<35> 同じ日同じ時を生きる
暑気が薄れるころのはずの時期なのに、すこし冷え込む朝に、私とシェレネは墓地にいた。
私がコレットに、シェレネがカティナに、墓標の手向けのお花を添えていた。
カティナは、幼い頃に母が父にひどい扱いをされていたことから、彼女自身が母に虐待されていた。
そんな環境から何とか避難したくて、オーシアの教会に逃げ込んだのが、カティナの神学ごとの始まりだった。
彼女は親から切り離されることに成功し、半ば孤児のような立場でそこに落ち着いた。しばらくは生まれ故郷の教会で過ごしていたが、より神学を学びたい、恩あるオーシアに尽くしたいと、王都パーラスにある中央教会に移ったとか。
「カティナさんがそういう身の上であることを、あの中央の偉い人は話してくれた」
「そう、なのですね」
そう、中央のあの偉い人の名前は最後まで聞きそびれたけれど、彼の帰り際に、私のことは見ていない、知らないと答えなさいと脅しておいた。
死の危機に瀕して怯え上がっていた小物だ。十分かどうかは油断できないけれど、楔は打った。
「どうにも、できなかったのかな、私たち」
「思った以上に、人はうまくやれないものだと思います。うまくやれていれば、コレットとカティナも、私とカティナも、仲良くなれていたはずですから……」
「そうだよね」
カティナが、鬱屈した感情を抱いていたのは、おおよそわかったけれど。
もっと寄り添えていればという後悔は、どうしても残る。ただ、あの中央の偉いバカが関わらなければ、"私が"彼女を強く追い詰めることなどなかったのだ、と。
そう思わなければ、心が折れそうだった。
シェレネには、カティナが私を殺そうとしていたことは、まだ話せなかった。
ネズミ殺しが混じったのは事故の認識のままになっていた。
ただ、コレットが血の約束を呼ぶ生贄となった結果、カティナの死につながったという推論を呼んだが、カティナの死の現場がその理屈を無理にしていた。
カティナが死んだあの時にいた連中は、食い詰めきって首が回らずにベイシスに来たけれど、結局ここでもうまくいかず、多くを儚んでいたらしい。そのものが、カティナの体を散々弄んだ。特に、カティナの亡骸を引き取って、一度きれいに拭ったときに、その体に彼らが行った所業が内股の形跡にあったのを見て愕然とした。
カティナを一思いに殺したのではなかったのか。
血の約束はやはり、死の形跡の誤魔化しが下手過ぎる。けれど、治安部隊も徹底して突き詰めるようなことはなかった。
結局証拠不十分なまま、疑いが強いという理由だけで、そのならず者3人がカティナを殺した犯人として公開絞首されていたのは、記憶にまだ残っていた。
私とシェレネだけ、被害者の身内という立場として、その場で顛末を見届けた。シェレネは彼らの死に、一定の度合いで溜飲が下がった様子ではあったけれど、でも公開処刑として人が死ぬ様を見せられるのは、けしていいものではなかったようでもあった。
これにより、コレットを生贄にして始まる騒動はいったん決着がついた。
手向けた花が、季節の変わり目の風に煽られているようだった。
外気に静かに寒空が迫る時期の中、私は地下世界広がる血の約束のアジトにいた。
地下故に気温自体は比較的温暖に保たれていて、きっと本格的に寒くなってもそれに悩まされないと思う。
「その様子だと、決意が固まったと見ていいようだな?」
当初は深い関わりを持つこと自体が、私にとって到底プラスであるとは思えなかった。
でも今は、彼らが必要不可欠だった。
「ええ。血の約束への加入、承りますわ」
「助かる」
「ちなみにヘルガドへの入信はいたしませんわ」
「それはヘルガド様がだいぶ残念がるだろうな」
「神に従う、ということの感情が、私にはどうしても出来上がりませんもの」
「構わんさ。かのお方はともかく、俺としては非常にありがたい」
相変わらず尊大な態度を見せるための、玉座のような背もたれの高い椅子に座ってるリーダーだったが、その頬はだいぶ緩んでいる様子だった。
「それで、このアジトでわたくしが仕事のために必要なものを保管する領域はありますの?」
「ああ、案内させる」
そう、リーダーが告げると、やはり彼の側の空間がなんとなく歪んで、前のことは別の肉食獣人が姿を現す。前が猫のような感じで今回は狐か。
「お呼びですかマスター」
「彼女の領域へ案内しろ」
「かしこまりました」
すると、その狐の獣人がリーダーの横から姿を消した。
咄嗟に魔力感知すると、どこをどう移動しているのかわからない速度でまっすぐこちらに近づいた。
「ファーステス様、どうぞこちらへ」
気がつけばやや右側後ろの横側から出現したかのように動きが緩慢になり、前に周り込んで姿を見せた。
魔力感知にかかるのはやはり、迷彩とも言えない姿隠しと、空間移動に似たことを魔法で実現しているからだろうか。
彼女の案内を受ける道すがら、私はそれを聞いてみた。
