<44> その縁はもう古い
月齢はきちんと把握し、月明りのないところを狙って仕掛けている。
おかげで、相手の顔が松明や灯火、あるいは暗視の魔法抜きではほとんどわからない。
ミカナが片方の門番の傍に紛れていくのを見たので、私は丸木弓を取り出してもう片方の門番を狙った。
二人の一撃できっとこの門番は命潰えてしまうだろうが、背に腹は代えられない。
「ふぁ~あ、ん……んっっ!!」
ミカナが仕掛ける側があくびをした。それを、ミカナは合図代わりと捕らえるように背後から組み付き、口を押えてその背骨の中央やや左を刺突していた。
「お前今な……っっ!?」
ミカナの仕掛けた様子を見ていた門番が、リアクションする前に私の放った矢が誤りのない狙いのまま、胸部の中央に貫かれた。
途端に吐き出すことも吸い込むこともできなくなった息から、その門番は声を紡ごうとあがくが、かなわない。肺を動かす機能も損傷された彼は、そのまま仰向けに倒れた。
門番を倒したらミカナはまるで闇に溶け込むかのように姿を眩ませながら内部へ侵入していく。
私はそれを見送りながら、ほぼ絶命寸前の門番二人を確かめて、2本目の矢を番えた。
先端に笛のような仕組みを詰めた鏑矢を大急ぎで引き絞り、空に高く解き放った。
甲高く目立つ大きな笛の音が屋敷中に響き渡る。
その音を聞きつけて、庭の警備兵が鏑矢の発射源の元に駆けつけてきた。
彼らの注意はもっぱら私にひきつけられて、ミカナにだけフィルタした生命感知の反応が屋敷内に侵入していくのをみな見逃していた。
『正面は深夜だと施錠されているけれど、脇に警備の人の控室がある出入口があって、そこは常時開いてると思う。でも当然警備の人が常に控えてると思うから気を付けて』
深夜どこから入るという話になった際に、セラが教えてくれた侵入口である。そこには緊張を抜いて休憩中の人間が控えているだけのはず。
もっとも、ミカナは特に揉めることもなく、控室を簡単に制圧して奥に入っていった。感知反応的に、そこに控えていたのはひとりだけらしく、その警備員は彼女に気づく様子はなかった。
「おい、お前何をしている?」
「わたくし、ベルサーネス家から遣わされた密偵ですわ。今日コーネリウス様を暗殺しようともくろむ者の情報を掴んで、張っていたら案の定ひっかけましたの」
警備の衛士数名が、この私の姿を見て問い詰めに来たけれど、我ながら咄嗟の言い訳ができたものである。
「ベルサーネス……領主様の……?」
「事情は後で話しますわ。まだそう遠くへは行っていないはずなので、今矢を放ったほうへどうか追手を」
「わかった。おい、何人か手を貸してくれ!」
そうして、慌ただしい中で数名人員が選ばれて、矢を放った方角の確認を行った後、警備の人間が数名、屋敷の敷地を出ていった。
「協力感謝する。領主様にはよろしく伝えておいてくれ」
「ありがとうございますわ。ではわたくしはこれにて……」
「ちょっと待て」
私とやり取りをしていた警備の男が、数名周りに人を残した状態で引き払おうとした私を呼び止めた。
「何か」
「探るだけのところを、潜むには不便な弓を持ち出しているのはなぜだ?」
「あら、ベルサーネス領主様の兵は将官から末端の兵士まで弓を鍛えるものですわ? 剣を握るよりも弓を引き絞るほうが都合が良いものです」
「そうか。疑って悪かったが……そう簡単に逃がすと思ったか?」
彼は私をすぐには解放してくれないらしい。
「政治的に、ベイシス選出のロヴァルド議会議員ともなれば、お館様との連絡と友好は必須ではありませんの? わたくしを捕まえたら関係に亀裂が生じますわよ?」
「そんな事情は初めて聞いたな? そもそも、庶民落ちした娘に連座で議会議長の役職を解かれた領主様は、もうコーネリウス様にはそこまで重要じゃないんだぜ?」
しかも、政治の事情についてだいぶ詳しいときた。
その、彼が何を言いたいのかは、おおよそ察する。
「つまりはどういうことですの?」
「つまりはな」
私の予感通り、回り込んで退路を封じてきたので、私は自分の予感を信じて包囲を回避するように後退した。
「こういう……おい!」
「おおよそ察しましたわ。さしずめ政治的に私を利用して、お館様を利用しようとした」
「捕まえろ! 逃がして返すな!」
「それがわかったらもう、言うことはありませんわ」
なんらかの理由でコーネリウスと父上の間の接点が破壊されている。
密偵を騙ったことが、思わぬ情報を得ることになった。
その収穫を胸に、私が逃げながら結果として陽動となる作戦を遂行する。
もう警備システムに気兼ねなく感知魔法を使用できる。それを頼みにミカナの進行状況をたどれば、おおよそ目的地まであとわずかのところまで来ていた。
屋敷の中の歩哨は、ミカナが生命感知に入らないことを不思議に思いながら、気づかず素通りを許したり、あるいは声を上げられずに無力化されているようだ。
私がミカナを追えているのは、生命感知のフィルタの通常のものに、ミカナを固有対象としているから。一般の生命感知の魔道具ではミカナを捉えられないことは、この道程の進み具合でまざまざ見せつけられていた。
(さすがミカナ、とても速いですわね)
私は私で、追手を振り切れないふりをしながら、彼らの駆けつけをかいくぐるように、付近の街路を縦に横に駆けた。必ず誰かに見られているように、通りの網目の合間で生命感知を張り巡らせながら立ち位置を調整した。
