<27> その約束は血によって報いとなる
その空洞は人の手には余るほどにあけ放たれていた。
穿たれた岩は洞に外気を通していて、水音のような流れが聞こえてもけして空気は湿り気に満ちていなかった。
しかも、直接陽の光はさしていないはずなのに、まるで空の上に日が昇って手を差し伸べているかのようだった。にもかかわらず、土くれな地面には草木が生い茂る様子がないのが、あまりにも不自然に見える。
自ずと作られた場所に、人の手で住まいを作ったその場所は、ただ地下世界に身をひそめているもののそれではない。
害意なく、許されたもののみがその出入口の認識阻害の先を知ることができる。そんな特別なダンジョンらしい出入口をくぐった先に私はいた。
「どういう場所ですの?」
「お嬢様な言葉は隠さなくていいのか?」
「私を特定して襲っておいて、今更すぎますわよ?」
その場所で、まるで王にでもなったつもりのような、背もたれの高い椅子に座った男が私を見ていた。
さも、謁見の場で臣下である私を見下ろすように。もっとも、私は臣下の礼を尽くす姿勢を取る気はなく、直立で相対して応じていた。
そもそも、少しでも力あるものがここを嗅ぎつけて襲えば、すぐにでも制圧できそうな場所で、気取りが過ぎるのでは。少なくとも、関係者を泳がせられれば、私はここにたどり着いて、襲撃できると思うから。
「ミカナのよしみがなければ、おまえは招いたりしない。そもそも、お前は危険すぎるのだからな?」
「それは褒め言葉として受け取ってよろしいかしら?」
ただ、こんな不遜な態度で出迎えているのが、この組織のリーダーではないと誰が考えようか?
「引きこもりリーダー」
「ミカナ、それが恩のあるものにいう態度か?」
「ファーステスに失礼。私が死なず割れずに生きていられるのは彼女のおかげ」
「はぁ……」
その不遜さを愚弄するように、隣にいたミカナが口をはさんだ。
「相手がファーステスじゃなかったら、今頃毒噛みで死んでたかもしれないんだぞ?」
「わかってる。むしろ、今回ファーステスじゃなかったら毒噛みしないで済む。失敗しないで仕留めてたから」
「そういう意味じゃなくてだな」
「ファーステスも孤児院抜け出して来てる。手短にしてねリーダー」
「はいはいわかったよミカナ」
ミカナは、私の推論を裏付けるようにリーダーリーダーその人を言って、案内の役割を終えたのでとばかりに、アジトの奥に姿を消していった。
「で、だ」
「ええ。私も」
「いろいろ聞きたいことがある」
「偶然ですわね。わたくしも」
お互いに、油断のならないものを見る目で隙を作らないようにふるまいながら口を開いていた。
「まず俺からでいいな?」
「かまいませんわ」
雇い主からの問いは礼儀である。素直にうなずいた。
「ここに来た意味はわかっているか?」
「ええ。私に協力してほしいと?」
「加入という言葉で、であるがな?」
「組織に入れということなら、お断りしますわ」
彼、というべきか。
声色は男性だから、当然彼というべきだと思う。でも髪は黒く長く、面持ちがどうにも男性とは断定しきれない雰囲気がある。
まるで、ここからどうとでも姿と形を作れそうな、何にも染まっていない、染まるまいと言わんばかりの黒づくめ。
「それは無理を言わない。立場というものがあるだろうからな? ただ、何の目論見もなく訪ねて来たなら、それは愚かというものだ。第一、お得意の弓のないお前に、口封じを今仕掛けるのはどれほど容易いと思うか?」
「脅しのおつもりですの? そのあたりは織り込み済みですわ。そもそも、入らないとは言っても、協力しない、とは言っておりませんわ」
「そのような宙に浮いた立場で何を得るつもりで来た?」
「ヘルガド」
「ほう?」
「わたくしは、ヘルガドのスローガンを言えば協力する、という意図で話したミカナの言葉が気になって、こちらに来ましたの」
私は改めて、忘れないよう心に留めていた、あの一節を口にする。
"救われぬものに救いを、呪われしものに安息を、刻まれしものに希望を"
「あなたはこの言葉の意図をどうとらえておりますの?」
「なるほど? ではヘルガド様を信仰したいというのか?」
「ヘルガド……様?」
敬意あるものの発言として、彼が発したそれが意味するのは、ひとつしかない。
「ああ、言い忘れていた。血の約束のリーダーである俺は」
おそらくそれが、私をここにひきつけ、結び付けた理由だ。
「ヘルガド様の神官だ」
彼は、席をたって自らの胸に手を当てて、そう力強く断じていた。
彼がヘルガドの神官というだけで、どこか腑に落ちるところがあった。だが新しい疑問もまた振って湧いてくる。
「ヘルガドの神官。じゃあヘルガドと血の約束に繋がりがありますの?」
「繋がりがあるといえば、俺が暗殺組織作りたいと願ったことを、ヘルガド様は許可され、仕組みを提供してくれたくらいだ」
「それはもう邪神そのものじゃありませんの?」
「我が主は『苦難と挑戦』を謳う。あくまでヘルガド様は箱を渡す程度だ。どう使うか、どう使われるかまでは関わらない。つまり、その箱の行く末までは干渉しないのだ」
「つまり、信者の使い方次第で秩序にも混沌にもなることと」
「そういうことだ」
「……やはりヘルガドは邪神ですわね」
「結論を急ぐな。そこは中立側と言ってほしかったのだが?」
あえて私は挑発的に振る舞った。
リーダーの答えに、一方的な邪神要素はなかったから。だから、私は取り込まれたくなかった。
