<24> 寝ている首は渡せない
あのときの彼は、治安部隊の推測に沿った形をとるふりをして、私の居場所を舐めずるように調べていた。
私はそのことが気がかりではあったけれど、その事には触れないでいた。
部屋でそのことは思い返していた。でも今の私に重要なのはせめて次の夕食当番の際には皮むきがうまくできるようになること。そのための練習に励んでいた。キッチンナイフの練習用を買って、お部屋で似た形状の木工彫刻を手に、感覚を築き上げるように。
少し時間を忘れて挑む時があって、明かりの残る部屋を訝しがられてかシェレネに「もう遅いよ?」と声をかけられたことがあった。
ただ、定期的にあの糞駄女神が夢の中を大音声で荒らすので、素直に寝るほうが苦しかった。
そうやって、寝る時間を惜しむ様子を見せては、感知の魔法を外側に広く展開する。都度普段遣いの生命感知では反応らしい反応はない。魔法感知を織り交ぜてもほぼ反応せず、ただ何か、身を潜めている距離感の中に魔法があるときはあった。
私はそれが痺れを切らして消えるのを待ってから眠りにつけば、おおよそ夏の早い朝にほとんど寝ていないことを思い知らされてしまう、というのを2回か3回は、繰り返していた。
皮むきの練習をしながら警戒する眠れない時を送る中、コレットの亡骸を引き取ることができた。孤児院にいるもの全員で、送り出す葬儀を行なった。
引き取るまで、暑さで傷まないように冷却魔法の付与がかかった安置器の中で眠っていた。そのおかげか、引き取った時にひどい匂いは持っていなかった。
できるだけ、黒ずくめになるように孤児院全員の衣装を揃えて、教会の管理する墓地へ棺を運んだ。普段炊き出しなどで使う人力の車が、この日は霊柩を乗せていた。
「亡き魂がオーシア様の身元に送られ、より幸せな時を過ごせる時を送れますよう……」
死者への祈りの言葉は院長先生が言ってくれた。その後、職員4人でコレットの棺を、掘った穴に沈めて、その上から土を被せた。
棺には、彼女が生前志した魔法使いに生まれ変わった先でなれるようにと、教会と孤児院の運営資金からお金を融通して購入した、基礎の魔法書を添えた。数多くの花に彩られたコレットは、とてもさわやかな笑顔でそれらを楽しんでいるようだった。
何も返しきれていない無念が胸の奥を刺して、泣くのを抑えられなかった。
シェレネも、ロゼリアも、ミリナも、私が涙するとつられるように泣いていた。ただ男の子たちの反応は薄く、また小さすぎるこたちには、状況を受け止めきれてないこが多かった。
「コレットおねーちゃん、ブティの面倒きちんと見るね」
「ばいばい」
それでも、コレットと猫の面倒を見るって言っていた小さなこ達が、なんとか受け止めて、任されようとしている様があった。
見ていられなかった。
コレットを送ったその日、私は、まるで泣きつかれてか、それとも眠りが足りなかったせいか、日がまだ高いうちから眠っていた。
心の中でここまでコレットが大きな存在だったのかと、改めて深く理解させられた。
彼女がいてくれた恩は、私が生存できたという意味だけに留まらない。
「夢……」
寝ぼけがまだ抜けきらない頭で、真っ暗な天井を仰いでつぶやく。彼女の見る夢を共有し、将来を思い描くことの大切さを知ることにあった。
『助けたがり』と言われたコレットは、どこか突っ走りがちで、周りが見えていなくて。魔法の素質は高かったけれど、それ以外がてんで不得手で。
でも、それがどこか、とても可愛かった。
そんな不器用さが、私の持っていない長所のように思えてならなかったから。
だから、かけがえがなかった。
そう振り返る。完全に周囲が闇に閉ざされ、一寸先も見えなさそうな中。
今どれほどの刻限かを探る間もなく、またその感傷に浸ることを許されず。おかしな時間に起きたのが向けられた殺気のようなものを無意識のうちに感じたせいだった。
