<16> 幼心を結ぶ弓の弦
手に戻ってきた『エミナ・ノ・ユミハリ』は、この領都にて舶来の長弓を手がける職人の銘である。その職人に実際に会ったことはないけれど、在りし日に張って引いて射たときを思い出せば、その職人技の優れているところが手に取るようにわかるもの。肩にかかる重み、引いてぶれない弦、そして、同じ引き方をすれば同じ飛翔をする精度。
それが期待できそうな手元の弓は、成人の日に頂いてからずっと、愛用してきた私の弓だった。
「ありがとうエメルー」
「いいえ。お嬢様がご無事であったことを知れて何よりでした」
弓を抱くように持つと横幅が酷いので、左手に握って脇の下に下げた。
とてもしっくり来る。お帰りなさいと、そっと弓に囁いていた。
エメルーに、父上に返答する手紙をしたためるためと、教会の客間で少し待って貰った。
子供たちが、弦を外された状態の、逆方向に大きく反り返る長大な弓を見て、口々に「長い」「大きい」などなどといった言葉を言っているのを聞く。
「高い弓なので触ってはダメよ?」
と院長がたしなめていたけれど、好奇心のお化けな小さな子供たちに、どこまで聞き入れて貰えるか不安でしかない。それでも、大切なお礼と返答と各種口利きを書き添えて、完成したものをエメルーに託した。
「ではお預かりします」
「あと、今日の守備隊長さんにもお礼を」
「今日の……ふふ、かしこまりました」
何かエメルーが含み笑いをした。
今日の守備隊長という言葉がなぜそこまで重要なのだろう? あの時の隊長も、その言葉に反応して対応してくれたように見えたのだが。
「彼は、お嬢様がとてもお世話になった方ですからね?」
「そうなんですか?」
「はい」
エメルーの含みがあまりにも気になる。確かに、どこかで見たことがあったけれど、なんという名前の人でどこで出会っているのかがまったく思い浮かばない。
でも孤児院の敷地内、あまり深くエメルーに問うと、私の正体などなどで面倒をかけかねない。
「それでは、いろいろありがとうございました」
託した手紙を携えたエメルーは、孤児院の出入り口で深々とお辞儀をすると、足早に立ち去っていった。
再会を喜ぶ時間はとても短かったけれど、潜伏し正体を隠している今の私には、貴重で、尊い時間だった。
あの在りし日のようにはいかないのは当然である。それでも、、こうして預かった弓を引くことができれば何かが見えてくると思う。
エメルーを見送りながら決意も新たに孤児院の建物の中に戻ると。
「エミナ・ノ・ユミハリ」の銘ある弓は、弦を繋がない姿のまま孤児院の子供たちに胴上げされたり曲げ伸ばしされたりして弄ばれていた。壊してないよと上目遣いしているが、それとこれとは話が別。
「院長先生の言いつけが守れない悪い子はどこかなぁ?」
私は半ば責め加減に、いたずらざかりを追い回していた。
正式に紹介されていなかったので、私は集められた孤児院のこたちの前で、改めて紹介された。
「今日から、この孤児院で働く、リリ・ヴァルディさんです」
「リリ・ヴァルディよ。よろしくね」
子供たち相手だからこそ、けじめをつけるように努めて大人の立場としての挨拶をした。
「リリさんだぁ」
「よろしくねー」
「髪長い……」
「おっぱいでっけ」
「っ!?」
口々に感想を漏らしている子供たちを前にする。コレットが中にいて、手を振っている様子が見えたので手を振り返す。
気さくな女の子と見惚れてる女の子といるので、そのこらも笑顔で返す。
なお胸のことしか意識の向いてない悪ガキについては後で〆るの確定で睨み返してやる。
直視できなかった少年がいたように見えたのだけれど、それはきっと「人生の男女の巡り合わせ」の意味で悪いことをしたかもしれない。
「リリさんが領主様にお願いしてくれたので、孤児院に余裕が生まれました。今後大きな子の社会学習を除いて、無理に働かなくても良くなりました」
「リリさんに感謝するようにね?」
シェレネがダメ押しするように院長へ添えて、子供たちに訴えていた。
