<15> 在りし日とめぐりあう
その後、返答は夕方を待たずに届けられた。
届けに来た人の顔、声、名前に覚えがあった。
いいえ、覚えがあったどころの話ではない。
「ベルサーネス公爵家で侍女を務めております、エメルー・ラウレッサと申します」
「ど、どうも、シェレネです」
「カティナ・ウェルサックよ」
「リリ・ヴァルディと申します。エメルー様」
孤児院に訪ねてきた彼女を教会側の応接室に招き、三者三様であいさつをした。
エメルーも壮健でなによりだった。
そう。エメルー・ラウレッサは私が在りし日のときに専属のメイドとして仕えてくれていた。私が庶民に落ちた後は自分の身の安全を確保するのが最優先で、彼女になんの言葉もかけてあげられなかったのは心残りだった。
それがこうして、再会できたことは……
いけない、感極まりそう。今の私はファーステス・ノ・ベルサーネスではなく、孤児院職員のリリ・ヴァルディなのに。
「孤児院に来客用の応接室がないので、こちらで失礼しますね」
「はい。わざわざありがとうございます」
お出迎えに大勢である。今はエメルーのほうが貴賓の立場であるから、失礼はないだろうか、と案ずるべきところだ。
シェレネはその点で恐れ多くありそうに感じるけれど、カティナは無作法が過ぎる。教会に重きがあるし、何より一使用人であり、地位的な面も含め遠慮もいらないと思ったのか。
なので、私が謙遜を示して応じた。
「今日こちらに訪問したのは、領主であるベルサーネス公爵よりこちらの内情の確認と、返答の手紙を私に来たためです」
「返答っ!?」
「ありがとうございます、謹んでお受けいたします」
「リリっ!?」
カティナが驚くのも無理はないと思う。あの城門の方の精勤ぶりを考えれば、どうしてもそう反応するしかないだろう。
陳情を送るには直訴じみたやり方は非正規ルートだ。もっと間に信頼のおける取次できる地位の人を通さなければ、門前払いもやむを得ない。
「あと、リリ様」
「はい?」
「あとであなただけで一緒に来てくださいますか?」
「ええ、かまいませんよ」
エメルーが目くばせをしながら、私に促していた。
ヴェール越しで、目だけでは私を判定できないはずである。姿見だけではたとえエメルーでもわからないはず。それでもなお、私だけを呼ぶことの意味は何なのだろう。
「あの、お言葉だけどエメルー、さん。リリに要件というのは、公爵令嬢であるファーステス様と関係があるの?」
「そうですね、存命でご無事であると伺ったことの確認でもあります」
「ならここで、ここでも大丈夫なはずよね?」
「カティナさん、ファーステス様はお噂で、『庶民落とし』と『ベルサーネス家からの除名』を受けたと聞きました。それは、もし公爵家との接点をありのまま作ろうと試みるのは、親子ともども国家反逆罪の疑いをでっち上げられても文句の言えない行為なんですよ」
「どうしてそんなことに」
疑問を抱くカティナに事情を説明したのは私である。
それらを想定したからこそ、領都に戻ってもけして、自分がファーステスと名乗って城を訪ねなかった。
「ファーステス様への裁定は国王の判断。つまり国の意思なのです。立場を奪われたのに、それを折って実家を頼ろうと試みるのは、それに不服を申し上げること。翻意そのものなのです」
「ふうん、王侯貴族ってそんな難しいことに気を使わないといけないんだ?」
「王侯貴族だからですよ、カティナさん」
「あの、リリさん、なんだか我が事みたい」
「え、ええ? これは想定、想定の話なので」
今までカティナの勢いに押されて主張しなかったシェレネが口を開いた時に気づいた。
つい語りこんでしまっていた。
「そうですね、リリさんはとても事情に通じていらっしゃる方。お嬢様ともきっと話を弾ませられたのだと思います。かねがね……お嬢様は話しの合うご友人を求められておりましたので」
まるでエメルーが話を合わせようとしているかのようだった。
やはりエメルーは、私がファーステスであると知っているみたい。
「ファーステス様、そのようなことを言ってらしたのですね」
「ええ。短い期間とは申せ、良き友人に巡り合われたのですね」
思いが吹き上がりそうだったのを必死で抑え込みながら、合わせた話に沿った台本をなぞることにした。
「わかりました。いろいろ伺えて感謝いたします」
要件自体はそれほど長い内容ではない。
手紙の内容をその場で改めれば。
『孤児院の窮状について知らせてくれてありがとう。
詳しく調べ正しく資金が降りるよう手配する。
手短に渡せる金貨をエメルーに託しているので受け取ってほしい。
不足の補填にはしばらくかかるので必要があったら伝えてほしい。
