<22> 失いたく無いものの始まり
アルサ・オキサなネズミ殺しが混ざった日から何日か経ったころ。
私は怪我をしたコレットを介抱していた。
それはいつも通りのコレットが『助けたがり』を街で探していたと思われる時のこと。おぼつかない足取りの彼女が頬や額などに痣の入った状態で帰ってきた。すぐシェレネが治療の魔法を試みようとしたのを制して、私は習ったばかりのそれをコレットに使って、学んだことを実践してみせていた。
「リリ、こんなにすぐ回復魔法使えるようになったなんて、オーシア様の思し召しが深いのかな」
シェレネが察して言うが、オーシアについてははっきり言って殺意しかない。彼女ら聖職者からすると、傷を癒す奇跡に沿うのはそういった神々への信仰が助けとしてもたらしているのだと思うけれど、私にそのような御大層な事情はあり得なかった。
きっとオーシアにあんなに絡まれているなどと知ったら、オーシアの敬虔な信徒の彼女らには羨ましがられる以外になく、それは面倒さそのもの。
「そうかもしれませんね……そろそろ大丈夫ですね、コレット、落ち着いたらお話聞かせてもらえますか?」
「っ、う、リリおねー、さん?」
あまり時を置かずにコレットの痣は癒える。
痛みが引いて楽になったらしく、コレットは抱えた腕の中に身を委ねて安らぐに任せていた。
その場面にはカティナも駆けつけていたのだけれど、どこかよそよそしい様子で言葉をかけようともしなかった。
確かに、この間のアルサ・オキサは間違いなくカティナが私に仕掛けたものだろうから。
コレットはここにたどり着いた時のようなふらついた足取りは無くなり、私にお礼を言って無事な様子を示してみせていた。
落ち着いたとみて良さそうだった。
「それで、コレットはどうして」
「転んだの……」
「転んだ?」
「ちょっと躓いて」
転んだ、という言葉をいうコレットの視線が泳いでいた。
何かを隠そうとしている様子だった。
実際、彼女の怪我は、顔や額や、たぶん胴体にできた痣が主体で、転んだ時にある擦り傷相当は不自然なくらいになかった。
しかもその痣は、おそらく転倒で発生したものではない。人に殴られたような感じ、というのがより妥当な気がした。
「そう」
でもコレットの言葉を疑って、自分の推論を通すことはできない。
「ね、ちょっとコレットと二人でお話したいけれどいいですか?」
「うん、いいよ」
「……わかった」
シェレネは素直に、カティナはやや目を伏せ気味に、視線を時折送るだけにしながら言葉数少なく答えた。
カティナについては、後で改めてわだかまりを解かないといけないだろうか。
そうして、コレットとだけ話せるように、少し孤児院から離れた路地で、人通りの少ないのを見越し、人払い結界のつもりで認識阻害を私とコレットの周囲に張った。
不用意な言葉を聞かれたくないけれど、不自然な認識阻害は治安部隊の人を警戒させるので、なるべく手短に済ませたかった。
「おねーさん」
「人払い、しておきました。他の誰かに聞かれることはありません」
「そんなこと、できるの?」
「できますよ? 私おねーさんなので」
コレットが、私の施した結界を見てだいぶ昂ぶった様子だった。
影を落とすような出来事があったんだろうけれど、言いたいと思うまでは無理は言えない。
「私も、これからできるようになるかな? その、魔法のお勉強とか」
「そうですね。私やシェレネやカティナが知っている範囲なら教えられるようになるかとは思いますが、コレットはもっと多くの魔法を覚えられるはずです。なので、王立の魔法学校を目指すのが良いかと」
「王立……王都の? でも高いんじゃ」
