<38> たびたび取り残される話
クオラボロ。
また面倒で、今となっては懐かしい名前を聞いた。
父上とはだいぶ反目していた。良く言えば古き良き、悪く言えば頑固で考えの変わらない貴族だった。
婚約の破談をきっかけとし、私は父上の宮廷における求心力を奪った身。その競いに水を挿したようになったことを振り返って、申し訳なさしかない。
「開戦の機運が高まっている中にありますが、あくまで領土のない法衣貴族を中心とした、ある意味燻った貴族たちの間の話です。領地のある貴族の多くは及び腰で、お館様の影響力がある以上、すぐに戦いとはいかないはずです」
「そうなのですね……ベルサーネス公爵様が、パワーバランスを保っているのは今でも変わらず……」
「最近はファーステス様も見つかりましたので」
「っ! げほげほっ」
「お館様もより精力的に動かれておりますね。城には、ベルサーネス派の有力な貴族が良く訪ねて来られています……リリさん?」
「ごめんなさい、いけないほうに入ってっ」
キュリオルが誤って私を示したのだと思って、取り乱してしまっていた。
彼がきちんと話を合わせてくれているのに、つい話題に出してきて。
これは私への軽い意趣返しだろうか。
「有力どころというと、コーディス子爵様や、ジオブラダ侯爵様も?」
「そうですね、ファーステス様が庶民とされた後に、真っ先に訪れましたね」
コーディス子爵は父上の弟、つまり私の叔父上にあたる。
ジオブラダ侯爵は父上の従兄にあたる。
コーディス子爵のモーファス叔父上も、ジオブラダ侯爵のフレドロス閣下も、幼い頃から定期的に会う機会のあるとてもなじみのある方だった。
ただ、王太子の立太子祝賀の場に、二人とも招待されていなかった記憶がある。
ライナルド殿下とスコラの件で頭の中の大部分が埋まっていた当時の私は、その重大さに気づかなかった。
「……あの婚約者変更は、政変に等しい事件でしたものね」
「ええ。ベルサーネス派の力をそぐための試金石と言えるもののはずです」
「ファーステス様があそこで愚かな真似をしなかったら」
「さすがにそれは。お館様はファーステス様を責めたりした様子はなく、いずれはどこかで拗れていた話だからと、おっしゃって責めたりなどは」
「それは公爵様が自分に言い聞かせているように感じます、きっと馬鹿な娘をと、本心では叱らずにいられなかったはずです」
話を合わせてもらっているからこそ、私が神妙でいることを理解してのキュリオルも、真剣な面持ちで事態を振り返っていた。
ただ、ベルサーネス公爵家とベルサーネス派に起きた出来事の話題で盛り上がってしまっている私達は、今の空気を読んでいない。
「リリ?」
「隊長?」
事情を全く飲み込めていない、お互いの連れへの配慮を、私達は見失って話を進めてしまっていた。
そう気付いたときにはお料理が聞きくたびれてしまっているかのように冷めかけていた。
「あ、ああ、悪い、食おう食おう」
「そうですねー、お、おほほほ」
多くを取り残したような、政情に関する打ち合わせを誤魔化すように、私は手つかずになりつつあった海鮮を開けていくために手を勧めた。
でも、私が宮廷を去って、中央がどのような政情となっているか、そういった情報のつてが全くなかったところでこれは、とても大切な話だった。
孤児院に訪ねてきていたあの中央の偉い人は、オーシア教会のことも含めていろいろ聞けるとは思うけれど、彼は引き換えにシェレネを犠牲にしなければならない気がするので貸しは作りたくなかった。
なので、ほぼ無償で情報源となるキュリオルの助けは、私にとって非常にありがたい条件のもとにあった。
ただ、視線を送ったり、ご家族のことを聞いても彼は私から視線を泳がすばかりだった。
「あれはファーステスに惚れた弱みがあると思う」
「えぇ?」
食事を終えた会計のあとの、帰り道の会話である。
すでにキュリオルやカルバレオとはお別れをしていて、セラと二人きりである。
その中で、セラはあまりにも意表を突く恋ネタを振ってきた。
というか、往来であまり私をファーステスと呼んでほしくないのだけど。
「キュリオル様、ファーステスをとても意識しているようだったけど? というか、急に難しい話をし始めて。私達は蚊帳の外?」
「なんでそうなるのです。在りし日は、領主の娘と仕えている者という以上は何もありませんでしたわ」
「そうなの? あれは、そんな主従では片付かないような、とても深い何かを感じたけど」
