<33> そしてひとつの終わり
炊き出しの場所で私とカティナが戻るのを待つシェレネを見つける。いったん、通報してくれた方にお礼を告げて彼らの解散を見送った。
「あとはカティナさんだけだね」
そう、何も事実を知らないシェレネの事を騙すようなことになりそうなのは、私としては心苦しかった。
けれど、おおよその確信をもって知った彼女の在り方を思えば、せめてもの慰みと言えるだろうか。
当然、カティナが戻らないまま無駄に時間だけが過ぎる。
もう日は昼過ぎの傾きを得ていた。炊煙の心地よい香りが貧民街固有の、えづきそうな良くない臭いを漂わせるようになる中にあっても、彼女が戻らなかった。
「何か、変だよ。カティナさん戻らない」
「はい……」
「何かあったのかな、カティナさん」
「そうですわね、これだけ時間を置いて戻らないのは、気になります」
おおよそどこに行ったのかまでの道はわかる。何より、死者感知を少し伸ばせばすぐわかる位置に彼女はいるはずだから。
「ね、手分けしてでも探そう?」
「そうしましょう」
シェレネが不安を隠しきれないくらいには、時間を過ぎていたらしい。
そうして決意して2人腰を上げた時、貧民街には似つかわしく無さそうな、物々しい雰囲気の治安部隊の方2名ほどが私たちのところに駆けつける。
ひとりは見覚えがある。あの日孤児院で私の部屋のあたりを確認していた黒髪の青年。彼がたぶん、血の約束のリーダーが言っていたオルヴァかもしれない。
「南のオーシア教会の方ですか」
「はい、そうですが」
声を上げたのは、そのオルヴァとおぼしき方。
私が先に応じて声を上げた。
「こちらの教会の方と思われる人について、お話があります」
「はい」
「もしかして、カティナさん……?」
平静な私に対して、シェレネの反応が大げさに見える。
「その方かどうかは、お二人に見ていただく必要があると思います。ただ……」
「ただ?」
「見る前に心の準備は、しておいてください」
オルヴァとおぼしき人の隣の、組んで行動している栗毛の男性が、私たちに不穏な事情を説明した。
顛末をおおよそ知っている私は、そのことで取り乱すわけはないのだけれど。
「心の準備……それって」
「シェレネ」
「リリ!? どうして落ち着いていられるの? カティナさんに何かあったかもしれないのに」
「私も気が気でないですけど、変に取り乱したら、シェレネを落ち着かせる人間がいなくなってしまいます」
「そんな、それは」
取り繕い、という言葉が合うと思う。でも、シェレネにはきっと、衝撃的で、辛い光景を見せることになるから、私は彼女の、吐露するいろいろな感情の受け皿になるつもりでいたのは確かだった。
シェレネと私は、治安部隊のおふたりの案内の通りに、貧民街の中を進む。
なんとなく、人の流れのようなものが、私たちの進行方向に向かってできている。きっと、その出来事が起きている現場の野次馬のようなものだと思う。
念のため、死者感知を試みれば、間違いなくその反応がある方向に私たちは歩いていた。
推測が間違いないなら、その感知にかかっているのは。
「っっ!?」
「カティナ……」
その感知の発信源となる現場にたどり着いて。
覆い布の、顔側を開けた時に見たのは、首があらぬ方向に曲がって息絶えたカティナだった。
息を飲んだシェレネの驚きの横で、私はそれを確かめたことを告げるように、名前を呼んだ。
「オーシア南教会の、カティナ・ウェルサックさんで、間違いありませんか?」
「……っ、はい」
「間違いありません……」
治安部隊の、栗毛の男性側の問いに、心をしっかりもっている側の私が、正しいと返答した。
「カティナさん……どうして、なんで、コレットに続いてあなたまで……っ」
「血の約束の話、身内に不審な死があるって。首の骨折れたのってきっとあいつらが」
「そんな推論いらない、カティナさん、嫌だよ、なんで」
シェレネには、あまりにもきつすぎる現実を突きつけてしまった。
