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<13> 奉仕すべきは人の縁

 目を覚ました時には、あまり柔らかくはないけれど、できる限りの救護を行えるように誂えられた、ベッドの上だった。


「ああっ、気がついた、おねーさん?」

「ん……確か、あなたは、あつつぅっ」


 孤児院に連れてきてくれた、あの少女がそこにいた。

 名前は確かコレットだったか。


「せんせー、おねーさん目を覚ましたよー!!」

「まあ」


 すぐそばで座って控えていた、あの時私の応対をしてくれた孤児院の初老の女性が、私の枕元に来た。

 上体をつい起こすと、女神に蹴られた脇の下付近に猛烈な痛みが走った。


「はぁ、はぁ、いっったぁ」

「まだ起きないで、たぶん女神オーシア様が許しの前に行なったことが原因です」

「っっ……ふぅ……その、許しの前に、とは」

「私どもはどうしても、罪深くあるものです。オーシア様が愛の鞭を授けてくださる時、その罪が許されると聞きます」


 なんの罪か。

 私からライナルド殿下を奪った聖女への、私的制裁を理由とするなら、不当以外の何物でもない。

 ただ、これは。


「あの、こういったことは、っつっ、私以外にもあるのですか?」

「そうですね、あなたほどひどい症状が出ることはほとんどありませんが、オーシア様へのお祈りの中で、傷つくものは時々見かけることがあります」


 つまり、私以外にもあの糞駄女神が痛い想いをさせられていたということになる。

 もはやあの病的なサディストは、人の不幸は蜜の味を地で行くものであると言っても過言ではない。

 慈愛などという言葉は改めて眉唾と知る。


「そうですか……」

「オーシア様の愛の鞭は、回復魔法では治らないのです。どうか無理をなさいませぬようにね」

「はい、ありがとうございます」


 ベッドに身体を預けたまま、それ以上動くに動けなかった。


「おねーさんまたね」

「うんっ……」


 コレットは心配そうな顔をずっとしていた。さすがに痛いのは本当なので、こればかりは強がっても無意味だった。

 彼女なりに、関わった人であることから責任を感じているように思えた。その心遣いのおかげで、私はオーシアの教会の人の解釈でいう「教誡」にあたるものを受けたと言えるのかもしれない。

 少なくとも、あの聖女への制裁は個人的感情が行き過ぎたものだ。それが今の立場となっているのなら、当然の報いだと思う。


「ところで、なぜオーシア様にこのようなことをされたのかは、心当たりはありますか」

「それは……心当たりはありますが、ここで申し上げることはできません」

「そうですか。しかしこれほどまでの傷つきを思うと、その、オーシア様の優しい御心をどれほど損じたのかと、気になるところなのですが」


 あの女神が優しい?

 まあ、敬虔な方にはそう見えるのかもしれないけれど。


「できれば、触れないで頂けると助かります」

「わかりました。お怪我が治るまではこちらにいらして良いので、どうかゆっくりしていってください」

「はい……っっく、ありがとうございます」


 喋り過ぎて、痛みがぶり返した。

 オーシアが私に好きにしろと言ったのは、私が野垂れ死ねばいいという言葉をそのまま形にしたものだと思う。

 特に彼女の教会をあてにすることなど、不安で不安でとても生きた心地がしない。

 それでも、「約束は守った」風なそぶりは、何かを許されたと思えるほどに、諦めが混じっていた。

 ただどんな屁理屈をこねてくるかわからないので、警戒するに越したことはない。

 なるべく意識のあるうちは耳をそばだて、特に不穏な動きには聴覚強化も使って確認する。もっとも、不穏な動きらしいものと感じて聴覚強化をすれば、生活音や生物のもともと鳴らしている音や、風の音までが耳に飛び込んで耳鳴りに悩まされた。

 感知系の魔法を第一選択にしようかとも思う。こちらも人程度の大きさだけとしても、感知情報だけでは害意の有無まではわからないので、そこは予測する練習でカバーするしかないだろう。