また、ファーステスの無事を伝えてくれて感謝する。
お礼として、彼女が使っていた弓を渡す。しかるべき職人のものなので、売ればいい金になるだろう。
娘によろしく伝えてほしい。
ベルサーネス公爵フアンザース』
間違いなく、父上に手紙が届いて、父上から返答を貰えた。
手紙を改めた後に、孤児院を少し離れた場所に止めている馬車のところにエメルーは私を招いてくれた。
それは、運んでいるものが運んでいるものだから。
エメルーが私をひとり招こうと試みているのを見て、カティナが訝しんでいた。それを鑑みて、ふたり孤児院から距離を置こうと試みたときに生体感知を向ければ、多数の領都民の反応の中に私の動きを追うものを伺えた。
「リリさん?」
「しっ。カティナさんが疑問に思わないわけがありません。撒きます」
「それは……あの、リリさん!?」
少し思わせぶりなことをやり取りすればやむを得ないことだ。
遠回りをするようにくねった道を走れば、追っている彼女の感知反応もそれを追うように走り始めた。
感知と潜伏の魔力勝負をしていなかったから、きっとカティナにその手の魔法の知識も技量もないと思う。見られない場所を探って身を潜めてから、近接したエメルーごと認識阻害・消音・迷彩をかける。
カティナは私たちが見当たらなくなったあたりを見回して探したが、見失ったことを知って諦めて立ち去った。
安全を確かめてから隠密魔法を解いて、エメルーに馬車の場所まで案内してもらった。
「はぁ、一時は何事かと思ったのですが、やはり追われていたのですね」
「ええ。ちょっと、彼女は、カティナは私のことを怪しんでいる様子だったので」
「なるほど。ところで……」
馬車にたどり着いたところで、エメルーは私が急遽の対応を行ったことに何かを確信してか、正面からぎゅっと抱きしめて来た。
「エメルー、さん?」
「そんな他人行儀な呼び方はおやめください、お嬢様」
「いいえ、私はあなたの主では」
「ええ、私が勝手にやっていることです。もし本当に勘違いだったらはねのけてください」
腕にこもる力が強すぎる。少し痛い。
はねのけろと言われても無理なんじゃないか。
それくらい力が強かった。
「間違いありません……よくぞご無事でした」
でも、こんな状況においても治安部隊の人が目を光らせている可能性がある。
できれば、判明させたくない。
「エメルーも、良く来てくれましたわ」
「やはりお嬢様じゃないですか……」
なのでお互い近い距離でしか聞こえないような声で、言葉を交わしていた。
「訳ありがひどすぎるので、あまりおおっぴらに名乗れませんわ、エメルー」
「承知しております……本当に、良かったです」
「ああっ、感極まるのは私も……」
エメルーの声に涙が混じってるのを聞くととてももどかしくなる。
いけない、有り余るほどの胸が熱すぎて、目頭が熱すぎて。
この再会の時がとても尊かった。
「お嬢様、今はリリという孤児院の職員としていらっしゃることにいたします」
「助かりますわ」
「それと、あの弓がリリという人にお礼として下賜された名目ですが、お嬢様の大切にされていたものをなぜと思いました。改めて納得いたしました」
「そう、弓」
エメルーが、彼女の乗ってきたという馬車の窓の中を見せれば、車内の隅から隅に通されるよう、斜めに立てかけるように弓がそこにあった。
とても窮屈そうにそこに収められていたけれど、張力を利用するようにまず押して、それから引っ張り出せば馬車からその姿を目の当たりにできた。その長さは、その弦のないときの強い反り具合は、間違いなく私の使っていた弓それそのものだった。
「私の弓……」
「思えば、お館様は、お手紙の主がお嬢様であるとわかって、これを渡すようにと持たせてくださったのですよね」
張られていない弦の状態で保管されていたそれは、背丈よりはるかに長かった。
持ち手を握り、掲げれば、それは手元を離れてから長くも短くもあった期間を感じさせる、なつかしさがあった。
「ありがとう、エメルー」
「いいえ、私はお渡しに来ただけにございます。今のお礼は、お館様にお伝え申し上げます」
「それでもかまいませんわ。でもこれで……」
でもその期間は、鈍るというには十分すぎる。それだけの間、私の手を離れていた証拠であるから。
「弓の練習ができますわ。……おかえりなさい。私の弓」
私の手に戻ったその弓、『エミナ・ノ・ユミハリ』は、今までと、これからを結び、繋ぐきっかけとなった。
今日はもう一本いきます。
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