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<42> はじめてのお仕事

 セラの使用人服姿は新鮮だった。

 私の知っている彼女の服装は、血の約束のアジトにいるときのラフな格好か、娼館で仕事をしているときの露出が過激なものだから。


「似合う?」

「ええとても。普段見るあなた以外のあなたを確かめられたようですわ」

「そっかぁ、ありがとう。ところで」

「ええ、すこしずつで良いですわ」


 屋敷の警備体制を伺うつもりで忍び込みながら、あるいはセラが外出できるスケジュールを確認しながら、少しずつ見取り図を作成していく。

 屋敷は三層構造らしい。それぞれ部屋の間取りを書き足して、そこに教えた部屋の役割を文字で書きとめていった。

 その間取りや構造を確かめると、主だった機能は一層目に集中しているらしいことがうかがえる。


「こうでいい?」

「ええ。十分ですわ」


 書き込む機会には認識阻害の結界を作って敷地の端に立ち、なるべく手短に、繰り返し、繰り返しで埋めていくようにする。

 付け加えて、パーツを組み立てるようにしながら、でもけして一気には埋めないように努める。それでも、4回程度で1層目だけでも完成することを目標とした。

 一気に埋めるにはセラの敷地感覚が追い付かないと思うし、逆に回数を刻むと怪しんで追跡する人間をつくる可能性を増やすことになる。

 空欄を埋めていくことを念頭にしながら、セラに敷地の見取り図を作っていってもらうことにした。



 セラがお勤めをがんばっている間に私は情報収集と、矢の準備に入る。

 情報収集のほうは、狙う相手のことに関しての下調べ。


「ターゲットはベイシス選出で、ベルサーネス領からは3人選ばれている議会議員の一人、コーネリウス・フルブラス。ルーツは土着民系で、領主のベルサーネス家と領民の連絡関係もある、平民の代表者としての役割を担っている。彼のバックグラウンドのベサリウス・フルブラスは商会長でコーネリウスの兄だな」


 簡単な背景を説明してくれたのは、血の約束のリーダーである。セラを送り出してしばらくした後、アジトに通う時間を得ている中なのだけど、今日も男性のような声が、中性的な見た目とかみ合っていない。


 血の約束の依頼は、生贄を作成したときにリーダーの元に作られた仕組みの箱という、見えない何かがその決意と覚悟を受け取る。それをリーダーが解読してから、何人か用いている奴隷のうち書記に強いものが進行状況をまとめ、優先順位をつけてメンバーに割り振るという仕組みになっている、と把握している。


 暗殺する対象と、暗殺を依頼する生贄の儀式は必ず結びつく。

 リーダーが伝えたのは、その暗殺の対象のことだった。


「議員の方は選出のたびに挨拶を伺っておりましたわ。コーネリウス様はすでに3期、議員となって10年目ですの。すでにお孫さんもいらっしゃるお年の頃の方だったはず」


 実際に血の約束に入ってすぐに直面する現実は、要人を対象とすることの現実と重なった。

 暗殺者である以上一定以上の地位の者をターゲットとするのは予想していたけれど、こうも早く、政治的に知った方を狙うことになるなんて。


「ベルサーネスの直系としては、特に議長と議員であったからか」

「そうですわね。連絡と連携はとても大事ですしなにより、ベイシス選出の議員は常に、土着系の方を選ぶのが伝統ですわ」

「質問。土着系というのは何?」

「ミカナ、いい質問ですわね」


 セラがお勤めなので、講習の席についているのはミカナ、キャロ、ホヨルの3人。ミカナ以外の二人については、私が押して読み書きを教えたいと願い出た結果である。


「ロヴァルド王国の建国者は、もともとこの土地の者ではありませんの。ただ土着の領主に不遇を受けていたので、団結の元に土着の領主を納得させ、ある土地の権利を得たのが始まりですわ。その始まりの地が今の王都のパーラスになるのですわ。もっとも、得た土地を発展させると土着の方の疎むところなのですけれど、そこは王家とわたくしのご先祖様は、うまく取り持っていったのですわ」


 そうして、あまり複雑にならないよう簡潔に、土着民と流民・移民の関係を語った。

 土着民はフラシア人といい、ロヴァルド王国を建てたのは流民の主体であるロヴリク人という。

 当初はいがみ合っていたり、いらぬ差別が生まれる火種になるところはあったけれど、何年もかけてわだかまりを解いていった。国こそロヴリク人が立てたものであるけれど、フラシアとロヴリクの成り立ちを強く意識しているわけではない限り、民族間のわだかまりはほぼ意識しなくていいまでに馴染みあっていた。


「土着系、流民系は、今でこそ心を通わせていますが、意識している人も多くいるので、無視することのできない要素ですの。ただコーネリウス様がそのような恨みを買うようなことはあったでしょうか」

