<28> その苦難がもたらす結論
呆気に取られた。信仰に愚直すぎた、血の約束のリーダーの願いは、反社組織においては、理知的とは言えなかった。
「それで、何か不満か?」
「いえ、あなたらしい完璧な返答に、むしろ感服したくらいですわ」
「ならいい。変に深く考えるものではないからな?」
ただ、筋を通し一切の否定をはねのける説得力を出すという点ただ一つにおいて、完璧な答えを持っていた。
信仰に沿ってならば、彼は自らに課したことをただそのあるがままに遂行しているだけに過ぎない。
「わかりましたわ」
「そうだな、もっとも、今のやりとりでお前が加入したいとか、ヘルガド様に仕えたいとは微塵も思わないだろう。ただ……お前が大切にしていた人間の命を奪ったもののことと、俺が祈りの言葉を引き換えにした、ヘルガド様の神官である以上の理由は知りたくはないか?」
おおよそ話の整理がついたことを確かめるように、リーダーが提示した。
前者は、コレットを生贄に捧げたものの目処は立っている。
後者の、ヘルガドの神官であるから理解している理由も、おおよそ検討がつく。
「それは、どういうことですの?」
ただ、どちらも確証がないので、裏を取りたかった。
「それは、直接伺うといい」
「直接……?」
ふと、リーダーの意味深長な発言を問い返そうとしたとき、私の意識があいまいな何かに放り出され、足場を失った。
手がかりも足がかりも得られず宙に投げ出されて、光に満ちたような白い場所から、闇に満ちたような黒い場所へ、意識だけでなく肉体すらもその深淵に落下する。
思わず悲鳴に似た声を上げかけたけれど、言葉が言葉にならない。そのまま加速度を得た形で打ち付けられたらと思い、真に藁をもすがるように、空間を手繰り寄せていた。
すると不意に、落ちる勢いが減じて体が綿毛にでもなったような軽さを得る。
「なるほど、人の身で神に挑む無謀なものか」
「??」
私が、地に足をつけて着地できるように、何者かが空中で姿勢を作ってくれたらしい。
「よもや私が助けたと、そう思ってはいまいか?」
「あなたは」
声をかける主らしきものの前に私は、舞い降りるという言葉が適切な形で、静かに着地を果たしていた。
「いえ、あなたが助けたのではないの?」
「これは奇なことを聞く。私はお前を呼びはしたが、私の前に降り立とうと試みたのは、何者でもないお前の意思ではないか」
「何をいいますの、気持ちだけで軟着陸などできませんわ?」
「それができるだけでも十分」
髪が長い。何か、赤い地に墨を染めたような色の髪を、前髪も含めてまっすぐ伸ばしたようだった。それはまるで、あの血の約束のリーダーの髪を投影しているかのよう。面長とも言いがたい顔立ちは、男性とも女性とも言いがたい。体格も体型も、多い布地の衣装で覆われて、性別を伺うことができない。
声色はやや高くもあったけれど、聞き方で男性とも女性ともとれるものだった。
「あなたはどなたですの?」
「ふむ?」
どなたと聞いて素直に答えようとしない。
つまりはそういう話。
「申し遅れ、お詫びいたしますわ。わたくしはファーステス・スフェール。故あって各種の偽名を使わせてもらっておりますが、かつてはベルサーネス公爵令嬢でありましたわ」
「ご丁寧に。私は人にヘルガドと呼ばれているもの。『苦難と挑戦』の言葉を司ると定義された」
「ヘルガド……」
辺りは薄暗い黄昏の中にあるような場所。
明るさこそ違えど、その空気感については既視感以外に何者もない。そう、何度もオーシアが私を巻き込んできたときのそれが、この実感を与えるに足るものだった。
神々しきものの存在感を目の当たりにしているという、そのことを裏付けているような雰囲気にあった。
「血の約束なる組織のリーダーをしたいなどという人間が、よもや失われかけた我が身を奉じていたとは思わないのでな」
「どういうことですの」
「私は人から忘れ去られかけたのだ」
「それは……」
「私への祈りのスローガン、多くの秩序のものがどう扱ったかわかるか?」
「それは」
オーシアの聖職者であるカティナとシェレネは、ヘルガドの関係する言葉を忌み嫌っていた。
つまり、秩序側の人間の権力が、炊き出しの薪替わりにしたのと同然の仕打ちを、恐らくは信仰者に行っているのではないか。
「邪教認定による弾圧ですの?」
「ああ。故に私は表立った信仰者を得られず、このような薄暗い場所で泥水をすするような生活を敷いられている」
「それは……何か教義に大きな問題があるからではありませんの?」
「苦難と挑戦は、人が幸せを得るにあたって絶対ではないにせよ、不可分な要素がある。それが不要というなら、快楽を与えられる薬物で地上から意識を切り離せばいいだろう?」
「極端ですわね」
だがヘルガドの言う事はもっともだった。
幸せを得るだけのつもりであれば、実際それで達成できてしまうのだ。それで肉体も現世から切り離して終焉を迎えても、当人は幸せの絶頂感で人生を終えられるから。
「ですが、それだけで邪神扱いは明らかに不自然ですわね?」
「ああ。あまりにも不本意だな」
「改善する気はありませんの?」
「私にはどうすることもできない。ファーステスが私を信仰してくれるなら何かが変わるかもしれないが」