けれど、一緒に仕事をして、手分けをしてわずか数時間の間に、まだ温もりが冷え切っていないかもしれない骸と対面するのは、私も考えたくない。
ただカティナは。
こうなる以外になかった。
それだけのことを、しているから。
みたび、私たちは治安部隊の詰所で事情聴取された。
みたび、核心に迫る前に長々と、聞かれたくない話をいくつも問われた。
必要なのかと抗議すれば、「規則なので」と突っぱねられるだけ。
外を見れば、もう夕方から夜になろうとしていた。
院長先生だけでなく、年が上のロゼリアやプレスマーが頑張ってくれているから大丈夫とは信じたいけれど。孤児院が心配だった。
カティナの死因は、頚椎骨折によるもの。
それは、おおよそ私が知る話だった。
ただ、治安部隊が巡回をしていた時に偶然その場面に差し掛かったときは、貧民街で食い詰めて前にも後ろにもいけなくなったような流れ者の男が3人いただけという。
私の知る、あの剛腕のバレルの手の物とも違う誰からしい話だった。
「じゃあ、カティナさんは血の約束じゃなくてそいつらに」
「その可能性は大きいですね。現在そいつらは捕まえて締め上げてます」
聴取している係のものは、先ほど巡回していた治安部隊の人とは違う。
その係の人の方が私たちにはよりなじみのある人に見える。
「ですが妙なことなんですが……カティナさんは一切その容疑者と争ったような跡がないんですよ」
「争った跡がない?」
シェレネの目はもう、涙ぐんで赤く腫れていた。
実感が実感として沸いてきたのだと思う。
それでもという感じで、彼女は問い返していた。
「ええ。それとなく争った形跡でカティナさんの体に何らかの外傷があるはずなんですが、彼女の外傷は首の骨だけなんですね」
「それじゃあ……」
「やっぱり血の約束が」
「お二人のいらっしゃる孤児院で、こう立て続けにある不幸はとても心苦しいかぎりなのですが……詳しいことは捜査を進めます。どうか、気を強く持ってください」
私たちの言葉に対しても、治安部隊の方は適切な言葉を返すことはなく、やはりカティナの亡骸も戻らずに、私たちは孤児院に返された。
「そう……」
「カティナ先生、そんな目に。先生たち、貧民街の人のためにって尽くしてるのに」
カティナの死は、すぐに全員に知らせず、院長とロゼリアにだけ伝えた。
孤児院はどうしても賑やかすぎていけないので、もう礼拝者もいない教会の礼拝堂で伝えた。
「カティナさんと、最近ちゃんとお話できてなかったから、こんなことなら早く和解できたらよかったって」
「そう、ですね……」
シェレネがカティナとのわだかまりを解決しきれていなかったのが、尾を引いていた。
カティナがここを嫌がった話を、きちんと解決できていたら少しは違ったかもしれない。
でも私も、シェレネも、結局自分のことでいっぱいいっぱいだった。
「カティナさんの件は、中央教会に連絡しないといけないわね」
「ええ……」
「そう、だね」
コレットのことを思えば、カティナは処断されなければならない。
けれど私は、カティナのことを、恨むに恨み切れなかったらしい。
真にコレットを彼女が殺したのは確かであり、その報いを受けるべきは当然であるのに。
どこか煮え切らないのはきっと。
「私、聖職者じゃないですけれど、中央教会の人がもし来るようなら、応じていいですか?」
「それは大丈夫だと思うよ。もうリリは無関係じゃないもの」
「ええ、ぜひ出席して」
シェレネと院長に背中を押してもらえた。主張した権利が得られることに感謝した。
その晩、コレットの時のように、カティナの身の戻らない通夜を過ごした。
こういう時に、糞駄女神が絡んできそうな気はするのだけれど、今日に限っては彼女も鳴りを潜めていたようである。
そうして、調書の整理が終わったからか、カティナの亡骸が返ってくると。
彼女を送るための目的を果たすかのように、中央教会からの偉い人が訪問してきた。




