<41> 毒と薬は紙一重
それは、孤児院を許される時間の、お昼下がりのころ。
そろそろ寒空が顔を覗かせて来ている、厳しい凍てつきの予感を感じさせる時期だった。
私は血の約束のアジトの、完全な温暖を作られた場所で、今いる人員の再確認をと望んでかなっていた。
なぜそのようなことをしているかといえば、私が血の約束の戦力を確認したかったから。
それにより、できるかぎり集まれる人員が集っていた。
セラ、ミカナ、オルヴァは知った顔であるけれど、何人か知らない顔を見かけていた。
バレルさんは勤務時間的に外せないようなので、彼とその手の者は不在だった。全員、港湾で積み荷管理と運搬の仕事をしていて、特別に招集をかけないかぎり日中は付きっ切りだとか。
あとの人は、自営業であるとか、時間に余裕があるとか、非番であるとか、勤務時間外であるとかで集えた形といえる。
「アンドルだ。こっちでは薬剤の扱いやなんかをやらせてもらってる。表では薬師で人を癒す助けをしているが……一般的に毒とされるものを扱っているな」
「毒」
アンドルの自己紹介に毒と聞いて身構えてしまった。狐なのか猫なのかわからない仮面をつけ、白衣をまとっていた。声からすると中年くらいの男のようだが。
「まあ、捕まりそうになってかみ砕く毒や、刃に塗ってかすっただけで致命的になる毒なんかは俺が遣わせてる。頼りたいときはいつでも言ってくれ」
毒というものを扱うから、物騒さはきっと危機管理の裏返しであると信じたい。
できれば頼りたくはない、けれど暗殺の組織として、薬剤の専門家がいることは多くの意味で心強い。
「そう、ファーステスには、ミカナの短刀の返却と、かわいい毒蛇たちの生き餌を確保してくれていることに感謝しかないね」
「えぇ、短刀はともかく、生き餌?」
「雑貨屋に定期的に生きたネズミを供給してくれる、孤児院の職員がいると聞いたが?」
「それでですの……」
しかも、変な縁でつながってしまっているらしいことを聞いてしまった以上、余計に他人ごとにできなくなった。
「俺はトライス。主に攻撃の魔法を得意としているが、王都の魔法大学を卒業済みだ。おおよそ魔法の知識なら任せてくれるだろうか」
「ええ、頼りにしていますわ」
続いて魔法使いのローブと杖で、いかにもな姿の青年だった。やや細く、銀白な髪を長く伸ばした様子は、醜くはないけれど、健康さの薄さがとても気になる。
でも、魔法に関して言えば私より、知識が深いはず。
「その、確認なんだが、敬語を略して、あなたを呼びすてでいいのかと」
「かまいませんわ。今の私は、平民ですらありませんもの」
「はぁ、恐縮だがそうさせてもらうよ」
魔法大学を卒業したということもそうであるしなにより、それだけの作法と知見を持っているということである。
頼らずにいられないわけがない。
「それで、トライスは隠密や感知はどの程度できますの?」
「隠密? なぜ隠密を」
「あの、どうして隠密魔法無しで血の約束におりますの?」
「いや、『見た奴全員倒せば隠れたのと同じ』じゃないのか?」
「……っ、無関係な人を巻き込むのは良くないと思いますの」
「別に、俺は困ったことないんだが? ちなみによく使う攻撃魔法は雷光」
「嘘ですわよね……?」
前言撤回。
悪い方の意味での、暗殺魔法使いだった。
目撃者全滅で、というのはあまりにも力押しすぎる。
確かに雷光の魔法は、相手に到達するのは一瞬であるし閃光は目くらましになるから仕留めた後の退避時間を稼ぐことはできる。でも、雲もないところで突然落雷に迫る大音響が鳴ったら、死の偽装もへったくれもなくなってしまう。
特に血の約束については、殺しを行う前の生贄が必ず発生するから、殺害手段が治安部隊に割れるのは良くない。
きっと今の私は、スマートさに欠けるトライスのやり方へげんなりした感じを隠せていないだろう。
「まあ、トライスはもう治安部隊に名前が知られてるんで、捕まるのは時間の問題だろうけどな?」
「ふん、おまえら言うほど鼻が利かないじゃないか。だからこうして、まだ俺はここにいる」
治安部隊スパイなオルヴァの挑発に対して、トライスはなんら動じた様子はない。
私を前にしてもそんななので、彼は今後もスタイルを変えない気がする。
「そりゃ、俺はあくまでパイプ役だが、血の約束の偽装工作を支援してるんだ。トライスはだいたい、誤魔化しきれない場合があって苦労しているんだが?」
「その割には、まだ捕まえてないようだが?」
「捕まってないことについて、俺に少しは感謝してもいいと思うんだが?」
質問に質問を返して質問で喧嘩を売るのはどうなのだろう?