 そうして、静かに意識を曖昧にして傷の回復を待つことにする。


 その日の夕食のお世話をコレットがしてくれた。


「せんせーがおねーさんのお世話当番しなさいって」

「助かるわ。ありがとう」


 本当に優しいこである。見ず知らずの、名前も知らない人に親切心を働かせてくれた件。きっと、不用意に拾ってきたのだから世話をしなければいけないというのは。

 私は犬とか猫とかと同類ということなのだろうか……

 でも、そういう形で、たぶんせんせーとされる人がコレットに責任ということを教えてくれているのだと思う。いい傾向ではないだろうか。


「はい、あーん」

「待ってくださるっ……いったぁ、私、自力で食べられますっっ……」

「ダメだよ? せんせーに怒られちゃうから」

「そういう、問題じゃ……」


 そうはいっても、身体を起こそうとしたり、腕を上げようとすると途端に肋骨諸々の骨が悲鳴をあげるように痛みをもたらすので、とても動くに動けない。

 観念して、彼女に甘えないといけないのか……

 やむなく、彼女の差し出す匙やパンの片を口に含むしかなかった。

 とても恥ずかしいが、仕方ない。

 どれもこれも、あの糞駄女神がいけないのだから。


 外が暗くなって、たぶんみんな寝静まるかどうかの頃だと思う。

 出入り口の戸をノックする誰かがいて、誰かが対応していた。たぶんこの孤児院を預かる院長だと思う。私に最初に応じていてせんせーとコレットに呼ばれていた方だ。


(治安部隊のものだ。夜分遅くに済まない)

(いいえ、どのようなご要件でしょう)


 治安の人が来た。

 聴覚強化してもほとんどノイズがはいらないので、しっかり聴いておく。


(フアノンというものを探している。口元にヴェールを巻いた、長い髪の女だ)

(フアノンさんですか、心当たりはありませんね)

(そうか。今このベイシス内で緊急手配が出ている。なんでも逃げ出した贖罪奴隷ということらしい)

(そうですか。心に留めておきます)

(見つけたら速やかに連絡するように)


 宿の人の挙動不審は思った通りだった。やはり私の存在を嗅ぎつけていた。

 通報したのは多分冒険者ギルドの人か。門の人は私がファーステスと知ったから、確率は半々。

 あるいは、王都の元の主、イヴェルの手が回ってきたか。

 いずれにしても、ここに長居をしてはいけない。現状、ここの方は私を、重罪人を匿っていることになる。重罪人を匿う側も当然捕らえられて裁かれる。親切心で怪我を診てくれている恩を仇で返すことなんてできない。

 消音をかけて、もしきちんと起きられなくてベッドから転げてもいいようにしながら、痛みを押して立ち上がろうとする。上体を起こそうとするときに痛むなら、別のアプローチを試そうと、寝返りをうってうつぶせになって四つん這いに。そこから膝立ちを試みようとする。オーシアに蹴られた側と反対であれば、比較的痛まずに返せたから、思惑通りにいった。

 あとはそこから立ち上がって、ベッドから降りようとすると。


 消音がいつ切れていたのか、やや大きめの音を立ててベッドを軋ませて降りていた。


「何をしているのです?」


 結果、治安部隊の対応から戻った院長と思しき初老の聖職者に見つかった。


「これは」

「そんな体でどこに行こうと言うんですか、安静にしていなさい」


 弁明の余地なく、私は彼女にしがみつかれるように遮られた。


「ダメです、私がここにいたら、皆様に迷惑がかか……っあ、いっっ」

「どんな迷惑ですか、その体のまま放り出すことなどできませんっ」

「そんなこと、いわれ、あっぐ、はぁ、言われて、もぉっ」

「それにみんな寝ているんです、騒いではいけません」

「それは、そうですがっ……く……」


 せっかくみんな寝静まっているのに、変に騒ぐとみんなを起こしてしまう。お互い、それに気づいて騒ぎかけたのをやめ、私は観念してベッドに戻された。


「はぁ……はぁ……」

「突然どうしたんですか? 先ほど来た治安部隊の方と関係が?」


 話すかどうか躊躇われたけれど、彼らの言う人相そのものである私のことを聞いても、この人は知らないふりをしてやり過ごしてくれた。

 そのことを思うと、話しておかずにはいられなかった。


「はい……あの方々のいう『フアノン』とは、私のことなんです」

「なんと……聞こえていたのですか」

「ええ。ですが、それは正確ではありませんわ」


 ちょっと痛みを押してでも、私は上体を起こして、院長に良く顔が見えるように向けた。ランプ程度の明かりの灯す中にあって、私は口元を覆っているヴェールを外した。


「その模様は……いいえそれよりどこかでお顔を見かけたことがあるような……はっっ、まさか」

「それ以上はここで言ってはいけませんわ、院長先生」

「ですが、なぜあなたが、いえあなた様がこのようなことに」

「もう私は『様』などと言われる立場ではありませんの……」


 私の素顔を晒せば、この街の人で相応の立場の人ならすぐ心当たりに行き着くと思う。

 でも、今はそれを大っぴらに明け広げて歩ける立場にはない。

 それこそ治安の人に見つかるわけにはいかないわけで。


「ですが、ファーステス様、なんとおいたわしや……」

「ご同情は感謝いたしますわ。ですがもし私に温情をかけてくださるならば、どうか私のことは内密にしてくださいまし。そうですね、私は『リリ・ヴァルディ』という流れ者として今後扱いくだされば助かります」


