<2> その祝賀会は裁判の場と化す
スコラを折檻したことは事実だ。
オーシアの教会が持ち上げただけで、聖女ともてはやされて、ライナルド殿下にあてがわれただけの女が、私の想いを踏みにじった罪は軽くない。
ライナルド殿下にユエラ王妃陛下のような悲しみを味合わせるような人になってほしくないと、そのことを日頃お伝えしていた。殿下も実の母の慟哭を目の当たりにしてきたことから、私の言葉を心に刻んでくださっていた。その、ライナルド殿下のお気持ちが、私にあるのであれば何も言うことはないのに。
ライナルド殿下は私ではなく、教会が連れて来た愛玩動物のような娘を愛でるようになっていた。
スコラはライナルド殿下の判断を誤らせるために、ライナルド殿下を誑かすためにオーシア教会が送り込んだ罠に見えた。
ただ私は、その罠であろうスコラを排するのに、当初冷静な判断を失っていた。
それほどに、最愛の人を奪われることに対して覚える、抑えきれない激烈な感情が大きかったから。
「スコラはあなたを惑わし国を傾かせる存在ですわ! それを殿下からのけようとすることの、何が間違いなのですか?」
「惑わすなどと言うな! スコラは、お前など及びもつかぬ、心清らかでオーシア様の慈しみを具現した娘だ。彼女がこの国を歪めるなどありえないことだ!」
今にして思えば、スコラをいたぶったことそれ自体は間違いだと思う。理性が吹き飛んで、命を奪いかねないくらいには彼女を傷つけたのは確かだから。
ただ私は、嫉妬に狂ったとはいえそれ自体になんの冒涜感もなかった。
ベルサーネス家がそもそも、彼女が奉ずる『慈愛と豊穣の女神オーシア』を形式的にしか扱っていなかった。領地に教会を置く分には容認したが、私は今の今まで、オーシアに礼拝したことがない。だから生涯に刻まれる信仰としてのオーシア像が、私にはなかった。
だからスコラに容赦のない態度を取れた。
このロヴァルドが国として主教とするオーシア。その教会が立てた聖女であるスコラ。彼女への仕打ちがもたらす信仰からの影響と、殿下への想いの大きさとは、天秤にかけるまでもなかった。
「目をお覚ましください殿下、国事に一線を越えた教会の意向を汲んではなりません!」
「私はすでに目覚めている! 誰もが『ファーステスがいれば国は安泰だ』などともてはやした言葉のほうが、この国の行く末にとって誤りだったのだとな!」
「なにを言ってらっしゃいますの? 正気で言っておりますの?」
そう、殿下の心がもはやスコラから離れる様子が感じられない以上、あの場で誤ったことになっても、私は気が晴れたと思う。それが、家や国にもたらす大事を度外視したならば。
あまりにもスコラへの想いが強すぎて、盲目が進んでしまったライナルド殿下に、私は何を言えばいいのかがわからなくなっていた。かける言葉がすべて、裏目に出てしまいそうで、喉の奥で一切を止めてしまっていた。
「まさかファーステス様が聖女様に暴力など」
「オーシア様の聖女様を虐げるなんて、冒涜にもほどがありますわね」
「のこのこと、とは殿下もうまく言われましたのね」
「あのお方ももう終わりですわ」
眺める観客となっている周囲の令嬢たちの噂話が、口々に聞こえてくる。
終わりといわれなくても、もはや取り返しがつかない状況は理解していた。
「そう、スコラへの仕打ちの重大さに気づかないファーステスのほうが、正気をなくしているだろう?」
「いいえ、私は覚悟も気づきもできておりますわ」
「ならば、これから言い伝えることは甘んじて受けろ。スコラへ行ったことは、けして許さない」
ああ、もはやライナルド殿下の心には何も届かせることができないのか。
いままで命に刻んで殿下と添い遂げるプランが、一切瓦解していくのを感じた。
ライナルド殿下は、アンラルト陛下とユエラ王妃陛下との間のただ一人の子である。そう、ひとりのみの正統同士である彼と私。
出会い自体は本当に幼い頃、歩けるかどうか、言葉が言葉になるかどうかくらいの歳に済ませていた。そのころから好きだった。他に何も見えなくなるほどライナルド殿下に想いを馳せていた。
その、私と彼の結婚の先に、私が王家と、公爵家のそれぞれの跡目を産みたいと願うことも、もうかなわないと知った。
「皆様、私の立太子を祝する会に参加されたこと、心より御礼申し上げる! 本日は私の立太子に際し、国事の変更事項があるため、この場を借りて皆様にまず公表したい!」
殿下が周囲に視線を配りながら、おそらくは今回スコラをエスコートした件について。
考えたくない。聞きたくない。
でも、これは今の私と、ライナルド殿下との今の間柄となったことによる末路なのだ。
「私ロヴァルド王国王太子ライナルドは、ベルサーネス公爵令嬢ファーステス・ノ・ベルサーネスとの婚約を破棄し、改めてオーシア教の聖女スコラと婚約を結ぶことを、ここに宣言する!」
そう、それは、私の抗弁と、私の行動がもたらした、罰そのものだ。
「これはすでに父王の承諾と、大臣会議の承認を得た決定事項である。国民への発表、対外的な発表はおいおい行っていく予定である!」
しかも、ただのライナルド殿下の先走った感情だけで終わらせていない。完全に正式な、正当な決定だった。
アンラルト陛下の追認だけでも十分すぎるところ、おそらくは父上の咎めの届かないところでの決定として、ライナルド殿下は根回ししきって認めさせたことになる。
「お待ちください殿下。恐れながら、ベルサーネス公爵として、本件は承服しかねる話であります」
「ベルサーネスか。だがこれは決定事項だ」
