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<31> 巡り合わせがかみ合わなかった

 私は別れて行動する中で、周りに聞かれない程度の声で『とても貧民街の人とは思えない人』に聞く。


「百面相のヘルガドの方に呼ばれたの?」

「!? そういうあなたはファーステスさん?」

「ええ。それと今は孤児院のリリですわ。そう扱ってください」

「わかりました」


 彼はどの役割で仕えているのだろう?

 私は血の約束という単語を使わずに、暗に彼の手の物かを確認した。


「文字が読めない、のはきっと本当なのでしょうね」

「俺たちは読み書きできるので、あいつがうまくやってくれたんだと思います」


 機転を利かせてくれた彼の名前は下手に聞かないようにする。

 いちおう、見つけたヘルガドのスローガンを掲げた布を剥がす。

 あくまで仕掛けを片づける程度であり、オーシアの人間のような敵対心はない。


「手際がいいのね」

「行き場のない我々を助けてもらった恩があるので」

「そう」


 深くは問うつもりはないけれど、あのリーダーの作った人脈としてある、なんらかの亡命者なんだと思う。

 そう、おおよそ、この期間ベイシスを見て回って気づいたのは、『流れ者』の多さだった。貧民街についても、開くごとに見たことのない方の顔がどんどん増えているように思えたから。

 父上が誤った領地経営をしているとは思えない。むしろ逆で、正しく経営しているからこそ、他の国や街であぶれたものが、雌伏のために隠れていたり、逆転を狙って息をひそめているのだ。あの血の約束のリーダーも、ヘルガドの信仰を隠れて保つために、このベイシスを利用しているのだから。


「あなたの言うカティナ、という助司祭は、我々の隊長のところに誘導するようにしています。3枚剥がしたら、あなたとカティナが合流するようにします」

「助かりますわ」


 おおよそ、私がどう仕掛けるかといった案について、彼らはきちんと把握して、統率された行動をしている様子だった。

 私の案はあらかじめ、血の約束のリーダーに伝えていた。

 それは。


 孤児院が炊き出しをする日に貧民街を訪れるので、そこでカティナを屠る。

 貧民街にヘルガドのスローガンを20枚ほど貼っておく。

 手分けで剥がさせることでシェレネを引き離しておく間に、私とカティナの間だけで決着させる。

 おおよその手筈はそのように提案すると、ヘルガドはそれにふさわしい人員を寄越すという。


 曰く。

 私がその方々の案内で、指定の3枚を剥がしたタイミングで向かったその先に。

 血の約束のリーダーが遣わしたとされる者の、おおよそ今ベイシスにある彼らの全貌の3分の2程度と思しき人数がそこにあった。


「っぐ……!?」

「隊長、連れてきましたぜ」

「おう、ご苦労」

「な、に……リリ?」

「カティナ……」


 おおよそ、争うこともまともに叶わなかったであろうことが伺える。そんな丸太のような腕に顎から首あたりを極められて半ば足元が浮き加減になっているカティナがいた。

 そうして首と顎を極めている男は確か。


「剛腕さん、ですわね」

「ああ。おいお前ら、残り剥がしたら炊き出しのところに集めておけ」

「了解!」


 そう、彼らの隊長、とされる男性は。男性としても一回りは高い背に、筋骨隆々で日に焼けた肌がとても逞しくある男性は、剛腕の人。名前はバレルだったと思う。

 隊長の命令とばかりに、私を案内してくれた方2名ほどは、その場を外してスローガンを剥がしに戻っていった。


「どういうこと、っく、なぜリリが」

「私がどうかしましたの?」

「そんなことはどうでもいいわ。ねぇ助けて、抜け出せないっ」

「そんなにきっちり後ろから極めていたら、身体強化しても抜けれませんわよね」

「何言ってんの、あなたどうして」

「そうですわね、彼らが私の依頼で動いていたとしたら?」

「なん、ですって……っく」


 誤魔化すつもりはない。

 カティナが訝しげにしているので、種明かしすることにした。


「……少し、カティナと話してよいです?」

「ああ、任せる。終わったら言ってくれ」

「助かりますわ」


 カティナを解放はしない。でも、極めた首に本気の負荷をかけることを待ってもらった。


「ねぇ、もしかして本当に……血の約束ともうグルだったの?」

「カティナ? どうしてそう思ったの?」

「だってこれ、あなたがコレットを殺して隠して、私を殺すつもりで」

「白々しいですわね。わたくしがあなたを殺すつもりなら、血の約束に頼らず寝首を掻いていますわ」

「っ!?」


 そのような誤魔化しで言い逃れできるとでも思ったのか。

 そう、私が、どうしてコレットを殺せるものか。

 私にとって大切な人を、何の意味もなく殺すなどできるはずもないのに!


