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<45> 三番目の懐かしき

 コーネリウスの件をミカナに確認すると。


「見取り図のおかげでスムーズに現場に行けた。セラが眠ったまま、コーネリウスのだらしない中年太り体型に押しつぶされていたので、思わず首回りをなで切りしていた。すぐにアジトに顔を出すと足が付きそうなので、捜査が落ち着くまで隠れてた」


 という。


 セラは前に聞いていたので、おおよそどういう状況だったかはつかめた。

 セラが言うには、そういうことに挑んでいる場合は中断される方が苦痛なので注意が回らなくなるのだとか。

 私の知らない世界の話だった。

 けれど、月のない夜に予定を設定できたということが、何より成功率を高める要因になった。


 治安部隊の詰所に行けば、不機嫌そうなオルヴァを眺めることになる。

 必要な情報を得たくて訪ねているのに、どうして周りはいちいち恋の話にしたがるのだろう?

 して、コーネリウスの件が血の約束案件であるというのは、使用人の欠員の原因が血の約束の生贄として捧げられたからだということで、治安部隊は情報を掴んでいた。

 オルヴァがそういった捜査情報を欲しがる私に対して、「お前はそいつのなんだ」と聞かれて、今回も「身内です」と答えていた。



 コーネリウスの件も週を過ぎて遠い日になりつつある頃、しばらく、秋が顔を覗かせて、収穫された農作物が街をにぎわすようになるころのこと。

 ベイシスにも収穫祭の波が訪れて、街のいたるところに野菜のモニュメントが飾られていた。

 孤児院もオーシアの豊穣祭として、子供たちが殻のある野菜をくりぬいてモニュメントを作り展示していた。そうして私が高所作業など含めて手伝っているときに、その者は訪れた。


「こんにちは、お久しぶりです皆様」


 私に昔仕えていた、エメルー・ラウレッサその人が、孤児院を訪問していた。


「エメルー……?」

「お久しぶりですエメルーさん。リリ、出会いがしらに呼び捨てはだめじゃない?」

「それはまあ……お久しぶりです、エメルーさん」

「はい」


 外で飾り付けをしているときの訪問であったので、設置作業をしている私とエメルーの脇から、敷地に入ってきたエメルーが声をかけてきた様相である。

 だが、シェレネは私をリリとして、エメルーへの礼儀を指定したので、それに従ったら明らかにエメルーが不機嫌そうになった。

 どうすればいいの。


「ところで、少しリリさん借りていいですか?」

「え、うん、こっちは一段落ついたから大丈夫です」


 エメルーがあえて、私のここでの立場を強調するように名を呼んでいた。

 意識してという感じなのに、やはり何か私が良くない対応をしたかのように、怪訝な態度だった。


「では失礼して」

「エメルー、さん?」

「いってらっしゃーい」


 私はエメルーに腕を抱えられるように引きずられて、その場を辞することに。

 シェレネが、連れ出している人や理由を理解して、話を合わせてくれていることはとてもありがたかったけれど。


 そうして、孤児院を離れ、人の通りの薄い場所で私は認識阻害の結界を張ると、突然エメルーに強く抱きしめられた。


「あぁ……お久しぶりですお嬢様、ご無事で何よりでありました」

「エメルー、いろいろ事情が許すなら、あなた個人で私を訪ねても良いのに」

「でも私が密に訪ねると、お館様に」

「ええ、できれば多くを許されたいところですわ」


 体格的にはあまり変わらないから、抱きしめ合うと首が交差する。

 シスターヴェールの中にエメルーは手を忍ばせて、私の髪を撫でた。


「お嬢様、お手入れきちんとなさっています? せっかくの美しい髪がだいぶ傷んでいます」

「私なりにはやっているんだけれど、やはりエメルーにお世話してもらいたいですわ」

「ならすぐにでもやらせてください。お嬢様には、いつまでも美しくあってほしいので」


 抱きしめを解いて私の顔をじっと見たエメルーは、その手を私の両肩において予定を決意に変えようとしていた。


「すぐには無理ですわ、さすがにわたくしも都合が」

「ではなるべく早くご都合をつけてくださると助かります。この髪は見ていられません」

「わかりましたわ。できるだけ速やかに都合をつけます」

「助かります。髪が無理であるならお嬢様、いったんお手紙をご確認ください」


 そうしてエメルーは私を解放すると、腰につけているポーチから一通の手紙を取り出した。


「これは」

「ジオブラダ侯爵のご三男のテレシウス様からのお手紙です」

「テレシウス……」


 相応にご無沙汰の名前がふとエメルーから発せられた。

 テレシウス・ノ・ジオブラダ。

 年の近い親類として、長い間に渡り面識も手紙のやり取りも繰り返していた方である。


「読ませてもらいますわ」

「どうぞ」


 蝋印がジオブラダ侯爵家のそれを指し示しているのを確かめ、それを開けると丁寧な字体で記された文面が見開かれた。


「親愛なるファーステス


 ご無事でいるでしょうか?

