<39> 案じずにはいられない縁
とても、とても気になった。
セラの仕事がどのような役割となるのか。
「でもリリは、シェレネを待たせたら大変だよね?」
「それは、そうなのですが……」
人となりは理解できても、こと暗殺となると。
彼女がそれを実行できるだけの技量を持つのかは気になったけれど、普段の仕事が仕事なのを考えると、不思議ではない、はず。
「セラがやるとなると、やっぱり体を許した隙に」
「そんな簡単じゃないのは、ファーステスならわかるよね?」
確かに簡単にはいかないと思う。
簡単ではないけれど、何がどう簡単ではないかを想定しても、その具体性を欠いて想定された。
お互いが何も着ていないから、自身の体以外の武器を持たない状態で、そこからどう相手を仕留めるために動けるのか。
「当然だけど、あらかじめ持ち込むものは一切ないんだから」
「そうですね……それで普通の男性と女性で膂力を考えると」
「もちろん私は魔法が使えない。なので、私一人では無理」
持ち込めないということは、刃物も毒もないということである。身体強化などで締め上げるとか、攻撃魔法でねじ伏せるといった選択もできない。
「つまりどなたか、一緒に」
「はい、休憩時間終わりだよリリ」
「あ、シェレネ……」
道の真ん中でセラがどうかかわるかを考えていたら、シェレネがすぐそばにいた。
おおかた、心配になって迎えに来たのだろうか、と思ったけれど、彼女が紙袋の包みを抱えているので、買い出しの帰りであることはすぐにわかった。
「お久しぶりシェリー」
「ちょっ、セラふ……セラっ」
「ふふ、お店困ってたよ?」
「それは言わない約束じゃないの?」
聞かれてはいけない言葉は発していないはずだ。それを再確認しているそばで、源氏名からかいしているふたりを目の当たりにしている。
「それはそうなんだけどね?」
「ああでも、さすがに復帰も考えないといけないのかなと、思ったりもしてて」
「えっ」
ふたりのやり取りを微笑ましく見守るそばで、あまりにも不穏なことをシェレネは告げていた。
「そんな、まだ今年分の予算を支える支援はきちんとあったはずですよ?」
「リリ、最近穀物の値段が急上昇しているんだよ」
「穀物?」
「今年、ちょっと夏が寒かったから」
ふと、思い当たるふしがあった。
真夏にしては、随分過ごしやすかった。特に、ダルグダを射抜くに際して、暑くないのが好都合だとすら思ったあの潜伏は、特に実感した。長く伏せて待った時間、悩ますはずの暑熱がほとんどきつくなかった。
「そういえば、今ぐらいになると逆に新麦や新米が出回って安くなるのに、逆に高くなってたね」
一人暮らしだと思うセラも、シェレネの発言に同調するように振り返っていた。
「それって、今年不作傾向だから?」
「そうなるの、かな?」
「穀物店の人がそんな風に言ってたのを聞いたよ」
シェレネはぱっとしなくてなんとなく首をかしげ加減だった。でもセラは、聞き及んだ噂を形にして、伝えてくれていた。
不作かもしれない。その噂の不安をよそに、買い占めが起きる前に価格を吊り上げているのだ。
「それより、もう用事が済んだなら、リリ連れて帰っていい?」
「うん、いいよ」
「セラ!?」
「今日楽しかったよ。またね」
各種の不穏を放置するように、私はシェレネに引っ張られるように孤児院に連れていかれる。
セラはその様子を見守りながら、手を振って送り出していた。
「はい、それではごきげ……さようなら」
「セラもいろいろがんばって~!」
シェレネが応じるように振り返って声を上げると、すぐ私を離すまいと袖をつかんでひっぱっていた。
孤児院に戻ったシェレネが、買った紙の袋を台所に置く。
小さい子供たちの様子を見れば、ロゼリアが面倒見で、ロゼリアも含めてみんな夢の中にあった。
「ロゼリア……いろいろ助かりますね」
「カティナさんが亡くなったので、自分ががんばらなきゃって意識が強く出ているみたいなんだ」
「できれば、きちんと中央の方に認めてもらうまでは、もっと多くのことを学んでいってもらいたかったのですが」
「そういうなら、リリがもっと孤児院でがんばってくれるとなぁって思うんだけど?」
「そうですね……」
このベイシス南地区の孤児院には、悲しい思い出が多くあるけれど、それ以上に大切な恩を多くいただいている。