「黒くないの?」

「ミカナ……政治家だから黒いと言うのは、あまり好ましいことではありませんわ」

「私がずっと貧しい生活してきたのは、政治家のせいだよね」

「それは」


 父の手が間に合っていないことを、わが身のように恥じ入るばかりだった。

 貧民街が日に日に大きくなっているように、孤児院の炊き出しごとに確認しているとどうしてもふがいなく思えてしまう。

 特にミカナはフラシア人ともロヴリク人とも思えない。舶来の民に近いルーツだと思うけれど、詳しくわからない。


「こいつの父親はうまくやっているほうじゃないか? なにせあの建国王の弟の直系なのだからな」

「リーダーさん、それは改めて言われても」

「ファーステス、へりくだるのもいいが、父親のやっていることはわかっているんじゃないか?」

「それは、まったく理解していないわけではないというか、むしろお話すると長くなってしまうので控えていたというほうが」


 リーダーに言われてふと思い返すと、父がベイシスと、ロヴァルドと、周辺国と、土着と流民と、あるいはロヴァルド内の貴族たちの和平にと、あらゆる尽力をされている知識が脳内に押し寄せた。

 ただ、一人ですべてができるわけではない。

 その中にあってコーネリウス様の立場を改めて振り返った。


「コーネリウス様は、土着と流民の和平と、父上と市民とを繋ぐ役割を担う大事な代表者なのです。その方を仕留めるということは、特にベイシスの土着の方の反発を強めることになると思いますわ」

「だが、我々は血の約束、暗殺を生業としている。受けた依頼は必達なのだ」

「そうですわね……」


 代議士一人を屠ることの政治的影響の強さは、うっすらと把握しているつもりだった。

 だからそれをきちんと整理して見えた、あまりにも大きすぎる波及効果に、手に吹く汗を握らずにいられなかった。



 依頼の生贄が、コーネリウスの使用人の一人が対象だったことは、治安部隊の詰所でオルヴァから聞いた。


「生贄を作ったやつはコーネリウスの秘書、というのが有力なんだ」

「なぜ捕まえませんの?」

「まず生贄を作ったときに使う刃物が見つかってない。生贄本体も見つかっていない」


 オルヴァがため息交じりで漏らすように伝えている。

 生贄本体が見つからないのに生贄が作られたとはこれいかに。


「生贄本体がないのに、どうしてコーネリウスの使用人が犠牲になったと推論しますの?」

「もう二週ほど行方不明で、いまだに消息がつかめていないからだそうだ」

「そう」


 つまりまだ捜査中で、あくまで目星をつけたという程度の情報である。

 でもコーネリウスを殺さなければならないという確定事項だけ、そこにあった。


「で、リリはコーネリウスのなんなのかな?」

「身内のようなものです」


 もっとも、治安部隊の詰所という空気であることから、私もオルヴァも、事件の情報をやり取りしているというそぶりで、周りの人員の疑いの視線を交わす口実を伝えてやり過ごした。



 対象者は把握した。依頼主は具体的に判明していないけれど、対象が政治的に重要な人物で生贄が見つかりにくいとなれば、依頼の動機はダルグダの時のような私怨でも、私を狙ってカティナが行ったような素人のそれでもない。

 この推移に一抹の不安を抱えながらも、私は与えられた役割をこなすために矢を選定していく。


 その、エミナ・ノ・ユミハリのための矢や、いわゆる誤魔化しの丸木弓を買うために行きつけている武具店では、もう顔なじみになっていた。


「リリさん、今日は丸木弓用の矢ですかい?」

「ええ、でもこちらには狩りや練習に向いた矢じりのものしかないのですね」

「ほう?」

「的を射抜けばいい素直なものと、獣の皮を裂いて大きな傷を与えられるように鋭い構造のもの。それぞれに適してはいますけれど、矢じりだけもう一工夫のあるものが欲しいです」

「一工夫とは?」

「つや消しの加工がまず欲しいですの」

「それは何か、目のいい相手でも狩るんですかい?」

「そんなところです」


 今回の作戦では、矢じりが光を反射することはそれほど意識しないつもりではいる。

 けれど、それが必要になった場合のための用心だった。

 エミナ・ノ・ユミハリ用には、そういった潜むための矢を準備できていたけれど、虎の子の一本はダルグダに使ってしまった。なので、どうしても補給が欲しい。


「すると、ここに矢を納めに来ている職人に直接聞いた方が早いだろうな」

「職人……その職人さんのお名前は」

「ああ、確かイラザ・ノ・ヤハギと」

「イラザ……!!」


 品質の良い矢をそろえていると思ったら、武具店の主から聞かされた名前は、まさかの名前だった。

 そう、エミナ・ノ・ユミハリに似た、その矢職人の名前は、エミナ・ノ・ユミハリの銘の作者と無関係ではない。


「なんだい、知っているのか?」

「はい!」


 弓と矢は互いに必要不可分の存在である。

 銘のある弓にとって、最適な矢を作れる職人の存在はある意味、夫婦(めおと)と言っていい。

 作られた矢を試射するために使う弓が、必然で最適な弓になるもの。

 手になじむ矢を作ってくれていた繋がりのため、私はその武具店の主に紹介状をしたためてもらった。



 そうして、期待をもって出会う日を心待ちにしたものの、機会を得る前に。


「できましたわね」

「うん、それで……その、たぶん今日の夜あたりが良いかと」

 

 見取り図の完成と、決行の日が同時に決まってしまい、イラザと出会うのは延期となった。

読んでいただきありがとうございます。

よろしければブックマーク、☆、エモーション、感想などいただけるとありがたいです。


次の掲載予定は8/11となります。

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