「心当たりかどうかはわかりませんが、たぶんそれは、ベルサーネスの領兵が伝統的に受ける試練の突破を共にしたかどうかだと思いますわ」
「……それだね」
「えぇ? そんなに重要ですの?」
「ちなみにそれはどんな試練なの?」
私はそれほど大きな話だと気づかなかった。
確かに試練の内容は、ひと言で表すにはあまりにも過酷で、かつそれをくぐり抜けることはベルサーネスの軍歴のステータスとして強く確立されるものだから。
「およそ半年の間、1カ月に2回ずつ、教官や助教官によって指定された目的を達成する訓練を行うものですわ。わたくしは15の、戦いに赴ける年になった時に受けましたの」
「えぇ!? そんな年からもう軍人だったの?」
「ベルサーネスの子女の宿命なのですわ」
「宿命っていっても、15歳からって過酷すぎる」
「でも、わたくしはどうということはありませんでしたわ」
あの時の私は、とにかくライナルド殿下への想いだけが勢いとなっていたと思う。
なので、他に目もくれず自分を鍛えるということに全力を注げた原動力だった。
「貴族のお嬢様って、お作法やダンスレッスンやなんかするんじゃないの? ほら、頭の上に水の入ったツボを乗せて、手放しでこぼさず歩くとか」
「それはそれで、片手間でやっていましたわ」
「ふええ……」
そう、過酷の傍らで淑女としてのたしなみも忘れずにフォローしていた。
「その訓練になんですけど、キュリオル閣下は私が受けたのと同じ年に参加していましたわ」
「へぇぇ……つまり、キュリオル様はファーステスにその時いろいろあって、きっとそれで運命を感じたり」
「なんでそうなりますの」
「それ以外、考えられないんだけどな……」
だめだ、セラは完全に、恋する想いを楽しむ方向で話を進めてしまっている。
「確かに彼は訓練の間いろいろあって、その時はとても大変そうでしたけれど、きちんと訓練を終了しているからこそ、軍歴も昇進しているのですわ」
「ふうん。それだけかな?」
「セラ、解釈を正してくださいまし。わたくしあの頃は殿下以外目もくれていなくて、今日再会するまで名前を思い出せませんでしたの」
「そっか……キュリオル様かわいそう」
「そういうのを、無しにしてほしいんですの」
セラは完全に私とキュリオルの関係を楽しんでみている様子だった。
そのことを無理に修正することも難しそうだったので、半ばあきらめ加減に彼女の弄ばれるままになってしまっていた。
そうして、帰り道がある程度深まったところでわかれ道付近まで歩ききったところ。私は孤児院の持ち場に戻りたかったのだけれど。
「そういえば、私次の依頼の担当になったの」
セラが別れ際に切り出していた。
「次の担当?」
「うん」
「……セラ、そのお話できればお昼をいただく前に聞きたかったのだけど」
血の約束のアジトに彼女がいたということは、つまり彼女も所属しているということだろうけれど。
担当したということはどういうことなのだろう?
どういう手管でそれをこなすのだろう?
「実は、食事しながら打ち合わせたかったなと思ったんだけど、キュリオル様と出会ったファーステスがあまりにも微笑ましくて」
「……もう何も言いませんわ」
「そうだね、それはともかくにしておくよ」
今はあまりキュリオルのことで茶化してほしくはない。
「どういった依頼ですの?」
「このベイシスから出ている代議士で、貿易商さんの一族の人」
「代議士……」
私の件があるまでの間、父上が以前議長を務めていた議会に、議員として参加している人ということだと思う。
でもその人のところに、セラが入るというのは。
「私、その代議士のところの使用人の欠員に応募するつもりでいる」
「それって」
「私は見取り図を取る担当」
そのやり取りは具体性を欠いていた。
ただ、これ以上深い内容をこの場所で打ち合わせるのは危険すぎた。
またシェレネに怒られそうな気はするけれど、どうしても、詳細を聞かずに帰ったら、もやもやが止まらなさそうだった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
いよいよ血の約束における暗殺劇が始まるかもしれませんね?
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次回更新は8/4の21:00を予定しています。




