<46> 目の前の三本柱は私のあり方
話を聞いて耳を疑った。
「どういうことですの」
「どういうことも何も言った通りだが?」
いつも通りの、あまり機嫌の良くなさそうな面持ちでリーダーは語っていた。
「そう、依頼として受理できないというものがあるかどうかを伺ったことがありませんでしたが、それには抵触しませんの?」
「なんら問題はないが? そう、受けられない依頼だったら『仕組み』側が拒否するからわかる」
「そう、なのですわね」
昨日の今日で、私はその依頼対象の名前への縁がひどく深くなったのを感じた。
オーギュシク新伯爵、プフェリ閣下とは、前伯爵のルシェク閣下の長男であり、ことオーギュシク伯といえば、ユーネリオ伯、イルベスク伯の3家でリュイミル王国との国境沿いを固めている。
キュリオルとの話にあった、エルベス川流域でもめた領域を管理しているのはイルベスク伯なので、それとは別。オーギュシク伯は大山脈の峠付近を固めている領主である。
「で、ファーステス的に何か気になるのか?」
「いえ、オーギュシク伯は代々ベルサーネス家を支持していますので、それを妨害することになると思うと」
「別にお前が行く必要はないのではないか?」
「その依頼を急がないのであれば」
ただこの話には、留意しなければならないことがある。
エメルーが言っていた、父上がその新伯爵の就任式典に呼ばれているという点。
もし父上が式典を終えてベイシスに戻られた後に、この依頼を達成していいのであればそれに越したことはない。
でももし事を急くようであるなら。
「残念ながら、先方はそんなに時間をかけて欲しくないらしい。特に『新伯爵の就任式典のうちに仕留めて欲しい』という話だ」
「それはあまりにも無謀ですわ」
「なぜだ?」
その私の希望観測はあっさりと打ち砕かれた。
「……リーダーは私ひとりを相手に、私以外の血の約束の全員を暗殺から守り切れますか? あるいは、私という脅威を排除できると思いますか?」
「さあ? やってみなければわからないが、ミカナが仕留め損ねたことを考えると……キャロやホヨルや他の手練れを送り込んでも無理だな」
「その認識であることに感謝します。今回の依頼の式典会場に、私の父上と、叔父上と、ジオブラダ侯爵の3人がいらっしゃいますの」
だから、この計画の問題点を提示し始めた。
「それがどんな意味を持つのだ?」
「父上は私のすべての師であり、基本的に私を超える存在と考えてください。その父上とほぼ同等の力を持つ叔父上と、その系譜を家系から継いでいるはずのジオブラダ侯爵。その三人がそろい踏みしているところで、式典の主役である新伯爵を暗殺をしろというのは自殺しに行くようなものです」
「それを伝えて何になる? 血の約束において、依頼の完遂は絶対である。『拒否』されなかったということは、今の我々の陣容で達成可能であると『仕組み』が判断したからだ」
リーダーの理屈は、どこかヘルガドの神官故の信仰心が頑なであるような雰囲気を感じた。
確かに血の約束という組織、依頼の原理などは、ヘルガドがこのリーダーにやらせたという話なので、いわゆる信仰活動の一環のようなものなのだと思う。
だからといって、危険度の最も高いタイミングで仕留めなければならないという依頼内容なのはなぜか。
それを問うには、依頼主を突き止められないと始まらない。
「そういう風になっているのですわね……ところで、依頼主が誰かはわからないのです?」
「この仕掛けは『依頼』が行われたこと以外は基本的にわからないようになっている。誰かが『生贄の刻印を刻んだもの』を、割り出さないかぎりな」
「そうですのね。では、誰が依頼したかは、関係する方を調べて割り出しますわ」
だがそれは、すぐ仕組みの壁にぶつかって頓挫してしまった。
気持ちを切り替えるしかない話だった。
そう、その気持ちを切り替えるついでにふと、気づいた疑問を投げかけてみることにする。
「そういえば、依頼を完遂したらかなり大きなお金が降って湧いたようなのですが、どういう仕組みなのです?」
ダルグダの時といい、カティナを退けた時と言い、今回のコーネリウスの時といい、私の手元には明らかに身に余るような高額の金貨が舞い込んだ。金貨そのものはリーダーの抱える奴隷から手渡しされたけれど、手元に持っているのが怖くなる額だった。
なので、今後の活動に必要な分を除いて、不自然でない範囲で孤児院に寄付したのだが、それでもなお余りある額が手元に残っていた。
「生贄と共に、十分な金を積む必要がある。受理されたときに、生贄の脇に積んだ金はその場から消えて、我々のところに届くようになっている。ちなみに、暗殺の依頼は安くないからな? 金額が足りなければ、生贄を作った人間が処分されるだけだ。そうして完遂したところで、依頼料が改めて担当者での山分けされて具現化するようになっている」
「つまり何もない空間に消えて、ヘルガドのあずかり知る場所にて保管されて、依頼を達成すると実行者の手元に出現すると」
