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<4> 誇り高きを良しとされぬ

 感傷に浸る時を見て様子を伺っていた監視者が、頃合いと言わんばかりに私の着替えを急がせた。

 庶民服への着付けを手伝ってくれるものはない。すべてを自分の手でやらなければならない事実を思い知らされながら、投げてよこされていた庶民の服に袖を通した。

 着替え終わって、体に何の隠し事もないことを確かめられた後に、外で待つ兵2人に両脇を固められて連れ出された。先ほどと同じ女性兵である。


「今度は何も言い返さないのですね」

「観念されましたか」

「そうですわね……」


 割と乱暴に、引っ張り加減に私を連行するふたりの言葉が腹立たしいが、我慢した。

 彼らへの質問と、着替えの際の監視者の行った行動から私は着の身着のまま以外を許されないことを知る。

 私の私財の一切は家の持ち物である。髪を結い留める飾りも没収され、ただ長く垂らすに任せる以外を許されなかった。首や指や腕などの見栄えを飾るアクセサリの一切も没収された。

 つまり、追放された後に私は何の資産の裏付けもないままなのだ。

 一般市民ですら家と職と、思い出の品などのささやかな資産があるというのに。


「それは庶民は庶民でも、貧民や浮浪者になれと」

「それは我々の知るところではありません」

「命令を遂行するのみですので」


 もっともそれを訴えても、冷徹に突き放された。ライナルド殿下の裁定がそうである以上、彼女らに曲げさせたら不正を働かせることになるから、それ以上強く言えなかった。

 完全に連行されて王宮を出たところの門に、さも行き届いた準備とばかりに置かれた馬車は、幌すらつけられていない。周囲にその姿が筒抜けの、囚人や奴隷を搬送するためのようなみすぼらしいものだった。


「乗れ」

「そんな、これはいったい」

「今のあなた自身の状況にお似合いですね?」

「天下の建国王の弟の直系の姫君も、形無しでしょう」


 庶民落としの刑となった話を受けての、なんの敬意もない、落ちぶれた貴族令嬢を嘲る言葉。王宮の建物の中では連行した兵も任務忠実である風だったのに。おそらくはその罵りも指示されたことかもしれないと、自分を言い聞かせないと、ふたりの豹変の理由に納得できなかった。

 罪人の枷こそ嵌められていないものの、私は彼らに見苦しい姿を晒すまいと、せめて誇り高く罰に服そうと、後ろ側から馬車に乗りこんで、腰かけるためだけに左右に設けられた長椅子を模した領域に座った。

 私の乗車を確認した兵たちが、御者に馬車を出させることを命じた。

 車輪が回って車体が揺れ出すそれは、いつも乗っていたもののそれとは段違いに乗り心地が悪かった。


 馬車は王都をまっすぐ横切るように月夜の明かりの中を走った。

 その過程で、大広場にある建国王とその弟の像を目の当たりにした。この国の興りを記念してこの国の人々の手で築かれた、私の先祖と王家の先祖の像。建国王は剣を携え、私の先祖である彼の弟は弓を携え、並び立って向かい合っていた。

 建国王は国民に正面から向き合って手を差し伸べ、善政を敷いて末代までの繁栄を約束する。

 ならばその弟が為したのは、建国王を阻むものを除き、害するものを除き、その善政を具体的にするために必要な献策を形にすること。

 私と、殿下は、少なくとも国の興りのころから約束された関係であったはず。

 それは私のおごりなどではないはず。

 私と殿下の間の後、さらに長きに渡ってこの国の繁栄をさせるために重要なことのはず。

 なのになぜこのようなことに。

 私は顔向けできない恥で、ご先祖様の像から視線を背けてうつむき、馬車の行くままに任せるしかできなかった。


 王都の外、街並みの全容を確かめられるくらいの丘からもさらに離れ、生い茂る木々の中を走る街道の途中で、急に馬車が停止した。

 夜の更ける度合いも相応であるが、人の気配もまともにない、下手をすると魔物の姿も確かめられるかもしれないような距離の中である。


「降りなされ」

「えっ……ここで?」

「俺があんたさんを送れるのはここまでですぜ」

「そんな、このような人里離れた場所になど」

「悪いが命令なんでね」

「命令……せめて、このような場所ではなく、もっと」

「無理いいなさんな、こちとら夜中に遠出させられたんだ。まともな明かりのない中をこれ以上街を離れて走りたくありませんな」

「っっ!」


 御者の人個人の事情と、彼を雇ったものの命令とやらがそうしているのか。

 もし心得のないものが通りかかったなどすれば、私には彼を守るすべが一切ない。

 弓といわずとも、刃物の一本でも持っていれば、いかようにもできたものを……いいえ、そのようなものを持つ許可は馬車を乗っ取られる危惧と私が罪人であることから落ちないだろう。

 そう、ここで御者を脅してでも無理やり先を急ぐとか引き返すなどもできたかもしれないけれど、それはおそらく「私への刑罰の執行を見苦しくあがいて拒絶し反逆を企図した」ことにつながる。

 つまり私の刑罰のひとつは、ここで私が降りて、彼が無事に戻った地点で完遂されるということだ。


「わかり、ましたわ……」

「物分かりよくて助かりますわ。そこはさすが、あの公爵家のお姫様ってか」


 彼をついなじりたくなったが、罪のないものを不用意に責める行為が、半ば為政者のような地位に今まであった私に許されたものではない。

 大切にすべき国民をないがしろに政治は回らないのだから。

 私は、しおらしく努めて、馬車を降りた。

 私が降りたのを振り返って確認した彼は、そのまま馬車を走らせて先のどこかで切り返す場所を見つけて馬車を回した。私が見送るのを確かめるように視線を送って、また王都側へ戻っていった。