カティナ亡く、シェレネの負担が大きくなっている現状、血の約束へ傾ける活動の時間を作るには、孤児院の人手を薄くする可能性を無視できなかった。
「ね、リリ」
「はい」
「再確認なんだけど、リリはファーステス様?」
「そうですね、それは間違いありません」
「それで最近、とても忙しそうにしているの?」
「今忙しいのは、ファーステスとは別の事情ですよ」
カティナが暴いた件で、シェレネにも私の真の姿は確定している。
そのことに踏み込まず、また普段通りに接してくれているのはとてもありがたかった。
「じゃあ遠くに行っちゃったり……死んじゃったりしない?」
「そうですね」
一瞬だけ、次の言葉を考える。
孤児院のことを任せて抜け出していた心配は、掃っておかないと。
「私は、死なないですよ」
「本当に?」
「遠くには、もしかしたら行くかもしれませんけど」
「ダメ」
想定される過程を言葉にしたら、シェレネがまた私の袖をつかんでいた。
「リリまで、リリまでいなくなったら、私どうしたらいいの」
「シェレネ……」
「どこにも行かないで欲しい。私のわかるところにいて欲しいの」
シェレネの目が潤んでいた。
思い巡らせて、彼女をじっと見つめていた。
いなくならない保証ができなくて、悩んだ。
それでは、血の約束の活動はもちろん、オーシアを斃す目標にも影響する。
「うん、できるだけ努力します」
「努力だけじゃだめ」
「だとすると」
「どこにも……どこにも行ってほしくない、リリには、ずっとここに」
「シェレネ、それではリリさんが困ってしまいますよ」
「院長先生?」
気持ち的にシェレネの感情が痛いほどわかるから、どうしても彼女のわがままを聞かずには抜け出せないと思っていた。
その様子に、院長先生が助け舟を出してくれた。
「そんな、それじゃあリリが」
「ね、シェレネ。リリさんには、縁あってたくさん、助けてもらいましたよね」
「うん、そうだけど」
カティナがいたころは、院長先生は本当に縁の下の力持ちだった。強く干渉せず、若い私たちに任せてくれていた。
拗れた時にも、原則私たちに任せていた様子ではあった。
きっとシェレネは、どうしたらいいのかを院長先生に相談していたかもしれない。
本来なら、私も頼るべきタイミングがあったと思うから、それができなかったのは心残りだった。
「リリさんがここに入る前に、コレットに言った言葉があるんですけど」
『怪我をした鳥は、治ったら自然に返してあげないといけないの』
「院長先生、それは今は」
「立派な翼を取り戻したリリさんを、いつまでも引き留めておくことはできないと思いますよ?」
つい遮ろうとした私を退けて、院長先生はシェレネに説いていた。
でもあくまでその言葉は、あの時の、追われる身の私のせいで、ここに迷惑をかけたくなかったからだ。
それが、今はシェレネに『いなくなるほうが迷惑である』と言ってもらえている。
冥利に尽きることだけれど、シェレネが、その引用を聞いて、納得できるかどうか。
「っ……ぐすっ」
「シェレネ、少しずつ、羽ばたく練習を見守ってあげませんか?」
「っ、やぁぁ、別れるの、嫌だよ、リリまでいなくなるの、寂しくて、たまらないよ」
院長先生の言葉に感極まったシェレネが泣き出したので、私と院長先生で、そっと頭を抱いて、落ち着くまで頭と背中を撫でてやった。
「私も、院長先生とシェレネとお別れするのは辛いですよ……子供たちとも、ブティとも。もう長いお付き合いですもの。でも私は、どうしてもやらないといけないことがあるんです」
「どうしても?」
「ええ。なので、できればそれを見守っていてくださいませんか?」
「リリ……うぅっ、ぐすっ」
ぐずるように泣きじゃくるシェレネに、自分が今どれほどここの生活が惜しいかを、どう伝えればいいか悩んだから、ただ抱く腕を添えてやることしかできなかった。
彼女の不安のないように、できるだけ自分がどうするかを伝えて、いつ帰るかをきちんと伝えて、もし戻れなさそうだったら何としてでもそのことも伝える。
伝書の手段を考えながら私は、まず出来上がったこの安寧の地の収め方に想いを馳せた。
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