たぶん、仲は悪くない。ただ、どちらも折れたくないのを放っておくと止まらないだけだ。
「わかりましたわ。トライスはきちんと結果を出していて、その点は素晴らしいと思いますの。オルヴァは苦労をかけてしまってますけど、私が代わりに感謝申し上げますわ」
私は二人に今必要な言葉を選んで、それで取り持てればとなだめに入った。
「なんか引っかかる言い方だが、まあわかってくれたならいい」
「別に俺は求められていることをやっているだけだから」
そのおかげで、いったん出した矛をお互いに引っ込めてくれたようだった。
できることを発表したら、それが本当かどうかを実演する。
特に私は、ダルグダを屠ったという実績の弓術を、生で見たいという要望があったのでそれを叶える形となっていた。
少し開けた場所に参加できている人に来てもらって、様子を伺っている。
いったん、20~30m離れた場所で数枚的を持ったセラに待機してもらっていた。
私の左手にあるのはエミナ・ノ・ユミハリ。右手には練習用の矢を、セラが持っている的の枚数分にもう一本持っている。
「いくよー」
「いつでも大丈夫ですわ」
この距離なら、大きく引き切らなくても仰角無しで十分飛ばせられるだろう。
私は、大きく息をついて弓を携える左肩をはめ込むように、矢を番えた。
「ほい、ほい、ほい、ほい」
「っ!!」
的は4枚。セラが無理のない程度の速さで、回転を加えながら連続で投げ上げてもらった的を射抜く。
その的が意中の場所付近に浮くごとに、弦を短く引いて撃ち、都度右手の矢を持ち替えて番えて撃つ。
その4枚の的への速射の後に、さらに奥の100m近く先に遠く離れた的を射抜くために、しっかり引き切って、速射のリズムを崩さない狙いの早さで撃った。
最後の遠当てが入ったところで、演技の結果を確かめるように、それぞれの的を検分してもらうと。
「えぇ、すごい、全部ほぼ真ん中に当たってる……」
「遠くの的も完全に中心円付近に当たってるよ」
セラが足元にある的を1枚1枚、ミカナが奥の的の近くまで行って確認して、その結果に驚き、はしゃいでいる様子だった。
ただ私としては、おおよそいつも通りの射撃をしたつもりだったけれど。
「ベルサーネスの公爵令嬢が弓の名手って言うのは本当のようだな」
「もう公爵令嬢ではありませんのよアンドル。あと、私くらいの弓術は、ベルサーネスの領兵の精鋭ならみんなできますわ」
「それは随分な謙遜じゃないか?」
「ちなみに、毒矢は使いませんわ」
「それは残念」
感心から何かを勧められそうだったので、先読みでお断りを入れておいた。
ただ、いつも通りをいつも通りに行えるようになった。
それは、奴隷に落とされて数週、鍛錬できなかった時間をきちんと取り戻せた実感として、そこにあった。
ミカナと、リーダーの隷属者である猫および狐の獣人の切り結びは、視覚の外にあった。
セラが準備してくれた飲み物は、熱くなっていたところにちょうどいい冷たさだった。
「ありがとうセラ。でもあの3人、別に三つ巴でなくても良かったのに」
「時短のつもりだと思うよ。あとあくまで演武じゃないかな」
猫の獣人がキャロ、狐の獣人がホヨルという名前らしいことは聞いた。
金属が切り結ばれて、火花が散るところだけが見えているけれど、姿や存在は巧妙に隠れている。
ミカナもキャロもホヨルも、時折見る以外の認識すら感じさせないところから攻撃を仕掛けている様子だった。にもかかわらず、決して刃を防ぐことを見誤らない。
「そうですわね。セラは何度か見ておりますの?」
「うん、でも私には全然わからない」
「そう。あの戦いは、隠れることと感知することを丁寧に研ぎ澄ませているからできる動きですわ」
「わかるの?」
「ええ。ですが……わかるのと、合わせられるのとでは、別の世界のお話ですわ。私があの中に入ったら、毒の刃でなます切りにされる自信があります」
「それは自信なのか?」
「あえて口に出して突っ込む必要ありますのオルヴァ」
「いいや」
たぶんこの挑発行動はオルヴァの気質だと思う。
「ミカナのあの戦闘術とか暗殺術は、貧民街の流入民の誰かに鍛えられたって聞いた。なおミカナの師匠にあたる人は病気で亡くなったらしい」
「初耳ですわね」
「まだ話してなかったからな? あと情報筋は治安部隊の帳簿からだ。ミカナは血の約束に入る前は、主に盗み関係で随分と余罪あったんでな」
「そうなのですわね。でもできれば、ミカナの口から直接聞きたかったお話ですわ」
「まあ込み入ったことはそれでいいんじゃないか」
剣戟の金属音がキンキンキンと心地よく奏でられていた。
オルヴァのデリカシーについては、男性特有のあれだと思うのであえて何も言わないことにして。
3人の演武は、互いに正眼をついて寸止めされるように突きつけられて終わった。
ここまでで、誰がどの程度の戦闘技術を持っているかを把握することができた。
つまり、魅せられるほどの技量があるのは私の弓術と、ミカナ、キャロ、ホヨルの近接術である。
セラやアンドルは非戦闘員であるし、オルヴァは治安部隊の潜入能力と一定の戦闘の心得はあっても本物ではない。バレルさんがどの程度戦えるかはわからないけれど、腕力などはとても高そう。トライスの魔法をここで行うのはいろいろ延焼が大きそうなので保留としたが、魔力が本物なのは感じ取れていた。
つまりここから必要なのは、『全員が少しでも何らかの戦いのたしなみを身につけること。特に距離の離れた相手に対して』
その方針を思い描きながら、その場はお開きになった。
この、歓迎会に似たような、互いの紹介の日からすぐに、セラの元にターゲットの家の使用人応募の合格通知が届いていた。
彼女は、いわゆるメイド服のようなものをお披露目して見せたのち、いよいよ彼女の貢献を初めて、目の当たりにすることになる。
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なお諸事情により続きは明日の同時刻ころに投稿します。