 フアノンをしばらく使えない以上、今後名乗る偽名も経歴も変える。それで院長を納得させなければ。


「わかりました。今後治安部隊の方が来た時にはうまくお話を合わせることにしましょう」

「ありがとうございます……いっつつ」

「あら嫌だ、すみません、無理をさせてしまって」

「いいえ、ご厚情へのご恩は必ずお返しいたしますわ」


 果たしてその思いは院長に届いてくれた。

 私はまだ痛みのぶり返す脇腹を抱えるようにしながら、院長に促されてベッドに戻った。


 その脇腹の痛み自体、一週間ほどで引いてくれた。

 起きるのも大変だった時はコレットのお世話がとても恥ずかしかったけれど、今は無理をしなくても歩くことができる。


「おねーさんもう大丈夫なの?」

「うん、ありがとうコレット。あなたのお陰で助かったわ」

「そっかぁ。頬のやけど大丈夫?」

「ええ、もう痛くはありませんわ」


 ベールで頬を覆っているのはやけど痕であるように認識してもらっているけれど、コレットは本当に優しい娘である。思えば、彼女が手を差し伸べてくれなければ助からなかったのだから、私から何かお礼をしなければならない。

 では何で恩返しできるのか。


「治ったら行っちゃうの?」

「ええ、あまり長居をするわけにいかないので」

「そんな、寂しくなる」

「怪我をした鳥は、治ったら自然に返してあげないといけないの」

「おねーさん……」


 私はまだ痛む肋骨を抑えて答えているけれど、コレットはどうしても納得できない様子でいた。なので、彼女の気持ちが落ち着くまで、頭を撫でて上げた。


 そうして孤児院でのそれぞれの役割などを確かめてみれば、おおよそ『形ばかりの保護者のような成人のスタッフ』が、『孤児の自立を目指す児童労働』のような構造となっていた。家事こそ分担して行なっている様子だったものの、特に年齢の高めな子供はささやかな収入を得て孤児院へ還元する仕組みにあった。

 しかもそのスタッフが、院長ともう2人の聖職者の女性に支えられている感じで、院長が孤児院の責任者としたら後の2人は教会側の管理と孤児院の介入を交代し兼任している感じだった。

 教会側を統括する人間が不在であるため、明らかにそちらに手が回りきっていない。


「これはいろいろと変えないといけませんわね……」


 ベッドの端に座って、独り言のように私は呟いていた。

 孤児院側に専念する人がもうひとりいれば、若い2人はより教会側の業務に気を向けられると思う。

 そして、児童労働が必要なほどの困窮は、けして好ましいとは言えないのでは。


 私はまず、院長とお話する機会を得る。

 できれば、人払いのできる、懺悔室のような場所でと望んだら、叶えられた。


「ここで働きたいのです」

「それはどういう」

「文字通りの意味ですわ。私ができることをしたいと」

「ですがあなたのような方にそのようなことは」

「実は……ここを去ったあとの方針が見つからないのと、オーシア様への償いとして。私があのような状態になったのは、いわばオーシア様への不信が原因でもありますし」

「オーシア様への不信ですか? それは一体どうして」

「慈愛と豊穣、という謳い文句への疑いによるものです。これは私個人でもあり、ベルサーネス公爵家の方針でもあります」


 私がオーシアから聞いた話が、オーシアの教義にどの程度反映されているかを擦り合わせれば、腸の煮えくり返るのを抑えられなかった。

 奴隷のような身分に落ちて男性に抱かれて子を為すことも豊穣であり、不本意な子を産み落とすことも豊穣であり。宿した子の不本意を否定する堕胎は最大の罪であった。

 清らかな話なんてない。美しい話などない。

 だから私はオーシアに。


「なので、私はオーシア様の赦しのために、一切の地位を失い、奴隷に落ちました。そんな私でも、オーシア様は赦す代わりに、こうして痛みを被せたのだと思います」


 あまりの口から出任せに吐き気がする。

 でも、そうして本意を曲げてでもお願いしなければ、受けた恩を返せないと思う。


「ファーステス様」

「私は今は『リリ・ヴァルディ』です、院長先生。私をここに置いてもらうことはできますか?」

「そうですね、あなたのオーシア様への思い、しっかり受け止めました。よろしくお願いします」


 かくして、院長先生の言質をとって、私は新しいスタートを切ることができるようになった。

読んでいただきありがとうございます。

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