孤児であったことの延長線で孤児院務めと、聖職者としての修練をしているシェレネのそれは、もっともお姉さんであることの威厳もあるように感じられ。
「シェレねーちゃん……とどっちが大きいか」
「へ、変な比較しないで!」
なかった。さっきの胸にしか目に言っていなさそうな悪ガキの発言にシェレネは慌てて、取り乱していた。そこは手玉に取られてもやむを得ない場面かもしれないけれど、シェレネは発育は悪くないと思うのできっと孤児院自体は食事も衛生も良いのだと思う。
その水準がしばらく損なわれていたのを、また取り戻せたので良しとすればいいか。
もっとも、この悪ガキには然るべき罰を与えなければ……
ただそんなやり取りの間、カティナはずっと黙ったまま、私の方を睨むように見ていた。
できればあなたにも挨拶をしてもらいたかったのだけれど……
顔合わせを済ませた後に、院長は「しばらくできなかった炊き出しの再開」をカティナに進言した。
院長はあくまでも孤児院の院長なので、いわゆるオーシア教会としての慈善事業にあたるからカティナを通すのだと思う。
「そうね、誰かさんには一応感謝するわ。どういう魔法使ったか知らないけれど……」
エメルーが包んで持ってきてくれた一時金が相当な額だったからこそ、可能になったこと。私は聖職者ではないものの、オブザーバーなお手伝いとしての参加を求められた。
孤児院の面倒見はどうするかといえば、そこは年長な子供にお留守番をお願いする形になった。
預かっている子供でいったん名前を覚えられた大きい方のこが、
最年長が14歳のロゼリア。
私を助けてくれたコレットは10歳。
髪を綺麗と言ってたミリナが11歳。
胸しか目のいってないすけべなオスガキがプレスマー、12歳。
私を直視できなかったっぽい男の子はアラディ、10歳。
あとの子は10歳未満くらいな様子なものの、挨拶の場面には顔を出してはいない。仕事をしているうちに覚えていこうと決めて、初仕事の前にプレスマーを〆るために地下室送りにした。
その後プレスマーが完全に私にトラウマを覚えたらしく、しばらくシェレネに隠れるようになった。
シェレネに「何したの? もう、リリさんってば大人気ないよ?」と宥められても、これくらいの年のころから序列を教えておかないとと、厳しくつっぱねた。
炊き出しの日を迎えるまでの間、私はシェレネの家事の手伝いと、子供たちへの読み書き算術に、魔法の資質のあるこの基礎訓練を手伝うなどした。
魔法の資質についてはまちまちであるが、特に強い資質があるのがコレットだった。
教えた通りに身体に魔力をゆき渡らせるように試みれば、もっとも光り方が強く出たのがコレットだったから。
「コレットちゃんすごいよー!」
「ええ、そうかなぁ」
髪のことといい良いことを良いと称えられる素直なミリナに抱きつかれて褒められているコレットが微笑ましかった。
シェレネもカティナも、コレットの思い込みの強さと勝手な人助けの突っ走り具合には少し困っている様子だったのだけれど、おかげで私が救われたのだから、恩人に不用意なことは言えない。
むしろ、才覚あふれるこが、少々人格面で自重がないことが何だというのか、とも。
ただコレットは魔法の才覚に対して、文字の読み書きの習熟速度や運動面は不安があったので、それはバランスなのかもしれない。
「リリさん、コレットに入れ込んでる?」
「恩人なのでいろいろ気にかけてしまいますよ」
「そう、でも子供はコレットだけじゃないからね?」
シェレネに、肩入れ度合いを指摘されたので訳だけは話したけれど、人にものを教えるのにあまり一人に専念すると他の子に影響するので、そこは気をつけることにしなければならないと。
でも私はたぶん、コレットと他の子供を今後同列に見ることはできないくらいには、彼女から与えられたものが大きかった。
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