 月夜も木々に遮られて道がわかりにくくなっていた。

 無理を言って彼を危険にさらすようなことをせずに済んだ、と言えば、それで良かったと考えていいのか。

 私は周囲の様子を伺って、森に分け入ってしばらく歩いた。明かりなどない、何が出てもおかしくない場所をひたすら歩く。在りし日に覚えた暗視・認識阻害・消臭・消音の魔法が役立った。4つの魔法を同時に維持することにおいて、消費魔力はけして少なくない。だが、雨露をしのげそうな場所を探す間、肉食の獣や血に飢えた魔物に痕跡をたどられないようにするため、なるべく早く籠れる場所を探すため頑張って維持した。

 十数分、魔力切れが起きそうなほど目の前がふらつくようになる中、手探りのような暗闇を縫って歩くと、木の根が盛り上がって人一人が入れそうな領域を確認した。

 もし雨が降り始めてもせめて、眠っている間くらいは雨にぬれずに済めばいい。

 私は次第に白む空を見ながら、その中に身を押し込めて、うとうとと夜を明かした。


 完全に眠っていた。

 朝日が完全に空にある中目を覚ました。

 着ている衣装が厚くも薄くもないが、季節が穏やかなころであるのに救われた。

 まず水と、食べられる野草か木の実があれば良いのだが、と、不意に父上や部下たちと過ごした屋外での演習を思い出していた。思えば、何のためにそんな山林の生存術を学ばされたのかと、当時はとても疑問に思ったもの。だが、国には女性の軍人も相当数所属している中で必然に習う必要のあるものだった。ましてや私は、建国王の弟の直系である。その子女は男女の隔てなく文武を習い、特に弓を修めることを家訓として幼いころから鍛えていたのだ。故に、戦いに赴く可能性からもそれらの修練は必然であった。

 かくして耳をそばだてて、聴覚強化の魔法を練習気味に使ってみると、水の流れがありそうな音を確認した。ただ指向性を与えられない聴覚強化は風の音とか、獣の通る足音とか、雑音がひどすぎる。私はそこまでの精度を与えられないので、あまり普段使いしたくない。

 その水の音をたどって、森の中を縫っていったとき。

 不意に強化した聴覚に入る、複数の人の足音のようなものがあった。

 しかも、感知や隠密の魔法を使う意識が向く前に、その足音がすでに間近に迫っていたのは失敗だった。聴覚強化の雑音のひどさに悩まされたのが災いしていたからと、言い訳したい。


「おおっと、これはこれは」

「お嬢さんどうなさったのかな?」


 彼らが手に持つのは、厚く布を巻いた叩き棒のような鈍器。その身に胸や肩や腕や足あたりを部分的に守り覆うような鎧を纏った男どもが、7人か8人か。

 彼らの持つそれは致命打を与えずに相手を無力化してとらえるための武器。昏睡棒などと呼ばれる、できるだけ相手を傷つけずに昏倒させるために特化された武器だ。

 しかも相応な武装を備えた彼らがどんな存在であるかは、ひとつしか心当たりがない。幼心のころに父上に連れられて、王都にある奴隷商のあたりを通った際に見たことがあったから。

 この国において、グレーゾーンどころかブラックなやり口で国民を陥れる、奴隷作りの人狩り集団だ。

 ただ彼らが、人気の薄い、恐らく近くに手ごろな村もなさそうなこの場所にあって、あえてこの森の中に張っていることの理由が不自然でしかない。


「どういうこと? なぜ奴隷作りが」

「おおっと、偶然このあたりを張ってただけだぜ」


 いいや、偶然などではない。

 この付近に降ろされたのは命令と言っていた。

 なぜと私は聞いたが、理由は明白だ。


 彼らは雇われている。

 私をこのあたりに降ろすことを知った人間が、さらに私を追い込むために差し向けた刺客だ。あえて網を張った状態で明るくなってから、私を追い込み漁のように包囲していたのだ。

 本当に悪趣味である。人知れず殺すなら、一思いにそうすればよかったものを。


「だいたいお嬢さん、動きが素人じゃなさすぎだろ」

「どう見たって村娘や町娘のそれじゃねえ」

「つまり「当たり」ってことだ」


 結果、あちらから種明かししてくれた。

 周囲を確かめたところ、すでに逃げ道を封じるように取り囲んでいた。

 私は囲む彼らのそれを伺って、もっとも個人技の弱そうなところが誰かを探って、そちらに飛び掛かって打ち伏せてでも逃げようと思った。幸い眠って魔力は回復しており、聴覚強化の消耗もそれほどではない。まず迷彩で姿を曖昧にして、認識阻害を混ぜて使えば彼らを撒いて逃げられるはずだった。

 目論見を形に変えようと行動を起こそうとした瞬間、頭が猛烈に揺さぶられるような衝撃を受けた。私が動くよりも早くに誰かが私の背後から、後頭部めがけて強く揺さぶるような水平打撃を振りぬいていたらしい。

 一撃で意識を落とすことにだけ特化した、彼らの打撃技術を、その身に思い知らされた。

 打撃によって起きた猛烈な頭痛は意識を失う過程で薄れる。


「そん、な……っ」


 いるのはわかっていたのに、仕掛けてくるタイミングがつかめなかった。

 気持ちの悪い笑みを浮かべて、倒れ伏す私を眺める彼らのそれが、あまりにも胸糞悪く感じた。

読んでいただきありがとうございます。

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