「魔法の素質が高いこは国の宝です。コレットは特待生も狙えるはずですよ」
張った結界が、コレットの夢と希望に繋がったのはいい傾向だった。目を輝かせて、肩くらいまで伸びた髪はやや縮れて枝が分かれているけれど、一つ一つのパーツが整った顔立ちはまさに宝石の原石のよう。
私がここに来た当初に比べて少しふっくらして、背も伸びたかもしれない。
彼女に魔法学校の道を示したけれど、たぶん彼女はそれまでの間に、私を見習って隠密や感知を習いたいと言うかもしれない。
ただそれを、私は教えるべきかとても悩んでいた。コレットは向こう見ずな感じで、隠密や感知の魔法をやり取りするのに必要な状況判断能力が未熟だったから。それがついてから学ばないと無駄になる部分があったので、それよりまず基礎を磨いてもらいたかった。
「わぁ、私魔法学校行きたい」
「それなら、魔法以外のお勉強ももっと頑張らないとですね?」
「それは……うん」
一般教養はおまけとはいえ、一定水準を確か求められたはず。コレットがそれを及第点で満たすには、もっと学びの努力が必要だった。
「頑張る。それで、孤児院に恩返しする」
「そうですね。まだ時間がありますし、お付き合いしますよ?」
「リリおねーさん、見てくれるの?」
「ええ。あなたは私の恩人ですもの」
コレットが夢見る将来を思い浮かべる様がとても眩しく感じる。私も今できることをして、可能な限り恩返ししないと。
そのやり取りをする中にあって、少し生命感知と魔力感知を一瞬周囲に撒く。一般の街ゆく人々の歩みには、特に異常はないように見えるのでまだ大丈夫か。
「おねーさん?」
「え? ううん、何もありませんでした。そう、ブティって、名前にしたんです?」
「そう、拾った猫の名前。私がつけたの。元気になったよ」
「そう」
ブティとは、体の模様とほっそりボディから付けたらしい。
メインのお世話はコレットで、彼女に小さい子たちをつけて必要な付き合い方を学ばせているんだ。
「これでネズミも平気だよね」
「ええ。でもこれからコレットのところに、捕まえたネズミを持ってくるかもしれませんね?」
「えぇぇ? 捕まえたってことは死んだネズミ」
「そうですよ? ご主人、俺の獲物やるよ! って」
あの子オス猫なので、口調は合っているはず。
思えば城で飼った猫がよく捕まえたネズミを持ってきては、不慣れな使用人を失神させていた。なおその失神した中のひとりにエメルーがいたのはご愛嬌。
「ふえええ……」
コレットは想像して青ざめていた。
あれを最初にやられたら、まずびっくりするのは目に見えている。
「でも、悪気があってやるわけじゃないので、褒めてあげて。それでネズミがいなくなりますし」
「うん……」
そうして、不安そうなコレットの頭をそっと撫でてやると、気持ちが落ち着いたように、私に微笑みかけてくれた。
この笑顔を、大切にしないといけないと、誓わずにいられなかった。
そうしてふと周囲に改めて生命感知を撒けば、ちょっと良くない動きをするものが結界の少し離れたところであるように思えた。この人払いを察したものとは思えないけれど、何か不穏を察したものが慌てる感じ。
そろそろ頃合いと、私は人払い結界を解いた。
「さて、戻りましょうか」
「うん! あ、でもまだ私、今日のオーシア様のお勤め終わってない」
「お勤め?」
「1日1回の慈しみ!」
「さっき終わったんじゃないのです?」
「今日はまだ見つけてなくて」
いわゆるコレットが、『助けたがり』と職員に異名されている話。ただ、コレットが暫定"殴られ"たのはその奉仕活動の中だと思う。
やはり最低限でも、感知や隠密の魔法を知ってからのほうが良いか?
