<43> 地に伏せて、闇に飛び込む
セラと作った見取り図を、その午後の時間、アジトにおいてミカナと私で確認していた。
日が暮れたころ、いつもならセラはお店に出仕するはずの頃なのだけれど、日中フルに動いている今は、長期休暇として受理してもらっている。
休まれたら困るらしいところ、代わりが必要なら私がと名乗り出たのが、血の約束のリーダーに仕える奴隷のひとりだった。キャロでもホヨルでもない、人族の奴隷である。しかしあの人、何人の奴隷女性を仕えさせているのだろう。傍目に見る限り、入れ替わりを含めると5人から6人は確認している。
後で事情を確認せずにいられない案件として心に留めた。
実際の決行自体は深夜になってからなので、ミカナには仮眠を取らせて、私は孤児院の職員として夜までの務めを果たした。
食事当番は1日に1回は回ってくるため、その晩なんとか私はそれをやり過ごした。
そうして暗くなって、みんなが寝静まったころ。
私は一面の暗闇の中にある外を伺っていたら、寝間着姿のシェレネに声を掛けられた。
「お出かけ?」
「ええ、大切な役目を果たしてきます」
「……リリ。気を付けてね。死んじゃダメだよ」
「わかりました。必ず戻ってきますわ」
「うん」
今少し、リリではない口調を混ぜたけれど、シェレネはそれを見逃して送り出してくれた。
ありがたくもあり、物悲しくもあるけれど、とても重要なことだから。
できるだけ気配を消し、認識阻害なども混ぜながら、孤児院を出た後アジトにひた走った。
アジトの自分の領域で認識阻害を覆いながら、暗殺のための衣装に着替えて、丸木弓とそれ用の矢を矢筒に収めて腰に下げる。
下着の直接上には、かのダルグダを斃したときにもつけていた、一角獣の皮の下地を身につけた。
その上から闇に紛れられるように深緑の装束を身にまとう。
「ファーステス、色合いがちょっと違う」
「夜の緑葉にも紛れられるものですわ」
ミカナの灰褐色っぽい黒い装束も、街の闇に紛れるにはけして不都合しない。
お互い重視する要素が違うが、夜に紛れたらむしろお互いを認識しあえると思う。
「それでセラは大丈夫なの?」
「アンドルが睡眠薬を渡しているそうですわ」
コーネリウスへ仕掛けるタイミングを助ける目的で眠るようにするか、それともセラを眠らせて、共犯の可能性を疑わせない擬装とするか。
『夜の方でもお気に入りになったんだ。でも裏の顔まで知られているわけじゃなかったから、そこは安心して』
セラがこの見取り図を作る過程でこっそり教えてくれた。
男というものはそんなに下半身でしか物事を考えられないのかと思った。
『それと、ファーステスは男の人が下半身でしか女性を理解しないとか思ってない?』
その時、至極当然とばかりにセラに見抜かれていて、自分の男性嫌悪のようなものなのか、あるいは色恋への免疫のなさのようなものを痛感させられる。
そんなことを、言われても、どうすることもできない。
『彼を責めないで。仕掛けたのは私なんだから……」
その点で、セラは男性というものへの理解があまりにも深く思えた。
おそらく、彼女が使用人として潜入する役目を追えたのは、まさにハニートラップを仕掛けるに最適だったから。
「ああっ、まだ時間はありますのに、セラの言葉が思い出されていろいろかき乱されますわ……」
男女間のことについてはどうしても、セラに手玉に取られてしまう。
気を付けないと、からかわれたりしかねない。
「ファーステス、セラが頑張ってるってこと?」
「そういうことですわ。睡眠薬の使いどころについては2点、申し伝えておりますの。ミカナは見取り図を参考に、なるべく手早くことを済ませてくださいまし」
「私は私でやることやればいいんだね」
「そういうことですわ」
すでに覆面まで付けていて、表情を探られずに済んでいる幸運に感謝しかない。
ミカナが私の様子を不思議がる様子はなかった。
おおよそ、夜が深まったのを確かめてから、仕掛けを始める。
コーネリウスの屋敷は、相応の財を積んで作ったと思われる、贅をつくしたような作りだった。
10年の議員生活は、そこまでお金を築けるものなのだろうか?
