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14/22

<14> 今までとこれからを繋げる

 院長先生は、私のことをまず勤めている二人の職員女性に紹介した。

 時間は子供たちがおおよそ寝静まっているころの遅めの時間。声を聞かれないよう、教会側の応接室でやり取りすることになった。

 ひとりは孤児院育ちがそのまま聖職者としての立場を得て、引き続き孤児院の職員になったこ。名前はシェレネ。薄く赤みがかった、桃色ともとれそうなストレートロングをした、私のひとつかふたつ下くらいの見た目の少女で、私のことには比較的寛容だった。院長の決めたことの意図を汲んで、丁寧に「よろしくね、リリ」と手を取ってくれた。

 もうひとりは王都の大教会から派遣された、おそらくは研修生で、カティナ・ウェルサックと名乗った。燃えるような赤い髪が映える、やや不機嫌そうな様子でいる女性だ。名字があるということははっきりとした家柄があることを意味する。接続詞の「ノ」がないので、爵位のある家ではないと思う。私より若干年上くらいか。

 そのカティナは、握手を求める私の手を払い除けた。


「どういうつもり、孤児院に潜り込んで何を企んでいるの?」

「カティナ、彼女は真心からオーシア様の元で子供たちのためにと」

「先生には聞いてない。ねえ、この間治安部隊の人来たの、あなたのせいでしょう?」


 院長の諫めをのけて問い直すカティナの言葉を聞いて思い出した。

 治安部隊が来てから結構時間が経過したことについて。


「あなたはリリ・ヴァルディじゃなくて、フアノンっていう奴隷女でしょう? 今すぐ突き出してやるわ」

「それは他人の空似だと思います。フアノンとは一体」

「とぼけないで! ただでさえ孤児院はお金足りないのに、雇う余裕ないのわかってますよね先生!」

「カティナの言うことはもっともですが、リリさんはオーシア様の赦しのための奉仕を望まれてここに」

「私は最低限の生活ができればお金は」

「オーシア様の御心だったら、ここより他にいい孤児院あるでしょう! だいたい、ベルサーネス公爵はオーシア様への寄付が足りなさすぎて、この孤児院の運営に全くお金を回せてないの! 子供たちにちゃんと教育させてあげられなくて、働いてもらわないといけないなんて!」


 寄付が足りない?

 ベルサーネスの公爵家は確かにオーシアへの不信感はあっても、孤児を困らせるようなことはしていないはず。

 特に自領の領都なら尚更。記憶が間違いでなければ、領都の孤児院はここの他にふたつあったと思うけれど、分け隔てなく対応していたはず。

 それは、ある意味私の責任でもある。お世話になる手前、働かずにはいられない。


「その、カティナさん、そういうことなら力になれるかもしれません」

「はぁ? 領主が平民の意見を取り入れるわけないでしょう! そうじゃなければこんなに苦労しなくても」

「私実は領主様につてがありまして……実態を確認させてもらっていいですか?」

「領主につて?」

「リリさんっ!?」


 私がつて、というと院長がつい驚いた様子でいたが、目配せでうまくやれることを訴えると、引き下がってくれた。


「何言ってるの、できるわけないでしょう、どんなつてがあるっていうの」

「そうですね、私、ベルサーネス公爵のお嬢様と友人なんです」

「お嬢様って……あの傍若無人な貴族の掃き溜めみたいな令嬢のこと?」

「ちょっとカティナ、ファーステス様はそんな方じゃないですよ」

「なに、シェレネは見たことあるわけ?」

「そ、そういうわけじゃないけど……悪い想いした人の話聞いたことないし」

「私が見たあの人は、どこか近寄りがたいよくあるお貴族様って感じだったわよ」


 うええ……

 それはまあ、人の上に立つ以上舐められてはいけないので、尊大な態度を見せていたかもしれませんが……

 私はその勘違いぶりにげんなりしながらも、平静をうまく装い直した。


「そのファーステスお嬢様を、私は動かせます」

「ふうん、できるならやってみせてよ。言っとくけど、やりくりがきついからあまり時間はないわよ?」

「ええ、お任せください」


 その傍若無人な貴族の掃きだめが、汚名を返上させてもらうことにする。

 とりあえず孤児院に仮の職務席をいただいたので、文面を見られても問題ない程度に気をつけて父上宛に手紙をしたためることにした。手紙のための用紙は限られた機会にしか使わないような、きれいなパルプ紙を使わせてもらえることになった。