言葉を失っていた私に、父上が助け舟を出してくれた。
思いがから回って、喉が張り付くように乾いて、私は父上の救いがあまりにも心強く思えた。
「王太子殿下、我が娘ファーステスとの婚約は今後のロヴァルド王国の繁栄を祈念し、多くの関係者と調整に調整を重ね、議会の承認も取り付けて実現したものです。それを折ってまでする婚約者の取り換えに、どれほどの説得力がありますか?」
「そうだな、説得力、があればいいのだな?」
「殿下?」
ただ、ライナルド殿下は父上の言葉に一歩も引かないどころか、もう一つ決定的な何かを準備しているようだった。それは何か、胸騒ぎがする。心当たりがわからないのでもどかしさしかないのに、私に当てはまる何かとして、不気味に心に引っかかる。
「この決定は、ベルサーネス公爵令嬢ファーステスに別の疑義があることも根拠である」
「私に?」
「そうだ。おまえは、ベルサーネス派を強めるため、身近なものを国政の役職に取り立ててもらう推薦状を数多くしたためていたそうだな?」
「何を……身近で固めるなどそのような」
「将来の王太子妃となるものに取り入ろうとするものは少なくない。おまえの能力を思えば、私などよりはるかに頼る価値があるだろうからな?」
その推薦状自体も、すべてが嘘というわけではない。
将来の王太子妃になることの研修として、各種の公務を代行する中で、人事権に携わるものに学びを得る機会があった。そこで適材適所を振り分け、あるいは新規の登用者を吟味し、適切な配置となるように詰めたことがあった。
派閥の理論も重々承知し、けして誰かの力が強くなりすぎないようにと配慮していたのに。
「ファーステス」
父上に案じられるような呼びかけをされる。
後ろめたいことは何もない。
でも、何が起きたかは理解した。
「確かに、人事に関わる部分で助言をいただいたことはありますが、多く配慮を重ね、けして利益誘導が起こるようなことにならないようにしておりましたわ。それなのに」
「そう利益誘導だ。ファーステスの後ろ盾があれば後々宮廷で大手を振って立場を主張できるようになる。そう、お前は王家ではなくベルサーネスの利権を強めようと画策したのだ。よくそのような建前でごまかそうとしたな?」
何かおかしい。
ライナルド殿下は人が良く穏やかな方なので、そういったところでの為政者としての不安はあるけれど、無能というわけではない。そう、つまり殿下は人を貶めることに頭が回る方ではない。
何か大まかに私を絡めとるための入れ知恵をしたものが、他にいるのではないか。
「それはどなたが言っていたのですか? 証拠はあるのですか?」
「証拠なら陳情書として受け取った、ファーステスに追いやられた家のものの訴えがある」
と、ライナルド殿下が告げると、彼の侍従の一人が特別な指示もなく現れて彼に文書を手渡した。王家の主催だから、あちらは傍仕えも会場のどこかで伺っていたのか。
あまりにも、準備が良すぎる。
「確かめさせてもらってよろしいです?」
「好きにするといい」
私は殿下の手からそれを受け取って、一枚一枚文を確かめていく。文書の体裁から、内容から、公式に殿下へ届けるために作られた上奏文として十分なものがあり、それぞれ別々の人からの訴えであった。役目を失った家のものが、不信に心を病んだなどといった内容もあった。
ただ何より、私だけでなく、ベルサーネス公爵家に関する非難が交えて書かれていることが、よりこのことの重大さを明確としていた。
「ファーステスがしたことは、王家をないがしろにしベルサーネスに実権を握らせようとする働きに他ならない。それを放っておけるわけがないだろう?」
「そんな、私はそんなつもりでは」
嵌められた。
もうそれ以外に言いようがない。
人事に関わることをここまで利用されるなんて。
「娘も私も背任のつもりで国政に関わったことはありません。私への支持は王権への支持に同義となるように常日頃戒めて」
「ベルサーネス、お前たち父娘の言い訳はもはや聞くに値せぬ。ライナルド、この場うまく裁いてみせよ」
「はっ、父上」
その私の父上の、殿下への諫めの言葉を、アンラルト陛下が遮った。
しかも、裁く、という言葉を使って。つまりこれからライナルド殿下が伝えることは、王の言葉を代わることに等しいのだ。
小声での周囲のささやきは、あえて耳を傾けなかった。その中に私にとって有益なものはなにもないはずだから。
ただ父上は、私が誤りをけして咎めなかった。それはきっと、私が可愛いからというだけではなく、どこかで王家が我が公爵家を切り離したいと考えていたことを知っていたから、だと信じたい。
「静粛に。婚約破棄に関し異議あるもののため、その決定に至るファーステス嬢の罪科を伝える。ひとつ、オーシア様の聖女であり、我が新しき婚約者であるスコラを虐げ傷つけた、信仰冒涜と傷害の罪。もう一つは、ベルサーネス公爵に近しいものを増やし、王権を脅かそうとした背信の罪だ」
改めて整理され、その重大さを示されれば、この場の多くが私を罪あるものとしてつるし上げる心に傾いたようだった。
「よって、ファーステス・ノ・ベルサーネスは『平民への降格』とし、同時に『ベルサーネス公爵家からの除名』を言い渡す。ファーステスの全所有資産はベルサーネス公爵家のものとし、一切の財産の持ち出しを認めないものとする」
だから、ライナルド殿下が言い渡した裁定には、静まり返ったこの場の誰も、異論をはさまずに通されていた。
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