たぶん周りが寝静まるくらいには、深い夜のさなかな時間を察する。
感知魔法を張り巡らせてもなんの音沙汰もない。魔法感知を使っても、たどれない。
息をひそめて、様子を伺う。
聴覚強化で、雑音を覚悟で聞くと。私のそれとは違う何かの心拍が、背後とても間近に聞こえた。距離感が、他の人の誰とも違う、急に大声で耳元で叫ばれたかのような、脅かされているかのような感じだった。
消音無しで近づいているはずがないのに、なぜ心拍だけこれほど大きいのか。
相手がどうやって生命感知や魔法感知を回避したのかはわからない。でも、疑いなく、すぐ間近に、私を狙ってそこにいる。
私は毛布をかぶった状態で、暗闇で息をひそめながら、その相手が仕掛けてくるタイミングを待った。
音を検知したあとにすぐまた、生命感知を張り巡らせたら、ほんの数十センチもないほどに間近にいる、何者かが何かを振りかぶっているようなブレた動きをした。本当に仕掛ける間際になって、感知できたのは救い以外の何物でもない。
私はとっさに体をベッドに転がして、そのブレに捕まることを避けた。
その、私がいままでいた場所に、縦向きに突き立てるように、暗闇の中で何者かが刃を立てて落としていた。
暗視を効かせて相手の様子を探り、視線と思われるものを追いながら体をそちらに向けて回りこもうとする。ベッドの位置と、エンドテーブルの位置を確かめる。エンドテーブルには、いつも練習のために使ってるキッチンナイフがある。まずそれを回収しないと。
回り込む足を止め、その場所からエンドテーブル側に飛び掛かろうとするそぶりを見せる。あくまで"ふり"のつもりで本動作ではない。ただ相手は意図を察してか、暗闇の中で私の姿を完全に見破って切りつけて来た。
肩から胸の上をまっすぐ切ろうとしたのを横に避け、逆側に薙ぐのは飛びのいた。
そこから真正面に付く動作に合わせて前に飛び込み気味に横へ交わすと、エンドテーブルに到着し、はっきり見えているそこから練習用のキッチンナイフを手に取って飛びのいた。
「感づいていた……」
「いくつか感知避けが足りてなかったのが救いでしたわ……」
3撃とも迷いなく私を捉えようと試みられていた。
改めて相対してその顔を見れば、マスクに頭巾と、素顔を容易く見ることがかなわない。
それほど大きくない体格と、ほっそりとした体型と。
ただ声だけ聴くと、女性のもののよう。
「でも、これで見切りました。あなたは、このキッチンナイフで十分ですわ」
「何を……そんなはったりなんか!」
キッチンナイフで十分など、彼女の言う通りはったりだ。
ひとつに彼女の短刀術は明確に洗練されていて、回避できたのが奇跡だった。そう長くもたない。
ふたつに、その長く持たない斬撃をいつまでもやりすごせないというのが、致命的だった。暗視越しに念のため望遠視覚で相手の短刀を見れば、刃の色がどこか鈍く感じる。つまり毒が塗られていると考えてよい。
みっつに、このキッチンナイフは、切り結ぶための刃のタフネスがない。
それでもなおキッチンナイフで十分と宣言したのは、"キッチンナイフで十分"じゃないからだ。
私はそのキッチンナイフを、彼女の目の前で投げナイフにする要領で刃の側を持つと、それをそのまま投げつけた。
「ふんっ! これくらい……っ!?」
真正面、見えるタイミング、見える速度で投げたそれを、彼女は軽く横に足取りとって半身に回避した。
回避のついでに手に持った短刀で受け流して見せていた。
そう。
はなから、この投げナイフで仕留めるつもりでやったわけではない。
「!? ど、どこ、どこにいったの!?」
夜の闇での迷彩がより際立たせて刺客の視界から私の姿が消えているはず。
私を見失ったことを見計らって認識阻害を重ねる。
もはや私の姿を捉えることはかなわないだろう。彼女は、私を手探りするように前に手を突き出したりしていたが、それらよりも前に彼女の真後ろに入った。