 ただ、どうお金が足りないのかを具体的にしておきたいと、シェレネとカティナの協力を仰いだ。

 ふたりには、孤児院と教会でつけている会計帳簿を出してもらう。シェレネが孤児院側を、カティナが教会側を担当してつけていてくれたらしく、それぞれから帳簿が提出された。

 それを軽く眺めた限りでは、教会の収支も孤児院の収支も丁寧にやりくりされていて、特に無駄遣いを行なっている様子はなかった。ただ中央の大教会に対して送る額の大きさに配分を圧迫されて、孤児院の年収入が金貨30から40枚程度しかない。子供の数が10人ちょっといて、院長とスタッフ2人がいるという環境を考えれば、孤児院の運用だけでも年に金貨換算で150枚から200枚は必要なはずだ。実際、大きな子供が稼ぐお金の入金と、スタッフが外で稼ぐお金でまかなっている感じのようだった。


「カティナさん、その、職員入金はどのような方法で」

「それは夜酒場で働いたりとか」

「夜、酒場……」

「花街の身売りはやってないからね?」

「えっっ」

「え?」


 カティナは貞淑であることを訴えていたのに、シェレネは花街という話題に心当たりがあるらしく噛み合わない反応をしていた。

 シェレネ……そんなことをしてまで。いくら孤児院のためとはいえ、身売り同然のことをさせてしまうなんて申し訳ないことこの上ない。いくらオーシアがその仕事の存在を推奨していようとも。それに私の年下ということは、そもそもそういう仕事をするのは問題しかない。

 ともあれ、2人に不本意な就業をさせていることも好ましいとは言えなかった。

 子供たちが、職員が、身を粉にしなければ足りない状況はどうにかしなければならなかった。


 羽根ペンにインクをしみこませ、丁寧に継ぎ足しながら文をしたためていった。


『親愛なるベルサーネス公爵様

 南区にある孤児院の財政逼迫についての窮状を申し上げます。この孤児院と、その隣接のオーシア教会への出資額が不十分であるためのようです。これは、王都大教会の徴収比率上昇によることへの未対応が主体と思われます。

 もしこの窮状に対して真心を尽くしてくださるのであれば、どうかご厚情を賜れますようお願い申し上げます。


 追伸:

 ファーステスさんは生きております。

 息災であるため、ご安心いただけますと光栄です。


 リリ・ヴァルディ』


 手紙は書いた。

 でも、単純に孤児院から直接では、きっと取り合ってもらえないと思う。

 できれば、この領で教会と領主をつなぐ役割の方に預けたら……でもそれは、もし中抜きなどしているような不正役人であったなら、私の手紙を覗き見て破り捨てるかもしれない。だから私が直接届ける必要があった。

 できれば、顔パスで私を確かめてもらえる立場の人に取り次いでもらえたらと思う。

 あの出入場管理の下士官の言葉が正しいなら、しかるべき地位の人に会えたらいけると思う。

 そういった想定を考えつつ、私は孤児院のスタッフである衣装に身を包み、外出することを伝えて、一路領主の居城を目指すことにした。


 ベイシスの西側が港で、城は中央にそびえてる。

 城の周囲は海に注ぐ小さな川の流れを利用して作った水堀で囲われている。

 普段降ろされている跳ね橋の脇には、城の入り口を守る門番がふたり立哨していた。

 人通りが多くならないよう、また防衛上この城の付近は建物を少なくし、たとえそこに建物としてそこにあっても、それらはほぼ空き家にしていると父上に聞いたことがある。ご先祖様がこの城を築かれた際に、この空き家のような建物が砦のような機能を果たすようになっている。その出入口は外から見ているのは張りぼてで、地下に張り巡らされた下水路やトンネルを使用しなければ侵入できないようになっているという。