「間違っておりませんわよね? 好きにふるまえ、と言われるのは、人の社会からの爪弾きものが喜びそうな話でもありませんの?」
「好きにしろ、とは、好きにふるまおうとするものの意思によって善にも悪にもなる、ということと、なぜ思わないのか?」
「ふるまおうとするものがすべて規律に沿って動くとは限りませんわよね」
「それはヘルガド様が秩序も混沌も備えているからだ。ここのルールは俺が決めた。そのルールに従うことを、ここに所属するものには約束させている」
血の約束のリーダーは、私が非協力的であることを好ましく思わないのか、その言動に少しずつもどかしい憤りが混じってきていた。
そう、それはおそらく引き留めたい必死さ、というべきもの。
「ではそのルールは、どの程度変えられますの?」
「血の約束の暗殺依頼の可否決定と依頼契約時の完遂、また成功報酬の受け取りについてはヘルガド様に下賜されるために取り決めたものだからこれを変えることはできない。それ以外についてはある程度裁量を持てる」
「今までそれによってルールに異を唱えたことがあるものはあります?」
「それはまだないな、むしろ異を唱える、などと考えるものなのか?」
「それは、あなたが所属者に疑問を抱かせない仕掛けを作っているからですわ」
リーダーとはいえあくまで聖職者の延長線、とは高を括れないものがそこにあった。明らかに、彼はこの組織を己が意のままに扱えるように仕組んでいる。
そう、ミカナのような文盲なこを使っていること。あるいは、もし読み書きできても、そういう政治的な駆け引きを好まないか、できない人間を使うこと。それによって、仕組みへの疑問を抱かないようにしているのだ。
「ずいぶんな物言いだな? あまり聡いのは、組織を良くも悪くもするのだが?」
「思考を奪うよりも、よりお互いのためを想うことを大事にするほうが、快い組織にはなりませんの?」
「理想論だな。誰もがそんな慈善な聖人ではない」
「違うならそうなるように、導くのがリーダーではありませんこと? わたくしは、特に身近な者とはそうありたいと考えておりますわ」
考えさせない秩序は、リーダーの独裁が不幸を招くことを止められない。でも思いやる秩序なら、上も下も利己ではなく利他で動けるから、お互いの幸せのために動ける。
「なるほど。やはりお前に関わるのはやはり面倒この上なかった」
「ミカナをそれで随分叱ったそうですわね?」
「あれはそもそも、注意が足りなかったからだ。ゆえに尻拭いをさせられるのが俺なんだが」
「どのように注意を促しましたの?」
「そうだな、『ファーステスはあのベルサーネス直系の歴史でも類のない才女だ。普段の何倍も注意してかかれ』と」
「ザルで抽象的ですわ。ミカナが仕損じるのも納得しかありません」
そもそもリーダーとしての助言が曖昧だった。
注意に注意を重ねろでは、個人裁量に限界がある。
「何だと」
「まず、『何もかも割れている前提でその上をゆくつもりで行け』は最小限伝えるべきでしたわね? ミカナはまだ気をつけていたけれど、そう、治安部隊に、血の約束のスパイを入れておりますわよね?」
「さあ? 何を根拠に」
「進入ルート、彼はそれを見ていましたわ。立ち会いの中で少し不自然な動きをされている方がいましたが、その事に触れずにいたら案の定何も警戒せずに調査しておりましたもの。名前はそう……」
「くっ……」
治安部隊の方との関わりは、もう他人事にはできない身の上だ。ただ、名前まで知っている素振りははったりであるし、まだ私の中では他人事の域を出ていないから。
でも私の仕掛けは功を奏したようで、リーダーは手近な使用人らしい、肉食獣の何かの獣耳の女性の反応を受けていた。
「お呼びですか」
「オルヴァを呼べ」
「畏まりました」
きっと治安部隊のスパイと思しき人の名前らしい。
獣人の女性は霧散するようにいなくなった。魔法感知すると、彼女はとても素早くこの場所を離れようとしていた。おそらくは彼らだけの知る裏口から抜けていったのだと思う。
「注意が足りないと?」
「それ以外に何がある」
「いえ、何も」
あえて深く、リーダーさんには言わないことにした。
そもそも、出し抜いたのは私だから。
「そもそも、血の約束の仕組みには、暗殺を行うにあたってのハンデが多すぎると思いますわ」
「まあ、否定はしないな。ちなみにまだ全てを話したつもりは無いが言ってみろ」
「わかりましたわ。まずそもそも、生贄の儀式が『あの暗殺組織に依頼』というのがわかりやすすぎます。そもそも『依頼者、犠牲者、対象者がおおよそ縁あるもの』となりがちではありませんの?」
「そうだな、そういう箱を作ってヘルガド様に許可をいただいたのだから」
「なぜ、もっとうまくやろうとしませんの?」
そう、私は。
この構造があまりにも雑で、構成員をすりつぶすものであるという不安があった。
暗殺というのは組織など作らず、散発的に、可能性の強いものに密かに依頼するべきもののはずだから。
それをあまりにもアピールの強い形を取るのは、とても気になった。
「当たり前じゃないか」
だから私はそれを聞くまで、おおよそ聖職者の戯言だと思ったのに。
「ヘルガド様が『苦難と挑戦』を司るからだ。平易で完全では、通るわけがないだろう?」
彼の意見は信仰に対して、あまりにも実直だった。
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