背中側から短刀を持つ手首を取って後ろ側にひねって丸めこみ、左手で頭巾ごと髪を引っ張って、真正面に足を絡みかけるようにして伏せ落としした。
「がふっっ」
「あなたの負けですわ」
「おまえ、まさかここまでやるなんて……んぐぅ」
「やるなんて思いませんでしたの? 血の約束の方が仕掛ける時を伺っていたのは分かっていましたわ」
「んぅぅく、ぅぅぅ!!」
「顎を封じさせていただきましたわ。舌も毒も噛めません」
「っっ!?」
「まさか、どちらか実行して、本気で死ぬ気だったのです?」
髪ごと制御した頭部を床に打ち直して、顎を床に固定させる。喋らせられなくなるので自白させるにはコツがいるが、私はそのつもりはない。
少なくとも、彼女が血の約束の刺客であること、そのメンバーが、捕まったら自決するための何かを教育されて、その覚悟をキメられることは把握した。
「どうあれ、血の約束という組織は、私も個人的に興味があります。このまま生かして解放しますので、あとで落ち合う場所を連絡くださいます?」
「んぅぅ……?」
「なぜ、とでもお思いですの? わたくし、素顔を光の差す場所で晒すことのできない身の上なのですわ。それだけで十分ではありません?」
口調を、在りし日の私のままで作る。解放感に打ちひしがれそうなのをこらえながら、刺客に条件を持ちかける。
「そうですわね。承諾なら空いた手の指で床を2回、拒否なら1回たたいてくださる? ただ、拒否した場合は、あなたは治安部隊で、自決を許されず激しい拷問を受けることになりますわよ?」
選択肢は与えない。彼女を私の体重で抑え込み、決してすぐには逃れられないように開き気味の足を踏み堪えられるように張り、頭を押さえつける左腕で彼女の空いた左肩から下を囲っていた。この交渉の拒否がもたらす意味を、分からないはずはないと思う。
刺客はしばらく考えてから、左手の指で二回床を叩いた。
「物分かりが良くて助かりますわ。それでは、他の皆さんを起こさないように魔法をかけて、あなたを出入口へご案内いたしますわ」
身の安全は保障したつもりである。
ただ、変な気を起こして反撃されないために、私は彼女の頭と腕を極めた状態のままで静かに引き起こした。体を返して、彼女が使っていた短刀に手が届かないように気を付けながら、消音と消臭と、認識阻害もセットで二人の範囲にかけて孤児院の寝室が続く廊下を歩き、その出入口のドアを開けるよう促して、そこから彼女を送り出した。
「ありがとうはいわない」
「お礼を言われたくてしていませんもの。かまいませんわ」
「……ふん」
「ああそれと」
「なに?」
「ここに連絡を取るなら、公爵令嬢のファーステスではなく、孤児院の職員のリリとしてくださいまし。でないと……血の約束を壊滅しに行きますわ」
「う……」
釘を刺すのを忘れないでおいた。
刺客の彼女は変な気を起こすことなく、外に出た後素早く闇に消えていった。
私は急いで中に戻ってから、彼女が使っていた凶器である短刀を回収し、使わなくなったぼろ布でそれを包み込んだ。
「リリ!? 今誰かいたような」
「シェレネ? いいえ、もう誰もいませんよ?」
「大丈夫なの? 治安部隊呼ぶ?」
「大丈夫です。ただ一応、落ち着いたところで事情は説明しますよ」
静かに送り出したつもりではいたけれど、彼女が闇に消えていったくらいのときには隠密魔法を解除していた。違和感でシェレネが起きてしまったのかもしれない。刃をくるんでいた時に、寝間着姿で声をかけてきた。
治安部隊を呼ぼうと慌てているのを制するのに、少し時間がかかってしまった。
そう、刺客の彼女は必ず、連絡を取ろうとする。
私はそのために、短刀を預かっているのだから。
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