<34> その日初めて女神を出し抜いた
カティナの亡骸に対する子供たちの反応はけして芳しいものとは言えなかった。
コレットの時に比べたら、身近さが足りなかったのだろうか。
彼女なりに、子供たちとの関係には苦慮していたようだけれど、おおよそ教会側のお勤めが主体だった彼女には、たとえ死に至ってもどこか遠くの人の出来事のようだった。
カティナを埋葬する日、前にコレットを運んだ人力車は、今日はカティナの棺を運んでいた。
葬列の一番前に、中央教会から派遣されたあの男が歩いていた。
コレットの時の喪服の準備が、ほとんど間を置かずに生きたのは、どこか皮肉のようだった。
コレットの時の棺は、職員フルメンバーで運んだ。カティナの時は、子供の中で年長のロゼリアとプレスマーが手伝ってくれて、納棺することになった。
「みんな、カティナ先生のことを送ってあげましょう」
「うん……」
「カティナ先生ありがと」
「ご飯おいしかった」
そう、カティナが料理当番の日と、私が料理当番の日は明確に子供たちの反応が違った気がする。
最後の日は二人での当番だったので、きっと複雑な心境だったのだと思う。
「助司祭、カティナ・ウェルサックの御霊が、オーシア様の御許にたどり着き、より良き安らぎを得られますことを……」
それらしい祈りの言葉を、中央教会から来た、この間もここに来たことのあるお偉方な男が告げる。
そう、カティナが『シェレネの体を見ていた』と言っていたその男は、中年のだらしない腹回りが目立つものの、相応に威厳と向き合ってきたらしいしたたかな雰囲気を感じる。
間違いがないなら、この男が、カティナを捨て駒に、私を殺すことをたきつけたのだと思う。
「カティナさんには、ここベイシスの南教会において尊き使命を果たしてもらいたく送り出したのですが、このような結果となってしまい、残念の限りです」
どの口が言うか、と言わんばかりの、葬送の挨拶をその男が告げたのが、葬儀の締めくくりを示すもののようだった。
私を殺すための手引きの過程で、カティナが二度と戻ることのできないように逃げ道を封じた。それどころか、前には『異端者への罰』を準備していただろうこと。
ただこれは、きっとこの男の個人だけの意思ではない……私の存在を認めて、死を与えようと試みるのは、教会の総意ではないと思うけれど、ある一派がそう仕向けたと考えるべき。
「ありがとうございました」
もっとも、想定される最短の時間で、彼が訪問して悼む心で送ってくれたことには、感謝する。
ただ、教会の来賓室にて、彼の世話を担当するにあたって、シェレネを指名されたのはとても看過できるものではないのだが。
時を置かない葬儀が続いたことは、強い緊張と疲労をもたらしているらしい。子供たちは軒並み、葬儀から帰った後はおねむだった。
シェレネも気持ちの整理がままならないのに、ご指名されたのではどうにも引き下がれない。下手を打てないのは、中央教会への上納を盾にされることを危惧しての上だ。子供たちを寝かしつける面倒を見た私は、シェレネの失意を踏みにじることはもちろん、カティナを切り捨てたことへの報いを受けさせるための策を弄する。
確か彼は、私がファーステスであることを知っている。
ただ私が庶民落ちしたまでを知っているのか、それとも奴隷落ちして、イヴェルに買われて、脱走したところまで知っているのか。
これについては、イヴェルが私にたどり着いていない地点で、私の奴隷落ちの顛末までは詳しく把握していないと考えていい。
ならば、詰め寄って弱みを握られる可能性は少ないだろう。
私は、焚かれている薄明りが隙間から漏れている、客室の寝室のある扉の前に来た。
鍵はかけていると思うけれど、職員として緊急対策できるようマスターキーを預かっている。
もし今から始められようなどとしているなら、いい妨害になるだろう。
そう、生前のカティナの危惧が生きていることが、とても物寂しかった。
「なっ!?」
「リリ……!?」
ノックなどいらない。
そうやって警告をして現場を抑えられないほうがいろいろと不都合だ。
いざ踏み込んでみれば、あのスケベオヤジはシェレネの下着姿に覆いかぶさっていた。
「案の定ですわね……」
「なんのつもりだ、軽々しく入ってこないでもらおうか」
「なんのつもりか? カティナの人生踏みにじっておいてよく言えたものですわね」
やむにやまれぬ思いをシェレネにはもうさせない。
「そう、あなた……わたくしの顔を知っておりますわよね?」
「何を言って……」
その中央の偉い人の振り返る前で、私は灯りの魔法で部屋を照らして見せる。
火の光源の何倍も明るく照らす私の顔は、左頬に手を当ててそれを隠した状態で、彼に素顔を見せていた。
「っっ!?」
「おおかた、中央への上納を不当に釣り上げられたくなかったらといって、こうしてシェレネに夜の世話までさせようとしていたのでしょう?」
「な、何のことかね?」
「しらを切る前にシェレネから離れたらどうですの?」
部屋を一時的に照らした灯りは、維持をやめるとすぐに消失したので、私は薄明りの向こうで視認できない期待の中で、口元を覆うヴェールを巻きなおした。
中央の偉い人は、誤魔化し誤魔化しするように、シェレネから離れていたが、見るに堪えないだらしない肉塊のごとき体を見せられるのは癪だった。
「そう、よほど教会は、わたくしが邪魔のようですわね? あのときはさしずめ、ライナルド殿下が私に極刑を申し渡すことを望まれていたのでしょうが」
