<23> 血塗られた道を歩むのか
そこは人通りこそ少ないものの、誰かが通る可能性を考慮しなければならないが故に、側溝に蓋された路地の建物裏。孤児院からだいぶ離れていて、特別なことがあってもけして立ち寄らない場所だった。
「これ……っと?」
コレットの体は、その蓋の下の、狭い排水溝の中に詰め込まれ押しやられていた。蓋の重みで体がつぶされているかのようだった。
いつまでもそのようなところにはめ込ませたままでいられないから、慎重に引き上げて、楽な姿勢で横たわらせた。
「コレ……ット! コレット! コレット!」
名を呼びかけ、起こしたいと試みるけれど、反応はしない。
そう、感知が、死者感知で判定されたのが、あまりに無情な現実だった。
「コレット……コレットぉ……っ! っぉ、っあ、あああ!!」
号泣するのを止められない。夜の、人通りもあるかもしれない道端で私は、人目も憚らず声をあげてしまっていた。
「コレット……っっっ」
「探していたコレットさんで間違いないですか?」
あふれる涙を抑えず、私は治安部隊の方の問いに頷いた。
ついさっき送り出したばかりの姿のままだったので、間違いない。
私は、胸の奥をかきむしられていた。
恩をきちんと返すこともできず、将来あるべき姿を夢見た時間の尊さを失った。
何かが間違っていたのか、後悔以外にないのかと自分に問うても、何も出てこなかった。
失意の底にあるのにもかかわらず私は、カティナとその後に、治安部隊の詰所で、また調書を取られながら事情を説明された。
コレットは首を手で絞められた後、心臓を真正面と、脇の下から刃物で刺されてとどめをさされたという。とどめというのは、首を絞めた側は致命的ではなかったから。最初に刃物を入れた、心臓への一突きの血の量が多めだったからということから、そういう判断だったらしい。
私はずっと、現実逃避したくて充血する目を隠さずにいたのに、一緒にいたカティナは深妙に話を聞き悼むように目を伏せていただけ。彼女は、一滴の涙も流していなかった。
どうして?
孤児院で預かって、大切にしている子供が亡くなったのに、悲しみも。
そう、憤りかけてカティナのことを振り返る。
孤児院はカティナの出世を先送りした場所。カティナがコレットへの感情をあまり好ましく思っていなかったと思われること。あまりにも、他人事すぎる。
「カティナ、コレットはどうして」
「知らないわよ、私にだって」
突き放す彼女の言葉は妥当ではあるけれど、あまりにも冷たかった。でも今の私はきっと、面倒な絡みしかしなさそう。いえ、それ以外にできるわけがない。
「何その言い方。孤児院の子供がひとり死んだんですよ! しかも、おかしな刃の入れられ方で!」
「だからなんだって言うの! 私にだってどうしたらいいか……」
「お二人ともすみません、まだ話の途中ですので」
「そんなこと知りませんわ!」
「ちょ、リリったら」
「あっ……っく」
だめだ、素のままの自分になりかけていた。
カティナに制されて押し黙る。治安部隊の人を前に取り乱したのを、抑えて話の続きを聞く。
「コレットさんは、首と、心臓への傷以外に外傷はありません。ですが、その心臓への刃の入れ方は、"血の約束"という暗殺者を呼ぶ儀式です。なので身近な誰かが、暗殺者に狙われる可能性があります」
「血の約束……」
「身近な、って、どうしてそんなことがわかるんですか?」
どこかで聞いた名前をたどろうとした私の脇で、カティナが、さも当然のように身近であると言ったことへの疑問をぶつけていた。
「我々も事件をいくつも見ているんですが、この傷を刻まれた犠牲者が出て数日のうちに、近しい人が不審な死に方をするのです。十中八九血の約束の仕業でも、確かな証拠がなくて我々も難儀していまして」
「あの……指名手配のミリアナという人は」
「リーダーの首を取れれば、暗殺者も大人しくなると思ってるんですが、何分足取りが全く掴めなくてですね」
治安部隊の人も手がかりにすら届かない事件らしいけれど、依頼を行なった人物は少なくとも『生贄を作るための殺人』をしている。
まだ、立ち直れそうにない紅潮した顔できっと私はいると思う。
でも、受けている説明の中でどうしても気になって、私は聞いていた。
「その、身近な誰かが犯人だと」
「その線はありえますね。もちろん孤児院の子供となると、あなた方の誰かが容疑者としてどうしても浮上するので、我々に協力を惜しまないでもらいたいですな」