 という経緯が思い浮かぶくらいには、いろいろ懐かしかったものがそこにあった。


「なんだ? お前のようなものの都合は聞いていないぞ」

「すみません、領主様には事前に話を通しているのではないですが、お手紙を届けてほしくて」

「まて、このもの孤児院の人間ではないか?」

「陳情書はすでに3回は受理しているのだが?」

「そんなに」

「それでもなお要求するとはどういうことか?」


 私の姿に門番が問い合わせたので、要件を言えばどうやら何度かカティナあたりが訴えを出していたようである。彼女の情熱を思うととても申し訳なく思えてくる。それでもなぜ改善されないのだろう。

 彼女が「領主が平民の意見を取り上げてくれるわけがないでしょう」と言っていたのは、このことからなのか。


「それは、その、まだ十分ではなくて」

「追って状況を連絡するのを待てないのか」

「帰れ帰れ、ここはおまえのようなものがうろついていていい場所じゃない」

「お願いです、せめて少しでも」


 ああ、やはり正面からではだめだったのね。

 でもできれば認識阻害などの魔法をフル稼働しての忍び込みは、実家の領地ではあまり使いたくない。特に防衛強度の必要な城に入るためにそれを行使するのは好ましくなかった。


「ええい、いい加減にしろ、治安部隊に突き出されたいか!」

「それは」


 食い下がってすがりつくと、より門番が頑なな対応を取る。

 それはそれで予想通りであったけれど、まだこないだろうか。まかりなりにも困窮を訴えるためのものを、無下に扱うことは父上が好まないはずである。門番がそれをわからなければ、その上司の責任なのだ。


「おい、どうした? 何があった」

「また孤児院の陳情書だそうです!」


 そう思えば、門番の上官らしい人が橋の向こうの城壁の上からこちらに声をかけてきた。

 橋自体はそれほど長いものではないから、それほど声を張り上げなくても伝わってくれている。


「送り返せ! まだ前の陳情の件の解決ができていないだろう!」

「わかりまし……」

「あなたが上官さんですか?」

「んん? お前いつも来ている女ではないな、何者だ?」

「リリ・ヴァルディと申します! 今日から孤児院でお世話になっております! 今日の守備責任者さんですか?」

「確かに俺は守備隊の隊長だが? ん、今日?」

「とても大切なお手紙なんです! せめて目を通していただけるだけでも!」


 奇をてらう必要はない。とにかく想いのかぎりを言葉としてぶつけるように。


「今からそちらに行く! 待っていろ!」

「ありがとうございます!」


 目を通してもらうだけでも、という言葉に応じて、守備隊の隊長が来てくれるようである。

 しばらく待っていると、城壁の階段を下りて橋をこちら側に渡ってその守備隊長さんが来てくれた。

 いざ近くに来たその顔は、どこか見覚えがあった。


「で、手紙とはどれだ」

「こちらになります」

「ふむ、では読ませてもらおう」


 守備当番の隊長ということは、そこそこしっかりとした地位のある人だと思う。

 特に、門番を務める兵では字が読めない可能性があるところを、きちんと文字が読めている点で必要十分だったから。


「随分と丁寧な言い回しができている文であるな。前に通い詰めていた修道女とは偉い違いだ。それに……ファーステス様、だと」

「はい。私、ファーステス様の消息を心得ております。ただ、庶民に落とされた以上軽々しく御父上である公爵様と会うことはできないと」

「なるほど、お前はその変わりに伝えに来たと」

「はい。ファーステス様から、父上にはいつまでもお元気でいてくださいとも伝えるよう言われております」

「わかった、伝えよう」

「ありがとうございます」

「要件は以上か?」

「はい。よろしくお願いいたします」

「うむ」


 当たり障りのないやり取りだった。

 でも、受け取ってもらえるという足掛かりを作ることができただけでも良しとしたい。

 深々とお辞儀をして、それが無事届くことを願って私はその場を去った。


 その後私のあずかり知れぬところ。


「隊長、なんでわざわざ孤児院の陳情など」

「あの人が誰かわかれば、絶対受け取らないわけにはいかないだろう」

「それはどういう」

「……本当にご無事だったのですね、ファーステス様……」

「隊長?」

「いや、なんでもない。お館様に伝えてくる。しばらく外すぞ」

「はっ」


 やはり私の手で届けたこと自体が、正解だった。

明日も投稿予定です。

読んでいただきありがとうございます。

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