「私には皆目見当のつかない話なんだが」
「そう、知らぬ存ぜぬなのですわね? では、シェレネを遠ざけたことで不当に上納を釣り上げるようなことがあれば……あなたは暗殺されますわ」
「馬鹿を言うな、私が何をしたと」
「今は何もしていませんわよね? だからこれから、しなければいいだけのことですわ。そう、あなたがカティナをけしかけて、頼らせた組織。暗殺者集団ですわよね?」
「おまえ、どこまで知って」
その後もう一息言葉にしそうになって、シェレネと目があった。
そう、カティナが何をしたのかは、まだシェレネにはきちんと話していない。
落ち着いた時に、知っておいてほしい部分だけ伝えるつもりでいたから、これ以上深くは言えなかった。
「シェレネいらっしゃい、もう彼に何もする必要はありません」
「あ、うん……」
シェレネは近くに脱ぎ散らしていた聖職者服を手にして体を覆うように当て、ベッドから降りて私のところに駆け寄った。
「では、おやすみなさい」
私は彼女に迷彩の魔法をかけて姿を覆い、私自身も同様に迷彩化して、ドアの開閉だけ彼に見せて姿をくらました。
彼に声が聞こえなくなるくらいのところまで来て、聖職者服を着付け直したシェレネが私に飛びついてくる。
「リリありがとおぉぉぉ……うぅぅっ」
「よしよし、もうあんなのの夜の相手はしなくてよいですからね」
彼女を連れて戻る真っ暗な道は、暗視を頼みにすぐそばまで持ってきていたランプまで手を届かせて、改めて照らしていくことができるようになった。
シェレネが落ち着くまでそっと、背中を優しくさするようにしてやりながら、部屋まで送りとどけた。
一応作戦は成功だと思う。
あの中央のスケベオヤジは夜の楽しみにしたかったシェレネにセクハラを押し通せず、その報復も自身の命を天秤にされて身動きを取れなくされた。それで十分。
カティナの分までは現時点ではできていないけれど、あれは彼個人の権限を越えた、オーシア教会の意思だ。末端をつぶしたところで、彼女は一切報われない。だから今はこのままでいい。
整理がついたところで私は、思い描くを夢に任せるように、何日ぶりかのような深い眠りの中にあった。
そんな眠りにつけば、当然のように夢枕に立ってきそうな、あの糞駄女神がいるわけなのだけれど。
でももう、あの時のように身動きも取れず好きなようにはさせない。
「なによ、ファーステスの癖に生意気だわ」
「誉め言葉として受け取っておきますわ、オーシア」
ヘルガドの前に降り立ったおかげだと思う。よりオーシアの前でも、体の不自由を失わずに相対することができていた。
手にエミナ・ノ・ユミハリを携えているのは、『それが私』を示す記号のようなものだからだと思う。
「何よそれ。あのコレットも、カティナも、あなたのせいで死んだんじゃない? あなたが関わらなかったら、ふたりとも死なずに済んだわよ?」
「言うに事欠いて、関わらなかったらの仮定ですの?」
「仮定ではないわ。これは必然。つまり……あのふたりを殺したのは、あなたも同然」
「そうですわね。コレットはともかく、カティナを殺したのはわたくしですわ」
今まで、私は神を前にして、畏怖に似た感情を抱いていた。だから特にオーシアを前にしたとき、許さない、殺す、死ね、と怨嗟しか念じていなかったのはきっと、怖いことを隠したかったから。
でも、なぜか今は、そういった恨み節を抱くような言葉がなかった。
それどころか、もっと清々しいくらいに真っすぐに、目的をはっきり、心の中に具現していたから。
「でももう、思い悩むことなどありませんの。そう、必要性を失いましたわ」
「何言ってんの。ばっかじゃない? この私にそんな啖呵切って無事ですむと」
「もうあなたに、それだけの権限の許諾がありますの?」
「あ、あるに決まってるじゃない、私はこう見えて、秩序の中でも最上位の女神、あなたの出会った信者ひとりかふたりの邪神なんかと一緒にしてもらわないでくれる?」
はったりがわかりやすすぎて滑稽だった。
ただ、ヘルガドと違って真に力を持つ女神のはずなので、たぶんそうなのだと思う。あの神よりは、融通が利くと思われるところは気を付けないといけない。
それに、私がヘルガドと出会ったことを把握しているあたりは、腐っても神なのだと思い知らされるところだけれど。
でも、ヘルガドは。
たとえ一人の信仰でも、その人がいさえすれば生きられると言った。
ただ、人にすら殺されるほど脆弱、とも言っていた。
つまり、その言葉から想定される、神というものの存在できる根拠は。
そう、私が、オーシアを真に畏れなくなったのは、それに気づいたから。
「そうですわね。そんなひとりふたりでも、ヘルガドは生きておりますわ」
「何それ、その邪神と友達にでもなったつもり?」
「ええ。友人ですわ。あなたみたいな尊大な糞駄女神とは大違いの、謙虚な方でしたわ」
「ちょっ、ふざけないで、何よその肥溜めみたいな」
「そう、わたくし、もう畏れませんの」
「どういう、意味」
呼び方にこだわりながら、喚き散らすその声が、今は心地いい位だった。
「あなたを殺すための戦略構想が、完全に出来上がりましたので」
「はぁ……?」
だからその日、私は。
初めて糞駄女神に妨害されることのない夢から、覚めることができた。
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