それを見出してから、近づく前に歩哨に悟られないよう建物の影を利用して身をひそめる。
門の前に二人立哨を確かめる。念のため、相手の生命感知等の感知魔法が動作しているかを魔法感知で探る。
おおよそセンサー範囲を確かめると、ほぼ相手の感知範囲内に飛び込んでいる状態だった。
ミカナはすでに気配を小さくして相手の感知フィルタを回避しているが、私は相手に見られていた。
「ファーステス?」
間近でなければ聞こえない程度のささやきでミカナが私を案じる。
「心配ありませんわ。ミカナが見つかっていなければ大丈夫。私が近づこうと試みない限り、相手の警戒心理は強まらないはずですわ」
距離を置こうか。
ただ、ミカナを支援するには、一定以上私も屋敷に近づかないといけない。
だがすでに感知済みでは、今から認識阻害を入れても、魔法知覚の監視網から隠れられない。
「でも」
「むしろそれが、私の役割ですの」
「役割……陽動?」
「ええ」
もっとも、私の役割はミカナをターゲットのところに送り込むこと。
とはいうものの、相手が感知しているということは、今私が生命感知を使えば、それをトリガーに相手側の警報を招きかねないかもしれない。
一度、距離を取るか。
「けれど、姿を見られたまま好きにさせるのは少々、快くありませんわね。ちょっと外しますわ」
「外す?」
「ここを離れます、ということですの」
「うん、わかった」
そうミカナに告げると、なるべく相手側に気づいていないふりをするように静かに、屋敷と距離を置くようにその場を離れた。
相手のセンサーは、やはり感知魔道具の標準である200mほどだった。
十分に距離を置いたことで、門番がとても小さく見えるのが、まるで目印のようだった。
そこで、自分が認識阻害を入れて、領域に踏み込んでいく。
ミカナが待っている場所にたどり着くまでに、何度か魔法感知を入れられる違和感があったけれど、魔道具の感知相手に認識阻害を破られてあげるつもりはない。
「ファーステス?」
「あなたは気づきますのね」
待っているミカナを見つけて、その肩に触れる前に彼女は気づいていた。
「風の動きや足音は隠してなかった。認識阻害の魔法を入れていてもわかる」
「ええ、消音の魔法は魔法感知で即座に気づかれますの」
「本当は意識の外に身を置くようにするものだと思うけれど、ファーステスへの意識を捨ててなかったから」
「さすがですわね」
「それを見失ったから負けたのが悔しい」
「私があの時は見失わせたんですもの」
つい、初めて彼女と出会ったときのことを思い出していた。
同時に、生命感知と魔法感知を動作させる。
認識阻害の内側にあって、相手の魔法知覚の外側であることを確認した上でのそれを、検知されることはなかった。
「認識阻害に気づくのが遅れて後ろを取られたのは辛い」
「その可能性を思う前に認識阻害されていたら、私でも無理ですわ。それで、生命感知と魔法感知を巡らせた結果を書いておきますわね」
もっとも、昔話へ感慨にふけってばかりもいられない。
見取り図の本体をミカナに預けるため、今かけた2種の検知を元に、屋敷の中で異常な反応、おおよそ立哨と歩哨がいると思しき場所を記号した。
「厳重……」
「警備については、この後に仕掛ける騒ぎで若干薄くなるはずなので、おおよそ感知警報を動作させないように気を付ければよいと思いますわ。ただ、魔法に頼らない罠や音鳴らしは見られないので、それは気を付けてくださいまし」
「うん」
その中で、ターゲットを仕留めるべきタイミングは、彼の寝室その場所。
「それで、大丈夫なの?」
「問題ありませんわ。ただ、生命感知だと少々生々しい光景が」
「生々しい?」
「ミカナには早いかもしれませんわね」
「私はもう大人。セラの裏の顔も知ってる」
「そう。ならそういうことをしていますわ」
「そうなんだ……」
明言するにはあまりに憚られた。
厳重な警備の中だからこそ、深夜にかけて事に及んでいるとはそういうことだと思うけれど。
「でも、むしろ寝ているときより無防備ってことだよね」
「そうですわね。では、参りますわ」
逆にそれが、私たちの決行の狼煙となった。
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次回更新は2026年8月13日を予定しております。