「そう。夕食の皿にアルサ・オキサを盛ったこと、コレットを刻んで血の約束に魂を売らないと無理と思ったこと。それでも私は、生きてここにおりますものね?」

「だったら、じゃあ」


 コレットを殺した張本人としてカティナには、簡単には言い逃れさせない。


「あなたもご存じの通り、わたくしはベルサーネス公爵令嬢のファーステス・ノ・ベルサーネスですわ。代々、王家を阻むものを排し、王家を狙うものを排してきた、ロヴァルドの建国王が弟の末裔ですの」

「それがどういう関係が」

「一介の暗殺者に負けるようなヤワな訓練では、王家は守れないということですわ」


 私が私であることの所以を説き、その自負で私はカティナがいかに無力かを思い知らせるつもりでいた。


「そんな、じゃあ私は最初から負けていたの?」

「いつから私が、あなたと勝敗を争っていたとでも?」

「どういうこと?」

「私は、いつあなたを仕留めるかの機会だけ伺っていたのですわ。特に……あなたがコレットを惨殺した時から」

「な、何を証拠にそんな、っぐっ」

「別に証拠を探す必要はないでしょう? あなたが、あの教会の偉い人に出会って、私の正体を暴こうとしていた時から、うっすら違和感を感じていましたしそれに……私ははっきり証拠を探さなければならない、法の番人ではありません」

「っ!? じゃああなた、私を無実で殺す気?」

「無実で私を殺しかけておいて、よく言えるのですわね。人は追い詰められると本性がでるのでしょうか?」

「っぐ、どっちがそんな」


 実際、本気でコレットの犯人捜しをするつもりで、証拠をあつめてなどいない。

 彼女の無念を晴らすにはそれが必要なはずだったけれど、不思議と、あえてそうする必要がなかったように思えたから。

 それはきっと、今目の前でこうして、しらを切って、私に罪をかぶせようとする悪いオーシアの助司祭がいるのだから。


「出会い方さえ悪くなければ、あなたと仲良くなれたかもしれませんけれど……これまでですわね?」

「何をいって、ひっ、いっっ」

「あまり暴れたりすると、あらぬ方向に首が曲がって取り返しのつかないことになりますわよ? あなたの生殺与奪の権利は、私たちにありますの」

「そんな、くっ、離れ、はなれてっ、がっ、どうせ、殺す気、で」

「さあ? 事と次第では、いろいろ隠し事をしてもいいですわ」

「そんな出まかせ……」

「そう、やむにやまれぬ事情をお話くだされば、情状あるかもしれませんわ。わたくしも悪魔ではありませんもの」

「っ……」


 もちろんコレットの件を許すつもりはない。かといって、何も聞かずに、彼女を処断するのは後悔しそうだった。

 

「あなたを、確かに殺そうとした。でもそれは、教会の命令っていう以外はない」

「そう、あなた個人ではなく、教会の意思なのですの?」

「仕方ないでしょう! 私だって、逆らえな」

「シェレネは、大切なもののためには中央教会の意思にも逆らうくらい言ってましたわよね?」

「シェレネは関係ないでしょう!」

「そうかしら。彼女はわたくしなんかのような力のバックボーンがありませんわ。それでも、命をかけて守るべきものを守る意思の言葉だと、そう思いませんの? それが……本来のオーシアの信徒の姿のはずですわ」

「本来の……」

「カティナがシェレネより弱いと思っておりませんわ。心の力で」

「い、いまさら、そんなこと言われても遅い。もう、もう取り返しがつかない」


 シェレネの件は思った以上にカティナの図星をついていたらしい。

 彼女は、シェレネのことはだいぶ気にかけていたみたいだったから。


「嫌だったのよ、寂れたところに住んでいるはずなのに、みんな、みんな生き生きしてて。中央の、大聖堂は規律は厳しかったけれど、でももっと設備も整ってて、何不自由なかったっていうのに!」

「そう……」

「だいたい……それもこれも、あなたが、あなたが来たから!」

「わたくしが?」

「そうよ。まだお金がなくて、貧しいままで、みじめさがあるなら、あっちがまだいいって思えてたのに。あなたが来て。慎ましい分にはお金に不自由しなくなって。シェレネが身売りしなくてよくなって。小さい子たちに困らなくなって。大きい子が将来を夢見るようになって。生き生きしているの見たら……私が、みじめに見えたのよ!」

「わたくしが疎ましかったのです?」

「疎ましいわ! あなたが、何もかも良くしてしまったから」


 おおよそ、彼女の劣等感がすべての原因、だったようだ。

 でもそれは、きちんと私が向き合えたのだろうか?


「そう、オーシア様がもっと愛してくだされば、私はこんなみじめな思いをしなくて済んだのに!」

「カティナ……」


 追い込まれた心の縋る様を見せられたとき、私はその矛盾さにかける言葉を失った。

 彼女が頼みの綱としているオーシアのことを、知らないのだと思うと、あまりにも哀れに思えて。


 私は、カティナの処断の総仕上げに取り掛かることにした。

ここまで読んでいただいてありがとうございます

良ければブックマーク、通知、感想、☆、エモーションなどなど入れてくださると助かります。


次回更新は7/23を予定しています。

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