表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/45

<30> ひずみすれ違い、引き裂かれる

 『反動』を向ける相手については、何の疑問もなく対象を絞り込めた。


 カティナ・ウェルサック。

 アルサ・オキサを盛ったところで、彼女は私に死を賜らせようとしているのは火を見るよりも明らかだった。なんらかの理由で彼女は私を殺そうと企み、結果として血の約束に依頼する皮肉となる。特に彼女らオーシアの聖職者が唾棄すべきヘルガドから下賜された仕組みと知ったら、どう思うだろう?

 ただその事実は、彼女がコレットを巻き込んだことについて、嘲笑いだけで済ませるようなことではない。

 なんとなくコレットを探していた時に、彼女が名乗り出たのもきっと、落ち着かなかったからだと思う。彼女はあくまで聖職者で、暗殺のための精神修練をしているわけではないから。

 ただ、疑いがあるというだけで、例えば孤児院で彼女を常日頃見かけているからといって、そのまま連れ出して即処断、というわけにはいかない。

 確証はあっても、確信できていない。

 それに、血の約束の儀式で、コレットを犠牲に誰か身近な人間が殺されるかのしれないという話について、職員と孤児院の子供最年長のロゼリアには伝えている。

 不用意にカティナを間引いたら、では誰がコレットを生贄に依頼したのか、という話になりかねない。

 つまり、この『反動』は一種の暗殺行為として、真実を闇に葬れるように片をつけなければならない。


「リリ?」

「え? ん、うわっ!?」

「何よこれ、最近やっとまともにできるようになったと思ったら」

「あ、あはは、ちょっと考え事が過ぎてしまいました」


 ちょうどカティナが間近にいた。共に料理当番についていたから、考え事が進んでしまっていた。

 思えば、カティナがアルサ・オキサを混ぜ込む事故、を起こしてしまったから、当番は二人一組でとしたのだ。その分他の人手が足りなくなっている点は急務の課題だった。

 ちなみにまた、私は野菜の切りそろえを失敗していた。

 子供たちは私が料理当番の日はご機嫌斜めになりがちなので、これはとても重要な課題である。


 血の約束側の準備は着々と進んでいたと思う。

 私が提示した10日というのは、次の炊き出しの日を選定してのこと。

 彼女らがヘルガドに対して過剰なほど神経を使っていることを元に、私は『コレットを殺したことへの意趣返し』の計画を立てていた。

 血の約束側が行っている準備というのはおそらく、この『反動』による暗殺をもみ消すためのものだと思う。

 私は彼らの計画進行を信じ、せめて決行する日までは平穏であろうと努めた。


 カティナにも気づかれず、シェレネにも問われず、私は早朝に弓の鍛錬とジビエ肉の確保をし、幼子をお昼に寝かしつけ、大きい子に戦いや教養を身につけさせる日を送った。

 平穏のまま過ぎる10日は、想像するよりもあっという間に過ぎる。

 いつものように、炊き出しに使うに十分な肉量を得た私は、解体済みのそれを人力車の脇に積んだ。


「今日もありがとうね」

「あ、ありがとう……」


 シェレネの素直な感謝に対し、カティナはこの日まで、打ち解ける様子がなかった。

 社交辞令的に追っただけの感謝に、私は心の片隅に残念さを感じたけれど、それももう今日で終わる。



 道中、私は引く側にあるところで、カティナに教わった身体強化の魔法を試した。


「すごい、らくらく~」

「もうずいぶんできるようになったのね」


 押す側のシェレネとカティナが感心する声をあげているのが心地よかった。

 もしコレットのことが、私を殺すという意図を抱かなかったら、きっとカティナとの関係は今の延長線だったのだろうか。

 今日をもって、と考えたとき、この魔法は彼女の形見になるような気がして、少し心を締め付けられるようだった。


 そうして、前にセラと出会った付近を通ったけれど、今日は時間がかみ合わなかったらしい。


「今日はセラフィいなかったね」

「そうですね……」

「セラフィって、シェレネはともかくリリも何かあったの?」

「別に、特別なことは何も」


 でも、変に今日巡り合っていたら、この間の件も含めた関係の深化をシェレネにも問われかねなかったから、会わなかったことは幸運だと思った。


 通りを経由する中、私はずっと身体強化を維持し続けたので、ほぼ魔力を使い切っていた。

 それでも、婚約破棄された直後くらいに比べたら、倍以上には維持できているから、この数か月でかなり魔法の使い方が器用になったと思う。

 到着したところで私は強化の維持を解くと、思わず座り込んでしまった。