「コレット、今日はいったん帰って、明日2回やりましょう?」
「だめなの、今日助けないと間に合わないかもしれないから」
「それは」
「夕食までには帰るよ!」
でもコレットは、私の不安を振り切るように、いつもの自分であることを失いたくなさげに、駆けて離れて、私に手を振って雑踏の中に消えていった。
「あのこったら」
それは、彼女のいつもの習慣。
とても優しく、とても尊い、信仰の形。私ははっきりとはわからないけれど、でもそのおかげで私は『助けてもらえた』ので、無理に止めることなどできなかった。
でもその時、本気で止めておければと。
夕食に戻らないコレットを待つことになってから思ったのでは、遅かった。
コレットを待つ待たないで揉める子供たちを見て、私は先に子供たちに食べさせたいと院長に申し出て、それを承諾してもらった。
ミリナは心配でいて、私は待ってると頑張っているので、それはそれで了承する。
私が探しに行くというと、カティナが協力を願い出た。
「何か落ち着かなくて」
「わかった。お願い」
席を立つ中で、カティナが言葉通り居心地の悪さでそわそわした感じでいたのはわかったので、承諾する。
2人、街に出たら、すぐ手分けする。
コレットの名前呼んで、広く足取りを掴めるように探る。生命感知はできるだけ広く展開したけれど、探し歩くカティナの足取りしか掴めない。
しばらく膠着した探索が続く中、治安部隊の方に遭遇する。
「コレットという10歳の女の子が、夕食に戻る約束から帰ってない。背格好は年に比べて小さめです」
などの話を治安部隊の人にすると、人を割いて探してくれることになった。やや胡散臭い部分があって、私はあまり深くかかわりたくはなかったけれど、彼らも人として情に篤いところもあるのだと思う。私はありがたく彼らの協力を受けた。
ただその捜索にまつわる手がかりに、コレットの行動範囲の広さを伺えることが災いする。
協力してくれた治安部隊の人が、決まった順路を辿るものという話を聞いたけれど、それに関する情報を私は一切把握していなかった。
唯一それとなく知った場所は、私がコレットと出会った場所であり、孤児院からそこそこ距離がある、貧民街にほど近い場所だった。
そこから孤児院までの範囲をしらみつぶしにする方針になるところを、予め生命感知しても、それらしい反応はなかった。
すっかり日が落ちて、暗視か灯火無しで路地の影を伺えないくらいに夜の帳が落ちた。街灯をつけて回る魔法使いの姿を確かめながら、不安で押しつぶされそうな心を支えるように、コレットの名を呼んで反応を伺い続けた。
でも、長く、長く、捜し歩く時間を消費したけれど、何の手がかりもない。
「どうしよう、コレット……」
「しかしこうも広く探して何も見つからないとは」
「一向に感知にもかからないのは何かおかしくないです?」
感知。
治安部隊の人たちも感知魔法を張り巡らせて探してくれていた。
私の側にいてくれている2人、もう交代時間も近く残業であろうに、女ひとりで夜探し歩くことを危惧してつけてくれた。カティナの方にも回してくれているという。
それだけの人の目があって、しかもコレットの行動範囲の推測の範囲を探して、何も出てこない。目視でも、感知魔法でも、それらしいものを見つけられない。
その中にあって、おかしくないか、という推論に、急に胸騒ぎがした。
使っている感知は主に生命感知。しかも、コレットへの指向性を高める工夫をしているのに、効果範囲も魔力を振り絞って意識が途切れそうになるキロメートルレベルで頑張って探ってみたのに、何の成果もなかった。
これだけやってないのは、感知のやり方を間違えているとしか思えない。
だから、できれば使いたくなかった死者感知を動作させた。
虫や小動物ではない、人の大きさに限定し、改めて辿っていくと、ほとんど時を置かずに、子供の大きさの何かが、死者感知にかかった。
治安部隊の方と共だって、探り当てた場所にたどり着いて暗視で見る。灯火の魔法が届かない影は、雨を排水する役割の溝を覆う、落ちて嵌まらないための蓋の下にあった。
3人で協力して蓋を持ち上げて、確かめれば。
日中多くを語り合って、今後を夢見たあのコレットの、変わり果てた姿がそこにあった。
次回投稿は火曜日21時予定です。
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