「それはお断りしたいですわね」
「そうか……残念だ」
少し期待されたのかもしれないが、あまりに他人任せ過ぎたのでとても受け入れられなかった。
「そもそも神というなら、それくらい自分でどうにかできませんのかしら」
「神は万能ではないぞ? ちょっと人のあり方に触れることはできても、ごく限られた範囲のことをごく限られた条件の中でしかできない。そう、お前が血の約束について気になるように仕向けるのも、その制限いっぱいいっぱいだったのだぞ?」
「それが神なんですの?」
「神とはそういうものだ」
もっとも、制限を聞けただけでも良しなのだと思う。
「そのことはわかりましたわ。この巡り合わせのために、きっとあのリーダーに吹き込んだのですわね?」
「とても会いたくてな?」
「どうしてですの?」
「オーシア殺したいらしい人間がいるらしいと聞いたのでな?」
「わたくし、ヘルガドへの興味も、オーシアへの怨念も、誰かに打ち明けておりませんわ。それをご存じなのは、神の特権か何かですの?」
「そう思ってもらって構わない」
「わかりましたわ」
また、私の中でのみ展開していた話は、神のご都合主義で押し通された。きっとそのことをあのリーダーに伝えて、私を呼び込んだのだ。
はっきり言って、いい気はしない。
「そう、私は今のオーシアは目に余るのでな。監視者として、今後の行く末は見守らせてもらおう」
「監視者?」
「知らなかったか? 私が秩序側の神の聖職者に邪神扱いされるのは、私が秩序側の神の歪みを監視し正常化するためである」
「初耳ですわ。ですがなぜ監視者のあなたは直接何もしませんの?」
「第一に権限がない。神は神を処断できない原則。第二に私は信徒が少なく脆弱なので、下手をすると人にすら殺される。第三に……私は秩序側の領域にたどり着けない」
「つまり言葉の割に無能なので秩序側の神は力押しでも無理と」
「身も蓋もないことを言うな。そもそも神が神を処断できないのは、秩序側の神が私を殺せない地点でわかるだろう?」
「確かに」
邪神扱いしたいくらいには厄介で、目の上のたんこぶなヘルガドを、秩序側の神があえて殺そうと試みるのはなんら不思議なことではない。
それができていないことで察しろということだろうか。
「なので私はあくまで見守るだけだ。手際についてはファーステスにすべて任せる」
「任せるって」
「オーシアについて今の私にはどうすることもできないと、わかってもらいたいのだが」
「そういう問題ではありませんわ。何もかも丸投げというのはあまりにも無責任が過ぎませんの?」
「オーシアとの戦端を切ったのはファーステス自身であろう? なぜ私が責任を持つ必要がある?」
「それはそうですが……ですがわかりましたわ」
「助かる」
良くも悪くもやはり中立、という立場でいたい、と判断して良さそうだった。
神と言っても、血の約束のリーダーが今おそらく知りうる唯一の拠り所のヘルガドは、弱小も弱小なのだから。
「して、まだ出会って間もない中、時間は惜しいがそろそろ別れねば理が乱れてしまう。最後に何か答えよう」
「ではふたつ。まず、またお会いできますの?」
「機が熟せばいずれ」
「では二つ目は、コレットは誰が殺したかわかりますの?」
「それは、お前がよく知っているはずだ。その推論を元に、お前自身を殺そうとしたことへの反動を仕向ければいい。詳しくはあの神官に聞け」
ふと、私の体がその宵闇から宙に投げ出され始めた。
手短に、かつ的確に。
ヘルガドとの初の邂逅の時はあっという間に過ぎ去って。
私はあっという間に、空に呑まれるようにヘルガドとの距離を引き離された。
「わかりましたわ……ヘルガド、またいずれ」
「そう恋しい娘のような言い方をするな。神相手に」
「恋してなどと冗談がお上手」
「随分あっさり流されたのだが……」
そんな、冗談を言える神ヘルガドは、どこか他人のような気がしないのは、気のせいではないだろう。
そう、彼とも彼女とも取れない偽りの姿はきっと、あの血の約束のリーダーを参考に作り出したのかもしれないのは、かの物が失いかけた想いを繋いだものの縁故だろう。
ヘルガドの元に降り立つのとは逆に、空高く舞い上げられた身体は、もともとにいた床にその身を投げ上げられるような要領で、次第に失われていく勢いがゼロと化したとき、ちょうど血の約束のアジトの場に、私は体を戻していた。
「あ……戻ってきた。お帰り、リリさん」
「ただい……ま?」
ただ私は、その戻ってきたところで、あまりにも意外な人物と顔を合わせるように、地に舞い降りて体を落ち着かせていた。
「セラ……フィさん?」
「やだな、お店以外でその名前使ったら、シェリーみたいにぷんすかするよ?」
「そういうあなたもシェレネをそういうのは」
「シェリーがいないからいいでしょう?」
「そういう問題じゃ」
「ううん、そういう問題。それはともかく……私の源氏名じゃない名前はセラ」
セラフィ改めセラが、地の約束のアジトにいた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
もしよければ★、エモ、感想、ブックマークなどなどいただけますと幸いです。
次回更新は7/18に予定しています。




