走ってみれば、開けた低地に、夕日に輝く海に面した、風光明媚な街を確かめた。


 ベルサーネス公領の領都にして、王都パーラスに海運を運ぶ物流交易拠点、ベイシス。


「つい……た……」


 それは、私が生まれ育った街であり、その城構えは私が生まれ育った家。

 父上と二人ではあまりにも大きすぎるけれど、多くの使用人や領地を守る兵が勤めるには十分な役割を持った場所。

 あの夜会の後、父上はきっと王都から追い出されるようにここに帰ったと思うけれど、そこはすでに庶民となり家のものではなくなった私の帰る場所ではない。

 きっとここには、私を良く知るものが何人もいるから、半端な変装ではごまかしきれないかもしれない。

 それでも、私がこれから立て直しやり直すということを考えれば、これ以上の場所はない。


 ただ自分の真の姿を使って門番をパスするわけにはいかない。

 しかも、王都の門番など比較にならない、対不正侵入へのセキュアさを備えている。そもそも私の隠密魔法はここの軍で学んだようなものなのだから、その対策をしていないはずがない。

 なので中に入るなら、正規ルートを通さなければならない。


「次の者」


 門を通過する審査を行う係員の方の精勤ぶりを褒めてあげたいのをこらえながら、私はみすぼらしさの姿のまま審査官の方に相対していた。


「おまえ、どこの浮浪者か」

「は、はい、私この付近に最近移り住んだ、狩りを生業とするものなのですが、いくつか皮を売りにきたもので」

「狩人だと? その割に似つかわしくない服装だが」

「ああ、申し訳ありません、狩りをするときに動物をごまかすため、どうしても土臭い恰好が必要でしたので」


 ここに至るまでに仕留めた兎や、蛇や、猪の皮を見せて説明する。兎は罠、蛇は素手で捕まえられたが、猪は大切な矢をだいぶ使わされたのでちょっと割にあわない気がした。それでもこの中で最も有用な皮の証明になるからと持ち寄って正解だった。記憶では、もっとも皮としての価値が高いのが猪のそれだったはずだから。

 審査官さんは匂いのきつさに顔をしかめていたけれど、まだ乾かしが足りないから仕方ない。


「まあ、それならいい、身分証はあるか?」

「すみません、市民ではないのでそういったものは」

「なるほど。ならその弓と剣と、あとナイフは預からせてもらおう」

「はい……」


 これは仕方ない。

 領都の安全のために、身分不詳のものの武装は許されないようにしている。

 身分証となるものも、自由民でも市民であるとか、冒険者ギルドのものであるといった場合には発行されているが、責任者ではない村人とか、村に住んでいない漁師や狩人などは身分証に当たるものを渡されていないのが通例である。


「身の証を立てたり、街を出る際にはこの引き換え券で返す。なお引き換え券の発行手数料として銀貨1枚が必要だが、持っているか?」

「はい、こちらに」


 審査官さんに、手持ちの財布代わりの袋から銀貨を取り出して手渡した。

 この手数料はいわば入場税として働く。身分証のあるものは入場税の代わりに別の税を公爵領の自治予算に収めるので、どちらが税制で優れているとか劣っているといったことはない。


「引き換え券には記名が必要だが、名はなんという?」

「あっ、ふ、フアノンと申します」

「フアノンだな。あと、決まりなので奥で女官に他に怪しいものを持っていないかの確認をしてもらうように」

「わかりました」


 私の名前をその引き換え券の番に記入し、私に引き換え券の半券を渡してくれた。

 本当にお勤めに忠実で頭が下がる思いだった。

 もう私は公爵家の人間ではないけれど、彼らによって治安の安定が図られていると思えば、感謝しかない。

 とはいうものの、その調べを行う過程はとても快いものではなかったので、やむを得ないとはいえ精神衛生面に響いた。もっとも、私の体臭に係官が顔をしかめていて、それは申し訳なく思う。

 兵装こそ持ち込めなかったものの、この街に私は帰ってくることができた。

 潮の香りが懐かしい。海を臨めば、交易の船が沖合いに見えるのを確認できる。

 今日はとりあえず、持っているお金で宿を探す。銀貨と銅貨の残り的に、あまり高望みしなければ泊まれる宿は見つけられると思う。

 収入源としては、村人や狩人を装って皮を売れば多少は足しになると思う。冒険者にはなれただろうか……


 そうして見つけたお手頃な宿でも、あまりたくさん連泊はできそうになかった。

 日が暮れる前なら皮は換金できると思い、チェックインして荷物らしい荷物のないところを預けてから、その足で皮を売りに行った。でも皮の枚数は得る肉に合わせて最小限に絞っていたせいで、合計で銀貨2枚銅貨36枚にしかならなかった。これを合わせても残りの銀貨は4枚、銅貨は52枚。

 しばらくは郊外で狩人のふりをして稼ぐしかないのかもしれない。

 できれば服は買い換えて。ただ、湯を張った桶で体を拭くくらいしかできなかった。お風呂のある宿はもっとお金がかかるから、そこは贅沢を言っていられない。

 今日はゆっくり休んで、今後の方針を決めながら眠りに。


「こんばんはぁ~♪」

「また来た……」


 眠って、どれくらい経ったかわからないところで例の何某が夢枕に立っていた。

 私を貶めてざまぁ♪ と罵って挑発し煽る糞駄女神オーシアその人。


「あらぁ、今まで夢も見られないくらいハードだったでしょう? 久しぶりにぐっすり眠れてだいぶ幸せそうじゃない?」

「それはどうも……」


 ここまでずっと野宿続きで、気の休まる暇もないままでいた。オーシアが夢枕に出てこなかったのはそれはそれで恵まれていたというのに。


「でもぉ、いいのかなー? 審査官さんにあの”フアノン”って偽名つかっちゃって」

「それは」


 私を奴隷として買った家の執事に、『フアノン』という偽名を名乗ってしまっていたから、もしそれを手掛かりに探しに来られたら、まず見つかってしまうだろう。


「まあ、あのあとあなたのご主人は、王都中を探して回っているみたいだったけど徒労みたい。残念」

「それはごあいにく様」


 何が残念かなど聞きたくない。この糞駄女神が残念に思うならいい気味だと思う。


「でも、貴方あのあと”ごまかせた”と思っているのかしら?」

「どういうこと?」

「ふふん、それは明日のお楽しみということで」


 でも、あの糞駄女神は、何か意味ありげな含みを残して、私を夢の世界から追い出していた。

読んでいただきありがとうございます。

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