「いたぞ!」
「周りこんで捕まえろ!」
「逃がすな!」
それぞれがそれぞれで、信念を燃やすかのように私を血眼になって追ってくる。
だが、今の私の立場をきちんと確かめもせず、ただ目先の情報だけで行動を決定したのは、まさに愚かとしか言いようがない。
そして、ある場所において、ひとりの男が生命反応を失っていく様子を見れば、近くには力なく横たわっていると思われる姿があった。その反応が生命反応を失わなかっところを見るに、こちらはミカナが仕留めなかったのだと思う。きっとセラで間違いない。
その根拠は、それが警備兵だったら両方とも仕留めなければ、片方に目撃されているということだから。
(たぶん、今のでしょうか)
おそらくあの屋敷の警備の半分以上が、私と架空の暗殺者を追っているだろうから、私の陽動作戦はしっかり決まった。
あとはミカナの脱出が無事完了すること。
それは心配になったところだけれど、血の約束の依頼そのものが成功したことを確認したので、私はその場を引き払っていったんアジトに戻った。
その後数日の間、ミカナをアジトで見かけなかった。
すぐオルヴァと連絡を取ったが、治安部隊にミカナは捕まっていないらしい。
もっとも、今彼らは「コーネリウス暗殺」でそれどころではなくなっていたから。
つまりミカナは少なくとも、コーネリウスを仕留めた。
なので脱出を失敗して、コーネリウスの屋敷にまだいるのかと思って、ちらっと見に行ったけれど、主不在となった屋敷はどこか、整理しているようなあわただしさにあった。どうやら主なき屋敷を別途売却予定で、雇われていた使用人たちはいったん全員解雇となったようだ。
結果としてセラは無事にアジトに戻ってきた。
彼女視点で事情を聴くと。
「私そのとき、コーネリウスに睡眠薬入り水差しの毒見させられてね……眠ってた」
「そうなの」
「でもそれはそれで、ファーステスの言ってた2つ目の方になったよね」
「そうですわね」
つまり、眠り薬をコーネリウスに飲まされてしまうか、あえて自分で飲んで寝て彼の理性を溶かすほうという、セラが眠らされてしまう側の用途である。
計画が決行当日までバレていないことは確実だった。
セラはあくまで「コーネリウスに目をつけられた使用人」の域を超えず、血の約束のハニートラップはそれを知った人間をゼロにした状態で終えた。
コーネリウスは、セラが睡眠薬を仕掛けていたことからきっとハニートラップを悟った。でもその地点ですでにコーネリウスは手遅れだった。
連絡を取った時オルヴァが言うには、コーネリウスは全裸のままうなじ付近から首筋の横をナイフ状の刃で断たれて死んでいたという。つまりミカナに対抗する間もなく、暗殺が完遂されたことになる。
なおオルヴァはあまり私に訪ねてほしくないらしい。
セラが「ああ、ガールフレンドが話し相手してほしいと思って通ってるって思われたんじゃない?」といったけれど、なぜそうなのかわからなかった。
コーネリウスを仕留めたあと数日、私は孤児院の務めとして、シェレネとロゼリアとで貧民街の炊き出しに立っていた。
カティナの後継が中央から送られてくるまでの間、ロゼリアがその代役を務めるという。
「リリ、ファーステス名義の寄付の額大きいんだけど……何かあった?」
「ファーステス様最近大きいこと始めているそうですね?」
そう、最近の物価高対策に、ファーステスの名前でベイシス南孤児院に寄付した。
血の約束の依頼の報酬で、ダルグダの分の余りと、カティナが中央教会から預かっていた分とが私の手元に入ったので、それを振り向けた形である。
今年分くらい炊き出しをしても、当面予想される物価高にも対応可能な額を準備したつもりだ。
「そう。危なくない?」
「危険がないといえば嘘になりますけど、こちらの孤児院には大変よくしてもらいましたからね? 少しは無理させてほしいと」
その問いは、私がファーステスであることを織り込み済みでの心配だった。
「リリさん、シェレネ姉と何を秘密にしているかわからないけれど……ファーステス様にありがとうっていっておいてください」
「ええ、伝えておきます、ロゼリア」
その含みの意味をまだきちんと話せてないロゼリアには、少し申し訳ないところだったけれど、いずれ大手を振って私がファーステスであると名乗れるようになりたいと、誓うばかりだった。
そうして、貧民街での炊き出しをしていたところ。
また細身が際立つような、ぼろぼろの衣装のどこか見たことのある少女がそこにいた。
「……ください」
「ええ。オーシア様の導きに感謝を」
ミカナだった。
きっと、ゆくあてのない浮浪者のそぶりをしているのは、究極の擬態なのかもしれない。
「今日も来たね、あのこ」
「炊き出しの時は常にいますね」
シェレネもさすがに顔を覚えていた。
今日が2度目くらいのはずのロゼリアはまだ、ぱっとしない表情ではあった。
ともあれ、ミカナの帰還を後で祝ってあげようと心に誓ったその時。
薪替わりに大量のヘルガドのスローガンが書かれた布がくべられるのも、毎回の行事になっていた。
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次回更新は8/15を予定しています。