「そういう解釈でかまわない」
そのやり取りで、今まで何となくで行っていた血の約束の依頼の原理への理解が進んだ。
依頼の完遂、必達をリーダーが訴えている理由も、それを拒否したら『仕組み』に取り殺されるといったものではなく、契約に対する信頼によるところとしておく。
その点は本来、はっきりさせるべきかもしれないけれど、いったん問わない。
「委細承知しましたわ。ではこの依頼、私に一任してくださるということで良いですの?」
「任せる。誰を連れて行ってもいい」
「では……私ひとりで行きますわ」
「ひとりで? そのような陣容を相手にだぞ」
「だからこそですの。この戦いは、私でなければなりませんわ。それでは、準備等整えますのでこれにて……」
「ああ、良き苦難と挑戦を」
リーダーにヘルガドの言葉で送られて、私はアジトの自分の領域に歩いた。
伺った内容と、血の約束に所属する個性的な面々を思い浮かべた上で出した結論だった。
おそらくは、私がいること、私が何かのために動いていること、下手をすると、私が暗殺者であることまで割れると思う。
それを前提で考えるなら、被害の規模は私ひとりに抑えなければならない。
私ひとりがもし仕損じて、父や叔父に捕らえられることとなっても、私個人の責任を超えさせてはいけないから。
使用する弓はエミナ・ノ・ユミハリではいけないと、アジトの自分の領域にある片隅にある丸木弓を見やった。
ベルサーネスに関係する人間でも、地位のある人間が持てるあの形状の弓と、それで放つ矢は貴族階級の集まる席で使用するのはメッセージ性が強すぎる。
適応の練習は十分にやっているし、実戦投入もこの間のコーネリウスの時に試した。狙撃するには必要な距離が足りないかもしれないけれど、そこは状況が許すことに任せるしかない。
あとはどう狙うかだけれど、まず式典に潜り込まないといけない。
いつもの一角獣の皮製下地を身につける。一角獣の種の名前がトレンブという名前だというのは、不意に思い出した。
今後長くお世話になるだろうと思ったので、無視できない存在と名前を覚え敬意としたかった。
きっと野営準備を整えて、その式典に紛れて、それからどう仕掛けるか。
思い巡らせ、手順を考えてみた。
その模索を重ね、その分木を分けて探りながら、いったん長旅に耐えれる上着を羽織って悟る。
「父上と叔父上たちに、勝てますの? どう考えてもプランが出ませんわ……」
その挑戦は、子が親に勝つ試練というきれいごとで片づけるには、あまりにも闇が深かった。
ただ、そういう闇の苦しみだけで済むなら簡単だと思うけれど、ことはそういった流れでは済まない。
ベルサーネスの家訓を、完全に体現したのは、父上だけではない。
私やキュリオルが受けた特別訓練は、父上はもちろん叔父上も受けて修了している。確かジオブラダ侯爵も終了していたと記憶している。
つまり、父上と同等の存在がもうひとりふたりいると思っていい。
もしどちらか一人だけに挑むならまだ、私はそれなりの勝算を見出せたと思う。
でも今回は、さらに叔父上たちまで。
そう思い立って私は、ずっと準備のために身につけていた隠密装束を解いた。
「ファーステス? どうしたの?」
私が準備する脇で、読み書きの練習をしていたミカナが声をかけてきた。
そろそろ勤務時間だからと、セラは席を外していた。
周りがどうしても気になるので着替えには認識阻害を使っているはずだ。それに気づけるミカナだから、声をかけたという感じだ。
「いえ、正攻法で忍んで行っても無理な話と思ったのですわ」
「例の依頼? そんなに大変なの?」
「実家の家訓を体現した存在がふたり、三人といる場所に挑むのに、単純な隠密では意味がありませんでしたの」
「そうなの?」
「ええ。作戦を根本から変える必要がありましたわ」
「そう……ファーステスでも難しいんだ」
「相手が相手ですのでね」
「わかった。出ている間にもっと文字を読めるようになっておく」
「ええ。がんばって」
この間の作戦で大きく実感を得たらしく、アジトに時間を持っている間のミカナはずっと読み書きの練習をしていた。装いこそ貧民街にいるときと比較できないような部屋着着こなしでいて、貧民街のあれが擬装だとすぐわかった。
ただ、その擬装が常にできるのは、そうした生活をしていた時期が長かったからだと思う。
私はミカナの成長を見守りながら、トレンブ下地の上に孤児院職員服を着直した。
まず行うのは、エメルーへの言付け。髪を直したいと言っていたので、それをしてもらうように。
続いて有り余るお金を使って飛翔便を使い、テレシウスに連絡を取ることだ。
あとは、長期出張するのでシェレネに孤児院を空けることを伝えないと……
その二つの流れに乗るところを元に、まず会場入りに際するセキュリティをどう抜けるか、という部分からの先々を、はっきり思い描いていた。
読んでいただきありがとうございます。
次回は8/18の21:00付近を予定しております。