「先ほどの、姿を眩ませて近づく方法はどうやりましたの?」
「秘伝なので教えられません」
「そう」
「ただ、知りたいと聞いたのはファーステス様が初めてです」
方法を聞けば、ごく当たり前のような反応だった。
にべもなく突っぱねられて、私は教えを乞うこともできず、アジトで自分に与えられた領域にほどなく案内された。
簡易のクローゼット、エンドテーブル、鍵がかかる収納箱、それにベッド。
とても地下世界にいるとは思えない、丁寧に平面を磨かれた石造りの一角に、そこはあった。
カーテンのようなもので、もしベッドで眠る際に外部の影響を遮断できる構造にはなっていたけれど、プライベートが完全に確保されているわけではない。おおよそ、共同部屋のように複数のベッドが置かれ、似たような収納設備が置かれていた。
「どうぞ」
「案内感謝いたしますわ」
「いえ」
口数少なく、狐耳っぽい獣人の使いはまた姿を消す。
周囲から姿を隠して移動を試みることができるのは、私では迷彩をうまく活用するくらいしか思い浮かばない。ただあくまで見えにくくする程度で、彼女らのように完全に姿を消すには至らない。
教えてくれないということであれば、それを無理強いすることはできない。
私は自分のベッドの位置を見失わないために、周囲を見て方角ごとの目印となる記号を確かめた。
血の約束のアジトを改めて訪ねたということはすなわち、私の来訪を待ちわびるもうひとり、いえもうひと柱がいるわけで。
改めてアジトのリーダーの前を訪ねようとする前に、またあの奇妙な落下感と共に、その存在の前に舞い降りて軟着陸していた。
「ひとまずの決着をつけたのか?」
「ええ。カティナを、葬りましたわ。その上で、オーシアに挑む道筋を掴みましたの」
「そうか。私がいうのは何だが、それは果てしない苦難だぞ」
「あなたに関わった以上覚悟はできておりますわ」
苦難と挑戦の神ヘルガド。その中性的な面持ちは不思議と何かに溶け込む力を感じさせられる。
ただ、オーシアなどと比べてはるかに、安心する。
「それでも私の信徒にはならないのだな」
「ならない、というよりも、なれない、というべきですわね」
「それは残念だ」
このお誘い、訪ねるたびにされたりしないだろうか?
「そうだな、たいした力を与えられるわけではないが、このアジトは私の領域にほど近い。オーシアが夢に出ることはないと言っていい」
「夢に。そのことまで存じておりましたの?」
「まあ神なのでな」
オーシアのようなきつい運命改変ができるということではなさそうだが、ヘルガドもヘルガドで、私しか知らない心の中を覗き見ることができるらしい。
「すけべですわね」
「いかがわしいことを見てはいないんだが? おおよそ、その時に求められる情報に基づく範囲でしか見ることができないのだ。何でもかんでもというわけにはいかない、漠然としたものだ」
「そう」
万能読心、というわけではないという弁明は、聞き入れておくことにする。
「そういうわけで、折を見て眠りに来るといい」
「そうですわね。ご厚意をありがたく受け取りますわ」
ヘルガドとの邂逅はそこで時間切れを迎え、私はまた体が宙に浮き始める。
ほんの二言三言程度しか会話していないが、きっとヘルガドが、神の理のような溜めのできていないところ、わがままを押したからだと思う。
ほとんど時間が取れないなら、まめにお話をする機会を作ろう。
私は、浮いた体が一気に打ち上げられるように、ヘルガドと引き離された。
その日アジトの明かりが日中から夕陽を見るくらいまで、私は戻された途端にベッドの上で眠りについていたらしい。
ヘルガドの粋な計らい、とでもしておこうかと思ったけれど、血の約束のアジトに立ち寄るとどうしても時間を多く使ってしまう。
「帰るの?」
「ええ。戻りますわ」
「シェリーによろしく言っておいて」
「わかりました伝えておきますの」
落ち着いた衣装でアジトを出ようとしているセラの背を追って出るような感じで、私は孤児院に足早に戻ろうとしていた。
そんな風に声を掛け合ったセラは、日が暮れてきているこれからお勤めの時間なのか。
私は、セラと別の道に分かれて、孤児院に戻るのだけど。
「リリ? 今日も遅いよ?」
「すみません」
案の定またシェレネに睨まれたのは言うまでもない。
特に、コレットとカティナの兼ね合い、治安の不安があるから、彼女の心配も妥当なのだ。
ただ、今後孤児院へかけられる時間が減るのは必定だった。
案じてくれる人が案じてくれる限り、その心が失われないための配慮を、私は心がけられるよう決意した。
今回で第二章及び、前半戦として予定していたプロットが終了しました。
後半でより激動のストーリーを提供し、あの糞駄女神オーシアに鉄槌を下す日を迎えられるよう、丁寧に更新を重ねていこうと思います。
次回の更新は7/30を予定しています。