 王太子妃の件を聞き、たびたび消息を本家に確認していたところ、やっと連絡ができると聞いたので急ぎ手紙をしたためました。

 きっとあなたのことなので、どうにか無事を確保されていることと存じますが、その安否を案じずにいられません。

 諸事情把握しております故、返答は安否に関わる内容のみ頂ければ問題ありません。


 どうか日々健やかにお過ごしくださいますよう、お祈りいたします。


 テレシウス・ノ・ジオブラダ」


 家系図をたどると遠い縁であるけれど、ジオブラダ家はかねてからベルサーネス家と縁が深くあり、父のいとこであるジオブラダ侯爵は特に父との関係を大切にしていた。

 ジオブラダ侯爵領は農業より畜産業が発展してきていた。訪ねた時に、フラシス羊や牛の放牧の様子はとても印象深く思い浮かんだ。

 雨が少ない地域の多いロヴァルドにおいて、そうした切り替えは至る所で行われていて、彼の家もそれにしたがった形でもあった。


「テレシウス……懐かしいですわね。文でいただいた以上、文で返さねばなりませんわね。わたくしの直筆を読めば、きっと彼も安心されますでしょう」

「かのお方も、お嬢様の安寧を心から案じていらっしゃったと、お手紙を届けた使いの者が言っておりました」

「わかりましたわ。その使いの方は、ベイシスの城で待たれておりますの?」

「はい、長旅であったので、本日はお休みいただくようお館様から計らわれております」

「ならば若干の時間の余裕はありますわね」


 きっと返答の文を預かって帰られることを期待してのことだと思う。

 けれど、私がベイシスに落ち着いてからは四半期以上過ぎていて、夏が過ぎ秋の収穫を終える時期をまるまる、手をこまねいていたように見えたのが、不思議でならなかった。


「テレシウスは、もっと昔から私に連絡を取りたがってはいませんでしたの? 少なくとも、父や叔父には捜索の手がかりを求めていたはずですわ」

「それが、私がテレシウス様のお手紙を預かったと聞いたのは今日が初めてだったのです」

「どういうこと……?」

「どんな詳細かは知りませんが、確かな話です」


 手紙を届けるだけなら、半月どころか1日とかからずに送る手段がある。

 それでも、四半期に1か月を足した程度の期間でざっと計算してみると、思った以上にテレシウスが私にたどり着くまでの時間に、合理的なタイムラグがあった。


「不思議な話ですわね……でも、どうしても、半月かかるというのはもどかしいものですわ」

「はい、でも連絡がついたのは幸いだと思います」

「わたくしもそう思いますわ。では、お返事をしたためるので教会の待合いで待っていてくださいます?」

「はい、お嬢様」


 そこまでで私は、認識阻害結界を解いて、エメルーとともに孤児院のある敷地へ共に帰還した。



 教会の応接に持ち込んだ執筆セットでしたためる手紙は手短に、簡潔に。


「親愛なるテレシウス・ノ・ジオブラダ様


 ファーステスは無事にしております。

 具体的にどこにいるかを記すことはできませぬが、この直筆をこの用紙で書ける安全を得ていることをもって、お察しいただければ幸いです。

 どうかテレシウス様においてもご無事でありますよう。


 リリ・ヴァルディ」


 ファーステス名義では書かなかった。

 もし内容を読まれても、リリはファーステスの友人であり、その無事を伝えたことでファーステスの弓を下賜されたと伝わっている程度の情報しか出回っていない前提としてしたためた。


「その偽名で出されるのですか?」

「何があっても使いの方はリリがファーステスの友人としか知らないと答えるだけで大丈夫なようにしていますわ」

「その文の書き方はお館様に宛てた手紙と同じ手法ですか……?」

「テレシウスにならきっと伝わるはずですの」

「確かに、受け取りました。それとお嬢様」

「何かしら?」

「近いうちに、お館様が出張されると伺いました」

「出張?」

「なんでも、ベルサーネス家と懇意の伯爵家で跡目相続があって、その新任の伯爵様のお披露目会に呼ばれたということだそうです」

「跡目相続……どの家かは聞いておりますの?」

「確か……そう、オーギュシク伯爵と」

「ええっ、まだそこまでのお年ではなかったと記憶しておりますのに」


 記憶が間違っていなければ、その亡くなったとされる伯爵は50も半ばになっていなかったはずの方である。

 エルベス川沿いの国境を抱えている三伯爵のうちのひとつで、確かにその家であるなら父上が呼ばれるのは納得の話だった。


「わかりましたわ。伝えてくださってありがとうございます」

「では、私はこのまま城へ戻ります。近いうちに髪を直させてくださいね?」

「ええ、くれぐれも慎重に、気を付けて」

「はい、ありがとうございます。お嬢様」


 エメルーは託された手紙を大事に抱えたまま、深く一礼して教会を後にした。

 私は彼女の姿が見えなくなるまで、出入り口の門に立って見送った。

 テレシウスとの縁を思い返しながら私は、彼女がいなくなったところで太陽の位置を確かめる。

 エメルーの件で少し時間を使ったけれど、血の約束のアジト含め孤児院を離れて活動するには十分な時間があった。


「リリ、エメルーさん帰ったの?」

「ええ。急ぎ戻らなければならないということで。シェレネにはよろしく伝えておくようにと」

「ありがとう。で、リリはそろそろおでかけ?」

「はい。遅くならないように気を付けますわ」


 孤児院側に戻っていたシェレネにエメルーの事含めて伝えるよう、私はそちらに足を運んでから、取って返すように孤児院を後にした。



 記憶が間違いでなければ、新しい血の約束の依頼があって、そのことを私に伝えたえたいとリーダーが言っていた。

 その内容をいろいろ想定しながらアジトにたどり着いて、背もたれの背の高い椅子に座るリーダーにいざ話を聞けば。


「今回暗殺ターゲットとして指定されたのは、オーギュシク新伯爵、プフェリ閣下だ」


 どう考えても争乱の臭いしかしない横やりを思わせる指名だった。

 

ここまで読んでいただきありがとうございます。

次回は明日2026/8/16 17:00以降を予定しております。

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