「リリ大丈夫?」

「え、ええ、ずっとここまで維持していたので」

「生まれが特別で魔力も人並み以上って、オーシア様というより、この不公平はラーナフェル様かしら」

「リリがすごいのはそれだけ努力してるからだよ~」

「弓の練習場に行くときに身体強化の練習をさせてもらっておりましたし」


 オーシアに遠慮するところがカティナらしいけれど、神様の思し召しという考え方もカティナらしいのだろうか。

 改めて、彼女という人隣りを理解できるだけ、長くいたのだろうと実感した。


 炊き出しのためのかまどの位置に、幾たびかの繰り返しでそうしたように、私たちは鍋に水を注ぎ、煮だす中で具材を切って入れていった。味付けも、もう慣れたものである。

 煮込み料理に肉入りとなって提供される炊き出しは、貧民街の方が我先と並ぶ好評さを博して、見慣れた方の訪れを見守り、祈りの言葉とともにお渡しするのも珍しくなかった。その列の中にミカナがいたような。

 血の約束の依頼は安くない報酬が手元に入るはずなので、彼女がここに住む理由は偽装なのだろうか。


「オーシア様の導きに感謝を」

「オーシア様の慈愛に感謝を」


 そうして、並ぶ人々の列を捌き切ると、鍋の中身もほとんど残らなかった。

 お昼時なので、私たちもお勤めの一区切りとして、昼食としてそれをいただくことにする。それもまた普段の事。


「リリ、やっとまともに野菜切れるようになったわよね」

「あ、はい……まだまだ不揃いですが」

「寝るの惜しんで練習してるから、いつも気になるの」

「いいんですよシェレネ、私は」

「だめです、お肌がどんどんだめになっていくんだから、リリはちゃんと寝て」

「そうですね、なんとかがんばります」


 その言葉を聞いて、練習が実を結ぶだけの時間が経っている実感になる。

 でもこうして、普通にカティナと話せるのももう数時間、あるいは数十分で終わりに。


「でもどうして、リリはいつもちゃんと寝られないの?」

「それは……ちょっといろいろあって、悪い夢を見てしまうから、よく眠れないのです」

「悪い夢……」

「何よ、何か邪なものがとりついているの?」

「まあ、そんなところですね」


 その邪なものがあの糞駄女神だと言っても信じてはもらえまい。

 いずれはわかってもらいたくはあるけれど、今ではないと思う。


「何か不安なことあるなら、いつでも相談して。何かリリにお返ししたい」

「私は普通に勤めさせてもらっているだけで、たくさんお返ししてもらっていますけど」

「それじゃ足りないの」

「そうはいっても……そうね、シェレネ、それはどこかできちんと、受け取らせてもらいますね」

「うん、わかった。いつでも大丈夫だから、良さそうなら言ってね?」


 食い入るようにシェレネは私の手を取って、潤む瞳で求めていた。

 ただ、シェレネとこの、互いに持ちつ持たれつな関係は、とても大切だった。


「わ、私も……あなたにはいろいろ助けてもらったし」

「カティナさんっ」

「仕方ないじゃない、まだきちんとリリとは」

「別に、焦ることはないと思いますよ」

「それはそうだけど……」


 もっとも、カティナは最後まで、素直さを出し切れず、シェレネのもどかしさを誘っていた。

 そう。最後まで。


「教会の方、ちょっといいです?」


 貧民街の方の、それでも五体が満足そうな男性が何人か、声をかけてくる。

 そう、ここの人の割に、どこか栄養が行き届いていそうな、そんな雰囲気のある面々。

 そう、まともに食べるものを食べられているといった感じの。


「何でしょう?」

「実はところどころに、この間カティナさんが言っていたヘルガド? っていう神のスローガンが貼られているって」

「何ですって!?」

「たぶん形がそうなんだと思うんですけど、なにせちゃんと文字が読めないので……皆様に確認してもらえるといいのですが」


 私が反応したあとに、彼らが申し出を聞いてカティナが激高したように立ち上がる。

 彼らの様子を見て私はすぐに気づき、手を打った。


「わかりました。確認させてください」

「助かります」

「手分けして確認しましょう。カティナとシェレネにそれぞれ、ついていってください」


 私の指示に、ふたりともなんの疑問も抱かずにうなづく。

 それぞれに、通報してくれた男性を割り当てるようにして、貧民街に散っていった。

ここまで読んでいただいてありがとうございます

良ければブックマーク、通知、感想、☆、エモーションなどなど入れてくださると助かります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