私が推論を言葉にすると、治安部隊の人はさもそうであると断言するように、私たちに疑いの目を向けた。
「そんなっ! 孤児院の子供に私たちがそんな仕打ちをできると思っているの?」
「そうです、コレットは、コレットは将来魔法学校通いたいって、勉強がんばるんだってあれほど」
「そうですね、特にリリさんは、泣きはらすほど大切にしていらっしゃる子だ。そんな子供を手にかける、などとは露ほども思いたくありませんけど、こればかりはきちんと調べて真実を明かす必要がありますので」
カティナも私も食い下がったけれど、こういう事案を常に手掛けている人の経験則が、素直に私たちを解放しないと訴えているようだった。こちらを見る目がとても厳しく、油断をけしていなさそうに感じた。
結果、今回は遺族に等しい被害者側としてなのに、調書を無駄に取る時間ばかりかかる、その経験二度目となった。体中がかちかちに痛くなるのを覚えながら、カティナとふたり、孤児院に戻ることは許された。
ただその晩、コレットの亡骸は孤児院に戻されることはなく。
疲れに負けて眠っても、彼女が戻らないことの絶望はほとんどその眠りに深みをもたらさなかった。
最悪の寝ざめだった。
女神が私の夢枕で、「コレット死んだの誰のせい?」などと煽ってきたから。ただその一言だけ頭の中に残った状態で、それ以外に何をやり取りしたのかまったく覚えていない。ただ心の傷に塩や泥を塗りこまれたような、最悪な気分なのは間違いなかった。
だいたい、それを知りたいのは私の方だ。
そんな曖昧さを抱えた頭を起こすのに、またいろいろ心の整理をするのに都合がいいからと、弓を引きに行こうかと思ったけれど、今日はエミナ・ノ・ユミハリを張り直すために誰かを呼ぶ気になれなかった。やむを得ず、練習場に走りこんで、覚えている魔法の復習をする程度にとどめて戻ってきた。
その、帰ってきた時に孤児院に、数名の治安部隊の人間を見かける。
「あっ、リリお帰り」
「シェレネ?」
「うん……コレットのことで、治安部隊の人が孤児院を調べたいっていうの」
「そう……やむを得ないですね」
案の定、日が昇って朝早い時間に行動を起こしていたらしい。
院長はその対応、カティナは朝の礼拝のほうで教会の礼拝堂にいるらしい。
子供たちもおおよそそちらに避難しているとか。
一応私もその現場に立ち会うことにした。
彼らは一通り引き出しの中を見ていた。私たちの部屋で私物がありそうなところは女性の部隊員が探していた。プライベートらしいプライベートは一切考慮のない、徹底したがさ入れになっていた。
「これは」
治安部隊の人のひとりが、壁に添え付けの弓掛けにあるエミナ・ノ・ユミハリに目をやった。
「友人の預かりものです」
「なるほど」
名目上そうなっているということを彼らに伝えた。
矢筒も近くにはあって、一本一本矢じりを調べられた。それとなく残った血糊は野生動物を狩ったのでついたとは説明した。そもそもコレットの傷は矢傷ではない。
そうして彼らの調査はおおよそ日が高めに昇るころまで続いていた。
証拠を探す動きをしているはずの治安部隊の人の中で一人、建物の隅から隅までを眺めて確かめている男性がいた。
「何か見つかりましたか?」
「いえ、何も」
きっと建物の裏に凶器を埋めたり捨てたり隠した、といったことを想定した調査だと思う。
いえ、思わせているに過ぎない。
彼は地面や壁などではなく、窓や屋根を眺めていた。
その視線の動きは、絶対に凶器を調べるためのものではない。
ましてやその窓は、私の部屋のあるあたりである。
「わかりました。部隊の方が集合かけていたようですよ?」
「あっ、はい、わかりました」
それ自体に嘘は言っていないので、彼を促してその場から離れさせた。
治安部隊の調査が終了した後、彼らは調査したいものを一通り確保して去っていった。
生活に必要な刃物を除いて、刃の付くものは持っていかれた。衣類も、返り血の確認のためにと、主に上着について何着か、引き取られた。もっとも、エミナ・ノ・ユミハリは持ち出されなかった。
そうして、嵐のような調べが過ぎ去ったあと、治安部隊の人たちは血の約束の依頼が発動していることになるということで市井で警戒を呼びかけ始めた。
どう見ても不自然だったひとりの部隊員を、私は追おうかどうかと悩んだ。けれど、コレットの笑顔が思い浮かんでまた泣き出しそうだったので、断念した。
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